第435話:屍山血河
「惨鎧斬が……死徒?」
会議室の机に山積みされた資料を凝視しながら呟くムッスの言葉に、武官の一人が思わず尋ねてしまう。
自らが仕える主が数多いる貴族の中でも頭一つどころか、二つも三つも抜きん出ている。バフ家の当主であるムッスの悲願であった失地回復や侯爵に陞爵したのも、有能なムッスであれば当然の結果――――否、遅いくらいだと思っていたほどだ。
だが、ムッスに対して崇拝に近い感情を持っているこの武官ですら、惨鎧斬の正体が死徒と言うのは、あまりに突飛な推測ではないかと困惑してしまう。
「そうだよ。それもおそらくは第六死徒だね」
そんな武官の困惑を気にもとめずに、ムッスは言葉を続ける。聞き耳を立てていた何人かの文官は「そうかっ」と、小さな声で呟く。
各国で情報共有している『イモータリッティー教団』の情報で、現在判明している死徒の数は約半数である。なお、冒険者ギルドはほぼ全ての死徒を把握している。
その中で第六死徒『ダーシズの怨嗟』はダークエルフの男性と判明しているのだが。
「当てずっぽうで言ったわけじゃないよ?」
「い、いえっ。そのようなつもりは……」
武官の心情を読み取ったかのように、ムッスは言葉を綴る。
「以前から疑問に思っていたことがある。なぜ惨鎧斬の鎧は全身を覆う重装甲であるにもかかわらず、どうして耳をこれみよがしに出す必要があるのか、と」
「それは」
「まるで自分はエルフだと言わんばかりじゃないか。だけど、今回の件で改めて情報収集して、私が大きな思い違いしていることがよくわかったよ。あれはエルフであることを知らしめしているのではなく、惨鎧斬が――――第六死徒は生きているぞとセット共和国に伝えていたんだ」
「どうして惨鎧斬はそのような真似を?」
「大富豪であるウロード・スヴィニヤーの扱う商品の中にアルビノがある。ただでさえ数の少ないアルビノの間に生まれるアルビノの赤児は希少価値が高く、その心臓を食せば不老不死になると言われる迷信があるんだが――――話が逸れたね」
「惨鎧斬はエルフではなく……アルビノのダークエルフだと?」
「そう考えると、全ての辻褄が合う。
君は知らないだろうが、第六死徒がダークエルフの男性であると情報提供したのはセット共和国だ。その他のことはなにもわからないの一点張りで、他国からの質問には一切答えることはなかった。だが、その第六死徒の異名『ダーシズの怨嗟』をつけたのは、他でもないセット共和国なんだ」
「ダーシズ……それはっ」
「そう。セット共和国北部ダーシズ地方、今は改名されてポラメアルになっているそうだけどね」
ここまでムッスから説明されれば、武官の男にも理解できる。
「惨鎧斬はセット共和国にとってはなんとも目障りな存在であると同時に、絶対に殺さなければいけない存在でもある。
自国の有力者たちが原因で死徒が生まれたなど、他国にどのように弁明すればいいのか。私なら考えるだけで胃が痛くなってくるよ。
理想は秘密裏に処理――――セット共和国も最初はそう動いていたはずだ。だが――――」
「惨鎧斬は強かった」
「そのとおり」
武官の言葉を肯定しながら、ムッスは肩を竦める。
「そこでセット共和国は考える。刺客を差し向けても悉く返り討ちに遭う。これ以上は自国の武力を無駄に消耗するだけ、秘密裏に処理できないのなら、いっそのこと他国を巻き込んで殺すほうがいいのでは、と」
他国や冒険者ギルドにセット共和国の知られたくない恥部を伏せつつ死徒の情報を提供し、同時にウロード・スヴィニヤーの顧客たちに懸賞金を懸けさせる。言うことを聞かなければ、お前たちのしてきた所業を世間に公表するぞ、と。
「失礼しますっ!!」
一通りの説明を終えたムッスを待っていたかのように、会議室に飛び込んできたのは監視兵の一人であった。
「どうしてここに? 君には惨鎧斬が出現した際の監視を――――」
「経過報告ですっ」
よほど焦っているのだろう。
主君であるムッスの言葉を遮って監視兵は口を開く。
「惨鎧斬との戦闘にて、現場判断にて広域結界を発動させました。本来であれば隊長が、ムッス様にご説明するところですが、現在も惨鎧斬との戦闘は継続しており――――衛兵隊の死傷者はすでに数十名に及び――――貴族街の被害は把握できないほどの――――――――避難を拒否した貴族にも犠牲者が出ており――――」
