消耗
アメリカ・サンディエゴ アメリカ海軍太平洋艦隊所属・航空機整備科下士官(当時) バリー・カーター
2003年から──正確には2004年あたりから国内でも巨獣が現れるようになって、アメリカも本格的に巨獣との戦いに入るようになった。
俺は当時、サンディエゴ海軍基地で、対地・対大型生物用に改修された武装ヘリや艦載機の整備を担当していた。
前線に出ることは少なかったが、飛び立つ前と、戻ってきた後の機体を見ていれば、戦場で何が起きているかは嫌でも分かった。
奴らとの戦いは単なる“大規模な害獣駆除”じゃない。
“新しい戦争”と呼ぶしかないものだった。
始めのうちは、まだ問題なかった。
出てきたら兵士や武装ヘリ、戦闘機を出して、巨獣を仕留める。
損傷した機体を夜通しで修復して、また翌日には飛ばす。
それを何度も、何度も繰り返した。
奴らとの戦いは口で言うほど簡単な話じゃない。
頑丈な個体はミサイルを1発当てた程度じゃ死なないし、その間に地上の兵士が何人もやられることもある。
知能の高い奴になると、高所から攻撃してくる武装ヘリの軌道を読んで、狙い撃ちして撃墜する。
整備班に戻ってきた機体に、明らかに「撃墜を狙った痕」が残っているのを見るのも、珍しい話じゃなかった。
街中に出現した場合は、市民の避難が優先されて戦闘開始が大幅に遅れる。
で、手をこまねいている内に被害が拡大してしまったなんて事例も山ほどあった。
それでも──少なくとも最初のうちは、本当にまだ余裕があった時期だった。
何せ、前時代のアメリカ軍は“世界最強の軍隊”なんて呼ばれていたからな。
比喩でもなんでもなく、それが紛れもない事実だった。
潤沢な弾薬とミサイル、最新鋭の戦闘機と艦艇、精密誘導兵器、衛星による監視網に即応部隊、そして核弾頭。
空母打撃群は常に世界のどこかの海を押さえ、制空権は取るものじゃなく「最初からある前提」みたいな感覚だった。
兵士たちは海外の戦場で実戦を積んできた連中ばかりで、即席の作戦でも形にしてしまう練度があった。
中東だ、アフリカだ、ヨーロッパだと、常にどこかの戦場に派遣されてきた経験があったアメリカ軍は、実戦経験、戦術、連携──どの部隊も、全部が他国の軍隊よりも一段上に磨かれてきた連中だった。
世界の警察なんて皮肉混じりに呼ばれていたが、少なくとも“そう呼ばれるだけの力”があったのは事実だ。
俺みたいな整備士の立場から見ても、それは実感できた。
機体は戻ってきたし、部品は足りていて、交換サイクルも守れて、人手も充実していた。
被弾して戻ってきた機体も、その日のうちに次の出撃に間に合わせろって命令が普通に通ってた。
「次も頼むぞ」ってパイロットに言われて、冗談交じりに親指を立てる。
そんなやり取りが、当たり前にできていた時代だ。
だから、巨獣がどれだけ現れようが、数が増えようが、「最終的には俺たちが勝つ」。
そう思えていたんだ。
少なくとも、世論の脳天気な連中はそう思いこめただろうな。
ニュースじゃ、空からの映像で巨獣が倒れる瞬間だけが切り取られて、キャスターは「軍の迅速な対応で被害は最小限に抑えられました」なんて決まり文句を繰り返す。
それを見て、ソファに座ったまま拍手してる連中もいただろう。
今頃、そいつらがどうなってるのかは知らん。
生きてりゃいいがな。
ただ、現場では少しずつ、その余裕に確かな限界を感じ始めていた。
最初は気のせいだ、と思おうとしてたんだ。
偶然が重なっただけだ、とかな。
だが数字は嘘をつかない。
巨獣の出現頻度は、明らかに増えていった。
月に1度が、隔週になり、週に1度になり、気づけば「今日は出るか?」じゃなくて、「今日はどこに出た?」って聞くようになってた。
最終的には、ほぼ毎日だ。
1匹を倒せば数日後に2匹、そいつらを片付けたと思ったら3日後には5匹、そして翌日には10匹──とにかく、奴らは減らなかった。
倒しても、倒しても、数は増え続けた。
前線の報告書を見るたびに、数が指数関数みたいに膨らんでいく。
……本当に、どんなメカニズムで現れてたんだろうな。
