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誰ぞ彼のララバイ-せかせか異世界紀行-  作者: トウガ ミト
1章 『東露』の街
32/35

結成の春――①赤い双子

……これがカオスなのでしょうか。

今回は15000字をちょっと超えて長めです。

その分、様々な内容が入っています。

ちょっと読みずらいかな(^^;

 青緑に覆われた天井。そこからは青白い光が染み込んでくる。

 そんな静かな世界に、青白い光を浴びる小屋が一軒あった。屋根から壁まで木の板を並べたかのような粗末な小屋から今日も少女の声が漏れてくる。

「ねぇ。お姉ちゃん」

 少女は同年代の少女に訊いた。

「なあに? ちゃんと帰ってくるからさ、待っててさ」

 蛇口をひねると水が流れ出す。その先にはガラスのコップが待ち受けるが、放出時の勢いが強かったのかコップから飛び上がった。

「今のために仕方がないの。ほら、忘れたの? お母さんの伝言」

「覚えてるけど……」

 そういって口をつぐむ少女。顔をうなだれる少女。

 もう一人の少女はその様子に対し、一回ため息をついて扉を開ける。

 擦れるような音は部屋の中こそ響き渡ったものの、鬱蒼と茂る森の中では、鳥獣の鳴き声によって打ち消されたようだった。

「なんで姉ちゃんになったんだろう……」

 その悲痛に似た呟きもまた。

 その数分後、光漏れる世界に再び擦れる音が飛び立った。



「そうなのっ」

 シャラは、翡翠の予想よりも大きく驚いた。

「嘘じゃないさ。その洞窟には高レベル用のエリアが存在した。それが『橙色の洞窟』にはあったってさ。俺はレベルも足りないし、畏れ多いし、そもそも行く理由がないから行ってないけどな」

 翡翠は、自身のお世話になっている、宿の父さんに聞いた話を、自慢げに話している。それに対しシャラは何度か頷いた。大層な名前が本名のその洞窟がなぜ、ストックブルクの近くなのか少しずつ翡翠の聞いた話で、理解できてきたような気がする。そしてシャラ内では『再び行ってみたい迷宮ダンジョン』の栄えある第一号迷宮(ダンジョン)に登録されかけているそんなときだった。

 つまりは、シャラは最深層に興味を持ちはじめているということだ。

「なんでも、〈暗橙色の秘水晶〉っていう超レアもんが手にはいるとか」

「ふぅん。面白そうね」

 シャラは完全に翡翠の話に乗ったようだった。

「意外と乗ってくるなぁ。よし、そうとなったらレベル上げだな。ひたすらに周囲の迷宮ダンジョンを――」

「その前に、しなきゃいけないことがあるのよね」

 翡翠の勢いを一気に殺すその一言。ああ、そうか。と、翡翠も溜め息混じりに、内容を察した。

(来霧のことか……)

 今頃どこで何をしているのだろう。広場に姿を見せない来霧に対し、シャラは少し苛ついているようだった。

 そのまま勢い任せに、空中に指を滑らせる。

「催促っすね」

「もちろん」

 受ける方からにしたら迷惑千万だと分かりながら、シャラの脳裏に鈴の音が鳴り続けているのだろう。

(この人は、来霧とSnowには厳しいからな)

「ああ、そうそう。来霧ならさっきすれ違ったぜ」

「え、ウソ、どこで?」

 驚くシャラに、翡翠は落ち着いた態度で答えた。

「すぐそこでさ。坂の下の通りでね、何やら男と話していたのさ。方向は向こうかな」

 指を指す先には、昔からよく通り、馴染んできていた西門があった。

「一年も待たせといて……なによ」

 来霧に向けられた罵声が、翡翠にも飛んでくる。目の前の坂を下るシャラの姿が、人ごみの中に消える。

「ふぅ」

 翡翠は重要なことを明かさず、シャラを走らせた。今から獲物を狩るような鋭い目、視線。

 どこに行くつもりなのか、はっきりしていないはずなのに。

(あの時に言っていた『ギルド』の言葉といい、悩んでいる顔といい)

