第438話:後始末 前編
「終わったみたいね」
今までとは違う意味で、慌ただしく動き回る衛兵を見ながら、クラウディアが呟いた。
「死徒一人を倒すだけで、とんでもない被害が出たね」
周囲の惨状を見て、ララも呟く。
都市カマーの商業街や住宅地にほぼ被害が出なかったとはいえ、貴族街は壊滅と言っていいほどに酷い有様であったのだ。まともに残っている住宅はなく、多くは瓦礫と化し、または大地と一緒くたに捏ねたようにグシャグシャになっていた。これを以前の状態まで復旧するのにどれほどの金銭と労力がかかるのか、ララでは想像もつかぬほどの惨状である。
「あんたも見たよね?」
「見た」
この二人が空高く吹き飛んだロキュスの追撃に加わらなかったのは出遅れたからではない。
「そう。それじゃ私の見間違いってわけではないようね」
今は消えているのだが、つい先ほどまで地上から空へと続く歪な痕跡が残っていたのだ。
その痕跡とは、ユウが惨鎧斬をぶち抜くために放った刺突のことである。信じられないことにユウの放った刺突により、空間までもが抉られたのだ。
「不完全とはいえ、ジョゼフと同じことができるなんて……」
「びっくり」
ジョゼフならば、ユウのような轟音や歪な軌跡を描くこともなく、また音もなく、そしてロキュスが空高く吹き飛ぶこともなく、その場で絶命させていただろう。
だが――――
「なんなのあの子……。まだ十四~十五歳よね?」
「調子が悪そうに見えたのに、意味がわからない」
己が眼で見てもまだ信じられないのだろう。
クラウディアとララも、驚きのあまりロキュスの追撃をすることができなかったのが真相である。
※
ロキュスの遺体を前に、ユウとレナは鎧を観察する。惨鎧斬は新たな宿主を求めるように、鎧の前面部が真ん中から左右に開き、中にいるロキュスの姿が露わとなっていた。
「……お爺ちゃん?」
ミイラのようにやせ細っているロキュスの姿は、レナの言うように高齢のエルフ――――老人のように見えなくもない。
(レナ、杖の宝玉を四つまで使えるようになったんだな)
以前のレナであれば、龍芒星の杖・五式に埋め込まれている宝玉の力を三つも解放すれば、精魂尽き果てて倒れるかまともに立っていることもできなかったのだが、今は宝玉の力を四つまで解放しても意識を保っていた。
(これなら間に合うかもな)
口にこそ出さないが、ユウはレナを心の中で少しだけ認める。少しだけというところが、素直じゃないユウらしいところだろう。
「そこにいたっすか」
声に反応してユウたちが振り返ると、ニーナとフフがこちらに向かって手を振りながら駆け寄ってきていた。
「見てたっすか? フフが惨鎧斬に止めを刺したっす!」
誇らしげな顔で駆け寄ってくるフフであったのだが、ロキュスに止めを刺す際に右腕を肘の先から失っている。そのために普段とは重心が違うことで、バランスを崩して転倒してしまう。
「い、痛いっす」
「なにやってんだよ。ほら」
左手を差し出すユウの顔をフフは見上げる。
いや、正しくは顔ではなく眼を見ていた。深紅に染まったユウの瞳は宝石のルビーのようで、フフの心を強く捉えた。
だから、フフの意思とは無関係に、本能の赴くままにユウの差し出した手を素通りして、フフの左手は――――ニーナに掴まれる。
「もう~。しっかりしなきゃダメだよ? せっかく仇を討てたんだからね」
フフの左手首を掴んだニーナは、そのまま手首を引っ張ってフフを起こす。
「あ! ユウ、私ちょっと周りの様子を見てくるね」
「ん? わかった」
転んで土のついていたフフの服を手で払ってあげていたニーナは、思い出したかのようにユウへ告げると、足早にその場をあとにする。
「やあ、良くやってくれたね」
ただ転んでいたフフをニーナが起こしてあげただけなのに、変な雰囲気を感じていたレナは、配下を引き連れて現れたムッスへ視線を向ける。
「今頃、のこのこ来たのか」
「どこを向いているんだい。僕はこっちだよ」
「嫌味もわからないのか」
ユウの態度にムッスが率いる配下たちから剣呑な空気が漂うのだが、ムッスから厳しく言い渡されている家臣や配下たちは黙ったままである。
「ところで、惨鎧斬を引き渡してほしいんだけど」
「断る」