それでいて、どいつもこいつも異常に獰猛な奴らばかりだった。
行動原理だけ見れば、動物と大差ない。
縄張りを持ち、捕食し、繁殖する。
だが、捕食や縄張り争いになると、まるで何かスイッチが入ったみたいに凶暴化し、仲間以外すべて敵だと言わんばかりに暴れ回る。
ひたすら人間を食う奴。
捕食目的のはずなのに、殺すこと自体に執着してるみたいな奴。
人間には目もくれず、都市インフラや建物だけを徹底的に破壊する奴までいた。
だから、放置なんてできず、街に近づく前に叩くしかない。
手加減も猶予もないから、対処せざるを得ず、避けることはできなかった。
結果、現場の損耗や消費は加速するばかりだった。
弾薬、燃料、ミサイル、部品、そして人間──どれもが無限じゃない。
アメリカ軍が海外への派遣を取り止めて国内に集中させたのは、公式には「国防の再定義」なんて言い方だったが、本音は単純だ。
外国に力を貸す前に、まず自分を守らないと意味が無い。
中東やアジアの基地から部隊や装備が引き上げられ、段階的に整備拠点と航空戦力が本土へ戻されていった。
その裏側では、海外の同盟国との摩擦や、失望からの関係悪化もあったが、当時の政府としてはそれどころじゃなかった。
状況を打開するために、政府は対策を次々に打ち出した。
製造コストを抑えて整備性を追求した新兵器の開発──現場での交換作業を短縮するため、複雑な電子制御や余計な装備は全部切り捨て、壊れた部分だけ迅速に入れ替える構造にした戦闘機や無人機の試作。
対人戦なんて度外視で、操作は新人が短期訓練で操縦できるレベルにまで簡略化された。
慣熟飛行もほとんど必要なく、最低限の操作だけ覚えたら即前線。
その分、パイロットの生存率は落ちたが、補充が追いつかなかったから、“飛べるだけで戦力”と見なされたんだ。
素材不足にも対応するため、機体サイズの縮小や、装甲材の削減まで行われた。
耐久性を削った分、内部スペースを弾薬庫に回し、ただただ火力の一点突破に振り切る。
「撃ち続ける限り死なない」より、「死ぬ前に倒せ」という発想だ。
使う弾が少なければ、それだけで節約になる──表向きはそう言われてたが、実態は逆だ。
“無駄弾を撃てないから、一撃必殺の火力を詰め込むしかない”。
ミサイルも徹底的に簡略化されて、誘導機能を一部削った安価な対巨獣仕様が主流になった。
命中精度は下がったが、巨獣相手なら“標的がでかいから十分”ってことだ。
開発中だった最新鋭爆撃機を、ステルス性能すべて撤廃して巨獣迎撃仕様に改造し、予定より数年早く実戦投入した例も覚えている。
レーダーに映ることより、積める爆弾の量が優先された。
あれは軍内部でも賛否が割れたが、当時は「とにかく飛ばせ、落とせ、削れ」という空気の方が強かった。
さらに、パイロット不足と人的損失に対応するための無人化計画、旧式兵器の近代化改修も進められた。
古い機体は、耐久性が高い分だけ改造に向いていた。
伝統ある機種に、粗削りな巨獣用兵装を無理やり載せて飛ばす──そんな光景が当たり前になっていった。
新旧入り混じった編成で、その日その日の出現情報に対応する。
まるで、バケツの穴を塞ぎながら水を運んでいるような作戦体系だったが、それでも止まるわけにはいかなかった。
徴兵制の復活は、最後に踏み切った措置だった。
反発は大きかったが、志願者だけでは補いきれなくなっていた。
新兵たちが訓練を受け、前線に送られる。
酷い時は、十分な訓練を施す時間はなく、練度の低いまま前線に送られる。
そして戻ってきた時には再び戦力不足──そんな循環が止まらない。
人も物資も命も、ただ前線の穴を埋めるために消費されていくが、どんな対策も決定打にはならなかった。
あの頃の俺たちは、対策を打つたびに「これで持ち直せる」と思いたかったが、結果として残ったのは、損耗と消費を続けてやっと“現状維持”──それだけだった。
一戦一戦ではこちらが勝っている。
戦果報告だけを見れば、撃破数は常に優勢だったはずだ。
それでも、戦争全体で見れば、確実に押し返されている。
そんな感覚が、じわじわと、誰の目にも見える形になっていった。
