2話 アファルの隠し子--(4)
後半一気に投稿です!(一応半日空いています)
清々しい朝だ。
そして囀りと共に、この街の厳しさを伝えてくれる。
「今日も寒いぞ」
扉の外からの声。
カツトヨだ。
出発の準備が整ったのだろう。
そしてこの街ストックブルクは1年を通して寒冷な気候だ。そして今日も例外ではないという。
「一応服は何とかなったか」
「はい。サイズも余裕で」
「まあ『大は小を兼ねる』だ。合うものを探しに行こう」
「はい」
まるで犬の親子を眺めるような優しい眼差しを背後から浴びる。
振り返ってそれが若羅さんであることを確かに確認すると一言言って宿を出た。
市場を抜ける。
先に立ち寄るのは、議堂だ。
そのあと帰り道買い物をするという事だ。
「なにか気になるものでもあったか?」
「一応あります」
「それは良かった」
傍から見ると仲のいい親子。その正体は……世代の違う渡来民。何年違うのかは訊いていないが、知ったら知ったで恐ろしい。
ここは、女性に年齢を訊ねるような感覚で、訊かない方が正解だと言う答えに達した。
「ここだ」
掲示板のある広場だろうか。
微かに掲示板らしきものは伺えるがあまりに人が多く何があるのかはわからない。
見るからに歴戦の勇士のようなガタイの人もおり、彼らも渡来民のような雰囲気を醸し出している。
「ここは……広場では?」
「いや、下だ。このタジン鍋のように高くとがっている天井の建物。ここが『ストックブルクの脳』ストックブルク議堂だ」
広場の一段下に値する位置に確かに曲線を描いて尖っている建物がある。
例えるならば柔らかい飴を伸ばして、支点を外した感じだろうか。柔らかいため、重力を受けて最高点が、ぐにゃりと曲がったような、そんな天井だ。
「まあ話は入ってからだ」
カツトヨの後を追いかけつつ建物の中に入る。
機械の少ない印象のこの次元で、自動ドアが見られるとは、とても不思議だ。
中は、想定通り高い天井だった。
例のぐにゃりと曲がったような天井はそのまんま1枚板のようなものだったようだ。
壁は全体的にガラスのようで外にいるような違和感も感じる。
「悪いな、アンネ」
「そんなそんな、今日はなんの用事で?」
「あいつだ」
「新人くんか」
「ああ、登録しておかなければな」
どこかで聞いたかのような流れに耳を傾ける。確か昨日聖堂で登録を済ませたはずだが。
「初めまして」
「やあ、初めまして。アンネ=ラディスト。この街の役人だよ」
「来夢と言います。宜しくお願いします」
「こちらこそ」
簡単な挨拶が済まされる。
本題に入る前に、簡単な説明が欲しいものだ。
特に2箇所も登録する理由についてだ。
「こちらでも登録をするんですか?」
「ああ、そうだね。聖堂と議堂の目的は全く違うけどね」
「ああ、聖堂は復活地点を定めるため。議堂は戸籍や、渡来届を出すという意味での登録だな」
「カツトヨの言う通り。ここは『故郷』を登録するためや、守るための場所だよ」
とは言っても建物自体が防衛力が高い訳では無いと、アンネは続けて答えた。
確かに、このガラス張りでは防衛力云々以前の問題だろう。
「他には商隊の登録や市場のエリア貸出の登録などもここだね」
要は市役所の役割なのだろう。
確かにそういう建物となると、中には個性的な建物も多い。
そして今日は、僕の登録に訪れたという事だ。
「ここでの登録は、基本他の街に行っても活用される。居住箇所を変えることも出来るよ。まあ……ストックブルク出身という形になるのは許して欲しいね」
「なるほど」
〈渡来民〉の出生の概念は、前と同じように『場所』のようだ。ただ産まれた場所ではなくて、最初いた場所になるのだろう。
場合によっては市外の場合もあるため、その場合は最初に訪れた場所。または登録した場所になるのだろう。
「では名前から始めよう」
「えっと『来る夢』で来夢です」
「いい名前だね。来る夢か……もしかするとここも憧れだったとか?」
「いえ……ふーん程度ではあったんですが」
「現実を見ていた訳だね。ふむ……」
そこまで言うと、アンネはどこか苦そうな顔をした。隣ではやっぱりかという表情の大男がいる。
「残念だ……名前の被りは出来うる限り回避していてね……漢字でもひらがなカタカナでも被りがいるみたいなんだ」
「先着がいたって訳だ」
「そうでしたか」
「苗字とかにする?それとも文字を入れ替えるとか……」
アンネの提案を聴いて、脳裏に過去を振り返る。被りのないものならいいのだ。という事は途中に記号をつけるとかもいいのだろう。だがどこかダサい気がする。それこそ、ゲーム感覚のニックネームだ。
そして振り返ること数年前。
言うまでもなく、元いた世界での記憶だ。
◆
実家を訪れた時。
そこはここみたいに肌寒い時期だった。
実家は、文字通りのド田舎で、築20年程度の木造建築の裏には、山脈が腰を据えていた。
山の天気は変わりやすく、その影響で朝は霧がよく降ってきたものだ。
ある朝見かけたその霧は並んだ杉の隙間に薄く棚引く形に広がっていた。
薄くペールを包んだかのようなその景色。見かける度に、暫く山を正面に突っ立っていた。
周りの声も届かない。
自然の美しさにただ思い耽ていた。
◆
「霧……」
「キリ?」
「それで来霧なら被りますか?」
「『来る霧』で来霧か。なら何とかなりそうだ……うん被りもないね」
「いいのか?」
「?」
「名前は変えられないからな」
「……いえ、大丈夫です。忘れたくない思い出ですから」
ここに来てから、ひとつ感じていた違和感があった。昨晩のことだ。
財布を取り出した時に、小銭の確認をしていた。小銭の額はその日に少し消費したため、的確に覚えていたが、続けてショルダーバッグを漁っていた時に気が付いたのだ。
教科書が数冊入っていた。ノートも数冊残っていたが、中を覗いた時に驚いた。
写真。文章。グラフ。
これらが消えているページがあったのだ。
ノートならまだしも、教科書は新品を受け取った日に、確認をするはずだ。返品をしなければいけないから。
しかし、複数ページ連続で白紙のページがあったり、写真しか残ってないページがあった。
その時、何故なのかを察した。
記憶だ。
忘れてしまった事。印象に薄くて覚えてない事。これらが欠如している。
現実ならば欠如していても、インクは消えたりしない。
特殊なインクならば熱で消えるが、そんな教科書はほぼないだろう。
つまりは、ここは現実だった世界ではない。現実になった世界なのだ。それがこの次元。
続けて抓って痛みや跡を見つけた時。
それが、異世界の確信をした瞬間だ。
だからこそ、文字として記憶を守ることは『あり』だった。
本来の名前は飛ぶかもしれないが、記憶が依代となってくれる。
そう思ったから。
「よし……名前の登録が済んだよ。続けて主役職について話をしよう」
「主役職……ですか」
疑問符を呈している僕の前にカツトヨが、あるパンフレットを手渡してきた。
アファルの隠し子--(4) 登場人物
来霧(来夢)
カツトヨ・(若羅・)アンネ=ラディスト




