Data 59. 無我
「そうさ。 【サーバープログラム・エインヘリヤル】の役割は……世界を繋ぐ事ではない」
……。
「【英雄を産み出すための、古代の遺産なのさ】」
サーバープログラム・エインヘリヤルは古代の遺産。
そして、その役割は……。
「エインヘリヤルというデータの世界で投影した英雄を、このヴァルハラへと映し出すこと……それが……」
それは……。
「そう、君たちが本物だと信じ込んでいた世界は……」
……。
「仮想世界だ」
――――――
Data 59. 無我
――――――
俺の視線は固まり、それと同時に思考も固まっていた。
おそらく、Mariaも同じ反応をしていただろう。
今になって我に返ると、コンピューターの静かな駆動音だけが室内へと響いていた。
「冗談……ですか?」
Mariaが震える口を懸命に開き、奈瑠美さんへと問い返した。
俺もMariaと同じ答えを期待していた。
しかし……
「冗談でもホラ吹き話でもないさ。 このヴァルハラこそが現実であり、君たちは仮想世界の中で産まれた……現実世界を救うための英雄なんだ」
「そして、逢魔の災厄でここが狙われ【エインヘリヤル】が破壊されてしまえば……その仮想世界は、消失する」
返ってきた答えは、ハッキリとした真実に加えて、それ以上のものだった。
俺が、この世界の夢を見たころから感じていた感情。
大地に足を降ろし、戦い……仲間と苦難を乗り越えた時に芽生えていた心。
【生きている】という強い実感。
それらの感情は……俺たちの世界ではなく、この世界こそが本物だったから、だったのか……。
俺たちの顔を見た奈瑠美さんは、申し訳なさそうに目を伏せた。
「すまないね。 私も、言うべきが悩んだんだけど……」
「真理愛!」
Mariaを呼び止めるが、彼女は黙ってログアウトしてしまった。
無理もない。
偽物だと思っていたこの世界が本物だと、ついこの前知らされ……。
そして、本物だと思っていた俺たちの存在こそが偽物だったんだ。
彼女にとってはショックが大きいだろう。
「ごめんね……」
呟いた奈瑠美さんの頬には、一粒の雫が流れていた。
「奈瑠美さん。 話してくれて、ありがとう」
俺はそう言って、現実世界……いや。
俺たちの世界で真理愛へと連絡するためにログアウトした。
……。
あれから、真理愛へと電話を一本入れたが、彼女は出ることはなかった。
俺も……何て言えばいいか分からず送ったメールの内容は【今はゆっくり休めばいい】。
それだけだ。
こんな風に気の利いたことも言えず、朝を迎えていた。
学校の教室では皆がいつも通りに、いつも通りの日常を過ごしている。
もし、皆がこの事を知ったら……。
「元気ないな。 どうしたんだ?」
俺のおかしな様子に気付いたのか、宿祢が声をかけてきた。
いつも通りに振舞っていたつもりだが、彼からは見抜かれてしまったか。
「少し、疲れたんだ」
「ふーん、まぁいいか」
何も気にしないように宿祢はそう言って、チャイムと共に自分の席へと戻っていった。
彼は触れないでいてくれるが、俺が何か隠している事も当然気付いているだろう。
俺たちは、偽物だ。
この虚構の世界で生きているのも、全て……ただのデータであり、まやかし……。
俺は、幼い頃から……誰もが感じたことがある様に、この世界が偽物かもしれないと思い立った日から、そういう可能性も当然あるものとして頭の片隅にとどめて生きてきた。
奈瑠美さんから真実を聞かされた時は驚きはしたが……。
まぁそういう事もあるか
一晩眠り、そう思いなおせたんだ。
動揺はあるけど、悲観はない。
しかし、皆は違うのか?
皆がこの事を知れば、ふさぎ込んでしまうものなんだろうか?
それを示すように、真理愛は今日、学校には顔を出さなかった。