 不覚にも彼らしいと思った。

 来霧はよく迷っているような表情をしていた。ギルドの設立の理由に不足を感じていると言っていた。

 自分自身の場合、大体は一直線で進む彼に、他人も巻き込むこととなると、大体決めあぐねる彼。

 彼らしい。

 まだ参加したばかりの翡翠という少年は、一人微笑みながらそう思った。

 まるで何でも知っているかのように。


「倭国、倭国かぁ」

 少し笑ってカツトヨは、考え込む来霧の思考に入り込む。

「冒険はいいが、目の前の壁を越えないと次には進めないぞ?」

「引き返して、別の道を探すのは?」

「それじゃあ、いけねえな。越えてこそ分かるもの、手に入ることがある。別の道から行っちゃあ、得られるはずのものも得損じるだけだ」

「別の道だって得られるものがないとは言えないだろう?」

「まあ、そうだが、内容が違うし量だって違う。選ぶ道はお前に任せるが、結構大きいぞ?」

「責任かぁ……」

 二人は、受付を並びながら最後の最後まで話し合っていた。

 悩みを分かち合ってくれる存在に感謝しながら。

「さあ、次だな」

「ええ」

 目の前にいるのは、以前にもお世話になった受付の男性。眼鏡拭きで眼鏡を拭くとすぐに掛けなおす。

「お待たせしました。今日のご用件はなんです? カツトヨさん」

「ああ、今日はこいつの案件でな」

「来霧くん……でしたね。で、何のですか?」

「ギルドを建てたいと思っています」

「ギルド設立ですか」

 少し驚いた様子で、男性は来霧を見つめた。素性確認だろうか。レベルが建てるにふさわしいものか、どうか〈イート〉を見つつ推し量っているのだろうか。

「ふぅん。なるほど。ぎりぎりかな……ぎりぎり行けますよ」

 その一言に安堵の溜息が漏れる。

「で、どうするんですか?」

「作りたいと思っています」

「そうですか。では、どんな?」

「移動型を考えています」

「そうですか……」

 男性は『移動型』という言葉を聞いたためか、溜息を吐く。さっきのとは真逆のだ。

「駄目だったですか?」

 勢いの止まった場面で、来霧は男性に問いかけた。

「いや、そういうわけじゃないです。……うちは、ストックブルクは、ギルドが少なくてですね。まあ、他の都市国家共通の悩みなんですけど」

 ああ、なるほどと思った。

(ギルドにも幾つかの種類があるのは事前に聞いていたのだが、おそらく定住系のギルドが少ないのだろう。種類でいうと『移動型』という、放浪系ギルドが多いんだろうな)

「まあ、それもあるが……ギルドを立てるのは強制ではない。分かっているだろう?」

「ええ、もちろん」

 隣のカツトヨが、来霧の心の声を聴いて答えた。

「ここは、『ギルド』よりも小規模の『パーティー』のほうが多い。まあ、それでもたかが知れているが、それ以上に、独立せず既存のギルドに加入している人のほうが多いってことだ」

 つまり、ギルドの肥大化、寡占化されているということだ。

「俺のところのような『北方の隻鷹(ノースタンイーグルス)』がその例だ。ストックブルクには、二つの『戦闘型』ギルドと『商業型』ギルドの計三つが存在し、ストブルギルド界を占めているって訳だ」

 確か、ギルメンは150ぐらいだったかなあ、とか言っているのを見て改めて納得した。

「ならば厳しいですね」

 ここにいても居場所がない感じがする。

 それに対して、新興ギルドとして、代表にのし上がれるかもしれない。最初の間なら後継のいい旗となれるかもしれない。寡占状態を打破できるかもしれない。

 でも、そうじゃないように思えた。

(僕らがしたいことは……)

 ここで活躍して光を浴びたいわけではなかった。ただ単純のギルドを立ち上げるという行為が必要かどうかも分からないような行為。

(『倭国』へ行くんだ。世界を見るんだ。元いた世界とは違う世界が本当に違うのか。どこまで違うのか。知りたい。それだけなんだ)

「『倭国』へか……となると難しそうですね。ここに残るのは」

「そうですね。難しいです。でもここは『この次元せかい』での故郷です。戻ってこないはずないですよ」

「そう、ならばそれでいいんですが……そもそもそこに関しては君に一存するべき領域、未来ですけどね。でも僕の言いたいのはそこではなくてですね、それ以上に今『倭国』は多数のギルド国家、支配領がひしめき合っている場所です。もしかすると、勢力争いに巻き込まれることになるのかもしれないんですよ?」

「そこらへんは大丈夫です。移動型ギルドですから」

 本当のことは、どうも言いづらいもののようだ。

「しかし、それでも君たちが誰にも干渉されない雲となれるわけじゃない。小川に浮かんだ落ち葉のように、どちらかに寄せられる。最悪君たちが……失礼しました」

 さっき言ったばかりの言葉お思い出したのだろう。その話は途中で打ち止められた。

 来霧としても、男性の言ったところを気にしていないわけでもなかった。いわゆる『戦国時代』化している倭国に飛び込むのは危険だろう。でもそういう説明で押し切らないといけない。

『移動型』ギルドは自由性が高い代わりに、危険性も高いということは、ある意味知ってて同然の事実だったから。

(まあ、そうじゃないといけないからね)

 来霧は一回目を閉じると、一回深いため息をついた。


 空気を変えたのは、カツトヨだった。

「なあ、そういえば名前言ってないんじゃないのか?」

 そう咎めるかのような言葉だった。それに対し、大袈裟だと言いつつ男性は来霧に話しかけた。

「まあ、何かの縁だと思って覚えてくださいね? 僕の名前はアンネ。いや、由来は『次元神話記』っていう本の作者の名前から取ったからね?? 勘違いはなしですよ?」

「アンネ=ラディストっていう正体不明の作家だそうだ」

 カツトヨの追加の情報もあり、来霧からは何の質問もなかった。

「そこには、世界――クリューエル次元せかいの始まりが載っているんだけど、結構謎が多くてね。ああ、そこに〈創造主〉の誕生についても載っているんだよね。なんでも信憑性は高いだとか。まあそういう訳で、憧れているわけですよ」

