第447話:我儘
悠然と皇城へ向かっていくジョゼフたちを建物の陰から見ている者たちがいた。
「信じられんな」
その一人が思わず呟く。
ジョゼフとラフルの決闘―――否、あれは戦いと呼べるようなものではなかった。
「あれがジョゼフ・パル・ヨルム。『セブンソード』最強と謳われた男か……」
「いやいや、いくら強いと言っても限度というものがある。青二才とはいえ、ラフルはレベル40を超える強者だぞ。それを……かすり傷すら負わすこともできずに敗北するとは」
まだ若いと、同僚から侮られることも多いラフルであったのだが、一方で二十年以上は『セブンソード』の現役でいられるだろうと、このまま驕ることなく研鑽し続ければ五公爵一侯爵内で最強になるのも夢ではないと期待されていたのだ。
「ふん。ラフルご自慢の沙々・漠琉を振るうことすらできなかったな」
沙々・漠琉は砂を操ることのできる名剣で、素材の多くは砂龍のものを使用しており、ランクは2級という途方もない剣であった。もっとも、その素材として使用した砂龍を斃したのがジョゼフであったことはラフルだけでなく、この場にいる誰も知らなかったのだが。
「あら。あなたたちはジョゼフに挑戦しないのかしら?」
背後に突如現れた気配に、男たちは――――現『セブンソード』たちは驚いた顔で振り返る。
「ガースっ、さま」
思わず同僚であるにもかかわらず、ガースのことを“卿”ではなく“さま”付けで呼んでしまう。
だが、それも無理はないことだろう。なぜなら、ジョゼフが『セブンソード』になるまでは、ガース・ドーこそが『セブンソード』最強として君臨していたのだ。
当時、ガースの『セブンソード』就任はデリム帝国の貴族界隈では大きな話題と問題になっていた。なにしろデリム人ではない。しかも他種族のダークエルフの女が貴族への根回しもなく『セブンソード』に就くことになったと。
皇帝のご落胤かと、貴族たちは情報収集に走ったものである。だが、どれほど調べようともガースの素性が判明することはなかったのだ。ならば、遠慮をする必要はないと、貴族派閥の武官がガースに手合わせを願うも――――結果は惨憺なるものとなった。誰一人としてガースに勝つどころか善戦することすらできる者がいなかったのだ。
当時の六公爵はこれを問題視する。
貴族が軍権を掌握し、次はさらなるデリム皇帝の権限を削ぎ落としている最中に、皇帝が戦力を手にしたからである。
まずはガースがどれほどのものかを詳細に知る必要があると、六公爵から高レベルの『解析』スキルを有する者を諜報員のもとへ派遣したのだが――――。
「死んだ……だと?」
六公爵の会合で、派遣した者が死んだことが共有される。決して捨て駒にしていいような人材ではなかった。これまでも皇帝派が抱える配下や自領を脅かす強大な魔物の調査で、多大な貢献をしてきた者であったのだ。
死因は毒殺であった。
有能な者ゆえに、公爵は警護をつけていたのだが、それでも防ぐことはできなかったのだ。だが、さすがは長年にわたって数々の依頼をこなしてきた者である。死にながらもガースのステータスを不完全ではあるものの、視て紙に書き記していたのだ。
「これは事実なのか?」
「死に際に嘘の情報を残す理由があるとでも?」
「ふむ。ガースが虚偽の情報を、我らに共有させるためという可能性もあるのではないか?」
「それこそあり得ない。普段から情報漏洩を防ぐために、他者にはわからない暗号でやり取りしている。筆跡からもまず間違いはない」
「では――――これがガースのおおよその実力と……認めろというのか?」
「化け物だな」
ガース・ドーはダークエルフということで、見た目から年齢を把握することは難しかった。それでもエルフやダークエルフ特有の言い回しや所作である程度は絞れるのだ。そこから六公爵の諜報員が出したガースの年齢はおそらくは三十代未満、四十は超えていないというものであった。
貴族は普段からみだりに感情を露わにしない。どこに政敵が潜んでいるかわからないからだ。それゆえに幼少期より厳しい教育を受けるのだが、公爵ともなれば最上級の教育を受け育ってきている。それなのに彼らが取り乱すのは、それほど書き残された情報が受け入れ難いものであったからであった。
レベル79、召喚特化型のジョブ構成で取得ジョブは『召喚士』『憑獣師』『アークテイマー』『神魔願喚候』――――恐るべきガース・ドーの情報である。彼らが取り乱すのも納得の情報であったのだ。
