備え
ロシア・サンクトペテルブルク 会社員(当時) オレッグ・クリューチコフ
巨獣が世界各地で次々と現れ始めた頃、いわゆる巨獣時代の初期段階で既に動き出していた一般人を、とある歴史本では「賢い奴」と書いていた。
確かに、その後の歴史を見れば、そう呼ぶのは間違いじゃない。
日本で最初の巨獣出現が報じられた時点で、事態の深刻さに気付いた奴は、すでに今後に備えて準備を始めていた。
ただな、不安に駆られて右往左往するだけの連中は、結局「愚鈍な奴」だ。
そういう連中は、缶詰と水と銃を買い込んで、安全そうな郊外の物件を探して、それで準備が終わった気になる。
だがその先はどうする?
物資は減る。
武器は弾が尽きる。
発電機は燃料が尽きれば止まる。
国家が持ちこたえられなかった場合、治安は誰が維持するのか。
物流が崩壊したとき、都市は何日もつのか。
電力網が断たれた冬のロシアで、人間はどれだけ生き延びられるのか。
安全な場所は、誰かにとっても安全だ。
人は集まり、奪い合いが起きる。
秩序が崩れれば、備蓄は略奪の対象になる。
俺が考えたのは、そこだった。
俺の考えがそこまで踏み込めたのは、偶然じゃない。
祖父の代から受け継いできた「備え」の思想があったからだ。
祖父は第二次世界大戦を生き延びた人間だった。
レニングラード包囲戦の末期、補給の途絶えた街で何が起きるかを、身をもって知っている。
国家の威信も、イデオロギーも、勇ましい演説も、腹の足しにはならない。
物流が止まり、配給が崩れ、秩序が崩壊すると、人は数日で別の生き物になる。
祖父はよく言っていた。
「敵より先に飢えが来る。飢えより先に混乱が来る」と。
戦後、祖父は新たに来るであろう第三次世界大戦を本気で恐れていた。
無理もない話だ。
世界はすでに二度、大戦を引き起こしている。
それが二度と繰り返されない保証など、どこにもなかった。
だからこそ、戦争を生き延びた人間として、祖父は“次”を前提に考えていた。
そして──核兵器の時代に入ったとき、今度は都市そのものが消えると考えた。
だから祖父は、その時代に備えた計画を緻密に組み立てた。
単なる食料の備蓄だけでなく、退避経路、地方の知人との連絡、郊外の土地、農地の確保、医療品の隠匿、複数通貨の保有、信頼できる人間の選別──さらに、家族に役割を与えることまで含まれていた。
戦争のトラウマで狂った、哀れな終末論者と言われればそれまでだが、本人は現実的な危機管理のつもりだった
それを息子、つまり俺の親父にも叩き込んだ。
祖父の影響を強く受けた親父の代は、ソ連とアメリカの冷戦の真っただ中だった。
ミサイル配備、核実験、宇宙開発競争。
表向きは科学と進歩の時代だが、裏では常に全面戦争一歩手前の緊張があった。
キューバ危機のとき、祖父は本気で地下室を改装し、数週間分の水と食料を詰め込んだという。
全面戦争にはならなかったが、アフガニスタンをはじめとする代理戦争は続き、体制は疲弊していった。
だから親父は祖父の計画を、時代に合わせて更新していった。
想定を増やし、通信手段や移動手段、資産の分散方法まで組み直した。
核シェルターの強化よりも、経済崩壊や国家分裂、エネルギー不足への備えに重点を置いた。
実際、ソ連は戦争ではなく内部崩壊で終わったからな。
あのとき学んだのは、「国家は永遠じゃない」という事実だ。
冷戦が終わったとき、多くの人間は「もう大戦は来ない」と思った。
だが親父は違った。
形が変わるだけだと言った。
国家同士の戦争でなくても、社会が壊れる可能性は常にある、と。
親父は、食料と水だけでなく、信用できる人間関係を資産と見なしていた。
軍人、医師、整備士、農業従事者。
祖父以上に思想より、技能を重視した付き合いを続けた。
危機の形は予測できなくても、必要になる能力はある程度読めるという考えだった。
結局、祖父も親父も、最期まで最悪の全面核戦争を経験することはないまま、人生を終えた。
彼らの計画の多くは机上で終わった。