ああ、そうだ。
今になって振り返れば、巨獣時代においてアメリカ軍が追い詰められた最大の理由は、“継続”だった。
人間同士の戦争なら、終わらせ方はいくらでもある。
物資の供給を断つ。
兵站を潰す。
人的損失を積み上げる。
指揮系統を叩き、トップを排除し、現場を混乱させる。
士気を削り、恐怖と疲弊で限界まで追い込めば、どんな軍隊だっていずれ動けなくなる。
兵士なんてのは、良くも悪くも人間だ。
命令を出す指揮官が倒れたら動きは鈍るし、補給が止まれば戦えない。
恐怖や怒り、喪失感が積み重なれば、精神的にも持たなくなる。
敵の力を削り続け、戦争を続ける意味と余裕を奪い切ったところで、戦争は終わる。
だが、巨獣は違う。
兵器で駆除すること自体は可能だが、現れるのは例外なく強靭で獰猛な個体ばかり。
しかも、奴らはどこかの軍隊に属しているわけじゃない。
指揮官もいなければ、司令部もない。
個々が独立して存在し、それぞれの意思で人間を襲ってくる。
要するに、様々な国の軍隊がそれぞれ、完全にバラバラな状態で、無限に襲いかかってくるようなものだった。
そして、奴らには燃料も弾薬も必要とせず、兵站ラインという概念そのものが存在しない。
食料を得るなら、その場で近くにいた人間を食うか、他の巨獣を狩ればいい。
奴らには奪われる補給物資もなければ、枯渇する弾薬庫もない。
種ごとに生態も違えば、行動原理も違う。
移動速度、縄張り意識、攻撃手段、知能の高さ──何もかもが統一されていなかった。
だから、「これを破壊すれば止まる」「この器官を狙えば全個体が機能停止する」──そういった都合のいい法則性は、巨獣全体には存在しない。
それぞれが同じ目的で動く生物だとしても、違う場所に、違うタイミングで現れる。
同時多発的で、連続的で、しかも予測が効かない。
同じ「巨獣」という括りで呼ばれていても、実態はまるで別種の災害だった。
違う種の巨獣が集団で現れたとしても、便乗しているか、たまたま襲撃のタイミングが被ったかのどちらかで、仲間でもなんでもない。
だから部分的に叩いても意味がない。
ただ同じ目的で動いているだけの烏合の衆なら、リーダーらしき個体を潰しても状況は大して変わらない。
一時的に崩れはするが、群れとしての機能は、ほとんど損なわれない。
明確な上下関係がなくても、最終的な行動目的が同じなら、指示がなくても個々が判断して動き出して、群れはすぐに再編される。
結局、その群れを1体残らず殲滅するしか、解決策はなかった。
オオカミみたいに、はっきりとした秩序を持つ群れであれば、確かにリーダー格を叩けば一時的に動きは鈍る。
だが、それで終わりじゃない。
連中は割り切りが異様に早い。
次点の個体が、何事もなかったかのように指揮を引き継ぎ、数時間、長くても数日で再編成される。
混乱や動揺なんてものは、ほとんど見られなかった。
疲れたら眠り、傷ついても時間が経てば再生する。
痛みはあっても、それが奴らの凶暴性では戦意の低下に直結するわけでもない。
補給を断つこともできず、士気を削ることもできない。
群れに対して指揮系統を叩くという、人間同士の戦争で最も効果的な手段は、巨獣相手では一時凌ぎに終わるだけ。
核弾頭で一気に片づける手を何度も検討されていたが、巨獣発生の根本的原因が解決されていない以上、いくら街単位で焼き払っても意味はない。
事実、統制を失った北朝鮮の軍が核弾頭を撃ちまくった結果が、その好例だ。
確かに多くの巨獣を殲滅できたが、むしろ爆発で都市も自然も吹き飛び、燃え残った瓦礫と放射能汚染で、復旧も管理もさらに手に負えなくなった。
それでいて、その地域の個体が全滅したところで、すぐに新しい個体が流れ込み、結果的には元通りどころか、さらに悪化して終わり。
あれだけ代償を支払ったのに、何一つ解決にならなかった。
軍事的には勝利でも、戦略的にも政治的にも、人道的にも全て無意味に終わった。
そうなると、人間や都市を襲ってくる個体を全滅させ続ける以外に道がなかった。
つまり俺たちは、「倒し続けなければならない相手」と戦っていたんじゃない。
