第452話:恩知らず
ネームレス王国の鍛冶工房。一見、外からは静かで稼働していないかのように見えるのだが、それは消音の付与効果を建物全体に施しているからであり、鍛冶工房の二重扉を開ければ中からは金属を叩く音とともに凄まじい熱気が排出される。
「ぬんっ!」
余計な脂肪が落ちて、本来であれば樽体型の男性ドワーフにあるまじき引き締まった身体になってしまったウッズが鎚を振るう。
「ふぅ……」
一仕事を終えたウッズは鎚を置くと、ゴーグルを外して息を整える。鍛冶仕事では高温の中、火や鋼の状態を見るために片目になることが多い。また作業中に火の粉が飛び散り、その一部が目に入り失明することも珍しくないのだ。その結果、鍛冶士は隻眼の者が少なくない数がいるのだが、その対策にネームレス王国では鍛冶に携わる全ての人員にゴーグルを配布している。
現在ネームレス王国では鍛冶工房が絶賛フル稼働中なのだ。ちょっとした果物ナイフから包丁に調理器具、それに武器から防具まで作った端から持っていかれる。いわゆる嬉しい悲鳴というやつだ。
「お、親方~っ!!」
椅子に腰を下ろして休んでいたウッズのもとへ、見習い中の魔落族の少女が駆け寄ってくる。
「どうした?」
「お、王様がっ!!」
「ユウが? どこにいる。いや、外で待っているのか」
鍛冶仕事の邪魔をしてはいけないと。王であるにもかかわらず、ユウは変なところで気を遣うところがある。ウッズから見れば、ユウはまだまだ子供だ。そんな小さなうちから大人に気を遣うのはどうかと思っているのだが、それを言ったところで改善するわけではない。
「急いでくださいっ」
なにをそんなに血相を変えているんだ、と。普段はもう少し物静かな少女なのに、ウッズは腰を下ろしたばかりの椅子から立ち上がり外へ向かう。そのあとをキンとギン、それにしれっと関係のないゴンブグルと魔落族族長のマウノがついてくる。
「おっ、いたな」
鍛冶工房の外に出ると、すぐにユウを見つけることはできた。いつもの外に設置している木製のベンチに腰掛けていたからだ。なぜかユウの隣に座っているナマリは機嫌が悪そうに見えた。
「ユウ、待たせ――――なっ!?」
近づいたウッズは絶句する。なぜならユウが血塗れであったからだ。よく見れば、いつも被っている飛行帽にゴーグルも外しているし、驚いたことに左腕が肩の付け根からなかった。
「なにがあった」
ウッズならずとも問いかけずにはいられないだろう。今のユウをここまですることができる者など、簡単には想像できないからだ。だが、ウッズの問いかけに答えたのはユウではなく、ナマリであった。
「恩知らずなんだぞっ!!」
両頬をぷくっ、と膨らませたナマリが吠えるように叫ぶ。それに呼応するかのようにユウの頭の上に座っていたモモが両腕をグルグルと回して怒っていますと主張する。
「王よ、さすがにその有り様は、な? 腕を治さんのか」
渋い顔をしていたマウノが、なぜユウは左腕を治さないのか疑問に思って問いかける。
「今は治せない」
好きでユウはこんな無様な姿を晒しているわけではない。強力な魔力残滓がユウの左肩の傷口にこびりついており、治したくても治せないのだ。
そんな理由も説明しないユウに疑問を抱いているウッズたちをよそに、ユウはベンチの上にそっとジャケットを置く。
「うん? こりゃマリファへ渡した龍革のジャケットじゃ――――やけに傷んでるな」
ちょっとやそっとじゃ傷一つ、つかない。2級の等級を誇る龍革のジャケットが見ればわかるほど傷ついていた。
「こりゃ斬撃――――いや、裂傷か」
手にとって確認していたマウノが呟く。
「んー。龍の革を傷つけるとは恐れ入る」