地下室の備蓄は期限切れになり、古い通信機器は時代遅れになり、図面も備蓄リストも、緊急連絡網も実際に使われることはなかった。
だが、“教訓”だけは残った。
「国家が守るとは限らない」
「物流が止まれば社会は崩れる」
「家族単位ではなく、機能単位で集団を作れ」
俺が巨獣出現の報を聞いたとき、巨獣がロシアに来るかどうかより先に、「もし来た場合、都市機能は何日で麻痺するか」を考えた。
当時のロシア人──少なくとも日本から遠く離れたサンクトペテルブルクの人々からすれば、まだ海の向こうの出来事のために動くのは気が早すぎると思っただろう。
映像は衝撃的だったが、同時に現実感が薄い。
実際、職場でも笑われた。
だが、考えてみれば単純な話だ。
どれだけ荒唐無稽でも、それが現実に起きたという事実がある以上、同じ現象が別の場所で起きる可能性は否定できない。
ロシアだけ例外になる保証はどこにもない。
原因不明、発生条件不明というのは、最も最悪だ。
原因が分からないという事実は、「起きない」という保証にはならない。
むしろ逆だ。
発生条件が不明である以上、どこで起きても不思議ではないということだからだ。
いつ起きるのか。
どこで起きるのか。
何が原因なのか。
それすら分からない以上、世界中に安全圏なんて無いも同然だった。
ならば「自分たちは無関係だ」と考える方がよほど楽観的で、危険だ。
原因不明の巨大生物。
軍が対処。
被害は限定的。
その説明を聞いた瞬間、祖父が話していた包囲戦初期の楽観論を思い出した。
「すぐ終わる」
「統制は保たれている」
「心配はいらない」
結果がどうなったかは歴史の通りだ。
港湾は閉鎖される。
鉄道は軍優先になる。
燃料は統制される。
市場はパニックになる。
国家が敵ではなく、怪物が敵になっただけで、社会が崩れる構造は同じだと、すぐに分かった。
だから俺は、その発表を額面通りには受け取らなかった。
俺と同じ発想を持ち、備え、今日まで生き延びた人間は多くないはずだ。
考えただけで終わった者は山ほどいる。
だが、考えを具体的な仕組みに落とし込み、周囲を巻き込み、摩擦や嘲笑を受けながらも準備を進めた者となると、数は一気に減る。
俺がこんなにも早く計画し、実行できたのは、三代分の計画と知識、教訓を引き継いでいたからだ。
それを、実行に移す状況が訪れただけの話だ。
子供の頃は、祖父と親父の危機感を正直うっとうしく思っていた。
地下室の備蓄、連絡網の確認、避難経路の見直し。
平和な時代に何をやってるんだ、と。
だが、あのニュースを聞いた瞬間、全部つながった。
血は争えない、ってやつだ。
俺はニュースを聞いた直後、即座に会社を早退し、遠方にあった実家へ戻った。
地下室の机と棚をひっくり返して、古い計画書を引っ張り出した。
紙は黄ばんでいたが、構造はそのまま使えた。
計画の内容の基本は、他の連中と同じく備蓄と武器、安全地帯の確保だが、それだけじゃない。
その先──新しいコミュニティ、言ってみれば村みたいなものの形成だ。
生活、農業、狩猟、防衛方法、他者との接触、次の冬の越し方など、それら全てを組み上げた長期的な生存計画だ。
その計画の全容を把握したら、次は更新作業だ。
祖父の備蓄思想と、親父の人脈思想。
それを俺の時代のインフラに合わせて再構築した。
連絡先を現代のものに差し替え、輸送ルートを書き換え、備蓄の現実的な量を再計算する
地下室ではなく物流網。
個人の隠匿ではなく、限定的な共同体への再調整。
変更点は多々あったが、基本的な計画の内容は変わらなかった。
机上で終わるはずだった計画が、俺の代でようやく現実の意味を持った。
祖父が地獄を生き延び、親父が更新し続けた「備え」は、怪物との戦争で使われることになった。
皮肉な話だ。
祖父が恐れた第三次世界大戦は来なかったが、国家規模の危機は別の形でやって来た。
“巨獣”という形でな。
三代かけて積み上げた準備が、戦争じゃなく怪物によって試される。
