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第54話 嫉妬した顔は、好きの証拠じゃない

『好きな人が、こっちを見ています』


日向紗良の作戦は、確かに相手を振り向かせた。


けれど。


『こんな顔をしてほしかったんじゃない』


嫉妬させれば、自分を意識してもらえる。


誰かが作ったその“正解”は、三人の気持ちを思っていたのとは違う方向へ動かし始めていた。



『違うんです』


『こんな顔をしてほしかったんじゃない』


相談室の端末には、日向紗良さんから届いた二通のメッセージが表示されたままだった。


そこから、新しい連絡が来ない。


一ノ瀬ひより先輩は端末を見つめ、低い位置で結んだ髪の先を強く握っている。


「……書記くん、返事は?」


「今送ります」


ぼくはできるだけ短く入力した。


『その場でこれ以上続けず、少し離れてください。佐伯先生にも連絡しています』


送信。


すぐに既読はついた。


でも、返事はない。


「佐伯先生は?」


「旧体育館の近くにいるそうです。先に向かってもらっています」


「私たちも行こう」


ひより先輩が立ち上がる。


いつもより速い。


ぼくも鞄を持ったが、ドアを開ける前に声をかけた。


「ひより先輩」


「何?」


相談時間中なのに、名前で呼んだ。


それだけで、先輩の足が少し止まる。


「走らないでください」


「……うん」


「日向さんが焦っている時に、こちらまで焦って判断を飛ばすと余計に混乱します」


先輩は一度大きく息を吸った。


「了解」


それでも、廊下を歩く速度はいつもよりかなり速かった。



旧体育館の横に着くと、佐伯先生がすでに待っていた。


「高槻さん、一ノ瀬さん。こちらです」


先生の視線の先には、四人の生徒がいた。


赤いヘアゴムで短めのポニーテールを結んだ女子生徒。おそらく日向紗良さん。


少し離れた場所には、柔らかく癖のついた髪の背の高い男子生徒。


さらにその向こうには、短い黒髪の男子と、その隣に女子生徒が一人いた。


相談用紙の内容から考えれば、誰が誰なのかは想像できる。


でも。


まだ決めない。


佐伯先生が、全員に聞こえる程度の落ち着いた声で言った。


「今は、四人で話を続けない方がよさそうです。一度、それぞれ離れましょう」


誰も反論しなかった。


ただ、背の高い男子生徒だけが日向さんを見たまま動かない。


「先生」


「はい」


「俺、何だったのかだけ知りたいです」


日向さんの肩が、わずかに震えた。


「大橋くん……」


それが彼の名前らしい。


日向さんは何か言おうとして、口を閉じた。


佐伯先生が聞く。


「今ここで話せますか?」


「……わかりません」


「なら、今は話さなくて構いません」


大橋くんはしばらく黙ってから、視線を落とした。


「じゃあ、今日はいいです。でも……あとでちゃんと教えて」


「……うん」


大橋くんは、それ以上何も言わずに少し離れた。


次に、短い黒髪の男子が日向さんを見る。


日向さんの顔が、目に見えて強張った。


「水野くん」


好きな人。


たぶん、この人だ。


「さっきの」


日向さんが一歩前へ出る。


「違うの」


水野くんは、すぐには答えなかった。


隣の女子生徒も、気まずそうに二人を見ている。


「日向」


ようやく、水野くんが口を開いた。


「俺も今、何て言えばいいかわかんない」


「でも」


「今日は帰る」


「待って」


日向さんの声が、少し大きくなる。


水野くんは足を止めた。


「嫌いになった?」


その質問に。


誰も動かなかった。


ひより先輩も、佐伯先生も、ぼくも。


答えを促さない。


水野くんは長く黙ったあと、小さく首を振った。


ただし。


「嫌いじゃない」とは言わなかった。


「……今、それ答えられない」


それだけ言って、歩き出した。


隣にいた女子生徒も少し迷ってから、そのあとを追う。


日向さんは、その場に立ち尽くした。


「……終わった」


ひより先輩は、すぐに否定しなかった。


ぼくも。


水野くんは「終わった」と言っていない。


でも。


終わっていないとも言っていない。


確認できているのは。


今は答えられない。


それだけだった。



相談室へ戻った日向さんは、さっきより少し崩れたポニーテールのまま椅子に座った。


佐伯先生は少し離れた席にいる。


ひより先輩は向かい側へ座り、いつもの柔らかい声で聞いた。


「お茶、いる?」


「……いりません」


「わかった」


それ以上すすめない。


少し沈黙したあと、ひより先輩は別の質問をした。


「今、一番怖いのは何?」


日向さんの唇が震える。


「全部です」


「うん」


「水野くんに嫌われたかもしれないし、大橋くんにも嫌われたと思うし……あの子にも知られたし、これがクラスに広がったら」


