第436話:真正面
“間に合わない”
そう思ったときには、ユウは『骰子転悪笑』を発動していた。併用したのは『時空魔法』、本来ならば詠唱破棄のできないこの魔法を踏み倒し、一瞬にしてマリファの前に移動する。続けて『龍絶界』を発動――――しようとするも、こちらは不発。『骰子転悪笑』使用中は『闘技』『結界』を使えないユウは、まともにロキュスの攻撃を背後から受けることとなる。
回転鋸のように高速回転する円盤が、日緋色金の鎧の背面装甲を駆け巡る。大量の火花を散らしながら、円盤があらぬ方向へ飛び去っていく。
喰らえば必殺と恐れられる惨鎧斬の攻撃を、希少な金属であるヒヒイロカネで作られた鎧は見事に防ぐ。
だが――――
円盤は一つではない。
無数の円盤が次々と、ユウに襲いかかる。
鎧の繋ぎ目、どのような名工が手がけた鎧であろうとも、繋ぎ目は明確な弱点である。無論、鍛冶に携わる職人はその弱点を誰よりも知っているのだ。
だから巧妙に、あるいは技巧を駆使して繋ぎ目を覆い隠す。ウッズがユウのために作り上げたこの鎧にも多くの技法や、ウッズが培ってきた経験から弱点を覆い隠す細やかな処理が施されている。しかし、あくまで覆い隠しているだけなのだ。息継ぎを必要としない無機物の攻撃は永遠に続く、やがてほんの一瞬だが露わとなった鎧の繋ぎ目を円盤が擦り落とすように通り過ぎていく。
宙に舞う腕を、スローモーションの映像のように、マリファの瞳は捉えていた。
次にアダマンタイトを超える強度のヒヒイロカネの背面装甲に変化が現れる。度重なる攻撃を受け止め続ける中、摩擦熱によって装甲が高温を帯び真っ赤になっていたのだ。
ヒヒイロカネは素晴らしい金属だが、高熱に弱い特性がある。融解し始めた背面装甲を狙いすましたかのように螺旋状のランスが貫いた。
(ぐっ……くそっ。い、息が……片肺を潰されたか)
螺旋状のランスは、ユウの背中から胸部に突き抜けていた。それでも勢いが衰えぬランスが、マリファの身体までをも貫こうとして――――ピタリと止まる。
ユウが素手で掴んで止めたのだ。
円盤と同じく高速回転する螺旋状のランスを素手で掴んだ代償は軽くはなかった。ユウの右手のひらは皮膚が裂け、肉が飛び散り、骨が露出する。
それでもユウはランスから手を放すことはなかった。
だが――――一旦発動したロキュスの攻撃は止むことはない。むしろ、弱ったユウに止めを刺そうと、全方位から攻撃を開始する。
(舐めるなよっ)
円盤が、槍が、一斉に塵と化す――――いや、もとの土塊に戻り散っていく。
日緋色金の鎧に備わるスキル――――万象撥無をユウが発動させたのだ。任意であらゆる現象を拒絶することができる非常に強力なスキルなのだが、莫大な魔力を消費する。
(とりあえずはしのいだ。けど、今……追撃がくれば)
本来は詠唱破棄をして発動することの出来ない時空魔法の使用、莫大な魔力を消費するスキルの使用、続けざまに無理をしたユウの身体はわずかな時間だがまともに動かなくなる。
しかし、不思議なことにロキュスから追撃がくることはなかった。
「あっ……ああっ…………そ、そんな…………ああ、ご主人っ、様!? ど、どうして? どうしてですかっ!!」
「は?」
泣き叫ぶマリファを前に、ユウの口からは怒りの声が漏れ出る。
(こ……こいつっ。逆ギレかよ)
日緋色金の鎧は穴だらけ、青生生魂のガントレットも斬撃によって大小の傷が刻み込まれている。そしてユウ自身の身体にもいくつもの穴が穿たれ、数え切れないほどの切創ができており、今もそこから血が流れ落ちていた。
「はあ……」
怒りを無理やり抑えこむように深呼吸しながら、ユウはゆっくりとゴーグルを外す。
「俺は綺麗事を言う奴が嫌いだ」
片肺が潰されているためか、ユウの声はいつも以上に小さい。
「自分の幸せよりも、誰かの幸せを願う奴が嫌いだ」
胸から飛び出しているランスを握る手にユウは力を込める。背中からランスを抜こうにも、人体の構造上から無理なのだ。
「自分が犠牲になっても他人のために動く奴が大嫌いだっ」
胸部から徐々に螺旋状のランスが姿を見せるたびに血が吹き出し、その血がマリファの顔に付着する。
「ご主人様っ……」
マリファの目から涙が流れ落ちる。
不甲斐ない自分に、ユウが落胆したと思ったのだ。
「あと足が臭い奴が嫌いだ。酒にだらしない奴もなっ。飯の食い方が汚い奴も、人前で平気で屁をする奴も! 脱いだパンツをそこらに放り捨てる奴は最悪だっ!! わかったか!!」
ユウの危機に駆けつけたクラウディアとララ、それにフフはマリファを怒るユウの姿に呆然とする。
「あれ後半は特定の個人のことよね?」
「あんなに喋る少年だったとは驚き」
「なにをあんなに怒ってるっすか?」
