結成の春――②炭鉱の町
少し文体が、変わってます。
また、何か意見あれば戻したり統一したりするつもりです。
では。
一言でいうならば、そこは「灰ずくめの町」……だろうか。
空に果てなく昇る鈍色の煙。
煤まみれの家屋の外壁。
炭火焼の匂いが漂う屋台。
赤い暖かな光に包まれたガラス扉の先。
笑う声、姿。それが来霧たちの視界に飛び込む。
ここは山脈の麓の集落。〈タジンスタン〉だ。
「そんなに寒くは感じませんが……」
「たぶんそれは、ストブルの方が平均気温が低いからかもしれないな。なんかこう、ここ全体で寒さを凌いでいるというか、そんな感じがするんだよな」
クララの問いに翡翠はそう答える。それに対し、来霧は一回頷いて返す。
「こういう山となると、気温の変化が激しいだろうしね。場所によってはストックブルク以下かもしれない」
「ふむむーぅ。それにですね、ここは交易路の途中にある町の一つですからねぇ」
「ああ、そうか、申は比較的温暖だからな」
コートを羽織る中年の男性とすれ違う。
毛皮のコートを羽織っていたが、その顔立ちからは商人のように思える。
「……どしたの? 来霧」
鼻頭をつまんで、考えているそぶり見せる来霧。
「あ、いや。ただ皇帝に謁見って出来るのかなぁってね」
「難しい話ね。多分」
「それなら、理由を作ればいいと思いますよ」
「キーリ……それもいいかもな」
「まあ、そこで重要になるのはどんな内容で持ちかけるかよねっ。来っち」
その言葉に一回ため息をつく来霧。
「まあ、今のところは不可能ってことね」
(ぐほっ)
胸に釣り針の先のような矢印型の刃物が刺さる。もちろん受けたのは精神的ダメージのようだが。
「ふ、不可能っていうから出来ないままなんだぞー」
「そう思っている時点ででしょ」
(グサァ)
2本目。
「......相変わらずね。心の強度」
「ま、まあ、そうのようだけどね」
内心では、涙を流しているのだろう。
そしてその涙をハンカチで拭いている。
「ねえ。来っち」
「な、何?」
「危なさそうじゃない?」
「あ、成程ね」
シャラがそう言って指差した先。それは山脈の7、8合目だろうか。
空の雨雲は遠目でも分かるほどうねっている。その中では、一瞬の光に続いてゴロロと荒れっぷりを見せているようだ。
「落雷で全滅って嫌だなあ」
「ははっ。間違いない」
ヒエロワの言葉に翡翠は同意するようだ。
「そうなると、感電バフついたまま転送されるのでしょうか。ふむむーぅ」
何度も響いてくる音にSnowは耳を塞いで対応する。
「どうだろうね......あっ」
怯えているSnowから不意に例の音が鳴り響く。
そして、その顔は赤く染まっていった。
「え、えと」
「大丈夫だよ。ほら」
来霧の指差す先には小洒落た外観の建物があった。
灰をも被ったような炭鉱の町に、見当たる限りで一件。
さらに、耳に届くこれは蒸気機関の音なのだろうか。何だか、その建物の向かいから、決して大きくはない音ではあったが、延々と途切れることなく聞こえる。寂れたようなその町に、マッチするような感じの。
「ふむむーぅ」
「どしたの?」
「あ、いや、何でもないです」
フードを被るSnow。
そして扉を開く。途端に鳴る鈴の音。その空間を流れるジャズの音色。その中でも漂うミートの焼ける音に匂いが少しするのに気付く。
「いらっしゃいませー。今日もミートソースに......初めてのお客さんでしたか」
どこかレトロな雰囲気の店内。そして、鈴に反応したのか、店の奥から出てくる女性。従業員だろうか。結構美人だ。
「あ、はい」
「こちらがメニューになります。エヘヘ。珍しいですね。ここら辺はよく、商隊が通りかかるんですが、来店は少ないんです。特に申都から北上の場合はね。直ぐにブルクに着くから」
ここにも一応宿はあるが、規模が小さいとのことだ。それに、タジンスタン山脈と、沿うように聳えているフェロウ山脈。その間にあるフェロウの町は、温泉地として「山脈の保養地」と呼ばれ、山脈越えの時の宿先として利用されている。