声がだんだん小さくなる。


「私、何やってるんだろ」


涙が落ちた。


ひより先輩はティッシュを直接渡さず、箱を机の真ん中に置く。


日向さんが自分で一枚取った。


「水野くん、どんな顔してた?」


「悲しそうで……怒ってるみたいで、すごくショック受けてた感じで」


「それは、水野くんがそう言った?」


日向さんが顔を上げる。


「……言ってません」


「じゃあ、今わかってるのは?」


「私と大橋くんを見た」


「うん」


「顔が変わった」


「うん」


「それから……今は答えられないって言った」


「そこまでだね」


日向さんは、膝の上で手を握った。


「でも、嫉妬したんじゃないですか」


その言葉。


今日の中心。


「恋愛ルールには、嫉妬したら自分を意識してるって書いてありました。だから、あの顔を見た瞬間……」


日向さんの声が、急に小さくなった。


「少しだけ、成功したって思ったんです」


ひより先輩は責めなかった。


「それで?」


「でも、すぐ違うって思いました。あんな顔してほしかったんじゃない」


「うん」


「嫉妬って、もっと……」


日向さんは言葉を探した。


「ちょっと不機嫌になったり、私のこと気にしたりして。それで『大橋と付き合ってるの?』とか聞いてくれたら」


そこまで言って。


自分で止まる。


「……私、勝手ですよね」


「勝手かどうかを決める前に」


ひより先輩が言う。


「一つ確認しよっか」


「はい」


「水野くんが嫉妬したとしたら」


「はい」


「それは、“日向さんが好き”の証拠になる?」


日向さんが黙った。


「友達だと思ってた人が急に誰かと付き合って驚いたのかもしれない」


「……」


「大橋くんとの組み合わせが意外だったのかもしれない」


「……」


「何か嘘っぽいって気づいたのかもしれない」


「……」


「もちろん、本当に嫉妬した可能性もある」


「はい」


「でも」


ひより先輩は静かに続けた。


「顔一つだけで、“私のこと好きなんだ”まで決めるのは、さっきの恋愛ルールと同じにならないかな」


日向さんの顔が変わった。


「……結果だけ見て」


「うん」


「意味を決める」


「そう」


ぼくはその言葉を記録した。


今回。


日向さんは恋愛ルールに騙された。


だけではない。


ルールが与えた答えを使って、今度は自分で水野くんの表情の意味まで決めようとしていた。



「最初から確認します」


ぼくが言う。


日向さんがうなずいた。


「水野くんを好きになったのは?」


「去年の冬くらいです。同じクラスで、よく話すようになって」


「二人で帰ったことは?」


「何回かあります」


「告白は?」


「してません」


「水野くんの気持ちは?」


「……わかりません」


そこ。


次。


「さっき一緒にいた女子生徒は?」


「南さんです」


「南さんは水野くんを好き?」


「はい。二か月くらい前に本人から聞きました」


「そして昨日?」


「『明日、水野くんにちゃんと話すつもり』って言われました」


「“告白する”と?」


日向さんが。


止まった。


「……言われてません」


ひより先輩が少しだけ首を傾げる。


「どうして告白だと思ったの?」


「だって南さん、水野くんが好きなんですよ。ちゃんと話すって言ったら、普通そう思いませんか?」


「思うのは自然かもしれない」


ひより先輩は言った。


「でも、確認した事実ではないよね」


「……はい」


日向さんが額に手を当てる。


「私、それだけで今日全部終わるって思ったんだ」


「うん」


「だから……恋愛ルールを見て」


目にまた涙が溜まる。


「これなら間に合うって」


そこだった。


日向さんが欲しかったのは、恋愛のテクニックではない。


「今日で終わるかもしれない」という恐怖を止めてくれる。


すぐ使える答え。


それが、たまたま。


『嫉妬させればいい』


だった。



「もし恋愛ルールを見てなかったら」


ひより先輩が聞く。


「今日、どうしてたと思う?」


日向さんはかなり長く考えた。


「……たぶん、何もできなかったです」


「うん」


「友達に愚痴って、家帰って泣いてたと思います」


「その方がよかった?」


日向さんは、すぐには答えなかった。


でも。


「……今は、そう思います」


自分で言えた。


ひより先輩も。


それ以上は言わなかった。



次は。


大橋くん。


ここが。


もう一つの問題だった。


「大橋くんには、何を頼みましたか」


「一週間くらい、彼氏のふりをしてほしいって」


一日だけではなかった。


「一週間?」


ひより先輩が聞き返す。


「水野くんが何か反応するまで、続けようと思ってました」


つまり。


反応が出るまで。


「大橋くんには、偽物の交際だとは伝えた?」


