Data 50-B. 0への序奏曲 Part2
「聞かせてください。 あの事件の裏で、何が起こっていたのか……」
俺たちは息を飲み、言葉の続きを待った。
生唾を飲み込む音が大音量に聞こえると錯覚するほどの静寂。
やがて、武内さんはそれを破り話し始めた。
『ワタシは……夢を見ていた。 幼い頃からね』
『剣を扱い悪と戦う。 変幻自在の魔法を使い、地をかけ空を行く』
『子供なら、誰もが見るそんな夢だ』
フルダイブを完成させた異端児も俺たちと同じような子供だったんだ。
彼はその夢を捨てきれずに、研究へと没頭していったという。
『ワタシはその世界を産み出しそこへ行くために、日夜研究に明け暮れていた。 新しい推論を立てては失敗を繰り返す日々だった』
『そして、ある時。 謎の女性からの接触があったんだ』
『直接出会った訳ではない。 ネット上でのやりとりさ。 ワタシは彼女の考えと思想に惹かれていった。 研究の内容を相談する事もあった』
『ある時。 その女性はメッセージへこう記した。 【夢の世界が本当に存在するならば、そこに行くのも面白いかもしれないね】と』
彼がそう言った途端、部屋のモニターがこのCSOの世界を映し出した。
陽の光を木葉が反射させる森の景色。
澄み渡る空が海と重なる情景。
商売や娯楽を通して街行く人々の営みなどが映し出されていく。
まるで……。
『あったんだよ、夢の世界は。 ワタシが作るまでもなく現実として存在していたんだ』
……。
『この世界はゲームではない。 本物なんだよ』
――――――
Data 50-B. 0への序奏曲 Part2
――――――
今まで腹の奥底に溜まっていた違和感が解消され、間欠泉の様に吹き上がった。
あまりにもリアルなNPCの反応や動き。
現実のような物理法則。
この世界に降り立って、生きているという感覚。
全ての違和感は、ゲームと思っていたこの世界が本物だったからなんだ。
彼の言葉によって、皆は度肝を抜かれていたような反応をしていた。
動揺の声を発したわけではない。
ただ、彼らの戸惑いを隠せない振る舞いや喉の奥の小さな呻きが空気を伝い、俺の心へと訴えかけてきていた。
後に彼の言葉に反するように、Sigさんが声を上げた。
「バカな……。 この世界はゲームじゃなかったとしても【夢】じゃないのですか? 集合的無意識の、深層意識に存在する私たちの夢じゃ……」
『驚くのは無理もない。 最初はワタシも信じられなったんだ……』
武内さんの明るい声からはどこか、その裏に隠れた僅かなもの哀しさを感じた。
それを振り切る様に、彼は話を続けていく。
『この世界を観測した時、その女性から新たな連絡があった』
『【もしその世界が本物だったとして、そこに行く勇気はあるかい?】。 それが初めて聞く彼女の声だった』
『彼女は何かを知っている。 ワタシはそう思った』
『夢の世界への好奇心は、未知の世界への探求心へと変わっていった』
たった一人の女性との出会い。
そこから、彼の才能が花開いていったのか。
……その人はいったい何者なんだ?