 その話に内心食いつきながら聴く来霧。『謎』という言葉に反応したためだろうか。少なくとも、面白そうと思ったのには違いがない。アンネの話していた、数冊しか残ってなく、複写はなぜかできないという貴重さを伝えるための話をすっ飛ばす程に、来霧は、まだ見ぬ世界に期待を持ち始めていた様子だった。

「面白そうですよね、世界って」

 その言葉に込められた理由をアンネは察したのか、察してないのか分からないが、面白いに決まってますよ、と答えた。

 その言葉に少し安心したのかアンネは次の話を切り出した。いや、さっきの話の再開のようだ。

「では、さっきの話に戻りましょう。設立するギルド名とか登録しなきゃいけませんからね」

「分かりました」

 来霧は目の前に表示された画面を食い入るように見つめ、軽く指先で突っつき、次は指を滑らせる。

「よし。全部登録し終えたね」

「そうですね」

 アンネの言葉に一息つく来霧。あとは倭国列島に向かうだけだ。

「あ、ちょっと待って」

 立ち去ろうとする来霧にアンネは応援の言葉でも言うつもりなのか、引き留めた。しかし、よく見ると帰ろうとしていたのは来霧自身だけ。カツトヨはさっきの位置に立ったままだった。よく見ると苦笑している。

 嫌な予感がする。でもアンネさんは腹黒い人には見えなかった。

「何ですか?」

「えっとね……登録内容は終わったんだ」

(あ、そういうことですか?)

「そう、つまりはやって欲しいことがある」

 よく考えたら最初自分の登録情報確認してからぎりぎりだとか言っていた覚えがあるが、まさか見ていたのは僕だけじゃなくて……

「まあ、頑張れ」

 カツトヨとアンネの言葉がそのあとに続く。どうも登録はまだ先のことのようだった。


「あ、戻ってきた」

「シャラか。こんにちは」

 シャラの声に気が付いたのか、すぐに言葉が返ってきた。今、偶然会うのを分かっていたかのように。別に来るように命令したわけではないのに。

「シャラか、じゃなくてさあ……はあ。言ってくれればいいのに」

「設立のこと?」

「もちろんそうよ。手伝うのに」

 シャラは意外にも来霧のことを心配しているのだろうか。そのシャラに対し、隠し事をせずに話し出した。これからするべきこと。パーティーメンバーの協力が欲しいこと。これからやっていきたいことなどを。知りうる限りのすべてを。

「了解。で、いつ行くの?」

 そんシャラの質問に対し

「明日になるよ。朝の9時半頃に南門集合だ」

 そう答えると、流れで缶バッチみたいなものを渡した。

「え、ちょっと?」

 そう反射的に答える頃には、来霧は視界から消え去っていた。

 シャラは仕方がなさそうに〈IITイート〉を開く。



 近道があるのは便利なことだ。

 大きく開いた扉が力強く閉じられる。その音に反応したのか、奥から一人、姿を現した。

「どうしたんだい? カツトヨ。血相を変えてさ」

 廊下を移動する一つの光――ランプの光が、暗闇のお蔭でより映える。

「向こうもついに動き出すぞ」

「ドボメンかい? じゃあ、急がなきゃな」

「ああ。間に合うか?」

 黒い片翼の中に、銀色に光る風の文様の描かれた紋章。それがついた外套を身に着けた若い男が、冷静に答えた。

「大丈夫。余裕で間に合うさ。舐めちゃ駄目だよギルマスをさ」

 すぐに〈IIT(イート)〉から取り出されるロッド。使う前から覆い始めるペールグリーンのオーラ。

 カツトヨは一瞬冷や汗が流れるのを感じた。

 〈IIT(イート)〉の画面は黄色と青の枠に囲まれ、それぞれ「13」と「5」が右上と左下に丸に囲まれて記されている。しかしだからではない。

 普段見る姿と違うギルマスの姿。クエーサーの姿。そこには〈監査会〉の時の弱弱しさはなかった。

「それに……我々には新たな光が生まれようとしているのだろう? ならいける。言い切れるさ」

 廊下が幻想的な世界に変わる。

 まるでワープホールのように多色の光が混沌としているのだ。光が入らないだけあってとても美しい光景だ。

「彼らなら多分、英雄部隊的な何かになれるだろう。まあ、当の部隊は5人ほど揃って行方不明らしいけど」

「らしいな」

 そしてとある部屋の入口で二人の足が止まる。

「んじゃあ、先寝るよ」

「ああ。おやすみ」

「うん、おやすみ」

 クエーサーは個室に戻る。そしてカツトヨは自宅に戻る。暗闇の廊下の先は、照明残る広間。そして正面玄関だ。

「お疲れ、カツトヨッ」

「お疲れさんーっす」

「ああ。お疲れ様」

 ギルメンに見送られながら夜の街に出た。

(家には二人が待っているんだろうな)