「はい」


「水野くんを嫉妬させるためだとは?」


「……言ってません」


「なぜ?」


日向さんは。


すぐには答えなかった。


「言ったら、断られると思ったからです」


正直だった。


「もう一つ」


ひより先輩の声が少し変わる。


「大橋くんって、日向さんのこと好き?」


「……わかりません」


「本当に?」


長い。


沈黙。


「たぶん」


日向さんが答えた。


「私のこと、好きなんだと思います」


ひより先輩の表情が。


少しだけ厳しくなる。


「どうして?」


「前からよく話しかけてくれて。この前も、“日向と付き合ったら楽しそう”って、冗談みたいに」


「それを知っていて」


「……はい」


「彼氏役を頼んだ?」


日向さんの目から。


また涙が落ちた。


「はい」


「断らないと思った?」


「……はい」


「日向さん」


「最低ですよね」


「そこから逃げないで」


声は。


強かった。


日向さんが。


驚いて顔を上げる。


ひより先輩は怒鳴っていない。


でも。


いつもの優しいだけの声でもない。


「“私、最低です”ってまとめちゃうと」


「……」


「何をしたか、考えなくて済むよ」


「……」


「大橋くんが自分を好きかもしれないと知っていた」


「はい」


「それなら協力してくれると思った」


「はい」


「でも、別の男子を嫉妬させるためだとは言わなかった」


「……はい」


「そこは」


ひより先輩は言う。


「恋愛ルールのせいだけにはできない」


日向さんは。


泣きながらうなずいた。


「……はい」


ぼくも。


その通りだと思った。


ルールは。


背中を押した。


でも。


決めたのは。


日向さん自身。


そこを全部ルールのせいにしたら。


今度は。


本人から選択を奪うことになる。



「大橋くんには謝ります」


少し落ち着いたあと。


日向さんが言った。


「何を?」


ぼくが聞く。


「利用したこと」


「具体的に」


日向さんが。


少し困った顔をする。


でも。


考える。


「大橋くんが私を好きかもしれないって思ってたのに」


「はい」


「それなら断らないと思って、別の人を嫉妬させるための彼氏役を頼んだこと」


「はい」


「本当の理由を言わなかったこと」


「はい」


「それなら伝わります」


日向さんが。


少し苦笑した。


「相談室って、謝り方も細かいんですね」


ひより先輩が。


小さく笑う。


「謝れば許してもらえる方法は、教えられないけどね」


「……はい」


「怒られるかもしれない」


「はい」


「もう話したくないって言われるかもしれない」


「はい」


「それでも伝える?」


日向さんは。


少し時間をかけて。


「はい」


と答えた。


それから。


すぐに続ける。


「そのあと、水野くんにも説明します」


ひより先輩は。


すぐに。


「うん」


とは言わなかった。


「何を?」


「大橋くんとは本当に付き合ってないって」


「それを一番最初に言いたい?」


「……はい」


「どうして?」


日向さん。


止まる。


「嫌われたくないから」


「じゃあ」


ひより先輩は言った。


「大橋くんへの説明を、水野くんに嫌われないための後回しにしてない?」


日向さんが。


俯いた。


「……してます」


「順番、考えよっか」


「……はい」


好きな人へ。


一秒でも早く誤解を解きたい。


たぶん。


自然な気持ち。


でも。


そのために。


一番傷つけた相手を。


また後回しにする。


それは。


違う。



日向さんから。


大橋くんへメッセージを送る。


『さっきのことを、ちゃんと説明したいです。今日じゃなくてもいいので、話せる時を教えてください』


数分後。


返信。


『今日話せる』


さらに。


『でも先生いてほしい』


日向さんが。


それを見て。


少しだけ顔を強張らせた。


佐伯先生が答える。


「私が同席します」


「お願いします」



三十分後。


大橋颯太くんが。


相談室へ来た。


背の高い男子生徒。


柔らかい髪。


さっきより。


かなり表情が硬い。


部屋へ入ると。


ひより先輩。


ぼく。


佐伯先生。


日向さん。


順番に見る。


「人、多いですね」


「減らせます」


佐伯先生がすぐ答える。


「大橋さんが決めてください」


しばらく考えて。


「……このままでいいです」


日向さんが。


立ち上がりかける。


「座ったままでいいよ」


大橋くんが言う。


「……うん」


日向さんは。


座り直す。


そして。


話した。


水野くんが好きなこと。


南さんが告白すると思い込んだこと。


焦ったこと。


恋愛ルールを見たこと。