今がどういう状況かわかっているのかと、三人は固まったまま動かないロキュスの様子を窺いながらも、ユウとマリファを見守る。
「もうじわけございまぜんっ」
(き……きたなっ)
かつて、ここまでユウに怒られたことのなかったマリファは、涙だけでなく鼻水まで垂らしながら謝罪の言葉を口にする。普段のクールなマリファの姿しか知らない者たちが、今のマリファを見ていれば衝撃を受けていただろう。
「びーびー泣いてる暇があるなら、腕でも拾って来いよ」
「びゃいっ」
そのことをユウに言われて思い出したのだろう、ユウの左腕が自分を庇ったために引き千切れたのを。マリファは言葉にならない言葉で返事をすると、顔をクシャクシャにしたまま左腕を探し始める。
「で、なんか用か?」
「なっ!? なによその態度は! 私たちはあなたのために来てあげたんだからね!」
「そうっすよ! そんな言い方は失礼ってものっす」
「頼んでない」
感謝の言葉どころか邪魔者扱いするユウの態度に、クラウディアとフフは噛みつく。
「ま、まあいいわ。それより、これを使いなさい」
山ほどユウに言いたいことはあったのだが、今はそれどころではないと、クラウディアは精霊剣フィフスエレメントの柄をユウに向かって差し出す。
「その剣も業物だけど、相手が惨鎧斬だとさすがに分が悪いわ。あなたなら、使いこなせるはずよ」
「いらない」
適性がない者では精霊剣の力を引き出すことはできない。だが、ユウならば問題ないと判断しての申し出であった。それなのにユウが拒否する言葉を口にしたことに、少なからず驚きその理由を知りたいと思う。
「どうして?」
「見た目が好みじゃない」
「はあ?」
ユウの返答に、クラウディアの瞼が引きつく。精霊剣フィフスエレメントは2級の名剣である。類まれな斬れ味もさることながら、秘められた精霊の力に、華麗な装飾は気品すら漂わせている。その国宝とも称される名剣を前に“見た目が好みじゃない”などと。
「クラウ、退いて」
なぜか勝ち誇ったかのような表情を浮かべながら、ララが自分の剣――――魔剣グラムをユウに向かって差し出す。
「この子は魔剣を使う。私のグラムでもきっと使いこなせるはず」
「いらない」
断られるとは思っていなかったのだろう。ララの頭上に大きなクエスチョンマークが浮かび上がる。
「どうして?」
自分と同じ質問をするララを見て、クラウディアは素直な子じゃないのよ、とララの耳元で囁く。
「察しろよ」
なにをユウは言っているのか、二人には理解不能な言葉であった。
「お前らの手垢のついた剣なんて使いたくないんだよ」
二人の頭の中が真っ白になる。
これまでこれほど理不尽な拒絶や、自分たちに対して舐めた態度をとる者に出会ったことがなかったのだ。
「だっ……誰の手垢が汚いですって!!」
「私はクラウと違って毎日お風呂に入っている」
「私だって入ってるわよ あと気安くクラウなんて呼ばないでくれるかしら! その愛称はジョゼフにだけ許してるんですからね!!」
「ほら、よく見て。私のグラムに手垢なんてついてないよ」
「無視するんじゃないわよっ!! その剣じゃ受けきれないって言ってるの!」
「お前らと違って、俺はまともに攻撃を受けるなんて馬鹿な真似はしない」
「はあああああっ!? だ、誰がバカよ! こっちだって、まともに受けるわけないでしょうがっ! 天才で美人の私が気をつけても刃毀れするほど、惨鎧斬の攻撃が強力だって言ってることもわからないほどバカなのかしら!!」
「クラウはバカだけど、私はバカじゃないよ」
「あんたは黙ってなさいっ!!」
「あなたがクラウを庇って怪我したことは、今度ジョゼフに会った際に言っといたほうがいい」
「ちょっ!? そんなことしたら、許さないからね! わかってんの? 聞こえてるんでしょ! こっち向きなさいっ!」
「喧しいな」
「も゛う゛じわげございまぜんっ」
ユウの引き千切れた左腕を回収し終えたマリファが、再び涙と鼻水を垂れ流しながら謝罪する。
「お前じゃねえよ」
マリファから左腕を奪い取ると、ユウは切断面に押しつける。瞬く間に切断したはずの左腕は何事もなかったかのように動き始める。
(問題ないな。やっぱりロキュスの攻撃は基本的に斬撃と刺突だけだ。厄介な付属効果はない)
左腕の動きを確認するユウが視線に気づく。
「なんだよ?」
「…………」
「おいっ。聞こえてないのか?」
「…………へ? あ、あははっ。なんでもないっす」
自分を凝視するフフにユウは訝しげな視線を向ける。数度の呼びかけでやっと反応したフフは、慌てて手を振ってなんでもないと否定した。
「周りでウロチョロするなよ。目障りだから」
(フフを――――陰龍の外套を使用しているフフの位置を把握している……?)