「倒しても終わらない相手」と、際限なく戦い続ける羽目になっていたってことだ。
この二つは、似ているようで決定的に違う。
前者は、いつか終わることを前提に戦えるが、後者は終わりそのものが見えない。
降伏や和平で終わらせようにも、話の通じない化け物相手には無理。
延々と戦う以外、対策が無い。
それが物資よりも、兵器よりも、何より人間の限界を、はっきり突きつけきた。
整備の現場でも、それははっきり分かった。
稼働時間の限界を超えて、無理やり飛ばされる機体。
本来なら地上に留めておくべき状態でも、「今は一機でも多く必要だ」で押し切られる。
点検表の規定は削られ、「帰ってきたら直す」で済まされる整備が常態化していった。
応急修理で「次の一回だけ持たせろ」と言われる回数が、冗談じゃなく増えていく。
最初は、それでも何とかなっていた。
機体は応えてくれたし、俺たちも無茶を承知で知恵を絞った。
しかし、毎日それを繰り返せば、当然限界が来る。
いかに頑丈に設計された兵器でも、負担が掛かり過ぎれば必ずガタがくる。
金属は疲労するし、電子部品は誤作動を起こす。
見た目は問題なくても、内部は確実に傷んでいく。
新しい部品に替える必要が出てくるし、定期交換を前提にした設計は、無視すれば必ず破綻する。
弾薬やミサイルだって同じだ。
潤沢だと思われていた在庫も、消費ペースが想定を超えれば一気に減る。
「まだある」から「足りない」に変わるまでの時間は、驚くほど短かった。
特に深刻だったのは、高性能弾薬の類だ。
誘導弾、対艦ミサイル、航空機用の精密兵器――そういった“工業力の塊”みたいな兵器ほど、失われた時の代替が利かない。
単純な鉄の塊を作るだけならまだしも、精密な信管や誘導装置、耐熱部品に特殊火薬まで必要になると、まともな工業基盤が残っていなければ量産なんて不可能だった。
戦争前の人類は、長期戦を想定して備蓄を積み上げていたが、その想定自体が間違っていた。
国家同士の戦争なら、戦線も補給線もある程度固定される。
消費量の予測も立てられる。
それも、巨獣相手じゃ違う。
1体を止めるために、通常戦争なら1ヶ月かけて使う量の弾薬が、一晩で消えることすらあった。
都市一つを守るために、砲弾倉庫が丸ごと空になる。
迎撃ミサイルを撃ち尽くした防空部隊が、そのまま避難民の誘導に回された例もある。
そんな状況で、一番最悪なことが起きるとしたら何か。
それは、“供給網が途絶える”ことだ。
巨獣との戦いに、前線なんてものは存在しない。
奴らには特定の国も勢力圏も無く、海でも山でも街中でも、場所を選ばずに突然現れる。
確かに、出現する巨獣の中には縄張り意識が強く、ある範囲から外へ滅多に出ない個体もいた。
「ここから先は安全だ」「あいつはこの区域に寄らない」なんて地元の人間や研究者が言うこともあった。
だが、そんな情報が意味を持つのは、せいぜい巨獣が数えるほどしかいなかった初期の段階までだ。
縄張りがあって近寄らない個体がいたとしても、別の巨獣が別の方向からやって来る。
ある奴は海沿いを進み、別の奴は砂漠を横断し、また別の奴は森林地帯を突き抜けて現れる。
縄張りがどうこう言っても、数が増えれば境界線なんて無視されるし、結果的に全てが危険地帯になる。
どこで襲われるか分からない以上、世界全体が常に「最前線」だった。
巨獣の縄張りだの行動傾向だのを調べて慎重にルートを引いたところで、次の日には別の巨獣が現れて全部台無しになる。
どれだけ警戒しても、奴らの脅威はどこにでも迫り来るものだった。
輸送ルートが襲われ、港湾や空港が使えなくなり、鉄道の主要路線や高速道路までが寸断される。
巨大なハブ港で荷下ろしを待つはずだった部品が海の底に沈むこともあったし、補給輸送車の隊列ごと丸呑みにされた、なんて報告も珍しくなかった。
さらに悪いことに、破壊されるのは輸送経路だけじゃない。
内陸の補給拠点や弾薬庫、さらには生産工場そのものが直接狙われる事例もあった。
航空機用エンジンや誘導弾頭を作るような高度な設備は、一度破壊されれば復旧に何年もかかる。
