第437話:引き継ぎ
ロキュスが惨鎧斬となって二十数年が経過した頃には、ハクヒ村を襲撃した者の大半を葬り去っていた。
だが、肝心のウロード・スヴィニヤーの居所がわからなかった――――否、正確には居所を把握した頃には拠点を移動していたのだ。
この頃にはロキュスは自身の限界が近いことを悟っており、日々をいつ迎えるかも知れない死への恐怖から、苛立ちながら情報を収集していた。
凡人であるロキュスが惨鎧斬を使いこなすのは――――いや、違う。正確には人の身で惨鎧斬を使用することはあまりにも負担が大きいのだ。
名工ヴェルンドが創り上げた惨鎧斬は素晴らしい能力を誇る。それこそ女子供が着ても、自動攻撃と自動防御によってどのような悪党や魔物であろうと討ち倒すだろう。その際に使用される魔力は惨鎧斬に封印されている高位の精霊である。着用者が負担することはなにもない――――はずであった。
だが、惨鎧斬に囚われるヴェルンドと高位精霊、この二つの狂気に染まった精神体が着用者を蝕むのだ。これは製作者であるヴェルンドですら予期しなかったことだろう。
「何者か?」
しわがれた声がロキュスを出迎えた。
玉座のような立派な椅子に座る枯れ木のようにやせ細ったこの老人がウロード・スヴィニヤーか、とロキュスは想像していたよりも年老いた男を見て思う。
(当然か。あれから二十年以上が経っているんだ)
ダークエルフの自分とは違い、人族にとって数十年という月日は容姿を大きく変えるに十分な時であった。
「お前の護衛は全て殺した」
「ふむ」
皮肉なことに、ウロード・スヴィニヤーの居場所をロキュスへ知らせたのはセット共和国であった。ウロードは持ち前の資金力を活かしてセット共和国の政へ度々関与するばかりか、重要なポストへ自分の息が掛かった者を就かせるよう要求までしだしたのだ。いや、事実いくつかのポストはウロードの思惑通りの者が就いていた。
ついにセット共和国の大統領を始めとする上層部も、ウロードの干渉に我慢の限界が来たのだ。とはいえ、大富豪であるウロードのレーム大陸中に抱える人脈や多数の護衛を敵に回すのは避けたい。またウロード派閥の者たちも、ウロードが死ねば次は自分たちの番ということは理解しているので黙ってはいない。ならば、自分たちの手を汚さず、仮に失敗してもこちらが痛くも痒くもない者に任せればいいと考えた。
そう――――セット共和国上層部はロキュス、惨鎧斬にウロードの抹殺を依頼したのだ。
散々にロキュスを殺そうとしておいて、恥知らずにもその殺そうとした相手に邪魔者を殺してくれと。だが悲しいことにロキュスはこの話を断ることができなかった。莫大な資金力を誇り、拠点を次々に変えるウロードの居場所を二十年以上も捉えることが、知恵も、人脈も、金も、なにもかもがないロキュスにはできなかったのだ。
「其の方が惨鎧斬か」
「そうだ」
異形の鎧に身を包むロキュスを前にしても、ウロードはたじろぐことはなかった。それよりもうんざりした様子であった。
「いつまでこのような不毛なことを続けるのだ」
「お前は……なにを言っているっ」
「其の方のために、これまでに私がどれだけの金を失ったのかを理解しているのかと、問うている」
身体中に流れる血が沸騰したかと錯覚するほど、ロキュスの頭の中が怒りで真っ赤に染まる。
「何十年も前のことをいつまでも根に持って、しつこいにもほどがあるというものよ。私は顧客の要望に応えただけではないか」
同じ言葉を話しているのに、まるで違う言語でやり取りしているかと思えるほど、ロキュスはウロードのことを理解することができなかった。
もはや、これ以上は語ることはないと、ロキュスはウロードの身体の先端から鋭利ではなく、わざと荒く創った刃でゆっくりと削っていった。
最期まで謝罪の言葉はなかった。
痛みに耐えかねて泣き叫ぶも、ウロードは終始自分は悪くないと主張しながら死んだのだ。
平凡に生きてきたロキュスにできる精一杯の処刑であった。
「もう……限界だっ」
心身だけでなく、魂が悲鳴を上げていた。