六公爵ではガースを排除するのではなく、自陣営へ取り込む引き抜き工作へと方針転換する。軽はずみに手を出していい相手ではないことが、これまでの失敗から六公爵もよくわかったのだ。だが、ガース・ドーの引き抜き工作は上手くいくことはなかった。どれほどの金貨を積もうが、首を縦に振ることはなかったのだ。武官ゆえに金銭には興味がないだろうと、金だけでは手に入らないような武具や装飾を提案したこともあった。しかし、それでもガースからの反応は芳しくない――――どころか、全く手応えがないのだ。
以降、六公爵は会合で軽はずみに手出しをしないという言葉も忘れ、躍起になってありとあらゆる謀略を仕掛けるも、ガース・ドーはデリム皇帝の剣として護ってきたのだ。
デリム帝国の貴族からすれば、ジョゼフよりもよっぽど厄介な存在かもしれない。デリム皇帝を何代にもわたって、外敵や貴族から護り続けてきたのだから。
貴族たちは軍権のほとんどを掌握し続けるも、ガースの存在によって皇帝を傀儡にすることはできなかったのだ。そして――――そうこうしているうちに、彼が――――ジョゼフ・パル・ヨルムが現れてしまった。
「早く仕掛けないと、ジョゼフが行ってしまうわよ」
妖艶な美女が微笑む。
その肩越しに二匹の蛇が『セブンソード』の男たちを睨む。あのガースが使役しているのだ。ただの蛇ではないことは男たちもよく理解している。だから、迂闊な言動をしないのだ。
「は、ははっ。ガース卿はなにやら誤解されているご様子。我らはラフル卿がなにやら良からぬことを企んでいる聞き及んで、慌てて駆けつけたまで」
「そのとおり。私たちは皇帝陛下の剣であり、盾でもある『セブンソード』です。皇城にて不穏な動きありと知れば、遠く離れていようとも駆けつける義務があります」
「そうだったかしら? あなたたちがそれほど皇帝陛下に対して忠義心があったなんて、初めて知ったわ」
「どいつもこいつも嘘つきばかり」と、ガースは内心で毒つく。実際、彼らは早い段階でジョゼフがデリム帝国領内に入ってきたのを把握していた。ただ、方向音痴のジョゼフのせいで、満足に足取りを追うことができなかったのだ。
皮肉なことに、ジョゼフをいち早く捕捉したのは情報をあえて伝達しなかった侯爵派閥のラフル・マル・シンであった。彼らはラフルが少しでも優勢であれば、加勢と称してジョゼフを取り囲むつもりであったのだ。
「情けない」
ガースと目を合わすこともできない男たちに、冷たい呟きがさらに彼らの傷ついた心を抉る。
「平民が『セブンソード』を殺めたのです。これは許されざる大罪ではありませんか?」
「ここはガース卿が仕留めるべきかと。なに、ご不安なら我らも喜んで加勢しようではないか」
「相手は許可もなく皇城へ踏み込んできたならず者、手心を加える必要などありません。ここは『セブンソード』筆頭として、お役目を果たすべきです」
もっともらしいことを宣うが、ただの意趣返しであった。ここで否定しようものなら一斉にガースを非難し、なんなら『セブンソード』に相応しくないと罷免までもっていこうという魂胆である。
「嫌に決まってるでしょう」
しかし、そんな悪辣な男たちに対して、ガースはあっけらかんと拒否する。
「それでは『セブンソード』として――――」
「だから? 殺りたいなら、自分たちだけでしなさいよ」
「このような横暴を赦してよいと、ガース卿は申されるのか!」
「横暴? なんのことかしら」
「なにを惚けておられる! ジョゼフがラフルをっ! 『セブンソード』の――――」
「問題ないわ」
なんの問題もないと、ガースは言ってのける。そのあまりにも堂々とした言葉に、男たちは呆気にとられた。
「問題ないとは?」
「そのままの意味だけど――――あーそういうこと? もしかして、あなたたちは知らないの?」
小馬鹿にするガースの態度が、彼らの癇に障る。
「我らがなにを知らないと?」
「だーかーらー、ジョゼフの――――いえ、ヨルム家の特権よ」
そこで彼らも思い出したのだろう。デリム帝国の皇祖が七人の従者に与えた『セブンソード』の称号と褒美を。
「思い出した? ヨルム家が皇祖になにを求めたのかを」
「それは……『皇祖御免状』のことを指しておられるのか?」
「そう。皇祖御免状――――または決闘御免状とも呼ばれるわね。いい? ヨルム家の男は皇帝を除く誰とでも、いつ、どのような場所でも、好きに決闘をしていいのよ」
「し、しかしジョゼフは貴族としての籍をっ」
「これはヨルム家に与えられた特権よ。ジョゼフが平民だろうと関係のない話なんだけど、あなたには難しかったかしら?」
高笑いしながら去っていくガースを、彼らは黙って見送ることしかできなかった。
※
「開けろ」
皇城の扉を前に、ジョゼフはそれが当然かのように命令する。
(開けるわけがない。この男はバカなの――――なっ!?)
