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第55話 好きなら、追いかけてくる?

『好きな人に告白させる方法』


恋愛ルールのアカウントは、ついに“実践者”を募集し始めた。


けれど。


恋愛は実験ではない。


相手が話しかけてくれた。


心配してくれた。


追いかけてくれた。


その行動を。


「好きだから」と決めていいのだろうか。


一時間目は、現代文だった。


「文章というのは、一文だけ切り取ると意味が変わることがあります」


黒板の前で、国語教師が教科書を片手に説明している。


偶然にしては、最近よく聞く話だった。


前後を読む。


誰が、どんな状況で、何のために言ったのかを見る。


それを取り除いて一部分だけを抜き出せば、同じ言葉でも別の意味にできる。


ぼくはノートを取りながら、昨日見た『恋愛ルール』の投稿を思い出していた。


『告白されたら、即答しない方が正解』


小野寺美月さんは、そんなことを言っていない。


『一度振られたら、二回目の告白は禁止』


早瀬真琴さんにも、そんな答えを出していない。


本当の出来事を使って。


本当ではないルールを作る。


やっていることは、まさに今、先生が説明している内容だった。


「高槻」


小声。


右隣から。


「高槻」


無視。


「高槻書記長殿」


ぼくは横を向いた。


瀬川直人。


同じクラス。


短い黒髪はいつも少しだけ寝癖が残っていて、ネクタイも一限目から微妙に緩い。


ぼくとは、去年から同じクラスだった。


「何ですか」


「消しゴム貸して」


「授業中です」


「だから小声じゃん」


「持っていないんですか」


「昨日なくした」


ぼくは筆箱から消しゴムを出した。


「ありがとうございます、書記長殿」


「書記長ではありません」


「じゃあ恋愛相談室の名探偵」


「返してください」


「まだ消してない!」


教師がこちらを見る。


ぼくと瀬川。


同時に前を向いた。


数秒後。


瀬川がまた小さく言う。


「なあ」


「何ですか」


「お前、最近彼女できたってマジ?」


ペン先が。


一瞬だけ止まった。


「授業を聞いてください」


「その反応、マジじゃん」


「瀬川」


教師の声。


「はい!」


「高槻に恋愛相談するのは授業後にしろ」


教室。


笑い。


ぼくは。


何もしていない。


瀬川は机へ突っ伏しながら、声を殺して笑っている。


……あとで消しゴムは回収する。



一時間目終了。


教師が出ていった瞬間。


瀬川が椅子ごとこちらへ寄ってきた。


「で?」


「何がですか」


「彼女」


「授業中の話を継続しないでください」


「否定しないじゃん」


面倒だ。


けれど。


嘘をつく理由もない。


「います」


瀬川が止まった。


「……お前が?」


「その反応は何ですか」


「いや、高槻って卒業式の日に『そういえば恋愛って何だったんだろう』とか言いそうだから」


「言いません」


「相手誰?」


「それは本人の許可なく言いません」


「相談室に染まりすぎだろ」


瀬川が笑う。


その時。


前の席の女子二人が。


スマートフォンを見ながら話している声が聞こえた。


「これ見た?」


「実践者募集?」


「そうそう。告白させる方法」


瀬川も気づいたらしい。


「あれ、流行ってんな」


「知っていますか」


「高槻も?」


「少し」


「なんか恋愛相談室の裏技まとめみたいなやつだろ?」


裏技。


また。


少し違う言葉になっている。


「相談室とは関係ありません」


「え、そうなの?」


瀬川が本気で驚いた。


「みんな、相談室の人が作ってるとは思ってないけどさ」


「はい」


「相談室で実際に使ってる方法を誰かがまとめてるんだと思ってるぞ」


ぼくは。


彼を見る。


「誰から聞きました?」


「誰っていうか……」


瀬川は教室を見回した。


「なんとなく?」


また。


その言葉。


なんとなく。


みんな知っている。


早瀬さんも、同じことを言っていた。


「昨日なんか」


瀬川が続ける。


「二組のやつが、“好きな子から告白させる実験に参加する”とか言ってたし」


「……実験?」


「うん」


ぼくは。


少しだけ身を乗り出した。


「名前は?」


「そこ食いつく?」


「必要なので」


「出た。本物だ」


瀬川は笑ったあと。


少し考える。


「名前までは知らん。でも、なんか三日間だったかな」


「何を?」


「話しかけないらしい」


「……」


「いつも自分から話してるなら、一回やめるんだって」


「それで?」


「相手の方から来たら」


瀬川は。


スマートフォンを持つ手を。


少し振る。


「脈あり」


ぼくは黙った。


好きなら。


追いかけてくる。


また。


ずいぶん簡単な答えだった。



昼休み。


生徒会室へ向かう途中。


二階の渡り廊下で。


ひより先輩を見つけた。


一人ではない。


青柳楓先輩と一緒だった。


青柳先輩は、文化祭が終わってから以前より少し表情が軽くなった。肩の辺りで揺れる髪を耳へかけながら、購買で買った紙パックのミルクティーを持っている。