監視兵の報告にムッスのみならず、会議室にいる全員が唖然としてしまう。
「ま、待てっ。広域結界の発動? 私は許可を出していないぞ。そもそも――――」
話している途中でムッスも違和感を覚える。先ほどの地響きのような揺れを確認に行った武官がまだ戻ってこないことに。
「まさかっ……。外をご確認されてないのですか?」
この会議室には防諜対策で窓がない。ゆえに外の状況をムッスは確認していないのだが、外に出ていった配下からの報告で十分と判断してのことであった。
「惨鎧斬の――――」
「いい。自分で確認する」
「お待ちをっ」
会議室から廊下へと駆け出したムッスのあとを、武官たちが慌てて追いかける。
そして――――
「な、なんだこれはっ!?」
廊下の窓から外を見ると、空が紅蓮のように真っ赤に染まっていた。
「これが惨鎧斬の仕業だと言うのかっ」
「いえ。サトウ王陛下の魔法によるものです」
「へぁっ!?」
マヌケな声がムッスの口から漏れ出る。
「さっきの揺れは広域結界とユウの放った魔法が衝突したのが原因なのか」
「正確には余波です」
監視兵からの訂正に、ムッスは目眩がする。
都市カマーを覆うほどの広域結界の発動には莫大なコストがかかるのだ。その費用だけでも頭が痛いのに、原因が惨鎧斬ではなくユウにあったとは、さすがのムッスでも予想することはできなかった。
(リューベッフォでユウが使用したとされる魔法かっ)
配下からの報告書に記載されていた、都市リューベッフォで死徒メリットを相手にユウが使用したであろう戦術級魔法を、ムッスの頭の中を過ぎった。
「よりによって、僕の都市カマーで戦術魔法を使うなよっ」
「ムッス様っ!」
声に反応すると、外に様子を見に行って武官の一人が駆け寄ってくる。
「すぐに避難を――――いえ、脱出をしてください」
「どういうことだい?」
「大地が侵食されていますっ。すでに貴族街の大部分が惨鎧斬の支配下となっており、ここも長くは持ちません」
「ランポゥは?」
「ランポゥ殿からの進言なのですっ。今はなんとかランポゥ殿が抗っていますが、それもいつまで持つか」
その武官の言葉に、ムッスの周囲にいた護衛たちは戦慄する。ランポゥは一流の後衛職――――それも土魔法に特化している。その使い手が時間稼ぎしかできないことに衝撃を受けたのだ。
「さあ、早くっ」
「いや――――ここに残ろう」
「なにを仰るのですかっ!」
「領民を残して、我先に逃げる領主がいるかい?」
山程いると、誰もが声を大にして言いたかったのだが、それを選択しない貴族だからこそ、ムッスに仕えていることを武官や文官たちは思い出す。
「そう不安そうな顔をしないでくれ。勝てばいいんだよ」
「し、しかしっ、これまで死徒に勝てた者など……」
「公式には『双聖の聖者』だけだね。でも非公式に一人いる」
その言葉に皆の頭の中を、一人の少年の姿が過ぎる。
(さあ、正念場だ。勝ってくれよ、ユウ)
※
凄まじい風切音を出しながら、高速回転する円盤がマリファのすぐ顔の横を通り過ぎていく。
わずかに体勢を崩したマリファの横っ腹を抉るように次の円盤が襲いかかるも、同じように掠り傷すら負わずにやり過ごす。だが、軽やかに躱すマリファの顔に余裕は感じられない。いつもの無表情を装っているわけではなく、本当に余裕がないのだ。
『マリスの魔眼』によって、ロキュスの敵意や殺意を視ることによって円盤の軌道が事前にわかるのだが、それでもなお紙一重で躱すのが精一杯であった。
(これでいい)
主であるユウの様子を窺う余裕すらない。
だが、それでも今の自分がユウのためにできる最善は、躱し続けることだとマリファは確信する。
惨鎧斬は敵意や殺意に反応し、攻撃をしてくるのだが。マリファはロキュスに対して敵意や殺意を向けない。反撃は虫が勝手にしてくれる。
惨鎧斬が反応しないことで、どうしてもロキュスは自身の意思でマリファを攻撃しなければいけない。その僅かな労力が、あとになって活きてくる。
自分が勝つ必要はない。
ユウが勝てば、生きていれば、自分はどうなろうとも構わないという献身的な想いがマリファを動かす。
「しつこいっての!」
無数の円盤や槍を精霊剣で弾くも、クラウディアの息は荒い。