その魅力でタジンスタンは負けてしまい、今の寂れに繋がっているとのこと。
「恋したんでしょ」
「は?」
シャラが唐突に告げる。それに対し来霧は表情で訴えかける。
(いや、違うから)
「ふぅん。なら試してみよか」
手を振り上げて、掌を広げる。
(え、暴力――)
シャラの行動に対しそう思った、その時。
「はぁい。メニューお決まりですか?」
「は?」
思わずその声が漏れた。
「えっと、『特製オムライス』の特大と、『チーズハンバーグ』の特大で。えっと600gなんですよね」
「はい。そうですよ」
「じゃあ、私は『フライドポテト』と、『ポテトサラダ』でお願いしますね」
「はい」
シャラに続き、クララの注文。そのあともメンバーの注文が続いた。
終わった人から明るい喋り声が起こり、それは、一つのパーティー的な塊を作る。
そんな中で、女性は翡翠の注文に耳を傾けようとする。
「どうなさいます?」
翡翠に問いかける女性。
「じゃあ、『カツカレー』で」
「はい」
「あと、お名前お伺いしてもいいですか?」
その言葉に周囲は静寂に包まれる。注文が終わって、待ち望んでいる女子たちもだ。
(あ、これってまさか――)
「私ですか? セリーエって言います」
「じゃあ、セリーエさん。また今度コーヒー飲みに行きませんか」
案の定だった。ナンパ行為である。
翡翠はコーヒーをカップから飲む仕草をしながら誘う。
「堂々ね。ひすっち」
英里の制裁チョップが翡翠に見舞わされた。その被害を受けた部分を手で覆う。
「痛った。そこまでする必要は――」
「多分ない」
「あ、来っちまで!」
「翡翠と一緒にすんな」
「だよね……良かった。じゃあ、私は『オムライス』の並で」
そのまま、全員分の注文を聞いてセリーエはキッチンの方に戻っていった。
●
シャラの視線が痛い。その視線に何度被害を受けてきたか。
「食べて。余ったから」
「いやいや。頼んだのはシャラでしょ? そもそも
僕も満腹だし、諦めて食べたら?」
「何割?」
「9割だけど?」
「じゃあ、残り1割分食べたらいいじゃん」
(10割って聖堂行きにする気かよ)
そう言われて、口のついていないだろう反対側から2口だけ食べる。
「もう満腹」
「あっそう。もったいないなー」
不機嫌なシャラ。当事者は誰だとかの問題を無視したこの問題は、最終的に来霧に押し付けることによって決着した。
(たく。『もったいない』って言ってる本人が問題だろう)
心の底でシャラに文句を吐く。
しかし、その座っていた席にはシャラはいない。先に偵察に行ったのだ。宿のこともあり、一足先に支払いはちゃんとして出て行った。
「仕方がないです。シャラさんですからね。まあ、不服ならどうです? 口直しに少し交換しましょう」
残った、クララはポテトサラダと、フライドポテトを少し、皿に分けて差し出してきた。
「無理しないで下さいよ。ただでさえHP・MP両方
ともマックスなんですから。消費している頃が一番おいしい。だから、仕事の休憩時間に来ると、より美味しく感じるのかもしれないのに」
つまりは、運動すれば腹が減って、食べるご飯も美味しくなるということだろうか。
そう言い換えると、何だか当たり前のように聞こえる。
「ありがと。んじゃあ、オムライスも......はい」
渡した、まだ熱を持っている皿。オムライス。
「こちらこそ。少し味に飽きていた頃なんです」
「ふぅん。なら、少し急ぎ気味にね。たぶん待っているだろうから。文句言ってさ」
「喉詰めて聖堂行きはしたくないですしね」
その言葉に、それぞれ笑いあう。
そこには可笑しさもあったし、隠れた優しさがあったから。だからかもしれない。
「もしかすると、欠伸して待っているかもしれませんね」
「そうに違いない」
セリーエの言葉。それに笑って答える来霧とクララ。三人しかいないその机で。
「料理おいしかったです」
「ありがとう。おばあちゃんにも伝えておくね」
「ってことは、調理は……」