そんな想定は誰もしていなかっただろう。
俺は自分を賢いとは思っていない。
ただ、恐怖を感じたときに「次に何が起きるか」を一段先まで考えただけだ。
そして何より、ひとりで生き延びる気は最初からなかった。
それだけだ。
まずは血縁と利害が重なる人間から固めた。
家族、親戚、友人、同僚。
次に、その外側に仕事仲間や取引先を広げていった。
顔と経歴が分かる人間だけを入れる。
人数は増やしすぎない。
統制できる範囲に留める。
それが最初の原則だった。
同業者の中で同じ危機感を持つ連中を探した。
表向きは情報交換、実際は連絡網の構築だ。
港湾封鎖、鉄道の遅延、燃料制限──そういった情報は公表より先に現場で察知できる。
そこを共有する。
次に、食料・燃料・医療品を扱う業者との非公式な取引条件を固めた。
金でなく、優先順位で動く契約だ。
いざ都市封鎖や軍の徴発が始まったとき、どのルートを生かすかを決めておく。
さらに、郊外に小規模な拠点を確保した。
農地に近く、水源があり、主要道路から少し外れた場所だ。
単なる避難所じゃない。
そこを中心に、物資の再分配と人員の配置を行う前提で整えた。
備蓄はするが、それは手段であって目的じゃない。
目的は、「供給が途絶えたときに、どこから引っ張るか」を決めておくことだ。
そしてもう一つ。
内部の役割分担を最初から決めておくことだ。
誰が警備を担当するか。
誰が交渉に出るか。
誰が農作業を指揮し、誰が医療知識を持っているか。
平時のうちに決めておかないと、有事に揉める。
揉めた集団は長く持たない。
その違いが分かっていたかどうかで、後の数年は天と地ほどの差が出た。
実際に物を持っていた奴は最初に狙われた。
孤立していた奴は、消えた。
巨獣そのものより先に、“社会の綻び”が来る。
警察の機能低下、配送の遅延、価格の暴騰、そして略奪。
怪物が街を壊す前に、人間が秩序を壊す。
俺が本当に備えたのは、そっちの方だ。
とはいえ、計画を立てたから安心、なんて話じゃない。
基礎を固める段階──つまりコミュニティを形にするまでの期間こそが、一番危険だった。
紙の上では完璧でも、現実は違う。
人は疑い、焦り、裏切る。
そして何より、時間がない。
現実問題として、他の連中と同じように備蓄と武器は外せない。
理屈じゃなく、そこを外した計画は机上の空論になる。
何より、長期戦を想定するなら最大の敵は“冬”だ。
ペテルブルクの冬は甘くない。
寒さと雪、凍った海が一気に来る。
気温は氷点下20度近くまで落ちる日もある。
ネヴァ川は凍り、港湾機能は著しく制限され、道路は雪で塞がれ、物流はさらに鈍る。
暖房が止まれば、それだけで死人が出る。
凍死は劇的な死に方じゃない。
静かに体温が奪われ、意識が曖昧になり、朝になったら動かなくなっている。
それだけだ。
だから俺は、食料と同じ重さで燃料を考えた。
ガス、灯油、薪、発電機用の軽油。
暖房器具の予備部品、断熱材、窓を二重にする資材。
医薬品も同様だ。
抗生物質、解熱剤、鎮痛剤、凍傷の処置用品。
糖尿病や高血圧の常用薬も確保しなければならない。
コミュニティには高齢者もいる。
理想論では済まない。
食料、水、防寒具、医薬品。
どれも代替が効かない命綱だ。
コミュニティが完成する前にどれか1つでも尽きれば、理想も計画も関係なく終わりだ。
問題は、巨獣という未曾有の災厄が話題になる時期に、それを欲しがる人間は爆発的に増えたことだ。
市場は一気に神経質になった。
価格は跳ね上がり、在庫は消える。
店員は疲弊し、客は疑心暗鬼になる。
ニュースでスーパーの買い占めや略奪の映像が流れたとき、俺もその列にいた。
店の外に伸びる長蛇の列の一人だ。
寒空の下、革の手袋をはめて、安物のリュックを背負って何時間も立つ。
息は白く、足先は感覚がなくなる。
周囲の連中は無言で、全員が棚に何が残っているかだけを考えている。
最初は整然としていた。
誰もが「まだ大丈夫だ」と思っていたからだ。