すでに事前に用意していた剣は全て砕かれ、今のクラウディアは水火風光の精霊を刃と化してしのいでいた。
(不味いっ。このままだとフィフスエレメントが持たないわ)
恐るべきことに2級の等級を誇る精霊剣フィフスエレメントの刀身が刃毀れし始めていた。
「クラウっ!!」
ララの呼びかけにクラウディアが反応する。
「まずっ……」
背後の左右から無数の円盤と槍に隠れて、小さな礫のような物体が迫っているのを感じ取る。
(防ぎ――――無理っ、躱さな)
すでに防ぐことは不可能なほど礫は迫っている。絶対に躱さなければ、次の一手で五体がバラバラにされてしまう。
「かはっ……」
礫の一つがクラウディアの脇腹を貫通する。一瞬、クラウディアの身体が硬直するも。
(サトウは殺せないが、一人二人は死者を出さないとな)
ロキュスの思念によって、礫がトドメの一撃を刺そうとクラウディアに襲いかかる。
「このっ!!」
躱せないと判断したクラウディアは、あえて無数の礫を受ける。ただし、急所を外して――――それでも重傷であることに代わりはない。その身体でフィフスエレメントを振るって襲いかかる飛来物を叩き落していく。
(大したものだが――――ここまでだ)
突如、額縁がクラウディアの頭部に当たる。
(は!? 絵画の……額縁? なんで? 偶々!? この状況で、どれだけツイて…………ないのよっ)
貴族の住宅に飾られていただろう絵画が、この戦いの最中に舞い上がり、偶然に自分の頭部に当たったと、クラウディアは思った。
意識外からのダメージはクラウディアの意識を半分奪っていく。そのため、次の攻撃を無防備な状況で受ける――――
「邪魔」
「あ、あんたっ」
――――はずであったのだが、それをユウが防ぐ。
とはいえ、ユウは無傷でやり過ごすことはできなかった。
あまりにもロキュスの手数は多く、しかも――――
(くそっ。思っていたよりステータスの低下が響いてるな)
ユウの纏う鎧の継ぎ目を円盤が抉り、槍が貫いていた。
いつもの感覚で身体を動かそうとするも、感覚と身体の反応が乖離しており、思うように捌くことができなかったのだ。
「くははっ。女を庇うなんて、お優しいことだ」
「もう少し痛めつけておくか」と、ロキュスがユウに向かって手を伸ばしたとき、頭部になにかが当たった音がする。
視線を足元に向けると、一本のスローイングナイフが落ちていた。
(二百十七番っ……。どこにいる)
この近辺の大地はすでに液状化しており、ロキュス以外が台地の上で好き勝手に動くことはできない――――はずであった。なのに、ニーナの居場所をロキュスは特定することができないことに、苛立ちよりも不安が増していた。
(この焦燥感はなんだ。あの程度の攻撃など、千でも万でも意味はない)
意味のない攻撃であるはずなのに、ロキュスは姿の見えないニーナの存在に恐れを感じる。
(フフの持つ陰龍の外套と同程度の魔導具を持っているのか?)
思考するロキュスを横薙ぎに放たれた雷が襲う。
「隙ありっす」
ロキュスが逡巡している隙をフフが見逃さなかったのだ。
「礼はいいっすよ」
『氷塊の魔眼』によって、いくつもの足場を創ったフフが、ユウの横に移動する。
「お前も邪魔」
「な、なんて言い草っすか!」
せっかく、助けてあげたのにと怒るフフをよそに、ユウは回復させたクラウディアを放り投げる。
「なにすんのよ!」
絶体絶命の危機を助けてもらったからか、放り投げられてもどこか遠慮がちに怒るクラウディアを無視して、ユウは黒竜剣・濡れ烏を握り締める。
「私たちが時間を稼ぐから、さっきの魔法をもう一度お見舞いしなさいよ!」
「喧しいエルフだな」と言わんばかりに、ユウは不快な表情を浮かべる。
「クラウ、無理を言わない」
魔法に関しても一流のララが、クラウディアの提案を止める。あの規模の魔法を町中で使えば、どれだけの死傷者が出るか。数千ではきかないだろうと、ララはバカなことを言うクラウディアを視線で非難する。
(ロキュスがそんな隙を許すわけないだろうが。そもそも、ここで『蜀紅蓮』を使ったら、どれだけの――――)
「どうしたっすか?」
「うるさい」
「ええっ!? なんでフフが怒られるっすか?」
「邪魔だから、どこか消えてろよ」
「そういうわけにはいかないっす。惨鎧斬はフフの仇っすからね」
心外ですと、ユウに抗議するフフを適当にあしらうユウの足元から無数の土槍が飛び出す。