 少し駆け足気味でカツトヨはアファル亭へと向かった。もうすぐ祝杯の日がくるのを一人考えながら。


 六年前。スプリポッドから少し離れた山脈の裾野。叶連シエリェン

「李将軍っ。ここはもう持ちませんっ。退却をっ」

 手傷を負った一人の兵が、陣中に駆け込んで伝えた。

「あと持って何刻だ」

「半刻が限界でしょう」

 うむむと、将軍は唸る。そして火急に皇帝に伝えるように、この事態を伝えるように告げた。そして数文字しか書いていないだろう書簡を託して。

「半刻しか持たないのなら、その通り半刻耐えて見せよ。さすれば援軍も間に合うだろう。ここを自らの死地として最後の足掻きを見せてやれっ」

 その言葉の後、将軍は一人呼び出した。

「衛明。本陣に向かえ」

「何故でしょうか。先ほどお送りになったでしょう」

「その通りだ」

「心配なのでしょうか。間者ではないかと気にしているのでしょうか」

 衛明は将軍に問う。

「そうではない。さっきも言っただろう? お前には才能がある。ここで失うのは帝国としても痛手だ。今から時間を稼ぐうちに本陣に向かえ。さっきの封書には、追って衛明が到着するという旨を載せておいた」

 陣幕から出ると一匹の馬が一人の兵士に引かれて、目の前で静止した。

「時間の問題だ。ああ、大丈夫だ。越帝は駆けつけてくれるさ。受け取った封書には、戦勝の旨が書かれていたからな」

「そうですか……では」

 膝をついて拱手する。そして立ち上がると足早に馬に乗り、兵から受け取った手綱を打ちつける。

 見送る将軍に離れていく衛明。

 そこに威将軍建苞けんほうが口を挟む。

「李将軍。敵が動き出しました。四半刻以内に合流は可能かな?」

「厳しいでしょう」

「なら、これまでか」

「うむ。いつでも向かい討てるように、支度を急げ」

「はっ」

 陣幕は風に揺れ、後将軍――李清項は空を仰ぐ。

 視界に入る二種類の旗。片方はとても高級な赤錦の旗「申」。もう一つは赤錦の「李」。崩れた字の二つはどちらも黄色い炎の二重円に囲まれている。

「約束は違えるかもしれん」

 その声は果たして、空に届いたかどうか。あの澄み切った青空に。


 阻害するかのように配置された木々や岩石。こちらでも「申」の旗は揚がっている。

「衛明よ。聞こえるか」

 その言葉に衛明は耳を澄ませる。

 暢気に鳴く鳥と岩に打ち付けられた風の音。

 鬨の声はどこにもない。

「否。全く」

「急がねばならんな」

 短めな顎鬚を風に靡かせつつ男は言う。

「ええ。越帝」

「よいよい。字で読んでもな」

「いえ。畏れ多いです」

 その様子に、越帝は大笑いする。

「息子たちは、内外関係なく字呼びなのにな」

「それは息子だからこそでしょう」

 畏まったままの衛明に、越帝は「そうか」と答える。

「――無理はするなよ」

 越帝の言葉が衛明に突き刺さる。傷つけたというよりかは、心に刻まれたという形だろう。

「ええ。無茶はいかんと、将軍からも何度も言われてきましたから」

 森の中は、大軍を進めるにはやりにくい場所だ。大体は一列になって進軍しなければいけない。

 乱立する木々は、資源や身を隠す利点に対しそんな不利点が存在が存在している。

 こんなのは、基本の基本として教えられた。

「もうすぐ抜けるぞ」

「ええ」

 抜けた先は、遠くを望める岩場。ここからなら、情勢も手を取るように分かる。

「始まっているようだ」

「ええ、そのようですね」

 戦場を覆う土埃を見た。一部では炎が上がり、燃え盛っている。

 そして遠目で味方陣地を見る。まだ失ってはいなかった。

 旗はまだ揺れている。「申」の字が、「李」の字が見て取れる。

「間に合ったか」

 越帝は「申」の旗を降ろさせて、「礼」の旗を掲げる。

礼珂れいかの旗をくすねておいた。裏切ることは予め分かっていたからな」

「で、その本人は?」

「既に討ち取った後じゃ。ただ、一つ、策も打っておいたがな」

「まさか鎧が二種類もあったのは――」

「騙すなら味方からじゃろう?」

 そして采配を振る。一気に坂を下って、本陣に侵攻だ。

 聞こえる歓声。聞こえるのは「呉」陣営の方からだ。

 にやりと笑う。

 軍勢は一直線に味方の陣に襲い掛かろうとする。敵からは止まない鬨の声。

 あっという間に即興で作ったような門の前に着く。

 そこで旗を翻した。

 一拍おいて、敵方からはさっきとは別の声が上がる。

 そぼ様子を耳で受け取りながら、衛明は門の前に立った。

「これは申の越帝の軍勢だ。門を開けよっ」

「これは、衛明殿であるか。うむ、門を開け」

 そこに現れたのは建苞だった。

 ゆっくりと門は開き、いの一番に越帝と、衛明は場内に入る。そして将軍の陣幕に走って向かう。その後ろを建苞はそのあとを走って追いかける。

「は」

 思わずそう声が漏れた。そこには、矢傷を受けた将軍の姿。椅子に座っている、そこで自ずから意味が分かった。

「清項?」

 越帝が陣幕の中に入る。項垂れた姿に、机から転げ落ちた筆。