しかし、皇城の巨大な扉が左右に開いていく。通路の左右には皇城を護る兵が整列しており、これではまるでジョゼフを盛大に出迎えているようであった。
「行くぞ」
目の前の出来事が信じられない様子の子爵の頭を叩いて、ジョゼフは皇城内へ足を踏み入れる。本来であれば、兵たちの圧力にストレスを感じていてもおかしくないのだが――――実際、子爵は先ほどから胃液が逆流しそうになっていた。しかし、逆に兵士たちのほうが多大なストレスを感じていたのだ。
以前のように貴族が好き勝手する情けないデリム帝国の姿に、そんな横暴を許す兵たちを、ジョゼフが睨みつけながら歩いているからである。
槍だけとはいえ、武器を持つ自分を誰も邪魔しに来ないことに拍子抜けしつつ、ジョゼフは玉座の間にズカズカと入っていく。その厚かましくもふてぶてしい態度は、勝手知ったる我が家の如くである。
「よう帰ってきたの」
玉座に座る皇帝ガンマ・デリム・レイ・オークレールが、ジョゼフを見下ろしながら言葉をかける。
「爺、なにがよく帰ってきただ」
「なにを帰るなり吠えておる。貴様は獣か? いや獣のほうがまだ大人しいわ」
足をばたつかせながらガンマは自分の言葉できゃっきゃっ、と笑う。その背後では巨大な魔獣がガンマを護るように目を光らせている。自分が不在の間、皇帝を護るためにガースが召喚した魔獣だ。さらに少し離れて左右にいる兵――――と呼ぶには武具が統一されていない。
一人は竜人で、もう一人はデリム人であるものの平民である。彼らは元『セブンソード』――――つまりジョゼフが直々に『セブンソード』に取り立てるようガンマ皇帝に掛け合った者たちである。だが、そんな彼らもジョゼフが去ったあとのデリム帝国の貴族に嫌気を差して、あとを追うように軍を去ろうとしたところをガンマが引き止めたのだ。今では皇帝直属兵として、常にガンマの身辺を警護している。
そんな彼らがさり気なく顔をそらしているのは、ジョゼフと目が合えば必ず面倒なことになると理解しているからだ。
「皇帝陛下」
いつの間にかジョゼフを追い抜いていたガースが、ガンマの耳元で囁く。本来であれば皇帝陛下に対して不敬であるのだが、ガースならば誰も文句を言わない――――いや、言えないのだろう。
「ほぅ……ラフルのバカタレを斃した、か」
ニヤニヤと笑みを浮かべるガンマを前に「なに笑ってんだこのクソ爺わ」と、ジョゼフはいつも変わらぬ態度である。
「ラフルと戦ったそうじゃな」
「ラ……ラフ? 誰だ」
「きゃきゃっ。貴様が先ほど戦った相手じゃ」
「ああ、あいつか」
「あれでも『セブンソード』じゃ。それなりに楽しめたじゃろ?」
「鼻くそだったぞ」
感想もクソもない。なんの興味も思いもなかったようなジョゼフの言葉に、ガンマは「ふむ」と首を傾げる。
(ラフルは増長した若造じゃが、いかにジョゼフであろうと――――)
そこでガンマは気づく。
ジョゼフの手に槍が握られていることに。
80を超える小柄な老体の身体が震える。再びデリム帝国の威信を取り戻すときが来たのだと。
「クソ爺、なにを黙ってんだ。そろそろボケてもおかしくねえが、もう少しだけまともでいろよ」
超大国の皇帝に向かっていう言葉ではない。だが、ガンマの傍に控えるガースは手で口を覆っているものの、我慢ができないとばかりに鈴が鳴るような声で笑っているではないか。
「余はまだ80じゃ」
「十分クソ爺じゃねえか」
「皇帝陛下、人族で80は十分にご老人かと」