代替拠点を設けようとしても、材料の確保が追いつかず、熟練工が巨獣被害で失われているケースも多かった。
「明日から別の工場で生産します」なんて簡単に言える世界じゃない。
しかも、工場が無事でも安心はできなかった。
兵器や弾丸を作れるからと言って、“撃てば終わり”じゃない。
補給しなければならない。
工場を動かし、火薬を精製し、信管を作り、燃料を運び、輸送路を維持し続ける必要がある。
しかし、長期戦になればなるほど、原料そのものが届かなくなった。
爆薬を作る化学素材、精密部品に必要な希少金属、電子基板、燃料──どれか一つ欠けるだけで、生産ラインは止まる。
砲弾やミサイルとて、形にした物にひたすら火薬を詰め込むだけじゃ意味が無い。
雷管や精密信管が無ければただの鉄屑に過ぎない。
それでいて部品は、極端に高い精度と安全管理が要求される。
熟練技師、専用設備、安定した電力、純度管理された薬品──どれが欠けても不良品になる。
完成間近だった兵器が、“部品一つ足りない”という理由で倉庫に積まれ続けることも珍しくなかった。
ネジ1本、半導体1枚、特殊ゴムのパッキン1つ──そんな物ですら代替できなくなれば、数十億ドルの兵器が動かなくなるんだ。
だったら、整備士がその場で作れるようにしろ、なんて現場を知らない奴が簡単に言ってきたが、どんなに優秀なプロだろうと、俺たち整備士は魔法使いじゃない。
兵器の部品がどんな素材で、どんな構造で作られているか、豊富な知識はあるが、だからといって一から部品を作れるわけじゃない。
素材が手元にあったとしても、それを加工して精度を出し、兵器として組み上げるなんて、現実的じゃない。
誤差一つで飛行中にバラけるか、発射と同時に壊れるのがオチだ。
兵器ってのは、無茶な戦いでも耐えられる様に頑丈に作られてはいるが、製造そのものは信じられないくらい緻密で、繊細な工程の積み重ねだ。
工場があって、設備があって、専門の工程があって、ようやく成立する。
軍がどうにか基地に自家工場を作り上げて、応急的な対策を施したところで、それで元通りになるなんてことは、あり得なかった。
結局、近代兵器は“工場一つ”で成り立ってるわけじゃない。
資源、発電、化学、輸送、通信、整備、人材教育。
そういう文明全体の積み重ねがあって、ようやく1発の砲弾が飛ぶ。
設備も人材もノウハウも、すべてが揃わなければ機械は動かない。
前線の整備場でできるのは、あくまで「既にあるものを維持する」ことだけ。
部品が届かなくなった瞬間、俺たちの仕事は詰む。
それは、腕の問題でも根性の問題でもない。
構造上、どうやっても越えられない限界だった。
だから後期になるほど、「弾薬はあるのに使えない」という事態が増えていった。
湿気や経年劣化で火薬が不安定化した砲弾。
誘導装置が故障したまま保管されるミサイル。
予備部品不足で整備不能になった戦闘機。
数字上では“保有戦力”に含まれていても、実際には動かせない兵器ばかりが増えていった。
結果として、後期の工業地帯では奇妙な光景が増えていった。
巨大な工場群は残っているのに、生産ラインが止まっている。
倉庫には未完成兵器が積み上がっているのに、前線では弾薬不足が起きている。
発電量不足で週に数時間しか稼働できない工場すらあった。
さらに厄介だったのは、人間そのものの損耗だ。
工場設備は残っていても、それを扱える技術者がいない。
ベテラン整備士が避難途中で死亡した、熟練工が家族を失って職場に戻らなかった、研究者が都市ごと消えた──そんな話はいくらでもあった。
機械は残せても、“経験”は代わりが利かない。
図面だけ見れば再現できると思われていた工程が、実際には現場の勘と熟練に支えられていたことも多かった。
温度管理の微調整、薬品配合の誤差修正、設備の異常音の察知。
そういう教科書に載らない技術ほど、失われた時の影響が大きい。
やがて各国は、弾薬の使用そのものを制限し始めた。
訓練射撃の中止。
旧式弾薬の再利用。
防衛優先地域への集中配備。
そして、「どの都市を見捨てるか」という選別。