即答で断るとは思っていなかったのだろう。ムッスはわずかに目を見開く。
「亡骸は?」
「そっちも無理」
「都市に対して戦術級魔法を放った者がいるみたいなんだけど」
帽子の中で、レナのアホ毛が反応するも、ユウの表情は変わらない。
「惨鎧斬の野郎、都市に魔法を放つなんてとんでもない奴だったな」
抜け抜けと言い放つユウに、ムッスの口が引きつる。
「僕にはむしろ惨鎧斬がカマーを護るように抵抗していたように見えたんだけどね」
「嘘つくなよ。隅っこで震えていたお前がどうやって俺たちの戦いを観察できるんだ」
「とんでもない被害額なんだけど」
「惨鎧斬の懸賞金があっただろ。あれをくれてやるよ。あと手柄も全部、お前のところがやったことにすればいい」
「えっ」と、フフがなにか言いたそうに口をパクパクさせるも、ユウは無視する。
「いくら惨鎧斬が高額の賞金首とはいえ、ここを元通りにするには圧倒的に金額が足りていない」
「足りない分は他の連中に支払わせればいいだろ」
こうなることはムッスもわかっていたのだろう。それ以上はユウに要求することはなく、肩を竦めながら更地となった貴族街を一瞥した。
※
「試練を乗り越えることができなかったか」
都市カマーにある監視塔の一つ、黒いローブを纏う者が眼下を見下ろしながら呟く。本来、ここを担当しているはずの監視員たちは、全員が足元に転がっていた。
「ロキュス、残念だよ。君には期待していたのだがな」
嘘偽りなく、男の言葉には心の底から感情を込められていた。
「そんなに期待していたのなら、本体で来たら良かったのに」
自分以外は全て始末したはずなのに、背後からかけられた声に男は驚いた様子も見せずにゆっくりと振り返ると。
「私は導く者、人は――――」
「そういうのいいって。もう聞き飽きたよ」
普段とは違う様子で、ニーナはうんざりした顔で男へ話しかける。
「大事な玩具だったんでしょ? どうして本体が来ないの? ああ、もしかして、なにか事情があるのかな。それともまた誰かに殺されたとか。あんたって気持ち悪いから、見てるだけで殺したくなるからね」
不快感を隠さずにニーナは男に言葉という名の刃を投げかける。同時に足元に転がっている監視員たちが、すでに物言わぬ骸と化していることも確認していた。
「なにか言いなよ――――ジョン」
壁に背を預けながら、ニーナは黒いローブを纏う男――――ジョンへ語りかける。
「それにしても、どうしようもない性癖だよね。自分が運命を狂わした相手の最期を見届けないと気が済まないなんて」
馬鹿にするように――――否、馬鹿だと思っているのだろう。ニーナはジョンから視線を外さずに、卑しい笑みを向ける。
「さっさと逃げれば? ここの兵だってそこまで無能じゃない。他の監視塔から定時連絡がないことがわかれば、すぐに兵が押し寄せてくるよ」
黙ったままニーナの言葉に耳を傾けていたジョンは、眼下に視線を向けると、こちらへ向かってくる一団を確認する。すると、空間に溶け込むように姿が徐々に薄くなっていき、全身が混ざりあったところで完全に消え去ってしまう。
「やっぱり姿を見せたね」
いつものニーナに戻ると、女はここですることは終わったとばかりに、ジョンと同じようにその場をあとにするのであった。
※
すでに日が沈み、闇に覆われても、都市カマーはまだ惨鎧斬が残した爪痕の対応に追われて騒々しかった。
しかし、さすがにスラム街は住宅街や商業街ほど活発に人が行き交ってはいない。高価な外灯や街灯などがあるわけではないスラム街の通りは真っ暗闇と言っても過言ではないのだ。ボロ屋から漏れ出る明かりも多くはランプなどではなくロウソクで、その光量は知れている。出歩いているのは夜の店や娼館目当ての客か、アルコム所属の社員くらいのものだ。
誰も見向きもしないようなボロ屋の一つ、そこにニーナとフフの姿があった。
「いや~、驚いたっすよ」
右腕を治してもらったフフが、感心した様子で右腕の動きを確かめる。
「あのレナって少女もやるもんっすね」
欠損したフフの右腕を治したのはレナである。良い機会だからと、ユウがレナに治すよう言ったのだ。最初はユウではなくレナが、これだけの傷を治せるのかと不安であったフフも、見る間に欠損した部位が戻っていく光景には口を大きく開いて驚いたものだ。