だが、補充が追いつかないと分かった瞬間、空気が変わった。
列は崩れ、押し合いになり、怒鳴り声が飛ぶ。
誰かが転べば踏まれる。
袋を奪い合う。
殴り合いも起きた。
警備員は最初の数分で押し切られた。
店内は戦場みたいな状態になった。
決定的だったのは、ウラジオストクで初めて巨獣──「牛鬼海棲種」が現れ、街に深刻な被害が出たという報道だ。
街頭のニュースで街が破壊された映像が流れた。
黄金橋は破壊され、高層建築が崩れ、埠頭が抉られ、軍が後退する様子が繰り返し放送された。
距離は離れていても、「ロシア国内で現れた」という事実が人間の心理を直撃した。
「あそこまで壊れるのか」という映像の衝撃が、そのままペテルブルクに伝染した。
人々が最も恐れていたのは、牛鬼海棲種そのものではなく、次は自分たちの街かもしれないという可能性だった。
当時の報道では、巨獣の発生条件も行動原理もほとんど分かっていなかった。
どこから現れ、なぜ街を襲うのか。
軍隊がどこまで対処できるのか。
誰にも説明できなかった。
だからこそ、人々は最悪の想像をした。
明日にはペテルブルクが襲われるかもしれない。
今のうちに逃げなければならない。
食料も燃料も現金も確保しなければならない。
そんな不安が不安を呼び、街全体が一種の集団恐慌に陥っていた。
実際には、その時点で巨獣がペテルブルクへ向かっているという情報は存在しなかった。
だが、人間は「何が起きるか分からない状況」に最も弱い。
見えない脅威は、時として怪物そのものよりも速く広がる。
ニュースが流れてから数時間で、市内の買い占めは暴動寸前まで膨れ上がった。
ガソリンスタンドには車列が数キロ続いた。
ATMは空になり、現金引き出し制限がかかった。
店はシャッターを半分閉め、入場制限をかけたが焼け石に水だった。
物資は文字通り消えた。
残ったのは倒れた棚、破れた包装、床に散らばった中身だけ。
警察が来ても、人の波は止まらない。
最終的には暴動鎮圧部隊が投入される騒ぎになった。
俺は押し合いの中で、自分が集団心理の渦に巻き込まれているのを自覚していた。
「冷静でいろ」と頭では分かっている。
まだこの街が襲われると決まったわけではない。
だが、周囲が奪い合えば、自分も奪わなければならないという衝動が生まれる。
この時になってようやく、祖父が語っていた戦時中や国家崩壊期の話の重みを実感した。
巨獣が街に来る前に、人間の方が先に限界を迎える。
物理的に破壊される前に、信頼が壊れ、秩序が崩壊する。
「明日も同じ生活が続く」という前提が壊れる。
理屈ではなく、恐怖そのものが人を動かす。
そうして、社会というものは、建物や法律が壊れる前に、人の心から崩れていく。
だからこそ、計画は急ぐ必要があった。
物資の確保だけじゃなく、人の配置と流れを整える。
コミュニティを“形”にしない限り、この混乱に飲み込まれるのは時間の問題だった。
だから俺は、備蓄の優先順位を即座に切り替えた。
「多く持つ」じゃない。
「確実に持ち帰る」「分散させる」「見せない」。
派手に買えば目を付けられる。
だから時間を分け、店を分け、運ぶルートも変えた。
コミュニティの連中にも同じやり方を徹底させた。
物資は集めるが、ひとつの場所には置かない。
奪われた時点で終わる計画は、最初から計画失敗だ。
あの冬は、怪物より先に人間の本性を見せつけられた季節だった。
計画は紙の上じゃ完成していた。
だが現実の寒さと焦り、混乱、奪い合いの中で、それを守れるかどうかが生死を分けた。
「理想のコミュニティ作り」なんて綺麗な言葉は、あの現場にはなかった。
基礎を固めるまでの時間。
あれが一番の地獄だった。
そして、俺たちの備えの結果がはっきりと形になったのは、ペテルブルクが事実上放棄された頃だ。
最初の1体、「牛鬼寒冷種」が市外縁に現れた時点では、まだ楽観論も残っていた。
軍は即応し、砲撃と航空支援で撃退した。
被害は出たが、「都市防衛は機能している」という建前は保たれていた。