 それは、すべてを物語っているように見えた。

「将軍は果敢に戦われました。しかし毒塗の流れ矢を受け――」

「そうか。間に合わなかったというのか」

「となると戦闘中の軍勢は」

「偏将軍陳昭ちんしょうの指揮によるものです。陣に敵を寄せ付けないように奮戦しております」

「よし、わかった。崩れる前に出陣じゃ」

 外で待たせた軍勢のもとに越帝は向かう。それを追って建苞も陣幕の外へ。

「……」

 衛明はそこに残り、近衛兵が将軍の亡骸を運ぶのを見届けた。

 そして机の上の書簡に目を通す。

「なんじゃ、まだおったのか」

「越帝……」

「字でよい。岳峰でな」

「ですが、しかし」

「まあ、よい。そんなことよりも……厳命を申し付ける」

 何気ない会話から、突然生まれたその言葉。

 状況が読めなくて、衛明からは何の言葉も生まれなかった。

「些細なことだが、亡命せよ」

「どうしてそうなるのでしょうか」

『些細なこと』と『亡命』が不釣り合いのように思えて仕方がない。

 そもそもなぜ?

「わしが約束破りの人間。そしてお前の敵だからだ」

「将軍との約束の件ですか? 確かにあの時、出陣の時の、『必ず生きているうちに合流する』という約束でしょうか? それなら大丈夫です。『生きて』は守れないままでしたが、合流はしています。破ってはいませんよ」

 こじつけだ。しかしそれでも越帝は続ける。

「今ならすぐに済むぞ? 約束はそれじゃないがな」

 手をかけろと言っているのだろう。しかし衛明には、理由が分からない。

「……訳が分からなそうな顔をしておるな。まあ、約束自体ずっと前のものじゃからな。仕方がないか」

 残念そうに越帝は答える。そしてまた初めに戻る。

「亡命するのじゃ。場所なら今ここで図を描いて渡すから」

「どうしてでしょうか」

「それが約束だからじゃ」

 安心しろと、越帝は言いながら書をしたため、衛明に渡す。

「巻き込むわけにはいかない。清項も申しておっただろう? それにさっきも。騙すのは味方からだと」

「では、冗談なのですか?」

「残念ながら本気じゃ。逃げよ」

 陣幕を越帝は左腕に掛ける。差し込む太陽。

 その手前にさっきの往復に乗っていた馬……とは違うようだ。

「よいか。そこには知り合いが一人おる。そこに頼れ。それからはいつでも頼っっていいから。わしを」

 そう言うと陣幕を降ろす。今度は見送られる側だ。

 そうして、流れのままに手綱を握る。

「よし、お前にヒントをやろう」

 送りの言葉ではないようだったが、越帝の方を注視した。

 太陽が照りつける。

「亡き将軍を、誰よりも信頼を置いていた。息子たちよりもな。だから次を任せるつもりだった」

「つまり……」

「さあ、いけ。弔いは任せろ」

 鞭で尻を叩かれた馬は衛明を連れて陣を飛び出した。

「軍を纏めよ。蹴散らすぞ」

 向こうで棚引く「徐」の旗を指し、騎乗した皇帝は手綱で強く打った。

「息子たちの争いに巻き込ませるわけにいかん。ただでさえ対抗者を失ったばかりというのに」

 風に消えるように越帝は呟いた。

 そして、案じたのか後ろを振り返った時には、衛明は戦場そこにいなかった。



「あ、朝か」

「どしたの? うなされていたわよ」

「若羅か、おはよう。……来霧は?」

「もう出かけたわ。何でも迷宮ダンジョンに視察に行くとか」

「ああ、もうか」

 来霧を見送れなかったが、そこにあったのは悔しさというより、誇らしさ、滑稽さだろうか。

「どうしたの」

「あいつのことだ……きっとやってくれるさ」

 起き上がると部屋のビラを開けた。部屋の窓からギリギリ太陽光が差し込んでくる。

「……ええ」

 どこか晴れやかな二人をお互い見つめ合った。

 すると、その話し声を聞いていたのか居間から声がする。

「おや、今日は寝坊したのかな?」

「は?」

 温茶を飲みながら椅子に座っているクエーサー。服装は、警戒しているのか戦闘用のものだ。

「不思議そうな顔をしているけど、駄目だよ。ずっと待っていたんだ」

 お茶を飲み干すと立ち上がる。その時に外套に付いていた鈴の音が鳴る。

「仕事だ。依頼が来たんだよ。だから集合。それだけ」

 微笑みながらカツトヨに言う。

「分かった」

「いってらっしゃい」

「ああ」

 カツトヨはクエーサーの後を追う。外はいやに晴れていた。



「そういや、南門抜けるのってあんまなかったよな」

 まだ、道沿いに残る煉瓦造りの家を見て来霧は言う。

「そうね、どれぐらい行ったら目的地に着くか分かんないわ」

「まあ、今日中に着くっていうのは確定でしょうね……」

 クララはシャラの言葉に対しそう答えた。

「まあ、それはそうとして、何か聞いてないの? 他に」

「タジンスタンのことか? まあ、受付の人から聞いたのでは山脈の頂上付近に遺跡があるそうで、その遺跡の最上部に倒すべきモンスターとドロップされるアイテムがあるってね。そういやあ、山脈にはたくさんの祠があるとかないとか」