そんなはずはない、と。
フフは不自然な笑みを浮かべて誤魔化す。
「お前らも邪魔だから、どっか行ってろよ」
火に油を注ぐようなユウの言葉に、さらにクラディアたちは喧しくなるのだが、ユウは黙殺してまともに相手しない。
「ついでにそこの泣き虫も連れていけ」
我慢しようとする端から涙がこぼれ落ちるマリファはなにも言えず、ただ黙ったまま立ち尽くす。
ユウたちがコントのような言い争いをしている中、ロキュスのほうでもとんでもないことが起きていた。
(なぜ防がない!? 回数制限や制約の類があるものだったのか?)
まともに攻撃を受け続けるユウに、ロキュスは焦ってしまう。だが、ユウに息があることを確認すると一先ず安心――――できなかった。
「な、なんだこれはっ!?」
ロキュスの周囲に糸のようなモノが張り巡らされていた。
「魔力の……糸?」
目を凝らしてみると、糸のようなモノからは魔力特有の色が見て取れた。
しかし――――
“いつから?”
これほどの規模で魔力の糸が張り巡らされていたことに、自分が――――否、惨鎧斬が反応しなかったことにロキュスは恐怖する。それに魔力の糸の何本かは自分の身体をも通り抜けていた。
(痛みは、ダメージはない。だが――――)
ロキュスの身体が硬直する。
ほんの数メートル先にニーナが立っていたからだ。
自分と同じようにユウを見ていた。
ロキュスの位置からでは、その表情までは窺うことはできなかったのだが、絶好の機会である。
これまでのニーナの動きから、造反の可能性は非常に高いとロキュスは判断していた。
なにより、ニーナの存在は不気味で仕方がなかったのだ。
「おい」
その呼びかけに一瞬ロキュスの身体が反応する。視線を戻したときにはニーナの姿も魔力の糸も、始めからなかったかのように消え去っていた。
「随分と余裕そうだな」
黒竜剣・濡れ烏を下段に構えながら近づいてくるユウを前に、ロキュスは苦笑する。
「余裕そうだと? 実際に余裕だからな」
「どうして攻撃を中断した?」
(こいつはなにを言っている。俺に起きていた異変に気づいていないのか?)