だが2体目、3体目と続いた。
出現間隔は短くなり、出現位置もばらついた。
発電施設が破壊され、変電所が焼け、地下鉄の一部が水没した。
交通は寸断され、港湾機能も停止と再開を繰り返した。
攻防は数ヶ月続いたが、消耗の差は明らかだった。
巨獣は1体倒しても終わらない。
それでいて、防衛側は一度壊れた橋も、失われた弾薬も、消えた兵員も、簡単には戻らない。
補給は遅れ、部隊は疲弊し、修復より破壊の方が早い。
軍が限界を悟ったのは当然だ。
再編成は避けられなかった。
街が繰り返し破壊される中で、市民の心理は急速に崩れた。
経済は事実上停止。
商店は閉まり、現金の価値は急落し、物々交換が増えた。
警察は出動しても対処しきれない。
通報があっても車両が足りない。
燃料も、人員も足りない。
略奪は食料だけに留まらなかった。
暖房設備、発電機、車両、さらには空き家そのものが標的になった。
持ち主が避難した家は「共有財産」扱いだ。
ドアは破られ、窓は割られ、使える資材は全部持っていかれる。
冬を越すためなら、連中は壁ごと剥がした。
そしてロシアは広い。
広すぎる。
理屈の上では全土防衛も語れるが、現実は違う。
インフラの整っていない地方は無数にある。
燃料も弾薬も無限じゃない。
戦力を薄く広げれば、どこも守れない。
全土防衛という幻想は、早い段階で否定された。
政府が打ち出した方針は明確だった。
モスクワとウラジオストク、この二都市を重点防衛拠点とする。
資源の集中。兵力の集中。防衛ラインの最小化。
軍事的には合理的だ。
指揮系統を集約し、補給線を短縮し、防衛範囲を縮める。成功確率は上がる。
だが、それ以外の地域はどうなる?
答えは単純だ。
切り捨てられる。
ペテルブルクも例外じゃなかった。
公式発表は「段階的戦力再配置」と表現されたが、現場で見れば撤退だ。
発表から1週間も経たないうちに、重装備が順次移送され、部隊の一部が南へ移動を始めた。
その動きはすぐに市民に察知された。
軍の車列の後ろに、民間車両が列を作った。
家族連れ、老人、子供。
スーツケースを積み、毛布を積み、犬や猫を抱えて、とにかく「守ってくれそうな存在」に縋る。
それを責める気はない。
国家という枠組みがまだ機能しているなら、そこに身を寄せるのは自然な判断だ。
俺だって、もし準備がなければ同じことをしていたかもしれない。
軍に付いていく道もあったが、俺たちには自分たちの場所で生きる方を選んだ。
それができたのは、事前に居場所を用意していたからだ。
コミュニティってのは、単なる集まりじゃない。
国家が手を引いたあとでも、最低限の秩序を維持するための土台でもあった。
撤退のニュースが出た時点で、俺たちは即座に手順を実行に移した。
慌てて動いたわけじゃない。
むしろ、想定より数週間遅かったくらいだ。
分散していた物資を回収し、拠点へ移送する班と、周辺の状況を監視する班を動かす。
移動は夜間中心。
目立たない車両を使い、ルートは固定しない。
拠点に集まった時点で、全員の役割を再確認した。
警備、医療、整備、配給。
誰が何をやるかは最初から決めてある。
コミュニティ内の混乱は最小限だった。
あの瞬間に実感したのは、備えってのは、物資の量だけじゃない。
判断の順番と、動き方を共有しているかどうかだ。
軍が撤退を始めた夜、街は異様に静かだった。
サイレンも減り、検問も減り、誰もが「本当に終わった」と理解していた。
多くの人間にとって、それは絶望の始まりだっただろう。
だが、俺たちにとっては、想定内の局面だった。
国家の防衛圏から外れた都市は、法的にも実質的にも空白地帯になる。
そこからが本当の意味での自立だ。
ペテルブルクは事実上、そこで終わった。
しかし、俺たちの集団はその日を境にようやく“計画”から“生活”に移行した。
巨獣時代は、本当に過酷だった。
後から振り返れば「戦争」と一言でまとめられるのかもしれないが、現場にいた人間からすれば、あれは戦争というより世界の崩壊だった。