嫉妬させようと考えたこと。


そして。


大橋くんが自分を好きかもしれないと知りながら。


本当の目的を伝えなかったこと。


途中。


大橋くんは。


一度も止めなかった。


最後まで聞いた。


日向さんが言う。


「本当に、ごめんなさい」


長い沈黙。


大橋くんは。


しばらく床を見ていた。


「俺さ」


「うん」


「彼氏のふりしてって言われた時」


「……」


「ちょっと期待した」


日向さんの肩が。


小さく動く。


「日向が、俺とのこと考えてるのかなって」


「……」


「付き合う前に試したいのかなとか」


「……」


「都合よく考えた」


少し笑う。


でも。


楽しそうではない。


「だから、俺もちゃんと理由聞かなかった」


「……」


「でも」


大橋くんが。


日向さんを見る。


「別の男のためだとは思ってなかった」


「ごめん」


「うん」


また。


沈黙。


「俺」


大橋くんが言う。


「利用されたって思っていい?」


日向さん。


一瞬。


息を止める。


それでも。


「……うん」


と答えた。


「そっか」


大橋くんは。


大きく息を吐いた。


「じゃあ今日は、もう話したくない」


日向さんの目に。


また涙。


でも。


「……わかった」


それだけ。


もう一度。


謝る。


大橋くんは。


返事をしなかった。


立ち上がる。


ドアへ向かう。


そして。


手をかけたところで。


一度だけ振り返った。


「日向」


「うん」


「水野に説明する時」


「うん」


「俺の名前、必要以上に出さないで」


「……わかった」


「俺」


少し。


間。


「恋愛テクニックの役じゃないから」


ひより先輩の。


表情が変わった。


「……うん」


日向さんが答える。


大橋くんは。


そのまま帰った。


許す。


とも。


許さない。


とも言わなかった。


友達に戻る。


とも。


もう関わらない。


とも。


まだ。


決めていない。


それでいい。



「……胸、痛いです」


大橋くんが帰ったあと。


日向さんが言った。


「うん」


ひより先輩。


「謝ったのに」


「うん」


「全然楽にならない」


ひより先輩は。


少し困ったように笑った。


「謝るって、自分が楽になるためだけにするものじゃないからね」


日向さんは。


小さくうなずく。


「次」


「うん」


「水野くんにも話したいです」


「今日?」


日向さんは。


すぐに答えなかった。


今日。


何度目かの。


考える時間。


「……今日は、やめます」


ひより先輩の顔が。


少し柔らかくなる。


「どうして?」


「今の私」


日向さんは言った。


「嫌われたかどうかしか聞けない気がするから」


「うん」


「それで、水野くんが“嫌いじゃない”って言ってくれたら」


少し。


苦笑する。


「たぶん、それを“好き”って意味にしたくなる」


ぼくのペンが。


少し止まった。


「だから」


「うん」


「今日は待ちます」


ひより先輩が。


ゆっくりうなずく。


「それが今の日向さんの答えなら」


「はい」


「いいと思う」



相談記録をまとめる。


大橋颯太への説明。


実施。


関係修復。


未定。


水野への説明。


後日。


偽装交際。


終了。


日向さんが。


記録をちらりと見る。


「“終了”って書くと、すごい事務的ですね」


「記録なので」


「高槻先輩っぽい」


「褒めていますか」


「……たぶん」


鳴海くんみたいになっている。


日向さんが。


今日初めて。


少しだけ普通に笑った。



「もう一つ」


ぼくは言った。


「確認したいことがあります」


「はい」


「恋愛ルールを見たのは、公開されている投稿だけですか」


日向さんが。


少し。


迷った。


「……違います」


ひより先輩が。


顔を上げる。


「何かあった?」


「私」


日向さんは。


スマートフォンを取り出した。


「投稿を見たあと、アカウントにメッセージ送ったんです」


ぼくの手が。


止まる。


「見せてもいい?」


ひより先輩が聞く。


「はい」


画面。


非公式の恋愛ルールアカウント。


日向さんから。


『好きな人に、別に好きな人がいるかもしれません。嫉妬させるって本当に効きますか?』


返信。


『人によるけど、何もしないより意識させられるよ』


次。


『別の男子に彼氏役をお願いしてもいいですか?』


返信。


『相手が“ふり”だとわかっててOKしてるなら大丈夫』


次。


日向さん。


『私が別に好きな人いることまで言わないとだめですか?』


その返信を見て。