「まあ、説明する必要性から行ったらあるんでしょうね。沢山」

 煉瓦を敷き詰めたいわゆる「煉瓦畳」の道を、8人は歩く。

「まあ、対象が狩人アーチャーとか、冒険家アドベンチャー眷属使いイランダーとからしいからね」

 来霧のその言葉に、翡翠とシャラ、クララは目を見合わせる。そして笑いあう。

「どうした、どうした」

「だってよ、三人とも合わないなってな。精霊使いになりそうな人がいないなって」

「まあ、私は弓矢一本でいくつもりだったけど?」

「私はクラゲちゃんがいますからね」

「そうだね、確かに。扱えるのも一体らしいし、属性使うにしても偏るっていうね」

 三人の言葉に付け加えするかのように英里は答える。

 赤に近い軍服を身にまとった彼女は、ホルダーから小柄な魔法銃エネルガンを取り出し、路上に転がった樽に標準を合わせる。ただ試し撃ちみたいなことはしなかった。

「まあ、ひとまずタジンスタンの町に向かおうか」

「ええ。……うん?」

 頷いたシャラに、少女がぶつかった。小学生高学年ぐらいだろうか。

「あ、ごめんなさい」

「いいよいいよ」

 シャラはそのまま許し、少女も北のほうに走って向かおうとする。そんなときだった。

「いいのか?」

 来霧はシャラに聞いた。親指と人差し指で円を描く。

「大丈夫わよ。だってイート経由じゃないとさ、ん? もしかすると恵んであげたらってこと?」

「少し違うさ。……ねえ、きみ。それは干渉術かい?」

 来霧は、その黒髪の少女に訊いた。どこか怯えているようにも見える。

「言い掛かりはやめなさいよ。だって、ほら私の……え、」

 手持ち金額が一桁消えているのに気付くシャラ。

「私は関係ない」

「そうよ、もしかすると預けてるのを忘れていたかも……」

 それでも来霧の疑いは晴れない。

 そんな所に少し似た顔の少女が現れる。服装も似たサンタを彷彿とさせる姿だ。

「お姉ちゃん。もういいよ」

「ノコ……何で来たの?」

(その金髪の方がノコちゃん。で黒髪の方が……そうか)

「? 何か分かったの?」

 来霧はしゃがんで視線の高さを合わせようとする。そして謝った。

 その光景にシャラは言葉が継げなかった。なぜ? その言葉が脳内で生まれるだけ。

 そして追いかけるように〈IITイート〉を開く。

「気持ちは分かる。笹目ササメちゃん。でも、だからってこれを続ける気なのかい?」

 強く握っている手を、指さして言った。

「本当は分からないくせに」

 ポツリと漏れる言葉。

「つまり……孤じ――」

 来霧はシャラを睨んだ。その様子にシャラは素直に、ごめんと謝った。

「もういいよ、姉ちゃん。きれいなお姉ちゃんの言うとおりだよ」

 ノコは落ち込んだトーンで言う。

「え、私? 私のことよね」

(それはない)

「らーいーむ? こっち向いて」

「冗談だよ。シャラ以外にこの件の関係者いないだろ?」

 右手を握って振りかざしていると思われるシャラ。そこから逃れようとする来霧。来霧に冷や汗が流れる。

「ふふっ」

 その様子に思わず笑ってしまう笹目。

「変なの、内部分裂する必要は?」

「もちろん、ゼロだけどね」

 そこに抱き着く英里。

「でもそれがいいの」

 笹目からすると、一瞬で意味不明な状況に移り変わったことになる。結果、少女にあるのは困惑しかないだろう。

「な、何で?」

「かわいいのね笑顔。くるっちなら、きっとこう言うでしょうね。『無理するな』って」

「まあ……な」

 半ば迷惑そうに答える来霧。

 英里の言葉に笹目は口を噤んだまま。何も答えない。そして8人の〈渡来民〉に対して疑心からか介抱から逃げ出そうとする。そして、睨み付ける。

 言うまでもなく、さっきの笑顔はそこにはなかった。

 その様子を見ていたノコ。

「私たち、二人ぼっちなんです。お父さんもお母さんも、どこかに言ってしまったから」

「言わなくていいよっ」

「ううん。姉ちゃん。たとえこの人達が〈渡来民〉だったとしても、話せば、私達のこと分かってくれると思うの。少なくとも相談相手にはなると思う」

(つまり、この世界の被害者……ってことなのか?)