「私とおばあちゃんでするの。ほら。ここって人少ないでしょ? 寄ってくる人も少ない。だから二人で足りてるってわけ。まあ、それでいいか、と聞かれたらそうではないけども」
「そうでしたか。じゃあ、また会えればいいですね」
「その時は、こちらから出向くのかしらね」
そのセリーエの言葉に、来霧は反論はしなかった。
「そうなるかもしれません。まあ、未来のことなんて僕にはさっぱり分かりませんが」
そう言って、扉を引く。入る時と比べると、鈴の音は不思議と静かだった。
そうして正面から、あの時の音が聞こえてくる。
何かを回しているような音。
「ここにも温泉はあるの。ただフェロウとは違うのよ。何て言うか、旅疲れというよりも、仕事疲れの人に最適な温泉なの。それに規模が本当に小さい」
(それでも、温かさでは引けを取らないのかもしれない)
そう考えて、しばしの別れを告げた。
きっと今頃、洞窟の入り口で皆が待っているのかもしれないからだ。
「なんか、格好つけてましたねえ」
そのクララの言葉さえ、とても温かなものに感じた。
それはただ、寒さに負けてなどいられない、という心の表れだったのかもしれない。
●●
「迫力あるなあ」
「そうですねえ」
来霧の目一杯に開いた口から発された言葉に、クララの同意の言葉が返る。
目の前に開いた口。光のぎりぎり届く所にある、阻害持ちの泥水の浸かった道。
「頼むね。光を」
「もちろんですよ」
クララは、頭上の半透明なクラゲをつねって起こす。
少し不機嫌そうだったが、発光した黄色い体は、宙に浮きながら、周囲を照らしている。
「これでランプ節約できるわけだ」
「そうですよ! それに眷属遣いの場合、使役時のMP消費が少ないらしいんですよね」
翡翠とクララの声は、光の至る至らないに関係なく、四方から反射した。どこか、ストックブルクの議堂を思わせる空間だ。
もちろん、ただ翡翠の声が響き渡るだけではなく、遠くから何かが羽ばたく音、耳障りな音が聞こえてくる。
「蝙蝠でしょうかね?」
「じゃあ、行ってみようか。こっちの蝙蝠は人の血を吸うのかを確認に」
反対派が多かったものの、他に安全そうな道はなく、彼らはその道を進まざるを得なかった。
●●●
それから十五分ほど経った。
先方では、ヒエロワが、翡翠と共に偵察に出ている。後方は来霧とシャラがしっかりと監視している。
「上へ登れる階段はどこなのでしょうかね」
ふむむーぅと、疲れの溜まった息をつくSnow。
ここは暗闇の迷路のようだ。
もちろん、他の洞窟も同じだろうが、迷路を彷徨ううちに自然とHPも下がっていく。そして、それを回復という形で肩代わりするSnow。
長期戦は攻撃職のみではなく、支援職も苦しめる。体力の低めな支援職。
「まあ、階段がなければ、そんなクエストも存在しないでしょうけど」
「険しい山の表面を登るのかもしれませんね。ふむむーぅ」
シャラは、Snowを睨み付けつつ、「そうでなかったからいいけど」と呟く。
そうしてシャラが正面を向いたときだった。
『皆さん』
〈IIT〉の電信越しに聞こえた一言。ヒエロワの声だ。姿は一応、見えている。海月の光がギリギリ届く距離だ。
そこでヒエロワは手の矢印を左に向かって指している。
『〈岩彫りの熊)〉が十数体ほど』
「了解」
その指差した先。そこに飛び込むキーリに、それに続く翡翠。
「〈威圧法〉っ」
いつもの通りダッフルコートを羽織ったキーリは、それらの視線が一点に集まるのを確認した。
そこに翡翠の殴りが入る。フーっと溜め込んだ息を吐きながら、熊を撥ね飛ばす。
案外、体は硬いようだ。さらに、口にくわえた岩の魚を噛み砕く。
そのせいか、体力が回復していくようだ。
「だから、噛みつきはなかったわけだ。まずはあれから何とかするべきかもな」
翡翠はそう大声で伝える。それに対し、キーリは一回頷いた。
それを見た他の熊が、キーリに突っ込む。順々に一体ずつ往なして、受け止めていくが、それらを始末するのには、人手が足りない。
「よーし。一発ね」
そう思っていた時だった。目の前を何かが過ぎ去った。
矢か?