特に20年代後半以降は、ミサイル一発が戦略兵器扱いされる場面すら出てきた。
巨獣1体に撃ち込む価値があるのか。
その1発を温存すれば、次の都市を守れるのではないか。
そういう議論が本気で行われるようになった。
そうなると、もうどうしようもない。
需要が増え続けているのに、供給が物理的に追いつかない。
それどころか、交換するための部品そのものが存在しない、なんて事態が現実に起き始めた。
武器の寿命が縮み、弾薬が尽き、人間が疲弊するよりも先に、世界中の工場のラインと輸送網が破綻していく。
当時よく言われた比喩がある。
「人類は頭から巨獣に食われたんじゃない。必要なものを運ぶ手足を、少しずつ噛みちぎられていった」
その言い方はあまり好きじゃないが、実感として間違ってはいない。
作り慣れた兵器があろうと、それを前線まで運ぶルートが無ければ意味はない。
人手や素材があろうと、工場が潰れれば次は作れない。
工場が健在でも、肝心の素材が届かなきゃ何もできない。
注文すれば必ず品が届いて、必要な時に必要な数が補充される──なんてことが当たり前だと思っていた時代は、もう過去のものになっていた。
そして巨獣は、その「限界が来る瞬間」を待ってくれない。
こちらが疲れ切ろうが、部品が枯渇しようが、関係なく、次の日も、その次の日も現れ続ける。
そうなった時、俺たちは次第に──「共食い整備」ってやつに手を出し始めた。
ざっくり言えば、使えなくなった兵器同士から、まだ使えそうな部分だけを引っ剥がして、別の兵器に組み込む。
生きている機体を1機作るために、別の機体を完全に殺す。
当然、部品を抜き取られた兵器は、ただのゴミだ。
二度と兵器として使えることはない。
記録上は「保管中」や「整備待ち」になっていても、実態は解体済みの骸だ。
整備士として言わせてもらえば、これは最悪の手段。
本来、絶対に最後まで取っておくべき選択肢だ。
それをな、海外の最前線でもなく、アメリカ軍の本拠地であり、基地や物資が山ほど存在するアメリカ国内でやっていた。
ここまで来て、俺たちがどれだけ追い詰められていたか──少しは、想像できるか?
その頃──いや、正確に言えば、それよりずっと前の段階で、政府はもう決断していた。
表に出るより先に、水面下ではとっくに話はついていたんだ。
「都市要塞化計画」──それに伴う軍の防衛範囲の縮小。
言い換えれば、主要な拠点となる都市に戦力を集中させ、それ以外の町や都市は、段階的に切り捨てるという方針だ。
首都圏と巨大港湾、主要工業地帯、軍事基地──そこを最優先で守る。
それ以外は、防衛対象から外す。
理屈としては、かなり正しい。
限られた戦力と物資を、無限に広がる国土全体に薄くばら撒くより、守る場所を絞り込んだ方が、生存確率は上がる。
結果として、アメリカという国家は存続できた。
だが同時に、それは──いくつものアメリカの町や都市を、正式に見捨てるという決断でもあった。
地図上で線を引き、「ここから先は守らない」と決める。
そこに住んでいる人間の数や、歴史や、思い出は関係なく、軍は放棄して撤退する。
見捨てた領域で巨獣が何をしようと、軍は手を出さない。
そして、街を襲撃した巨獣がその領域に逃げ込んだら、それ以上は危険と判断して追撃を止める。
事実上、巨獣の領域として認めるという事だ。
テロには屈しないと宣言し、それを誇りとしてきたアメリカが、結果として巨獣に屈して撤退した。
俺たちは、守れないと分かった瞬間に、「勝てない場所」を切り捨てた。
それは合理的で、正しくて、同時に、あまりにも冷たい選択だった。
その決断がなければ、今のアメリカは無かったのは確かだが、その決断によって失われた土地と人間も確実に存在する。
いくら理屈を並べて納得しようと、いくら結果として国が残ったとしても、それは紛れもない事実だ。
だから、あの日──サンディエゴを放棄して撤退を決断した俺たちにとって、あれは敗北を認めたも同然だった。
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