「まさか――――諦めるつもりじゃないだろうね?」
自分以外は誰もいないはずの、惨鎧斬を纏う自分に気づかれずに、いつからそこにいたのか。一人の青年が椅子に腰掛けて、ロキュスを見つめていた。
「誰だ?」
ロキュスからの問いかけが聞こえていないのか。金髪碧眼の青年はしばらく考え込むように視線を漂わせると。
「久しぶりとはいえ“誰だ?”とはあんまりな言葉じゃないか」
「お前のような人族の知り合いはいないっ」
「ロキュス、私だよ」
声どころか姿形も違う。だが、その独特な喋り方にロキュスは覚えがあった。
「…………まさかっ」
「そう。ジョンだよ」
「そんなバカなっ……」
数十年ぶりに再会したジョンの姿にロキュスは絶句する。初めて出会ったときは四十代ほどだった男が、どう見積もっても二十ほどの青年になって現れたのだ。若く見えるどころの話ではない。
「平和を愛する私を疎ましく思う者は、想像より多くてね。不本意ながら生まれ変わることにしたんだよ」
前髪を指先で弄りながら、ジョンはロキュスの姿を観察する。
「そんなことよりも、だ。君はまさかもう諦めるつもりじゃないだろうね? ハクヒ村襲撃に関与した者たちは、レーム大陸中にいる。その者たちを野放しにして、君は納得できるのかね?」
「わかっている。だが、もう身体が、魂が限界なんだ」
「亡くなったハクヒ村の人たちは、今の君を見て赦してくれるかな。ただ一人生き残った君には責務がある」
「それは――――」
「君の師? 最愛の人ベードヌィは?」
「彼女は誰よりも優しかった。きっと――――」
「確かに彼女は優しい女性――――いや、母であった」
もうこのまま朽ち果てようとしていたロキュスは、俯いていた顔を上げてジョンを凝視する。
「おや? これは失礼、知らなかったのか。ベードヌィは妊娠していた。もちろん君との間にできた子だ」
「嘘だっ」
「君には秘密にしていたようだ。きっとイタズラ好きな彼女のことだ。いつか秘密を明かして、君を大いに驚かせたかったのだろう」
“そんなんで大丈夫かな~?”
ベードヌィの言葉が、ロキュスの脳裏で再生される。
「彼女は必死に懇願していたよ。私はどうなってもいいから、子供だけは、私とロキュスの子を殺さないで、とね」
まるで、その場にいたかのようにジョンは饒舌に語る。
「そんな彼女を前にウロードたちはどうしたと思う? 情をかけるどころかベードヌィが妊娠しているのを知るや否や、嬉々として――――」
「ジョンっ!!」
朽ち果てようとしていたロキュスの身体に、魂に、再び力が、怒りや憎しみという名の力が満ちていく。
「ジョン、なぜお前がそのことを知っているっ」
「なぜ? その場にいたからに決まっているじゃないか。どうやら、魂の損傷は思いのほか進んでいたようだ。こんな簡単なことも理解でき――――」
「殺してやるっ!!」
ジョンに向かって手を伸ばすロキュスであったが、一向に惨鎧斬がロキュスの怒りに呼応しない。
「惨鎧斬は悪意や敵意には敏感だ。それゆえに自動攻撃と自動防御との相性が良いのだが、逆に自分を愛する者に対しては無力、これは惨鎧斬の唯一の弱点と言ってもいいだろう」
ペラペラと話し続けるジョンを前に、ロキュスは何度も惨鎧斬の力を放とうとするのだが、その呼びかけに惨鎧斬が応えることはなかった。
「なぜ……お前がそんなことを知っているっ」
「なぜって、私も惨鎧斬の製作者の一人だからだよ」
「お前が、惨鎧斬を創った?」
「考えてみるといい。いくらヴェルンドが名工と謳われる鍛冶師とはいえ、所詮は鍛冶師だよ? そのような者がどのようにして柱に数えられてもおかしくないほどの精霊を捕獲し、どのようにして惨鎧斬の中に封印することができたのかを。
そうそう。ヴェルンドといえば、彼は不幸な事故で最愛の家族を失ったと思っている。なんとも哀れな男だったよ」
哀れみの篭った目でジョンは語る。