ジャケットを手に取り、あれやこれやと分析するウッズたちの近くに、ユウはそっと手甲を置く。
「こりゃ修理するにしても……あ? おおいっ! こ、こりゃ女王蟲クインの手甲じゃねえか! これを作るのに俺がどれほど苦労したと思ってんだ!」
さらにボロボロの女王蟲クインの手甲を見るなりウッズは悲鳴のような叫び声をあげる。苦心して作り上げた品が見るも無惨な姿となっているのだ。叫び声の一つもあげようというものだろう。だが、そんなウッズの心痛を無視してゴンブグルは手甲を手に取ると「まだまだ甘いのぅ」と呟き、ウッズの怒りに火を注ぐ。
「マリファはどこにいやがる!」
武具の役目は装着者を護ることである。その役目を果たしたのなら、鍛冶師であるウッズとしては本望であるのだが、それはそれとしてだ。小言の一つや二つ、いや三つ四つは言ってやらねば気が済まぬというもの。
「これも」
視線をウッズと合わせぬまま、ユウは次の装備を取り出す。出したのはミスリルのローブである。フーゴとの模擬戦ですでに傷んでいたのだが、惨鎧斬との戦いが致命傷であった。
「こりゃ……俺じゃ治せねえぞ」
修復するより一から作り直したほうがまだ早いと言っていいほど、ミスリルのローブはボロボロであった。
そんなウッズの声を聞こえないフリをして、ユウはマントと手袋を出す。
「アークデーモンのマントに天魔ゾフィーヌの手袋……っ。レナはどこにいやがる!!」
「んー。これもまだまだじゃな」
「儂ならもっと良い物に仕上げれてたな」
「うるせえ! 爺さんたちはちょっと黙ってろ!」
「だ、誰が爺だ! 俺をゴンブグル老と一緒にするんじゃねえ!」
「んー。こう言ってはなんじゃが、儂はまだまだ若い者に負ける気はせんもんね」
どんどん興奮して語気が荒くなっていくウッズたちを、ユウは観察していた。
(もうちょいいけるか?)
そうユウが思ったとき、ウッズの顔がぐるんっ、とユウのほうへ向く。
「ユウ、こっちの様子を窺いながらちょろちょろ出すんじゃねえ! 持ってる物を全部出しやがれっ!!」
「えっ、いいの?」と、ユウは安心した様子で残りの装備を一気に出す。飛行帽捌式や龍晶ミツハのゴーグル、青生生魂のガントレットを見て、怒っていたウッズの顔色が変わり。さらに真っ二つに折られた黒竜・燭と穴だらけの日緋色金の鎧を見て、ウッズたちは血の気の引いた顔になる。
「誰と……いや、なにと戦った?」
日緋色金の鎧は火に弱いが、それでもそこらの金属に負けない強度を誇る。それが穴だらけなのだ。穴が空いている場所も問題であった。穴の一つは胸部から背部にかけて貫通しており、普通なら致命傷の位置である。
「惨鎧斬なんだぞ!!」
迫害され続け、世情に疎いマウノはよくわからない顔をしていたのだが、ウッズは「『兇悪七十七凶』か」、ゴンブグルは「堕ちた名工の鎧か」と、各々が様々な反応を示す。ただ、黒竜・燭に関しては惨鎧斬ではなく、イモータリッティー教団第二死徒アリヨなのだが、いちいち訂正するのも面倒だと、ユウは黙っていた。
「んー。ネームレス王よ、惨鎧斬は特級であったか?」
「いや――――」
即座に否定され、ゴンブグルは「ふむ。噂は所詮噂であったか」と少し消沈した様子になるのだが。
「――――準特級だった」
「…………い、今なんと申された?」
「だから惨鎧斬は準特級だって言ったんだ」
「ぉ……お…………おぉっ!!」
老いた身とは思えぬほど、ゴンブグルの全身を血が駆け巡る。準特級とはいえ、人の身で神の領域に近づいた者がいたのだ。あるかもわからぬまま長い年月を追い求めていた特級が存在することが明確に示されたと言っても過言ではない。
