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Data 36. 蹴鞠の会




 9月に入って2週間ほどが過ぎた。

 だんだんと消え行く夏の残り香を噛みしめ、俺たち生徒は長期休み明けの学校にもようやく慣れてきたといった感じだ。


 心なしか、朝の通学路に木霊する学生諸君の足音も軽やかになってきているように感じる。


 いつも通りの朝の空気が爽やかなただの通学路だ。

 ただ一つの懸念を除いて。


「あれって、あの先輩だよな?」


「聞こえてるって、目付けられるぞ」


 見られている。


 何回か俺の方を見て、学校の生徒が何かを話していた。

 錯覚ではない。

 明らかに俺の方をみて小声で噂話をしているような……。

 そんな振る舞いをしているんだ。


 夏休みが明けて俺のおかしな噂が消えたと思ったら、今度は別の噂でも流されたのだろうか。


 心を無にして道を行き、学校に到着。

 この前友人になった席の近い【烏丸カラスマ 咲月サツキ】と挨拶を交わし、俺は自分の席へと着いた。


 彼女によると真理愛たちはコンピュータ研究会に招待されて、遊びに行ってるらしい。

 一体、何の招待なんだろうか。


「飛鳥馬、調子良さそうだね」


「あぁ。 また、少し武道をやってみようかなって思えたんだ」


「ふーん。 なんか、カッコイイじゃん」


 悪戯っぽく微笑む彼女に僅かながらに胸の鼓動が跳ねてしまった。

 彼女の隠れファンが多い理由が、なんか分かった気がする。


 俺はそれを誤魔化すように、話題を変えることにした。

 先ほどの違和感が、自分への噂かどうかも確かめる意味も込めて。


「そ、そういえばさ。 なんか……」


 すると会話を遮り、クラスでお調子者の男子が声をかけてきた。


入鹿イリシカさ。 CSOやってるってホントか?」


「あぁ、やってるよ」


「マジで!? 名前は!?」


「Iruka」


「まじかよ! 俺もやってんだ! 今度パーティー組もうぜ! まりまりにも言っとくからさ! よろしくな! 忘れんなよ!」


 い、勢いすごいな。


「も、もちろんさ」


 彼の勢いに乗せられてついOKしてしまった。

 いや、別にダメじゃないんだけど。

 俺の意思とは関係なく自然にOKを出してしまった。


 いつの間にか俺の意識は彼の世界に引っ張られていたみたいだ。

 声のでかい彼が去っていき唖然としていると、咲月が俺を元の世界に呼び戻してくれた。


「さっき噂の事、聞こうとしてたでしょ? こういうこと」


「なるほどね。 でもなんで……」


 俺がIrukaだという事が学校内に知れ渡っていたらしい。

 自分が思っているより、Irukaというアバターは有名なのかもしれない。


 でも、なんでこんな噂が……?

 そして俺がIrukaだという事、真理愛は自分から言わないはずだし……。

 それ以外で俺の個人情報を知るのは……CSOの開発会社【アナートマン】……。


 色々な疑念が浮かび上がる中、それは一旦おいておき。

 今は咲月から新たな情報を得よう。

 彼女は何か知っているだろうか。


「咲月はこの噂の出どころって知ってる?」


「私も友達から聞いたんだけど。 これ」


 咲月は携帯の画面を見せてくれた。


 ……学園交流掲示板?


 そこにはIrukaというプレイヤーが学園の生徒らしいという事が記されていた。

 そもそも、なんでそれを知ってるんだ?

 俺がIrukaだという事を知っているのは……他に思い当たらない。


「……ありがとう」


「やっぱ、知らなかったんだね。 CSOってすごい人気だから、学校中に広まってるよ」


「真理愛がコンピューター研究会に行ってるのもそういう事か」


「当たり」


 彼女は属性魔法を正確に使えるように広めたCSO界での有名人だ。

 この噂を見て、パーティーランキングに記載してある名前からそれを推測したんだろう。

 Irukaが俺だとするなら、Mariaはきっと真理愛だって。


 そして、俺はこの日。

 心の底へと溜まるモヤモヤのおかげで、授業が頭に入らなかった。



――――――



『どうだった? 噂の効果は?』


「あぁ、間違いないみたいだな」


 学生服を着た生徒は、電話越しに答えた。

 彼が昔から知る回線の向こう側の相手は、薄気味悪く小さく笑った。


『そうか。 念のため打った最後のピースが上手くハマッたようだな』


「……」


 その存在を前にすると、彼の思考は停止してしまい言いなりになってしまう。

 時折、反抗的な態度を取ろうとしてみても、彼の心の底に生まれたその悔しさは瞬時に泡となって消えていた。

 幼い頃に植え付けられた上下関係と恐怖が彼の心をそうさせていた。


「……何をしているか、俺には教えてくれないのか?」


『お前にはまだ早い。 これは父上と進めている計画でもある』


 彼にとってそれは初耳だった。


 だが、それはいつもの事だ。

 昔から自分は除け者として扱われてきた。

 都合の良い時に利用されて、用が済めば関係を断たれる。

 そんな存在だ。


 今回もそうすればいいだけなのに。

 何故、今更自分へと目をかけるのか。


『この件を終えれば。 正式にお前に仕事を任せる事もあるだろうな』 


 彼の腹の底の吹き溜まりには、そんな期待感と懐疑心が厚く重なり合っていた。


『そうすればもう、コソコソと今までの暮らしをする必要はない』


「あ、あぁ……」


『頼りにしているぞ。 鎌』



Data 36. 蹴鞠の会



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