「随分と余裕じゃないかっ」
地中から姿を現したロキュスが、後方へ飛び退くユウに向かって笑みを浮かべる。
「気持ち悪いっすね」
そういうと、フフは陰龍の外套を纏い姿を再び消す。
(それでいい。お前は無理する必要はないんだからな)
追撃もせずに、ロキュスはフフが完全に姿を消すのを目で追う。そのロキュスのすぐ目の前で激しい斬撃音が鳴る。
「余裕だな」
剣技LV4『飛刃』を放ったユウは、振り返りもせずに対応したロキュスを上から睨みつける。
「ああ、余裕だ。だが、そう悲観することはない。惨鎧斬は無敵の鎧だからな」
「ついさっき、その無敵の鎧がどうなったのかを忘れたのか?」
「あんな奇跡は二度と起こらない。神にでも祈ってみるか?」
「生憎と神は嫌いなんだ」
ユウと視線が交差したロキュスの動きが止まる。
「同感だ」
心の底から同意するように、ロキュスは笑った。
「さあ、どちらが死ぬことになるかな?」
「お前だろ」
全方位をロキュスの展開する刃に囲まれたユウは、微塵も疑うことなく返答する。
「くくっ。その減らず口がいつまで持つかな」
十や二十の刃どころか、ユウならば百や二百の刃であろうと叩き落とすことができるだろう。
だが、ロキュスの操る刃の数が加速度的に増えていく。桁が一つ、二つと――――万を超え始めると、ユウの顔から余裕が消えた。
「これ一度、逃げたほうが――――」
「どうしよう」
クラウディアとララ、歴戦の強者が、魔王戦でも生き延びてきた二人の脳裏に死が過ぎる。
ロキュスの展開する刃の数はすでに数十万を超えている。その刃の渦の中心にいるはずの、ユウの姿が見えないほどだ。
「はははっ! どうだ? これが惨鎧斬の力だっ!!」
適度に痛めつけ、そこをフフが助ければいい。そう考えながら、ロキュスは刃の渦を解く。
「なにを――――した?」
呆然とした様子でロキュスが呟く。
当然、殺すことは禁じられているので手加減はした。
それでも少なくない傷を負っているはずのユウが無傷であったことに、ロキュスは理解できない様子である。
「今のが無敵の惨鎧斬とやらの本気か?」
平然としているユウであるが、その実かなり危うい攻防であった。使用したのは飛行帽捌式に備わる『龍絶界』――――一定確率で害意のある魔法や攻撃を無効化するスキルだ。
当然なのだが偶然、この危地で発動したわけではない。
併せて骰子転悪笑で確率を操作したのだ。
(ぶっつけ本番で試したけど、なんとかなったな)
この結果は思いのほか、ロキュスの心にダメージを与えた。いや、与えすぎた。
「そんなはずはない! 今の攻撃を、惨鎧斬の力を無効化するなど! あるはずがないっ!!」
感情的になったロキュスは、標的をユウからマリファへと変える。
「なにをしたのかを見せてみろ!!」
これまでにない強烈な殺意が自分に注がれているのを、マリファは『マリスの魔眼』を通さずとも感じ取る。
(これは決定的な機会です)
自身に漂う濃密な死臭を感じ取っていたマリファだが、自然と微笑を浮かべていた。
なぜなら、それだけロキュスの意識が自分に向いているからだ。そして、これこそマリファの待ち望んでいた展開であった。苛立ったロキュスが意識を完全にマリファに向ける。そこに隙が生まれないわけがない。
(ご主人様、この好機を逃さないでください)
無数の刃がマリファに迫る。
黒霧羽蟻や樹霊魔法『粘樹玉』を用いた防御などなんの意味もないほど、物量でゴリ押ししてくる必殺の刃は動きが止まる端から新たな刃が虫も樹も軽々と斬り裂いていく。
大量の血が宙に舞う。
腕が吹き飛ぶのが視界に入った。
だが、不思議とマリファは痛みを感じなかった。
「これは……いったい、なにが」
「…………おい」
なにかがマリファに覆い被さっていた。
そのなにかが、ロキュスの操る刃と自分との間に割って入ることにより、盾となって身体を護ってくれていたのだ。
「怪我は……ぶふっ…………ないか?」
その聞き覚えのある声を耳にしても、マリファは現実を受け入れることができなかった。
「あっ……ああっ…………そ、そんな…………ああ、ご主人っ、様!? ど、どうして? どうしてですかっ!!」
無数の刃を自らの身体で受け止め、血塗れになったユウの姿にマリファは絶叫した。




