逃げたい気持ち
「好きです」
その言葉を聞いたのは偶然だった。
いつものように掃除当番が回ってきて女子の代わりにゴミをゴミ捨て場に持って行く途中、高二になって初めて村崎さんから話しかけられた場所。
そこで隣のクラスの男子生徒に村崎さんは告白されていた。
村崎さんは少し躊躇ったようだった。
何故かその姿にショックを受けて僕は慌ててゴミを捨てるとその場を立ち去った。
逃げたんだ。
「おはよう」
「……おはよう」
村崎さんの顔をまともに見れなかった。
「……青江くん、どうかした?」
「なんでもないよ」
村崎さんは僕を気遣ってくれていた。
けれど、なんて言えばいいのか分からなくてちょっと突き放したような返答になっちゃった。
「青江くん」
「なんでもない」
この問答に答える気がないと悟った村崎さんは自分の席へと向かっていった。
……ごめん。村崎さん。
なんで僕はいつも村崎さんにこんなに心を乱されるんだろう?
自分の席で頭を抱えながらもちらりと村崎さんを見る。
村崎さんは昨日のことなんてなかったかのように淡々と授業の準備をしていた。
村崎さんは、昨日なんて答えたんだろう。
「そんなの一つしかないだろう」
黄瀬くんがあっけらかんと言う。
赤井さんも頷いている。
村崎さんは……いつもは一緒にお昼ご飯を食べているけれど、今日は別だ。
村崎さんは村崎さんの友達と食べている。
ーー少し寂しいな。
「黄瀬くんに村崎さんの何がわかるっていうのさ」
少しムッとして反論すると黄瀬くんは笑った。
「少なくとも、お前より分かることが一つある」
「本当ですよ、青江先輩!」
赤井さんの相槌に少したじろぐ。
僕が分からなくて黄瀬くんと赤井さんに分かることってなんだろう?
首を傾げる僕に、黄瀬くんと赤井さんは溜息を吐いた。
「これじゃあ何年掛かるかな」
「村崎先輩も可哀想です」
「なんなんだよ、二人して!もう!」
むしゃくしゃした感情のまま玉子焼きにお箸を突き刺した。
それから一週間。
僕と村崎さんは話すことが出来なかった。
今まで僕らはどうしていたんだっけ?
そんな疑問も出てきたある日、村崎さんから声を掛けられた。
「青江くん、ちょっといい?」
誰も座っていない、放課後。
僕がぼんやりとしていると前の席に村崎さんが座って話し掛けてきた。
「なにかな?」
僕は笑えているかな?
「青江くん、なんか変。私、何かした?」
「ううん。村崎さんは何も」
そう。村崎さんは何もしていない。
村崎さんはモテる。
そんなの、ずっと知っていたじゃないか。
「村崎さんって、モテるんだね」
知ってはいたことだけれど、告白されたのを見てショックを受けている自分に驚いたんだ。
それが何故かはまだモヤモヤしていて何故かは分からない。
「ああ……」
村崎さんは思い当たったのか小さく頷いた。
「でも、好きな人から好かれなかったら意味ないよ」
村崎さんのその言葉に、告白場面以上のショックを受けた。
「村崎さんは好きな人いるの?」
「いるよ。すごく好きな人」
少し頬を赤くして答える村崎さん。
「だから、心配しなくていいから」
なにがだからなんだろう。
「これからも普段通りにしてくれると嬉しい」
村崎さんからの懇願に、僕は答えられず、黙ってしまった。
何を言えばいいのか分からなかった。
「青江くん。青江くんは青江くんのままでいいから」
僕はずっと僕のままだよ。
俯く僕の顔を村崎さんが強引に上に向かせる。
「青江くん」
「村崎さん」
顔が近い。
改めて見る綺麗な顔にドキドキする。
ううん。
村崎さんの顔にドキドキしているんじゃない。
村崎さんだからドキドキしているんだ。
「村崎さんは、綺麗だね」
「青江くんも、かわいいよ。あと、格好いい」
こんな至近距離でなにを褒め合っているんだ。
でも、頬を支える村崎さんの手の温もりが熱い。
「格好いいは初めて言われたな」
「そう。私が初めてなんだ」
村崎さんは上機嫌だ。
「青江くんは、私に好きな人がいるのが嫌だったの?」
潤んだ瞳で問い掛けられて、どうしようもない。
答えを考えていると、頬に添えられていた手が離れた。
「いいよ。待つって決めたんだから。青江くんは青江くんのベースでいいよ。待ってる」
待ってる、は以前にも言われた。
僕は、村崎さんになんて答えればいいんだろう。