「あんまり興奮すると身体に良くないんだぞ」
心配そうな表情でナマリがゴンブグルに声をかけると、ゴンブグルは恥ずかしそうに頭をペシペシと叩く。
「んー。これはいかん、いかんな。年甲斐もなく興奮してもうたわ」
礼を言うようにゴンブグルはナマリの頭を優しく撫でる。一方、ウッズとマウノは興奮したままであった。
「それで惨鎧斬には勝ったのか?」
「お、王よ。現物はあるんじゃろうな? 現物は? 惨鎧斬の現物があるのなら儂に見せてくれんかっ」
先ほどまで手塩にかけて作った武具が無惨な姿になったことにショックを受けていたウッズや、特級の武具など存在しないと端から信じていなかったマウノはユウへ詰め寄る。
だが、ユウの頭の上に座っていたモモが結界を張って、ウッズたちの接近を拒否する。
「いでっ。こら。モモ、なにをしやがる」
「そ、そうじゃ! 儂をなんだと思っておる!」
抗議する二人の声も、モモには届いておらず。さらに結界を大きくしてウッズたちをユウから引き離す。
「勝ったよ」
なんとも控えめというか。感情のこもっていない言葉であったが。それでもユウは勝ったと呟いた。
「そうか……。勝ったか。俺の装備を使ってるんだ。勝って当然か」
「わははっ」と豪快に笑うウッズであったのだが、内心ではユウがまた無茶をしたのだろうと心配していた。
「じゃあ、その腕は惨鎧斬にやられたのか?」
「言いたくない」
「恩知らずなんだぞっ!!」
再び、ナマリが同じ言葉を叫ぶ。モモまで思い出したのか、同じように両腕をぐるぐると振り回す。
「で、鎧は? 儂の?」
「誰がお前の鎧なんだよ」
「うっ……」
「んー。詳しい話は知らんが、真っ当な鎧ではないと聞く。もしや処分したんかのぅ?」
「そうだ」
その言葉にウッズとゴンブグルは納得したかのように頷く。マウノは「儂の鎧~」と、その場で崩れ落ちた。
実はユウはとある迷宮の深部で惨鎧斬を処分――――というよりも、鎧の中に封じられていた土の精霊を解放していたのだ。
だが、解放されたヴェルンドがすでに悪霊と化しており、ユウへ襲いかかる。情報を入手することは不可能と判断し、ユウはヴェルンドを容赦なく滅ぼす。
続いて出てきたのは土の精霊ハニヤッマである。神と称されてもおかしくないほど強力な高位精霊であるハニヤッマは、周囲を見渡しユウを視界に捉えると、無表情のままヴェルンドと同じく襲いかかってきたのだ。
もとより戦闘になる可能性があると想定していたユウは、ナマリとモモとともにハニヤッマを迎え撃つ。
想定外だったのは、ハニヤッマの強さが予想の遥か上をいくことであっただろう。ユウがバックアップするナマリであっても、ハニヤッマとの戦いで二度も死亡しているのだ。そして、ユウ自身も左腕を切断し、さらには強力な魔力残滓によって今も治すことができないでいる。
残念ながらユウたちにハニヤッマを倒すことはできなかった。一頻り戦った結果、双方ともに理解したのだろう。これ以上は死ぬ――――否、滅ぶ可能性があることに。
去っていくハニヤッマをユウが追うことはなかった。精霊に近い種族と言われる妖精種のモモは、ハニヤッマのあまりの強さに久しく感じていなかった恐怖を覚えるほどである。
「王よ! 本当に鎧はないのか?」
「ないって言ってるよ!」
「ナマリ、お主には聞いておらんわ!」
「べーっ!」
まだしつこくユウに惨鎧斬の欠片でもいいのでないかと聞くマウノを無視しつつ、ユウは左肩の付け根に視線を向ける。
(ロキュス……あいつは俺を殺す気がなかった)
※
「うおおおおおーっ!!」
ネームレス王国の城の地下深く。トーチャーの個室兼おもちゃ箱がある場所ほど深くはない場所にラスの私室兼研究室があるのだが、そこの長い廊下をナマリが爆走する。