嫌な汗がロキュスの背中を伝っていく。
驚くほど冷たい汗であった。
「簡単に殺してはおもしろくないからな。お前のような強者振っている奴はじわじわと追い詰めて、いかに自分が無力かを思い知らせてから殺すのがおもしろいんだ」
「そんなこともわからないのか?」と挑発すると、ロキュスは円盤をユウの周囲へ展開する。
「ワンパターンなんだな」
「負け惜しみか? 貧弱な者が言いそうなことだ。相手を殺せさえすれば、多彩な攻撃など必要ない。事実、お前も惨鎧斬を前に無力じゃないか」
「お前、剣士を舐めてるだろ」
「剣士だけじゃない。全ての前衛を舐めている。お前らが束になってかかってきても、惨鎧斬には敵わなかっただろう?」
高速回転する円盤の不快な風切音を聞きながら、ユウは時間を稼ぐ。
(もう十分に時間は稼いだろうが。早く撃てよ)
ロキュスがユウとの会話に付き合うのも、魔法ではなく近接戦闘を主体とするのであればユウを脅威と見ていないからであった。
「鎧が強いだけの死徒か。第六なのも納得だ」
「その言葉はそっくり返す。お前の鎧が業物でなければ、先ほどの攻撃で死んでいた」
「わかるのか?」
「おそらく鎧に使用されているのはヒヒイロカネ、ガントレットは青生生魂で間違いないだろう。どうしてダーク系に色を変えているのかは理解に苦しむがな。手に取れば、もっと詳細に――――」
「違う」
「あ?」
「お前のような三流鍛冶士に、この武具の凄さがわかるのかって聞いてるんだ」
少しでもロキュスの感情を乱せればいいと思って、挑発したユウであったのだが。
「…………お前にっ」
ロキュスの感情に呼応するように円盤の動きが乱れる。
「お前になにがわかるっ!!」
ユウの言葉は思いのほかロキュスの急所を突いた。
怒り任せに円盤をロキュスは操る。感情の赴くままとはいえ、一つひとつが必殺の一撃だ。
「始まったわ」
「もう知らないからね!」と帰ったフリをしたクラウディアたちは離れた場所から様子を窺っていたのだが、ロキュスの攻撃が始まると緊張した声で呟く。
「どうする?」
「知らないわよ。あの子が自分でなんとかするって言ったんだから」
その二人の傍ではマリファが泣いたまま俯いていた。
「くははっ! どうした? 偉そうなことをほざいておいて、近寄るどころか逃げ回るだけじゃないかっ!」
いかに黒竜剣・濡れ烏が名剣であろうとも、無制限に数を増やすことができるロキュスの円盤とまともに打ち合い続ければ、やがて金属疲労から刀身が持たないことはユウも理解している。
だから――――
「あの子『流し受け』でやり過ごしてる」
「そんなこと見ればわかるわよっ」
『流し受け』――――剣技LV1の技である。
そのレベルからわかるとおり、剣を使う者であれば誰もが使用することができる技なのだが、ユウはそれを連続で使用してロキュスの攻撃をやり過ごしているのだ。
「まあ、あの数を相手に耐えてるのは凄いわ。でも――――」
クラウディアもユウと同じ考えで対応しようとして、すでに失敗しているのだ。いくら『流し受け』が低レベルの剣技とはいえ、連続で使用するのにも限界がある。
(俺だってなにもなければ今頃ベードと子をなし、鍛冶士として大成していれば、その程度の武具くらい鍛え上げていたんだ!! それを知りもしない奴がっ!!)
全方位からの攻撃を、ユウは『流し受け』を連続で使用し、円盤が身体を通り抜けたかのように躱していく。
「誰が休んでいいと言った!」
どれほど凄まじい身体能力を誇ろうと、体力は有限である。徐々に動きの遅くなり始めたユウの身体を、無慈悲な円盤が抉り始める。
「口ほどにもないとは、お前のためにある言葉だな」
あくまで今回の自作自演はユウとフフの距離を縮めるためのものである。追い詰めることはあっても、ユウを殺してはならない。
「十分だ」
思いのほか驚かされもしたが、予想よりもユウとフフの仲が深まることはなかったものの、ここまで戦えば十分に役目を果たしただろうと、あとは適当な捨て台詞でもはいて帰るかと、ロキュスは血塗れでこちらを睨むユウと向かい合う。
「逃げるのか?」
「くっ、くははっ。減らず口もそこまでいけば大したものだ」
「お前からは恐怖を感じない」
「やめておけ。見苦しいだけだ。だが、お前の口の悪さは育ちが――――いや、育ての親が悪いのだろうな」
「また強くなった頃、相手になってやる」そう言おうとして、ロキュスの口が開いたまま止まる。
「殺意がっ……」
あれほど周囲に撒き散らしていたユウの殺意がみるみる小さくなっていく。
「萎んで、違う。圧縮か?」
殺意がユウの身体に吸収されるように引っ込んでいく。
「決めた」
「なにを?」とはロキュスは聞き返さなかった。
それよりも地響きが、異音をダークエルフであるロキュスの耳が拾っていたのだ。同時にエルフであるクラウディアとダークエルフでるマリファも気づいていた。