物資も武器も持たない人間は、追い詰められれば簡単に一線を越える。
略奪は珍しくなかった。
俺たちのコミュニティも何度か狙われた。
様子見の連中から、夜陰に紛れて侵入しようとする連中、最初から奪う気満々の集団まで色々だ。
だが本当に厄介だったのは、銃を持っていない連中だ。
子供を連れた母親。
凍傷寸前の老人。
泣きながら助けを求める若者。
あれが一番堪える。
だが、コミュニティを存続させるには線を引く必要があった。
原則は崩さない。
内部の人間以外は受け入れない。
例外を作れば、その瞬間に噂が広がる。
「あそこに行けば助けてもらえる」となれば、人が集まりすぎる。
感情で人数を増やせば、食料も医薬品も一気に底をつく。
物資が減れば内部が揺らぐ。
揺らいだ共同体は、長く持たない。
冷たいと言われても仕方ない判断だが、俺たちは頑として門を閉じた。
感情を優先した場当たり的で無計画な優しさは、却って自分たちを苦しめ、そのまま全滅に直結する。
だから規則を守った。
それだけだ。
それがなければ、俺たちも消えていた。
そしてやはり、巨獣が蔓延る世界は俺の想像以上に危険すぎた。
あれは単なる大型生物じゃない。
自然そのものが牙を剥いてきた、という表現が一番近い。
日常的に遭遇する“小型”ですら、体高は平気で2mを超える。
分厚い脂肪と、装甲みたいな皮膚に覆われていて、拳銃弾なんてまともに通らない。
ライフルでも角度が悪ければ弾かれる。
足は異様に強靭で、雪原だろうが舗装路だろうが関係なく突っ込んでくる。
コンクリートを蹴って走る様子は、戦車が突進してくるのと変わらなかった。
視覚と聴覚も鋭い。
夜でも物陰でも、人間の動きはほぼ隠せない。
息を殺しても無駄だ。
風向きが悪ければ匂いで位置を把握される。
だが本当に厄介だったのは、単純な身体能力じゃない。
“考える”ことだ。
単純な罠にはかからない。
一度仕掛けて成功した場所では、次からは警戒する。
群れで動く個体は、統率が取れている。
逃げる人間の進行方向を予測し、仲間が先回りして待ち伏せる。
背後を取ったと思ったら、それ自体が誘導で、撃った瞬間に横からそいつの仲間が襲ってきたこともあった。
昨日通用した手が、群れの中で情報が共有されて、今日はまったく効かないなんて普通だった。
狩りのやり方が、効率的すぎる。
しかも奴らは単一種じゃない。
種類ごとに動きも弱点も違う。
同種でも個体差が激しい。
慎重なやつもいれば、異様に攻撃的なやつもいる。
中には、こちらの戦術を学習しているとしか思えない個体もいた。
誘導して撃つ──それを二度目には避ける。
遮蔽物を利用する。
音でこちらを揺さぶる。
人間の兵士と戦う方が、まだ予測が立つ分だけ楽だったかもしれない。
頭を撃てば倒せる、なんて単純な話じゃない。
確かに急所はあるが、そこに当てるまでに何人死ぬ?
火炎瓶を投げたこともある。
皮膚が厚すぎて、表面が焼けただけで止まらない。
燃えたまま突っ込んでくる。
奴らは獲物を捕食するために最適化された生命体だ。
筋肉、感覚器官、反射速度、持久力──どれを取っても人間を上回る。
俺たちが必死で学び、適応しようとしている間にも、向こうは最初から完成されている。
その差が、常に付きまとっていた。
奴らとの攻防で多くの仲間を失い、せっかく貯めた食糧を食い荒らされ、計画が大きく狂うことは多々あった。
だからこそ、コミュニティを守るには徹底的に合理的である必要があった。
感情で判断すれば、すぐに死ぬ。
甘さを見せれば、内部から崩れる。
慢心すれば、巨獣に食われる。
巨獣時代は優しさや理想を否定する時代じゃないが、それを守るためには、まず生き延びなければならなかった。
俺たちは、生き延びることを最優先にした。
それだけが、次の世代に何かを残せる唯一の方法だったからだ。
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