「お~い! 泣き虫のラス、機嫌は治った?」
ノックもせずに勢いよくドアを開けたナマリが、開口一番に問いかけるも、返答は魔力弾であった。
「オドノ様~!」
背後から無数の魔力弾を撃たれながら、ナマリがユウのもとへ戻ってくる。
「どうだった?」
「元気だった!」
先にナマリを行かせて様子を見させていたユウは、ナマリの返答に「そうか」と頷く。
「ようこそ。マスター、お待ちしておりました」
「怒ってるのか?」
「私が? まさか」
「怒ってたんだぞ」
「ナマリ、黙れ」
「黙らないよーだ」
ここにはユウたちしかいないので、ラスは一人称を取り繕うこともなく我ではなく私と言う。
「さっきまでカンカンだったんだぞ」
「ナマリ、いい加減なことを言うな」
「まだいじけてるようなら、出直すところだったな」
「マスターまで!」
ソファーにユウたちが座ると、ラスは茶菓子と紅茶を用意する。飲食の必要ないラスの私室にそのような物があるということは、そういうことなのだろう。
「オドノ様、食べていい?」
期待を込めた目でナマリとモモがユウを見つめる。
まだおやつというには少し早いのだが、ユウが頷くとナマリとモモは満面の笑みを浮かべてお菓子に手を伸ばす。
その間にユウとラスは互いの近況を報告し合う。
「惨鎧斬――――ロキュスの正体をラスは知っていたか?」
「いえ」
極めて自然に答えた――――つもりであった。
不自然な点はなかったはず、と。ラスはユウの反応を窺う。
「まあ、どうでもいいか」
本当にどうでもいいような反応であった。
たとえ、ここでラスが惨鎧斬の中身はダークエルフだと知っていましたと答えたところで、ユウはさして興味も疑念も抱かなかっただろう。それが嫌というほど理解できるだけに、ラスは悲しくなる。
(ロイ・ブオム――――余計な真似をしてくれたものだ)
もともと人を信じていないユウが、最初で最後に信じてみようとロイの話に乗った結果が――――惨憺たるものであった。聖国ジャーダルクの策略により、ユウは数万もの軍に包囲され危うく捕獲されるところであったのだ。
結果こそ無事に危機を乗り越えることができたものの、ユウが以前にも増して他者との間に壁を作っているように、ラスには見えるのだ。
「研究のほうはどうだ?」
「マスターが求める結果を出すには、魔玉のランクが重要かと」
「そっか。なら、そっちは俺がどうにかする」
「では、私は引き続き研究を進めておきます」
「あと、あっちの――――」
「あちらは――――」
他者からすればたわいのない会話かもしれないが、ラスにとってはとても重要な――――大切な時間である。多忙なユウは自由な時間がほとんどない。最初に出会った頃が懐かしいとラスは感慨に耽る。あの頃は戦ってばかりであったが、それでもユウとずっと一緒に行動し、話す時間も今よりもっとあったのだ。
(前にお会いしたときよりも進行している)
目の前に座るユウの瞳の色が、濃い赤茶色であることをラスは気づいている。
(ああ……私はどうすればいいのだ)
※
ユウとラスが近況報告をしているとき、ネームレス王国の別の場所――――マリファが珍しくユウにお願いして用意してもらった蟲部屋にマリファの姿があった。
(私が弱かったから)
特別な籠で飼育している無数の蟲たちがマリファが近づくたびに蠢く。
(ご主人様を失望させてしまった)
蟲が蠢くたびに、マリファの体内で飼っている虫も同じように蠢く。
(二度と、二度と同じような失態を晒すわけにはいきません)
厳重な封印を解くと、マリファは一匹の奇っ怪な蟲を取り出すのであった。