ひより先輩の表情が。


止まった。


『そこまで全部説明しなくていいと思う。恋愛はタイミングだから』


相談室。


静か。


「これを見て」


日向さんが言った。


「大丈夫なんだって思いました」


「相談室の掲示は?」


ひより先輩が聞く。


「見ました」


「“恋愛に正解はない”って」


「はい」


「じゃあ、どうしてこっちを」


日向さんは。


少しだけ。


困った顔をした。


「……その時の私には」


「うん」


「正解がないって言われる方が、困ったんです」


ひより先輩が。


黙る。


「今日何かしないと終わるって思ってるのに」


「……」


「一緒に考えましょうって言われても、時間ないし」


「……」


「こっちの人は」


画面を見る。


「すぐ、“こうすればいい”って答えてくれたから」


その言葉は。


かなり。


痛かった。


ぼくたちが大事にしてきた。


「本人が決める」


は。


時間がかかる。


面倒でもある。


迷っている人に。


さらに考えさせる。


でも。


怖くて。


今すぐ何かにすがりたい時。


「正解はありません」


より。


「これをやればいい」


の方が。


ずっと魅力的に見える。



ひより先輩が。


スマートフォンのプロフィール欄を見る。


「このアカウント……ほかの人の相談も受けてる?」


「たぶん」


日向さんが答える。


プロフィール。


『星ヶ丘高校の恋愛を研究中』


『放課後相談室の事例を、わかりやすくルール化します』


そこまでは。


知っていた。


でも。


今日。


新しい一文が追加されていた。


『恋愛相談受付中。匿名OK』


そして。


その下。


『迷うのが苦手な人へ。答えだけ教えます』


ひより先輩の。


顔から。


笑顔が消えた。


「……答えだけ」


「はい」


日向さんが言う。


「私が相談した時も、すぐ返してくれました」


「ほかにも?」


「『最近相談多いから、返信遅れたらごめん』って」


ぼくは。


その文章を見る。


「多い」


「はい」


人数は。


わからない。


でも。


一人ではない。



その時。


日向さんのスマートフォンが。


震えた。


例のアカウントから。


新しいメッセージ。


『どうだった?』


次。


『相手、嫉妬してくれた?』


日向さんの指が。


止まる。


さらに。


『反応が微妙でも大丈夫。次は少し距離を置いてみて』


ひより先輩が。


目を細める。


「まだ続けさせる気なんだ」


最後。


『追いかけない方が、向こうから気になることもあるよ。次の一手も一緒に考える』


日向さんは。


画面をしばらく見ていた。


そして。


「もう返信しません」


と言った。


ひより先輩は。


「うん」


とも。


「そうして」


とも言わない。


「それは、日向さんが決めていいよ」


日向さんが。


うなずく。


画面上部に。


新しい通知。


アカウントの投稿。


『本日の恋愛相談、受付終了!』


続き。


『今日はたくさん相談ありがとう』


その下。


さらに一文。


『明日も、恋愛の正解を教えます』


ぼくと。


ひより先輩は。


同じ画面を見た。


ただの噂アカウントではない。


誰かが。


相談を受けて。


答えを出している。


迷う人に。


一番早く。


一番簡単な答えを。


渡している。


「書記くん」


ひより先輩が。


小さく言った。


「これ」


「はい」


「もう、“恋愛ルール騒動”だけじゃないね」


ぼくは。


うなずいた。


放課後相談室は。


答えを決めないために。


ここまで続いてきた。


でも。


同じ学校の中に。


その正反対の場所が。


もう。


できている。


そして。


その夜。


恋愛ルールのアカウントには。


次の予告が投稿された。


『明日のテーマ』


『好きな人に告白させる方法』


その下。


小さく。


こう書かれていた。


『実践してくれる人、募集中』


ひより先輩が。


画面を見たまま言った。


「……書記くん」


「はい」


「これ」


少し。


間。


「次は、“相談”じゃなくなるかもしれない」


ぼくも。


同じことを考えていた。


答えを教えるだけではなく。


誰かに。


その答えを試させる。


もし。


そうなったら。


今度は。


日向さん一人では。


終わらない。


日向紗良は、嫉妬した表情だけでは「好き」の証拠にならないと気づきました。


そして見えてきたのは。


恋愛ルールのアカウントが、すでに個別相談まで受けていること。


次は――“実践者”を募集し始めます。


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