いや、銃弾だった。
英里は正確に狙い、一体を砕いた。
それは一体だけではあったが、それでも負担はましになったに違いがない。
続けて目の前を飛ぶ銃弾に矢。そして、気温の低下による寒気。
合流したのだろう。
「途中に蝙蝠に阻害を受けたんだけど、持ってる?」
「持ってます。あと2、3回来ても何とか行けると思います」
「なら、その分はあとに回しておこう」
「さあ。消費を控えつつ総攻撃です」
ヒエロワの声。動き出す7人。
彼らは、岩を砕き砕き、光の粒を見送る。そしてその背後でもまた、砕かれ、見送る。
「〈剛者の拳〉」
「〈風鈴〉」
翡翠の一撃によってヒビの入った熊は、 その先で英里に討ち取られる。
空を交う銃弾は、鈴の綺麗な音を鳴らしつつ、貫通する。本人曰く、微振動のためらしいが、よくは分からない。
「〈氷の尖塔〉」
「術式〈忘光〉ですよ」
地面から大きな霜柱が飛び出す、来霧の貫通攻撃。
それと別のグループでは、クララの支援魔法によって、相手の光耐性が大きく下げられていた。そこにヒエロワの天体干渉技が、周囲の敵を蹂躙していく。
「強いか。ならば、終わらせるまで」
キーリは半ば透明で、紫っぽいオーラに包まれる。手に持つ刀は、異様なもの。
どこか黒っぽい刀。いや、45度位の角度の刃はともかく、その反対側は弧を描き、砥が悪いのか凸凹が残っている。刀と呼んでいいのか分からない。
それでも、キーリは刀だと主張する。
「この黒刺刀で、一気に沈めていきましょう」
その刀を中心に、紫のオーラが発生しているようだ。
「なるほど。それなら直ぐに終わるかもな」
苦笑を交えつつ来霧は氷の巻き付いた木刀を振り回す。
その視線を感じつつ、キーリは敵に接近する。
そこに、これまで前線に立っていた壁役と同じ姿はなかった。
「〈黒刺〉」
そう、武器名を呟いて斬り込む。
与えられた傷は浅かったが、そこから広がる変化。
「......『直ぐ』ではないのか」
「そこは、どうにもなりませんね」
少しずつ広がる傷。溶けていくとは少し違うこの状況。
「まあ、こんな変化は基礎の基礎らしいですけどね」
キーリのサブ職。『分解者』の能力はそういうものだそうだ。
バランスを崩し、倒れ込む熊。そして、岩から出たものとは思えない、威嚇に似た悲鳴。
「あらかた片付いたわね」
「そうですね」
少しずつ消えていく様子を見つつ、キーリは返答した。
「やっぱりそうなるのか」
意味ありげにキーリは呟く。
『私の元に再集合してください』
ヒエロワの声がその二人の会話を引きちぎる様に聞こえた。中には返事をしている人もいるようだ。
「何か問題でもあったのか?」
『......ある意味問題かもしれません』
隣にいる来霧と、ヒエロワの声が、通信上、地の2つの方向から届く。
『ええ。とにかくこちらへ』
残りの7人が集合する。ヒエロワは通信を一旦止めて、天井の高い通路の先を指差した。
「ふむむーぅ。光ですね」
「ええ。もしかすると、次の階層から光が指しているだけかもしれません」
そんなヒエロワの声を、無視して先に向かうのはシャラ、英里、翡翠。
偵察という名の行動だろう。
それに対し、ヒエロワは一回深い息を吐く。
「仕方がありません。行きましょう」
その心には、いい偵察任務を果たしたとでも思っているのだろうか。
でも、そんなのは誰にとってもどうでも良かった事だった。
Snowは、光だーと大声で言い、来霧は微笑しながらそこへ向かう。それを追って様々な声が上がる。
もう、偵察どころの問題ではない。
存在感を示すかの様に、その声は少し狭い洞穴内に響き渡ったのだった。
●●●●
そこは広すぎる空間だった。外観からも想像できないそこは、床や壁が大理石で出来ていると思われる。そのため、光をよく反射し、清々しい空間だった。
そして、その空間には天井上に続く階段があった。
「ここですね」
「ああ」
半透明な板が螺旋状に漂って固定されている。光を丁寧に反射し、今にも階段が消えていきそうだ。
