Data 53. 残影
「リリスよ。 貴殿が望んだ存在は、無事にこちらに来れたのだな」
無機質な冷たい部屋。
そこへ暖かな呟きが灯った。
リリスが眠る研究室で、同胞の朱雀は彼女を眺めていた。
「逢魔の災厄……神の示す、終幕の宴」
「世界の行く末を左右するのは……我々の慕うあのお方の影……」
杏は目を閉じて、再び開いた。
線香花火のような瞬きの奥に、未知の未来を見据えていた。
「あの子はその時。 どんな選択をするのかのう」
――――――
Data 53. 残影
――――――
チャイムが鳴り、今日の授業が全て終わった。
解放感を得た学生たちは思い思いに席を立ち親しい友人と喋りはじめる。
「飛鳥馬! いい加減ギルド作ってくれよ! 厄介な敵が強くてよ、皆困ってんだ」
「まぁ、気が向いたら」
陽気なクラスメイトへ適当な相槌を返した。
誘拐事件から休校していた学校も明けて、俺の噂はたちまち広がっていた。
防衛省 サイバー防衛局長【鷹司 軽魔】。
その一味の悪事を暴いたスーパーマン扱いだ。
もちろん、俺や警察から真実を明かしたわけではない。
噂の発端は、真理愛や翔。
彼女らがひょんなことから真相を話してしまい、今では俺を旗元にして学校全体で大規模ギルドを作ろうなんて動きができている。
意気揚々とこれからの展望を独り言のように話していたクラスメイトへ困っていると。
噂の発端となった事を気にしているのか、真理愛からのフォローが入る。
「ごめんね! 私たちもちょっとナーバスになってるっていうか……」
「まぁそうだよな。 シルバーたちに誘拐されたんだし、当然気が向いたらでいいよ!」
誘拐されたことは正直もう気にしていない……。
だけど、真理愛の言葉も最もだ。
俺たちには……責任ができてしまった。
あの世界が本物だと知ることで。
その重責を他の皆へ知ってもらえば当然、俺たちのように責任を感じるだろう。
別世界の住民を守るために、私生活を犠牲にする者も出るだろう。
それは……彼らの人生を潰すことにもなるのではないか?
そう考えてしまうんだ。
「悪いな」
「いいって」
なりふり構っていられないのは分かる。
けど、こっちの世界で俺たちも生きてるんだ。
度重なる話し合いの末に、今はまだ知人や世間へは隠しておこうという事になっている。
「それより新しい敵って?」
俺はクラスメイトへと尋ねた。
彼は詳細を思い出すように数秒うなり、話始める。
「俺も先輩から聞いたんだけど……コピーがいるって話だよ」
「影が人型になったような黒ずくめの敵で、俺たちプレイヤーと同じ能力を持ってるんだ」
「中には自分と全く同じ力を使う存在と戦ったっていう話もあるみたいなんだけど……」
コピー系の敵か?
相手の力を自分のものにしたり、相手の姿や能力を映し出す敵。
影系統の敵やドッペルゲンガーなんかによくある、ゲームの定番の敵だ。
「それが……カルデアみたいなプレイヤーかもしれないって噂があるんだ」
「俺たちはそれを【残影】って呼んでる」
カルデアの残党か?
それとも、カルデア以外の……敵……?
「てわけで、対抗するために俺たちも集団連携を高めようって話が内輪で出てるんだ」
「そうだったのか。 良い情報を助かる」
……あれは、Kazuraの影なのか?
「代わりと言っては何だけど、山岳地帯は朱雀の加護が消えて強力な魔物が出るようになった。 行くときは気を付けた方が良いよ」
「そうなのか。 サンキュー!」
俺は代わりの情報を渡して、真理愛と共に電車に乗り帰路についていた。
当然今日もログインする。
真っ直ぐに帰り、あの世界を、人々を守るために力を蓄えなければならない。
CSOの事を考えていると電車の揺れが俺たちの心の迷いかと錯覚してしまう。
「あのさ、ちょっと寄り道していこうよ」
これからどうすればいいかを考え、心ここにあらずだったが真理愛の声で意識を取り戻した。
「え? でも……」
「いいから! ついてきなって!」
断るのも気が引けるので、CSOにログインしなければという思いを飲み込み、俺は真理愛へついていく。
繁華街のある駅で降りて、デパートの地下にある人気のアイスクリーム店へと入った。
「これ食べたかったんだ。 冬になると寒いからさ~」
「確かに。 それはそうだな」
冬のアイスは体も冷えるからな……。
色々あって忘れていたけど、そういえばもう残暑も無くなり秋の盛りか。
俺たちはアイスを食べて、ウィンドウショッピングをして……観覧車に乗っていた。
人々が紡いできた街並みを祝福するように、暖かな夕日がビルの窓へと反射している。
「良い景色だ」
「飛鳥馬、やっと力が抜けたね」
……これは悪いことをしたな。
彼女はずっと、気を使ってくれていたのか?
真理愛と同じ空の景色を見ていると、彼女は眼をそむけたまま口を開いた。
「あのさ……ありがと……」
「え?」
「すーくんから聞いたの。 私が攫われたって聞いて、必死に戦ってたって」
……そういえば、彼女の口からそのことを初めて聞いた。
彼女が攫われたことはフェイクであり、まんまとハメられたのは俺の方だ。
攫われてないならそれに越したことはないし、別にお礼なんていいのに。
「良かったよ。 攫われてなくてさ」
「うん……」
再び沈黙が訪れた。
「今日さ、楽しかった?」
「最初は……CSOにログインしなきゃって思ったけど。 でも、おかげで楽しかったよ」
「うん、私も」
そうだ。
責任感ばかりに追われていては、本当の強さは出せない。
俺はあの時、真理愛を守りたい。
逢魔の災厄を本気で止めたいと思ったから……鷹司 巳葛と。
Kazuraと戦う事が出来た。
こっちでもあっちでもそれは同じなんだ
本気で守りたい存在や繋がりがある。
日々の日常を過ごすことで、それを感じる事も必要なことだ。
真理愛は俺に教えてくれたんだ。