「真実は違う。ここだけの話だがね。ヴェルンドが自らの手で殺したんだ。人の脳とはなんとも都合良くできているもので、自責の念に絶えきれなくなったヴェルンドは、自らが殺しておいて、魔物に殺されたと記憶を作り変えたんだ」
「お前がそう仕向けたんじゃないのか?」
「ん? どうだったかな。言われてみれば、そのような気もしてくるが……はて? 昔のことでよく覚えていないな」
本当にジョンにとってはどうでもいいことなのだろう。
「お前は……いったい何十年――――いや、何百年生きているんだっ……」
「そんな些末なことはどうでもいいじゃないか。大事なのはロキュス、君が諦めるのか諦めないのか、だろう。違うかね?」
「師が、ベードが死んだのも、なにもかも全部お前のせいじゃないのかっ」
「全てが些末なことだ。大事なのは過去ではなく現在、そして未来ではないか? 私はそう思う」
「俺が惨鎧斬を着ることになったのも、お前の計画通りなのか?」
「誰でもいいわけじゃない。君が適任者だった。ただ、それだけだ。私は常々こう思っている。人種には無限の可能性が秘められている、とね」
“君には期待している”
(ふざけるな。お前は生きていてはいけない存在だっ。お前だけは、お前だけは必ず――――待て。記憶がっ……いま俺はサトウたちと戦って――――)
「ぶはあ゛っ!!」
大量の血を吐きながら、ロキュスは意識が戻る。
なんともいえない浮遊感に困惑しながらも、ロキュスは現状を認識しようとする。
「さ……寒い」
寒さを感じている? 各種耐性を誇る惨鎧斬を纏っている自分が? ロキュスはそこで初めて、自分の胸部に穴が空いていることに気づく。同時に惨鎧斬の至るところに霜のようなものが発生していた。
「ざ、惨鎧斬の胸部に穴がっ!? サトウの刺突でか? いや、そんなことよりも速く鎧の修復を――――」
だが、惨鎧斬は宿主の再生を優先した。惨鎧斬と同様に、ロキュスの胸部にも穴が空いていたからだ。この傷は放置していては命に関わると、惨鎧斬は優先順位からロキュスの思念を跳ね除け、肉体の欠損部から再生を始める。
「俺はどうなって――――まさか……あれがカマーなのか?」
眼下に都市カマーが見えた。ただし、ロキュスの瞳に映るその大きさは豆粒ほどである。数十万もの人口を誇る大都市が、それほど小さく見えるほど、ロキュスの身体は空高くに吹き飛ばされていたのだ。
「これは――――」
現状を認識すればするほど、ロキュスは自分が不味い状況にいることに気づく。
無敵の力を誇る惨鎧斬であるが、それはあくまで大地に触れることにより、無限の力を供給されるからだ。これほど大地から離れていると供給そのものが停止し、また惨鎧斬と宿主であるロキュスが大きく傷つくと、再生や修復に力を割くことにより、本来の機能が発揮できなくなる。
「……惨鎧斬」
こんな上空で人の声が? 自然落下中のロキュスは、こちらに合わせるように降下する箒に乗った少女――――レナと目が合う。
「……勝負っ!」
龍芒星の杖・五式の宝玉を四つまで解放することでやっと放つことのできた古代魔法第9位階『雷公・鋼杖墜葬』の影響で、レナの全身からは魔力の高負荷により煙が立ち上っている。特に両腕の損傷は激しい。それでもレナはこの機会を待ち望んでいたかのように、続けて高位魔法を――――黒魔法第9位階『八魔雷光陣央塵』を放つ。八体の雷の悪魔が、一斉にロキュスへ襲いかかる。
「――――っ!!」
この状況で、この状態で、ロキュスは声にならない声で叫びながら惨鎧斬を操る。
無数の円盤が悪魔を斬り裂くも、身体を八つ裂きにされながら悪魔はロキュスの身体をそっと抱き締めた。
「があ゛あ゛あ゛ああああーっ!!」
雷を逃がす場所がないために、まともに雷撃を喰らったロキュスが絶叫する。
(惨鎧斬が……惨鎧斬が万全の状態なら、この程度の魔法でっ)
黒煙を上げながらロキュスは墜落するレナを見る。攻撃を命中させたのはレナだけではない。相打ちであったのだ。
「死ね――――ぐがあ゛あ゛っ!?」
再度、雷がロキュスの身体を貫いた。
(バ、バカなっ。あの少女は――――)
「苦しそうっすね」
(フフかっ!)