 この世界は、異世界だ。

 元いた世界とは違う。でもそれは当たり前のことだ。

 では何が言いたいのか。

 転送されてしまった人々は〈渡来民〉と呼ばれている。

 この世界で生を受けた人々は〈地民〉と呼ばれている。

 つまり、そういうことだ。

 〈渡来民〉が営むべき一生は本来は、それぞれが生まれた、こことは違う世界。となると、こちらの世界で死んだ時点で、両方の世界の世界の間で問題パラドクスが生じる。つまり、Aという〈渡来民〉はαという世界で、「生」が確認されている存在。でもその後に「死」の確認がされているのか。別の世界βで死んだら、その世界を恒久的に包み込む感じの法則だりさろ正直、元いた世界に戻らないと分からない。でも、その時点で矛盾が生じている。

 だから、クリューエル次元せかいには〈聖堂〉という奇跡をおこす蘇生場がある。

 ここでは死んではいけないのだから。

 だがそれではまだ足りない。そのままクリューエル次元せかいに居座るわけにいかない。だから〈寿命〉というものがある。それが、帰還までの時間を表す。個人差はあるが、大体50年だそうだ。

 それに対して、〈地民〉の方にも〈寿命〉はあるが、少し性質が違うため、ここでは置いておこう。


「ということは、お母さんは、帰還したってことでしょうか」

「そういうことだろうね。だからこそ、生きるためには盗っ人していかなければなかった。別に同情はする気はないが、これが世界の隠された事実なのは間違いないね」

 そう言いつつ、来霧は手を伸ばす。まるで、崖から飛び降りようとして、不運にも木の枝か何かに引っかかったその人を助けようとする行動に。

「ホントは私を突き出そうとしているんでしょ?」

「出したって解決できることだとは思わない」

「どうして?」

「それが自然だからだよ。〈渡来民〉の子供は、帰還によってその場に置いていかれる。それは皆同じだと思うから」

 その言葉に笹目はへなりと座り込む。

 そんなことは、身をもって分かっていたのには違いがない。

 しかし、それでもその子供たちが皆同じような生活をしている訳ではないことも知っていた。何となくだが、貧相な生活を送るものもいれば、優雅な生活を送るものがいることを。

 自分たちが生まれる前からあった序列。それのせいで、生き方も変わっていたということを。

「ならば、世界を変えればいい」

 来霧はそう言い退ける。

「優雅な世界があっても、縛りの中で見た世界は、世界とは言わない。縛り無くして見た世界こそ世界と言うのだと思う。貧しい生活には限度がある。でも限度を取り除けば、いつも見ていた世界がよりくっきりと映ってくる。この目にね。正直、優雅な生活よりも貧しい方がいいのかもしれない。より自由だから」

 太陽光の反射か、キラキラと輝くその目は何が言いたいのか。笹目はその言葉から推測しようとする。

「何が見えますか? あなたの目からは」

「うーん。まだ何も見えないね」

 苦笑しながら来霧は答える。

「まあ、身近な所に地図があっても、地図で見た世界は虚構に過ぎないからね。色も分からない。ただの点の集まりだよ。それに、つい、こんなところだろうかって想像してしまう。でも予想はしない方がいい。思っていたのと違ったらショックだろう?」

「だから、猪のように突っ込んでいこうと思っていると」

「間違いないね」

 じっと様子を見る笹目と、笑い転げそうな調子の来霧。ある意味ではカオスだ。

「と言うわけなんだよ。もちろん危険も付きまとうけど、自由ということは、縛りの中の生活とは違うものを見つけられる。優雅な生活を送れるから凄いんじゃない。どっちも見つけられるものがある。だから凄いんだよ。どっちもね」

 もう後戻りはできない。そう思いながら来霧は最後に言う。

「この世界は、元いた世界と大陸の形的には似ている。だから、いつか回ってみたいと思う。その時には変わっているかもしれないが、そんなのはこの際どうでもいい。世界の『彩り』を見に行く。それが一番やりたいことだよ」

 感化させたいのか。笹目はそれでもなお疑心の意思を貫いているような目で来霧を見つめる。

「お姉ちゃん……」

「別に冗談で言っているのではないよ?」

 嘘だ。

「……無駄に言い過ぎた気がするけど。別に入れって言いたいわけじゃないよ?」

 怪しい。

「ただ、叶いそうもない大望を言ってみただけだよ。例にしてほしかっただけ。歩む道は人それぞれだから」

 きれいごとの裏には何が?

「ま、まあ、それが自分の道だって信じるならばそれでいいと思うけど」

 実は偽善者だったり?