「嬉しそうだね」
「そりゃそうっすよ! あの憎きロキュスを、この手で殺せたんっすからね」
なにを当たり前のことを尋ねるんだろうと、フフはニーナに向かって興奮気味に答える。
「あ~。でもドゥラランド様には、なんて説明したらいいっすかね?」
「予想以上にサトウたちが強かったせいで、ロキュスが逃げる判断を誤ったで十分じゃない」
戦闘中は『千里眼の魔眼』を使用していないから、仮に自分たちが知らない監視者がいたとしても、フフが余計なボロを出さなければいいだけだと、ニーナは言葉を付け加える。
「う~。それで大丈夫っすかね。なにか言われたら、ニーナさん庇ってほしいっす」
「その場に私がいればね」
「うへぇ……。もっと、フフに優しくしてほしいっすよ」
「十分、優しくしてるでしょ」
素っ気ないニーナの態度に、フフは冷たい人っすねえと愚痴る。
「それでどうすっか?」
「なにが?」
「なにがって……フフはこのままサトウのパーティーに潜り込めそうっすか」
「さあ?」
「ちょ、ちょっと! そこが今回の任務で一番重要なポイントなんっすよ! もっと関心を示してほしいっす!」
「だって、それはドゥラランド様から命じられたフフの任務であって、私には関係ないでしょ」
「そ、それは……そうっす」
「え~。この人マジっすか」と、フフはあまりにも他人に無関心なニーナの態度に驚く。
「もっと悲願であったロキュス討伐を達成したフフに、優しくできないものっすかね」
今回の戦いで損耗した武器の手入れをしながら、フフはぶつぶつと独り言を言う。
「さっきからフフは仇とか悲願とか言ってるけど、本当は逆なんだよ」
ランタンの明かりに照らして、ダガーの刃毀れを確認していたフフの手が止まる。
「どういう意味っすか?」
先ほどまでの人懐っこい少女はどこにいったのかと思えるほど、底冷えする声音であった。
「どうもこうも、そのままの意味なんだけど」
対するニーナも、無機質な声で対応する。
「フフは自分の父親が、母親が、村人が、ロキュスに殺されたって言うけどね」
剣呑な空気を漂わせ始めたフフを前にしても、ニーナは変わらぬ態度で言葉を紡ぐ。
「先にロキュスから奪ったのはフフのほうなんだよ?」
「…………なにを言ってるっすか。冗談でも許さないっすよ」
「自分だけは記憶を消されてないと思ってるみたいだけど、それ勘違いだからね」
その言葉に、フフはニーナを馬鹿にするように鼻を鳴らす。
「フフには記憶があるっす。父さんや母さんの記憶がちゃんとあるっすからね」
暗にお前と一緒にするなと、フフは言っていた。
「その記憶はどこまでが正しいんだろうね」
「いい加減に――――」
「村を滅ぼされたあとの記憶はあるのかな?」
虚を突かれたように、フフは顔を上げてニーナを見つめる。
「それは…………」
ハッキリあるとは、言えなかった。
「思い出そうとしても、ううん。思い出そうとすることすらなかったんじゃないのかな」
少しだけ、フフの呼吸が乱れ始めていた。
「故郷の村をロキュスに滅ぼされて、無力な少女だったフフはどうやって生きてきたの? ドゥラランド様とどうやって出会ったのかすら、覚えてないんじゃないのかな」
「大丈夫?」と、ニーナはフフの顔に浮かび上がってきた汗をハンカチで拭いてあげる。
「今回、どうしてフフとロキュスが選ばれたのかずっと疑問だったんだ」
「それは――――」ニーナの裏切りを確認するためとは言えずに、フフは口ごもる。
「ロキュスがどうやって惨鎧斬になったかを、フフはドゥラランド様から知らされてないんでしょ? それって偶然じゃないからね」
なぜ惨鎧斬がロキュスであることを知っていながら、その憎き仇が惨鎧斬を纏うことになったのかを、あって当然であるべきの疑問を、フフはニーナに問われるまで気づかなかった。
その当然の疑問をフフはなぜ抱かなかったのかと、フフは俯きながら考えるも、その度にフフの頭の中は霞がかかるように曖昧になっていく。
「知りたい?」
「…………どうしてっすか?」
意を決したように顔を上げたフフの胸部に、ニーナの放ったダガーが深く突き刺さった。