「ここでは、何かがあったのでしょうかね。舞踏会的な何かが」
「確かにありそうな空間です」
ヒエロワは天井に目を向ける。
この階段だけで何階分あるのだろうか。このエリアからすると1階から2階に上がるだけだろうが。
「でも、何か不思議」
「ああ。そうだね」
ヒエロワに賛同する来霧。
「じゃ、行きましょう」
「あ、でも、無理っぽいですよ」
「な、何が?」
クララは踊り場を指しながら、フロアが違うことを伝える。それに対して、ヒエロワは走り寄る。
踊り場には登れなくはない。でも、その踊り場は別の通路から続いているようだ。
「どうする?」
「そりゃ......正規ルートだと信じる方に行けばいいんじゃないか」
来霧は小さくショートカットもありだけど、と呟く。
「そう、かな」
何度か頷くヒエロワ。
「じゃ、こうしましょう」
ヒエロワは重力魔法を自分にかける。そして、踊り場に登る。
「どうせ、見てないエリアは限られているわけだからね」
その姿を追いかけるメンバーと止まったままのメンバー。
「参謀さんが、一人でいっちまうぜ。来霧」
「あ、ああ。でも、いつもと違うような」
「ヒエロワか? あの人、元々ギルドに入っていたタチらしいからな。解散したそうだ。だから、楽しいんじゃないか? ギルドを作んだから」
翡翠は来霧の背中を平手で叩く。職のこともあり、結構響いた。しかし、翡翠の言ったことも分からなくはなかった。これまでにギルドに参加したことのない人間だったが、気持ちが分かる。いや、もしかすると分かったつもりなのかもしれないが。
岩間から差す木漏れ日。
「何か、あっという間ね」
「何か面白くねぇ」
「そ、それだけ強くなったってことでは?」
「確かに物足りないか」
「来霧さんまで!」
ヒエロワは階段前で、そんな事実を知らされる。
確かに、難易度は調節されているだろうし、慣れっこなのかもしれない。
でも、慣れっこになってしまうのは後々大変なことだ。
「だって、軽視とかしない? はじめての相手だったら凄く危ないですけど」
慣れっこ自体は悪くはない。でも溺れるものでもない。すぐ手の届くところに置いておく。
先生はあの時、そう言っていた。
「うん、間違いない」
ヒエロワは自分の記憶と今の状況を照合し、今はないあの頃を思い出しつつ訴えかける。
しかし、過去の話がヒエロワを包み込む。そういえば、あの時、あんなこと言ってたなぁ、と。呑気に。
一言で言うと、先生は凄かった。
マチチュの天空遺跡に行きたかった話とか、カララの大砂漠でトレジャーハンターと出会った話とか。
旅人として凄かった。
昔話を聴きに行けば、ネタが必ず待っている感があって凄かった。
「今はいないけど」
「ふむむーぅ。早く行きましょうよ!」
「ええ、行きましょう。って、え?」
来霧たちはもう既に天井近く。
「もしかすると、話すら聴いていなかったわけ?」
その声に返答はない。届いてないのだろうか。
しかし、来霧の呼ぶ声は壁に反射して聞こえる。
と、なると無視していたのだろうか。失礼だ。
ただ、この時自分がシャラなら階段から殴り落としていた。
でも相手はヒエロワ。
来霧は幸運だったとでも言えるだろう。
「待って下さい。私もそちらに行きますから」
ヒエロワは来霧たちを追いかける。先導してきたのに、今度は追う側だが。
透き通るような高い靴音。
鉄琴が鳴るように、リズムも駆け上がるためにいい。もっとも、間に飛んでしまう音もあったのだが。
その音がまた反射し、反射し、その空間を包む。
そして、ヒエロワは見下ろす。
見下ろす先にあるのは白い床のみだった。
しかし、木漏れ日が生む、上の影が生む模様が地面に映っていた。今一瞬しかない模様だ。二度と同じものには会えないだろう。
ただ、その模様も色の違いが少ないこともあり、分かりづらかった。
そうして風が荒々しく鳴った。
☆登場人物☆
来霧・シャラル・クララ・キーリ・Snow・ヒエロワ英里・翡翠
セリーエ