「ああ、なんか恥ずかしい」

「当たり前ね」

 そこでシャラを起点にどっと笑いが起こる。

 笹目の詮索はそこで終わった。

 信じるに値しない。これまで見たことのあるような人物。典型的な〈渡来民〉と言ってもいいだろうか。

 謝りながら去っていく一団に背を向けて、そのメンバーを小さな声で罵った。

「お姉ちゃん……」

 どこか憐れみを含んだその声は、果たして届いたのだろうか分からない。たださっと、森の中に姿を隠すのを見ることしか出来なかった。


「ねえ、聞いてほしいことがあるの」

 その言葉を聞いたのはいつのことだっただろうか。

「この世界には辛いことが溢れているの。それと表裏一体いっしょに幸せなことも溢れているの」

 どうしてそんなことを言い出すのか、その時はよくわからなかった。

「それと一緒に、人には『信じていい』ものと『信じてはいけない』ものがいるの」

 幻影と化したその姿は、もうここにはいない。

「それを見分けるには『心』が重要となるのよ」

 いつまで付きまとう気なのだろうか。

「大丈夫。きっと見つけられるわ。だって賢いものあなた達は」

 ずっと掴めないままだった。今日もだ。

 彼らから染み出る不気味なオーラは、悲惨な未来を意味しているように思えたから。

 彼女の遺書はもうそこにはない。ただ、脳に刻み込まれたそれを除いて数えたらのことだが。

 静かに開けられるぼろい扉。その中の狭い空間。

 森の中に響き渡る、鳥の鳴き声。

 果てを覆い隠すような薄い霧。

 そんな時だった。何かを失っていると気付いたのは。


 街道は姿を変えた。

 小さな家に挟まれたところから、深そうな針葉樹林の森と、一段下がる広い平原に変わる。

 ここは一応、〈出現区域エリア〉。襲ってくるとしたら真夜中だろうか。

 そして彼らの視線の先に広がるのは、山登りしたら危なっかしい山脈と、緩やかな坂となっている街道の先の町。煙が棚引き、山脈に引っかかったような雲に混ざりこむ。

 明らかに変わった景色だが、足元は舗道された煉瓦畳のままだった。

「で、ついに本性見せたわねぇ。いよっ『偽善者』先生っ」

「シャラ……そんなんじゃないよ」

(まあ、間違っては……いないかもしれないけれど)

「はいっ、認めたー」

 なぜかハイテンションで来霧をふやかすシャラ。

 本人は忘れているのかもしれないが、お金を失ったままなのに気付かない。それはそれで滑稽だ。笑い返してあげたいところだが、ここは我慢することにした。

「『善者』って呼ばれている人も大概そういうものだと思うけどね。まあ、僕にはなることさえ叶わないだろうけど」

「諦め早やっ」

「でも……」

 来霧はどこか心残りのあるような表情をした。さっきのことだろうか。

「大丈夫。何とかなるわ。彼女たちならね」

「そ、そうだよね」

「なりません」

 その言葉は、後ろから聞こえた。

 そこにはさっきのサンタの片割れ……もとい姉妹の一人がいた。

(となるともう一人は帰ったのか)

「私たちは弱いです。誰を信じればいいのか分かりません。だからせめて信じれる人がほしかった。お姉ちゃんもそうだったんだと思います」

 悲痛な叫びだった。よくあるSOSのあれのように見えた。

「……私たちは双子なんです。それは察しはしていると思います。サンタ風の衣装には『幸福』を願ってってお母さんに言われました。だからいつも使っているんです。いつかその時が来ると思って。それに『希望』も表しているって言われました。寒い地方の一つだから、火を表していたんだと思います。お母さんはそれを残したんです。だからときどき思うんです。私の名前についても、お姉ちゃんについてもきっと愛していてくれたんだなあって。心配していてくれたんだなあって。生きてほしいんだなあって。でもそれじゃ足りない。願望だけじゃ生きていけない。それを世界が教えてくれました。どうせ生きるのなら、もっともがきたい。『今』というのを見たい。それも願望ですけど、生きていけるって思っています」

 理のある今、彼女の母親との再会は極めて、いや不可能だろう。

 だからこそ新たな方向に進まなければいけないのかもしれない。

 叶うか分からない来霧の夢に、叶えなければいけない理由ができたような気がした。

 でも、それはなるべくしてできたのかもしれない。

 そう思えた。

「お姉ちゃんの方は?」

「きっと来てくれると思います。だって双子ですから」

(じゃあ、行こうか)

 きっと漏れてくれるのを願って心の中で言う。

 鳴き声が聞こえてくる鬱蒼とした森。

 南側眼下に広がる草原。背の低い草がその先の山脈まで広がっている。

 山脈地帯以外晴れた空に、存在感を表そうと漂う灰色の煙。しかし、しばらくすると消えてしまう。

 ここは、やはり別世界なんだと実感させられる。

 これで何度目だろう。

 そう思いながら来霧は、その先の町を指差した。

「あそこがタジンスタンの町に違いないね」

 〈IIT(イート)〉の機能の一つの地図を開けつつそう言う。

「まずは、下見からだね」

 来霧は一回足を止める。太陽光を遮るために手を添えた。

「なるほど」

 そこに、最初の『色』はあった。

☆登場人物☆

来霧・シャラ・クララ・(キーリ)・(Snow)・(ヒエロワ)・翡翠・英里

ノコ・笹目

カツトヨ・若羅・クエーサー・アンネ

越帝・李清項・李衛明・建苞・陳昭・(礼珂)

※()は記述のみなどの場合につけます。(それでも多い

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