「化石のような鎧を着込んでるくらいで勘違いするなよ。お前は真正面から自慢の鎧ごとぶち抜いてやる」
すでにユウの言葉など、ロキュスは聞いていない。空を見上げていたのだ。
「しょっ、正気か?」
いまだユウのオリジナル魔法『蜀紅蓮』の影響で燻り続ける赤い空に巨大な穴が穿たれる。その穴から飛び出してきたのは巨大な鉄塊であった。
超上空からレナが放った魔法である。
龍芒星の杖・五式に埋め込まれている宝玉の内、四つまでを解放することで完全版の古代魔法第9位階『雷公・鋼杖墜葬』を展開したのだ。
恐るべきことは、その規模であった。紫電を纏った長方形の鉄の塊は全長数百メートル、縦と横は優に百メートルは超えていた。それほどの物体を上空より地上に向かって放つなど、ロキュスでなくとも正気を疑うだろう。
「これが狙いかっ!?」
隠れて遠巻きにこちらの様子を窺っていたクラウディアたちが、物凄い速度で遠ざかっていくのが大地を通じてロキュスへ教えてくれる。
「はんっ。惨鎧斬も舐められたものだな」
空に向かってロキュスは腕を掲げる。すると、一枚数十メートルもある刃が花びらのように集い重なり、巨大な華を形成した。
「わざわざ付き合う必要はないんだがな」
上空で超重量同士が激しく衝突する。
それは都市カマーのどこにいても聞こえるほど大きな衝突音であった。
激しい火花を撒き散らしながら、ロキュスの華のような穿孔機が金属の柱を削っていく。削れた鋼の欠片が音速で地上へ降り注ぐも、惨鎧斬を纏うロキュスには毛ほどのダメージも与えることはできない。
「このまま――――」
三分の一ほど『雷公・鋼杖墜葬』を削ったところでロキュスは気づく。
ユウが“逃げていない”ことに。
無数の欠片が流星のように降り注ぐ中、ユウはじっとロキュスを見つめていた。
ロキュスの全身の毛穴が開く。
かつて、これほどまでに異常な者に出会ったことが――――いや、一人だけいた。
「逃げるなよ」
そう呟くと、ユウは駆け出す。
「バカがっ」
内心の動揺を悟られぬようにロキュスは一言罵倒すると、大地より無数の槍がユウに襲いかかる。しかし、その槍の穂先を足場とし、ユウは槍の上を駆けていく。
「なにを得意げになっている!!」
大地から生やした槍が通じないなら、円盤やランスで攻撃するだけだと、再び全方位からロキュスは攻撃を開始する。
先ほどと同じだ。
健闘はしているのだが、徐々にユウの身体に傷が増えていく。それに気をつけなければいけないのはロキュスの攻撃だけではない。
音速と化した欠片はロキュスだけでなく、ユウにも降り注いでいるのだ。ロキュスの攻撃を躱しながら、鋼鉄の流星にも気をつけなければいけない。そのような状況でロキュスに近づく? 人の限界を超えている。ロキュスは思わず失笑してしまう。「無駄な足掻きだ」と。
だが、ユウは諦めない。
「あ……諦めろ」
血肉を飛び散らせながら、ユウは前進を続ける。その姿は鬼気迫るどころではない。無意識にロキュスは後退していた。
「しつこいぞっ!!」
不意に折れた刀身や瓦礫が意思でも持ったかのように、ユウに向かって突進する。これらはロキュスが創り出した円盤やランスではない。その辺に無造作に転がっていた物である。
ロキュスの固有スキル『操物無尽』だ。予備動作も魔力を使用する際の前兆もない。初見であれば、確実に当たる。その攻撃を、ユウはまるで知っていたかのように躱す。
(『操物無尽』を初見でっ!? いや、初めて会った際に樽を――――)
ユウに初めて会った際に、気軽にスキルを使用したことをロキュスは思い出す。
(あれで、か? あのたった一回で、この場面で……満身創痍の状態で躱す、だとっ!?)
もうロキュスとユウの距離は数メートルしかない。
「俺からっ……俺から離れろっ!!」
もう惨鎧斬の制御もクソもない。無造作に伸ばしたロキュスの手から、夥しい数の刃がユウに放たれる。
圧倒的に手数で負けているユウの身体が削られ、不運にもいくつかの流星がユウの腕や足を貫く。あれほど前進に拘っていたユウの身体が捻れて、背中側がロキュスに見えるほどであった。もはやここから逆転の目はない――――そう、ロキュスは思った。
「なにを――――」
身体が地につきそうなほどユウは腰を低く落としながら、さらに腰が捻れていく。
その動作はジョゼフの剣技『神魔覆滅』に酷似していた。
(無駄だ。斬撃で――――)
強烈無比な斬撃を放つのが『神魔覆滅』である。だが、ユウが放ったのは――――『神魔覆滅・穿』。全ての力を黒竜剣・濡れ烏の刀身ではなく、その先端――――切っ先に乗せて、線ではなく点で貫く。
「う゛がっあ゛あ゛あああああーっ!?」
ロキュスが展開した無数の刃もろとも――――否、惨鎧斬の最も堅牢な部位である胸部装甲ごと黒竜剣・濡れ烏の刃は全てを貫いた。