『飛翔の魔眼』と『招雷の魔眼』を併用してフフが追いかけてきたのだ。両眼を使用するために、今は愛用のアイパッチも外している。
「しつこいぞっ」
もうロキュスに余裕はない。
今まではフフを傷つけないようにしていたが、死なない程度に痛めつけねばと、手をフフに向かって伸ばすのだが――――
「ぶはっ……」
フフの両目を抉り取ったときのトラウマが蘇り、ヘルムの中でロキュスは嘔吐する。その姿にフフはわずかに驚く。
「もう、死にそうだね」
当たり前のように宙を浮遊するニーナが、ロキュスに笑みを向ける。
「に、二百十七番かっ。ちょうどいい……。お前にもうんざりしていたんだっ」
「ここだと、お得意の地中に潜って逃げることもできないね」
「逃げる? 無敵の惨鎧斬がなぜ逃げねばならんっ!」
「いくら鎧が凄くても、中身が平凡なあなたじゃ、宝の持ち腐れだよ」
「黙れっ!!」
攻撃を放とうとしたロキュスよりも疾く、ニーナはすでに投擲の構えを取っていた。
(無駄だっ。たかが投擲で、惨鎧斬の――――)
すでに惨鎧斬の胸部装甲の破損部は修復が始まっていた。まだ完全ではないが、スローイングナイフによる投擲などでは致命傷どころか傷をつけることすらできない。
それなのに――――
(避けねばっ)
平凡なダークエルフの男がそう思えるほど、なぜか絶対に躱さなくていけないと、惨鎧斬の全能力を駆使しようとして。
「お゛ごっ……ぐっぁ…………」
「躱せないよね」
ロキュスは躱せなかった。
なぜなら自分とニーナを結ぶ射線上に、フフの姿があったからだ。
「ぶふぅっ。たかがっ……投擲が、惨鎧斬のっ」
ニーナの放ったスローイングナイフによる投擲は惨鎧斬の胸部装甲を貫き、ロキュスの身体にまで届いていた。
(このままでは本当に死んでしまう)
スローイングナイフは狙いすましたかのように、ロキュスの右肺を貫いていた。なにより不味かったのは――――
(た、体内にスローイングナイフが残ったまま……っ、惨鎧斬が修復を、穴が塞がっている? まさか、これを狙って? そんなバカなっ。あり得ない。いや、それよりもこれでは――――)
体内からスローイングナイフを取り除こうにも、惨鎧斬の胸部に空いていた穴が塞がっているために、外部からでは手出しできなくなったのだ。
さらにロキュスが身体を動かそうとするたびに、体内に残るスローイングナイフによって痛みが生じる。
(こんな場所で? あの男を、ジョンを殺せもせずに? そんなバカなことがっ。そんなバカなことがあってたまるものかっ!!)
「待たせたな」
下降するロキュスを追いかけてくるニーナたちとは別に、下からロキュスを追いかけてきた者がいた。
「サ、サトウっ!!」
余力がない。自動攻撃も自動防御も発動できない状況――――最悪の状況で最悪の相手が来てしまったことに、ロキュスは感情を隠さずにユウの名を叫んでしまう。
もはやマッチポンプに拘っている場合ではなかった。一刻も早く大地に降り立ち、そのまま地中から遠く離れた場所で休息をとらねばならぬほど、ロキュスも惨鎧斬も疲弊していたのだ。
「おごぅ……っ」
三度、惨鎧斬の胸部装甲に穴が空く。
ユウの刺突が貫いたのだ。
「ぐぁ……こ、こんなところでっ」
大剣がロキュスの胸部を貫いている。この状況で魔法を放たれれば、ロキュスは間違いなく死ぬだろう。
「諦めろ。もう終わ――――」
ユウとロキュス、両者の視線が交差する。
そして止めを刺そうとしたユウの目から突如、血が吹き出した。慌てて目を押さえるユウであったが、視界は利かなかったのだろう。そのままバランスを崩して地上へと落下していく。
(なにが起こった!? そうか……俺のスキルを、抗えなかったか。だが、これで――――)
「逃げれないよ」
「に――――」
背後から聞こえた声にロキュスが振り返るよりも早く、ニーナはロキュスの背を蹴る。そのまま吹き飛ばされた先に待っていたのは。
「これで終わりっすよ」
待ち構えていたフフが貫手を放つ。
狙いは穴の空いたままの胸部である。
ロキュスの体内に入った貫手をそのまま抜かずに、フフは手のひらの中に予め用意していた魔眼を――――『招雷の魔眼』を握り潰す。魔眼の中に蓄えられていた雷が、ロキュスの体内で暴れ狂う。同時に貫手を放っていたフフの右肘から先が炭化して崩れ去っていく。
「ざまあみろっす!」
重傷にもかかわらず、嬉しそうに墜落していくフフを見て、ロキュスがわずかに微笑んだように見えた。
「なにか言い残すことでもあるか?」
都市カマーの郊外に墜落したロキュスを見下ろしながら、ユウが問いかける。
「俺は……死ぬのか?」
「どう見ても死ぬだろう」
大地に触れているのに一向にロキュスの身体が再生しないのだ。
「そうか……。俺のスキル…………なにを奪ったのか知らないが、精々、役立てて……くれ」
ロキュスも自身の死を悟ったのだろう。あれだけ生に執着していたのに、今は達観したかのように落ち着いていた。
“ああ……悔しいな”
“師よ、お許しください”
「もう死ぬんだぞ」
“ベード、君の仇を討つことができなかったよ”
「ああ、そのようだ。続きは……俺の復讐の続きは、サトウ……お前に託すと……しようっ」
“一度でいいから君との子供を……俺は君と同じところにいけるんだろうか…………無理か……俺の手はあまりにも…………血に………………”
「は? どうして俺が――――」
「……もう死んでる」
ユウの傍にいたレナが動かなくなったロキュスを見て呟いた。