無礼なジョゼフの発言を叱るどころか一緒になって責めてくるガースに、ガンマは珍しく困った表情を浮かべる。
「俺は槍を取りに来ただけなんだ。さっさと俺の槍を返せよ」
「バカタレっ! 貴様が勝手に捨てた槍を余がわざわざ保管してやったのを感謝せんかっ」
「そんなこと誰も頼んでないだろうが。恩着せがましい爺だな」
鼻をほじり出したジョゼフに、ガンマの眼光が鋭くなる。他のものなら即座に首を刎ねられていただろう。
「それよりどうなってんだ」
「脈絡もなしに喋るでない」
「あ? 国のことに決まってるだろ。貴族が好き勝手やってるぞ」
「貴様のせいじゃ。あのとき余は止めたではないか。魔王に与する人族の気配がする、とな。それを無視して好き勝手に国を飛び出した貴様に、余もガースもどうこう言われたくないわ」
さり気なくガースの名前を出して巻き込んだことに、ガースは「まあ」と態とらしく驚く。
「よいか? 不満があるのなら自分の手で正せ。それとも忘れたのか? 余も貴様も、そうやってデリム帝国を繁栄させてきたことを」
正論であった。
綺麗事だけで国が、民が幸せになるのであれば、誰も苦労することはない。
だが、そのような正論がジョゼフの心に響くことはなかった。「うっせ」「ばーか」「死にぞこないの爺」など、散々な罵倒をガンマに向かって浴びせる。
「悔しかったら皇帝になってみよ。できもせんくせにバカは貴様じゃ」
玉座の上に立つと、ガンマは尻をジョゼフに向けてペシペシと叩く。
「このクソ――――」
「ところで隣の者はなんじゃ?」
「こいつか? 屑だ」
要領を得ないジョゼフの発言を、ガースがフォローする。子爵が市井でどのような振る舞いをしていたのか。それをジョゼフに見つかりどのような目にあったのかを報告する。
「俺の槍はどこだ?」
「やかましいっ。宝物庫に仕舞っておるわ」
「ならさっさと案内しろよ」
「このガキャっ……」
呆れ果てたガンマが手を振ると、無言でガースはジョゼフの案内をする。
残されたのは――――
「こ、こっ……皇帝陛下っ、何卒…………慈悲をっ」
先ほどと同じ人物とは思えないほど凄まじい威圧を放つガンマを前に、子爵は今にも失禁しそうなほど震え上がる。
「死刑じゃ」
冷徹な言葉であった。
なんの感情も込められていない。塵でも見るかのような目で、ガンマは子爵へ死刑を宣告したのだ。
「慈悲をっ!! わた、私の家は何百年もデリム帝国に、皇帝陛下に仕えて――――」
「なにゆえ死刑になるかわかるか?」
「は?」
「余を不快にしたからではない。玉座の間を穢らわしい血で汚したからでもない」
ゆっくりと皇帝直属兵――――竜人の男が動き始める。
「デリム帝国の貴族でありながら、護るべき臣民をいたずらに傷つけた。その所業は万死に値する。死んで償うがよかろう」
「お待ちを――――」
竜人の男が槍で子爵の背後から背中を貫く。血が吹き出すことはなかった。貫くと同時に子爵の傷口が凍っていたからだ。氷が子爵の傷口だけでなく全身までをも覆うと、竜人の男は槍の石突で軽く子爵の身体を叩いた。すると、綺麗な氷の結晶となって子爵の姿は跡形もなくなる。
「なんとも贅沢な死刑じゃな」
「玉座の間を血で汚すわけにはいきません」
ガンマの皮肉に竜人の男はご容赦を、と頭を下げるのであった。
英雄の帰還にデリム帝国の平民たちは大いに沸く。だが、その喜びも長く続くことはなかった。一年もしないうちにジョゼフは再びデリム帝国をあとにしたからだ。




