進路の話 前編
翌日、進路指導票を空欄でクリアファイルに入れたまま登校した。
提出期限まで一週間ある。
僕は両親にちゃんと話せるんだろうか。
「はぁ……」
思い悩む。
お母さんは、僕がドラッグストアの化粧品売り場を担当していることにも眉を顰める。
今日のメイクにも心配された。
お父さんは静観していて、そんな両親に僕はメイクアップアーティストになるために専門学校にいきたい!って言えるんだろうか。
もう高二の冬。
鞄の中の進路票は軽いはずなのに重い。
「どうしよう」
学校に辿り着いて自分の席に着くと、周囲は進路の話をしていた。
それがより気を重くする。
綾部高校は確かに自由な校風だ。
男の僕がメイクをしていても怒られない。
赤点を取ったらさすがに怒られるけれど。
「どうしよう〜」
机の上に腕を置いて頭を突っ込む。
うつ伏せの姿勢にしていると、黄瀬くんがやってきた。
黄瀬くんは移動しやすいようにドア側に席を用意されがちなのに窓際まで来るなんて珍しいな。
「どうした、青江」
なんてことない、元気のない僕を心配して来てくれただけだった。
「黄瀬くんは、進路票どうした?」
「俺はバリアフリーが充実していて車椅子バスケのある大学に進学しようと思う」
「そっか!黄瀬くんにいいと思うよ!」
「青江はメイクの専門とかか?……あ、でもあの母さんだと、なぁ」
黄瀬くんは僕の両親にも会ったことがあって、僕にメイクを辞めさせるように説得してほしいと頼まれたことがあるらしい。
らしい、というのは後から黄瀬くんにこっそり教えられたからだ。
僕に遠慮して、伝えるかどうか悩んだけれど、友人にまで踏み込んでくるなら当事者の僕が知るべきだと教えてくれた。
僕はそこまで両親に否定されていることにショックを受けて、夜しか寝れなかった。
「俺は親が背中を押してくれてるから安心だけど、青江はどうだ?」
「……僕の母さん、きっと許してくれないと思う」
僕が首を横に振る。
視界に入る鞄の中の進路票は心をどんどん重くさせている。
黄瀬くんはしっかりとした口調で諭した。
「許す許さないじゃないだろ。青江がやりたいことなんだから」
僕が目線を上げて黄瀬くんを見る。
「俺はメイクしないけどさ、お前がしてるのは似合ってるし、なんか楽しそうに見える」
「……黄瀬くん」
鞄の中の進路票が、ほんの少しだけ軽くなった気がした。
「あの母さんじゃ難しいとは思うけど、ちゃんと話し合ってみろよ。俺は応援している」
「ありがとう、黄瀬くん」
目元が熱くなる。
泣いたらアイシャドウも崩れちゃう。
まだ登校したばかりだから早々に直したくない。
でも、溢れ出る涙は留まることを知らなかった。
ぐっと堪えて、それでも涙がこぼれる。
「な、泣くなよ!青江!」
そこに登校して来た村崎さんが怒ってくる。
「ちょっと!何を青江くん泣かせているの!?」
「俺は応援しただけだって!」
黄瀬くんが村崎さんから締め上げられて弁明している。
「本当?青江くん」
気遣わし気に村崎さんが尋ねてくるけれど、僕は止められない涙を拭うばかりで返答できない。
ああ、メイクが崩れちゃった。
「ほら!青江くんずっと泣いているじゃない!」
「青江!泣きやめ!助けろ!」
二人が僕を心配してくれているのはわかる。
お母さんと、僕のメイクについての会話。
一度ちゃんとしてみなきゃいけないかもしれない。
ううん。
僕の夢を叶えるためにも、両親には納得してほしい。
「ありがとう、黄瀬くん。村崎さん」
改めてお礼を告げる。
うん。頑張ろう。
進路票の提出までに両親と、お母さんと話し合う。
「メイク崩れちゃったから直してくるね」
ポーチを持って席を立つ。
家に居たくなくて早めに登校して来てよかった。
メイクをし直して、ちょっと強気のメイクに直す。
これは僕の心の現れだ。
僕は、ちゃんとメイクアップアーティストという夢を叶える。
それは、みんなから祝福されたい。
もちろん両親にも。
「頑張ろう」
席に戻ると、黄瀬くんと村崎さんは待っていてくれた。
ホームルームまでまだ時間がある。
「青江くん、話は聞いたけどご両親の説得、大丈夫そう?」
「うん!頑張る!」
ムン!と気合いを入れて返す。
黄瀬くんと村崎さんは顔を見合わせて微笑んだ。
「何があっても青江くんは可愛くて格好いいよ」
「ああ。自慢の友人だ」
二人に励まされてまた目頭が熱くなる。
でも堪えて満面の笑顔で応えた。
「ありがとう!」
昼休み、赤井さんも交えて四人で両親の説得について話し合った。
結局、いい案は出なかった。
僕はちゃんと話し合えるんだろうか。
ううん。みんなに応援されたんだ。
僕は僕の言葉でちゃんと話し合おう。
本音はまた否定されたらって思うと怖い。でも逃げない。
「ありがとう、みんな!」
何度目かわからない感謝を述べる。
みんな気遣わしだけど、顔を見合わせると声を合わせて言ってくれた。
「かわいい!から大丈夫!応援しているよ!」
かわいいは魔法の言葉だ。
言われると、不思議と高揚する。嬉しい。
「うん!頑張る!」
鞄の中の進路票は元の紙の重さにまでなっていた。
誰が言おうと僕は可愛いものがすきだ。メイクが好きだ。メイクアップアーティストになりたい。
それを、伝え切るしかない。
応援してくれる人がいる。
この気持ちと大切な人達に向き合いながら、僕の心を大切にしよう。