『しかし、その世界へと行くため既存の技術は意味をなさなかった。 自分がやってきたことは無意味だったのかと苦悩の日々が続いたさ』
『ある時、その女性からこう提案された。 【ゲームとしてVRMMOを利用してみたらどうだ?】とね』
なるほど……そういう事か。
この世界は集合的無意識を利用して作られたゲームだ。
人類の意識で繋がる深層心理。
それを利用したんだ。
『気付いた者もいるみたいだね。 そうだ、我々の集合的無意識はこの世界の住民と繋がっていた』
『その深層心理と我々の意識を繋ぐことで、その世界へデータとして顕現できるようになったんだ』
「待って! 住民ってNPCじゃないの!?」
真理愛からしたら……いや、他の皆も優しい人たちだ。
今まで魔物にやられたNPC達が本物だった。
それを知ってしまえば、先ほど武内さんが言ったように、俺たちは責任から逃れられなくなる。
実際にその責任があるのかどうかは別として。
多くの人間は、力があるのに救えなかった後悔が重責と変わり頭の中へ付きまとうだろう。
『この世界に生きる本物の人間だ。 彼らは私たちよりずっと過酷な世界で懸命に生きている』
「そんな……」
俺たちが求道者と呼ばれ、神の使いのような扱いを受けているのはこういうことだろう。
自分たちへと降りかかる災厄を防いでくれるからだ。
『落ち込むことはない。 むしろ君たちは人々を守り、街を守っている。 この世界の人類からしてみれば英雄だ』
『そして、我々はこの世界を【ヴァルハラ】と名付け、逢魔の災厄を知った……この世界の人類を滅ぼさんとする、神の意向。 それが逢魔の災厄だ』
……。
「神の……?」
『あぁ、そうだ。 この世界の人類は自分たちの欲望のままに自然を破壊し、繁栄を求めた』
『この世界で逢魔の災厄は、神による人類への戒めや怒りと言われている』
『それを乗り越えるために、我々アナートマンは君たちプレイヤーを集めたのさ』
俺たちは最初からそのために、ここにいたのか……。
ゲームとして楽しむためではなく、この世界の人達を守るために……。
『ワタシが世界の存在に気づいてから、続々と政界の役人からの接触が増え始めた』
『この世界を牛耳ろうとするもの、我々の人類を守るためにこの世界を利用しようとするもの、様々な思惑を持った勢力だ』
『ワタシはその女性に相談した。 もし世界を渡るという過ぎた力を完成させてしまったら、その責任の所在はどこにあるか』
『帰ってきた答えはこうだ。 人間が選択したものは、その人間が自身で選んだことだ。 ましてや…………いや。 ともかく、我々に生じる責任は一切ないと』
確かに……事実としてプレイヤー達の力がなければ逢魔の災厄で街は滅ぶだろう。
だが、それを利用したカルデアもまた俺たち側の人類だ。
この責任は自分自身にあるのか?
彼は、自問自答を繰り返してきたんだ。
『政界からの協力の誘いをすべて断り、ワタシは一ゲーム会社としてこのChristal Salvator Onlineを完成させた』
『人類の善性を信じて、ワタシはその答えを皆へ委ねたんだ』
Sigさんが納得のいったように口を開き話し始めた。
「なるほど。 逢魔の災厄を利用したカルデアも、以前からこの世界を狙っていたと……」
「私が担当したわけではないが、鷹司 軽魔が取り調べで言っていたらしい」
「【我々人類を守るためだ】 【民衆が知るにはまだ早い】と……これはここだけの者の秘密にして欲しい」
政界の権力者に繋がる犯罪者シンジゲートのカルデアは、この世界を狙っていたということか。
しかし、守るためとは……どういう事だ?
ヤツらは、逢魔の災厄を利用してこの世界を牛耳ろうとしていたわけではないのか?
『そういう事さ。 これが今回の事件の繋がりと、それに起因するこの世界を巡る抗争の経緯だ』
「しかし、今でも信じがたい。 これは貴方が作ったゲームではないという確証がどこにあるのですか? ゲームのようなスキル、魔物。 貴方が想像した産物ではないのですか??」
『それを言われては返す言葉もないな。 しかし、これは事実だ。 プレイヤーが異能を扱えるのは古代の英雄たちの力を借りているからさ』
「それは、このゲームの中の歴史でしょう? この世界が本物だったとして、それを示す根拠はどこにあるんですか?」
『少なくともワタシは、エネルギー体である精霊を我々の世界へ呼び寄せるなんて事は到底できないがね』
……。
「アルンを、見せてやってくれ」
ヒーくんはアルンを呼び寄せた。
小さき子狼の姿を見たSigさんは、時が止まったかのように硬直した。
『最初に言った通りさ。 ヴァルハラ……この世界は、本物だ』
最初から言っていただろう?
そうメッセージを残すように、薄暗い部屋の中で光を放っていたモニターが切り替わった。
――――――
迫りくる魔物たちと戦う人類は、破滅へと追い込まれていた。
やがて失われた古代の遺産であるロストテクノロジーをもった英雄達が現れる。
その技術は異能を発現させるシステム、クリスシステムと呼ばれた。
起死回生の一手を得た人類は、形勢逆転を経て繫栄していく。
新たな文明で、自分だけのクリスシステムを発現させよう!!
Christal Salvator Online。
――――――
第三ノ求道。
滅諦・空即ノ悟
――――――