ぼくに気づく前。


二人の会話が聞こえた。


「で、初デートは?」


ぼくは。


足を止めかけた。


ひより先輩が。


咳き込んだ。


「楓」


「何?」


「廊下」


「だから?」


「学校」


「知ってる」


「そうじゃなくて」


青柳先輩が楽しそうに笑う。


相談室で見せるひより先輩とは。


少し違う。


友達といる時は。


もっと反応がわかりやすい。


「駅前のイルミネーション、今週の土曜からだよ」


「知ってるけど」


「彼氏できたんでしょ?」


「……」


「普通、行くでしょ」


「普通を勝手に決めないで」


思わず。


少し笑いそうになった。


相談室の影響が。


こんなところにも出ている。


「でも行きたい?」


青柳先輩が聞く。


ひより先輩は。


少し黙った。


「……まあ」


「まあ?」


「ちょっとは」


ぼくは。


そこで。


進むべきか。


戻るべきか。


考えた。


「書記くん」


見つかった。


ひより先輩の顔が。


一瞬で赤くなる。


青柳先輩が振り向く。


「あ、高槻くん」


「こんにちは」


「ちょうどよかった」


「楓」


「駅前――」


「楓!」


青柳先輩が。


笑う。


「じゃあ私、先行くね」


「待って」


「お幸せに」


「何も始まってない!」


始まってはいる。


付き合っているので。


青柳先輩が去る。


残る。


ぼく。


ひより先輩。


昼休みの渡り廊下。


窓の外。


校庭では。


体育の授業らしい生徒たちが走っている。


「……聞いた?」


ひより先輩が聞いた。


「何をですか」


「イルミネーション」


「少し」


「どこから?」


「普通、行くでしょ、あたりから」


「ほぼ全部じゃん……」


先輩が。


額を押さえる。


「書記くん」


「はい」


「土曜」


「はい」


少し。


間。


「空いてる?」


「空いています」


ひより先輩が。


ぼくを見る。


「じゃあ」


チャイム。


昼休み終了五分前。


同時に。


生徒会室の方から。


黒崎先輩の声。


「一ノ瀬、高槻。委員会資料、今日中だぞ」


ひより先輩が。


目を閉じた。


「……またあとで」


「はい」


ぼくも。


少しだけ。


残念だった。



五時間目。


数学。


黒板には二次関数。


ぼくは。


問題を解きながら。


朝の瀬川の話を。


頭の片隅で考えていた。


三日間。


自分から話しかけない。


相手から来れば。


脈あり。


簡単。


だから。


使いやすい。


でも。


相手が話しかけてきた理由が。


心配だから。


怒っているから。


何か忘れ物をしたから。


ただの友達として。


なら?


その全部を。


「好きだから」


に変えるのだろうか。


前方。


窓側の席。


普段なら授業の合間に。


よく後ろを向いて話している男子がいる。


今日は。


一度も振り向かない。


斜め後ろの女子生徒が。


何度か。


その男子を見る。


そして。


授業が終わったあと。


女子生徒が。


男子の机へ近づいた。


「ねえ」


男子。


一瞬だけ。


彼女を見る。


「何?」


「私、なんかした?」


「別に」


「でも今日、全然話さないじゃん」


「気のせいじゃない?」


女子生徒の顔が。


わずかに曇った。


「……そっか」


離れる。


男子生徒は。


その背中を。


見ていた。


ほんの少しだけ。


嬉しそうに。


ぼくは。


その表情を。


覚えておいた。



放課後。


相談室。


ひより先輩が。


新しい案内の位置を少し直している。


『放課後相談室には、恋愛の必勝法はありません』


昨日。


貼った紙。


「書記くん」


「はい」


「斜め?」


「一ミリ程度」


「直す?」


「そのままで問題ありません」


「じゃあなんで見てたの」


「確認です」


「細かいなあ」


ノック。


二回。


「どうぞ」


入ってきた女子生徒を見て。


ぼくは。


少し驚いた。


五時間目。


男子の机へ行った女子。


肩までの髪を。


今日は片側だけ小さな黒いピンで留めている。


「相談、いいですか」


「もちろんだよ」


ひより先輩が。


椅子をすすめる。


「二年二組」


彼女は言った。


「藤沢奈央です」


名前は。


知らなかった。


でも。


顔は覚えている。


「相談内容は?」


ひより先輩。


藤沢さんは。


少し迷う。


「友達に」


「うん」


「急に避けられてる気がします」


「いつから?」


「今日からです」


今日。


「男子?」


藤沢さんが。


少し驚く。


「……はい」


「好きな人?」


ひより先輩は。


すぐに聞かない。


代わりに。


「その人とは、普段どんな関係?」


「同じクラスで」


「うん」


「去年も同じクラスでした」


「話す?」


「結構」


「どっちから?」


藤沢さんが。


少し考える。


「向こうからの方が多いです」


朝。


休み時間。


授業前。


帰り。


何かと。


男子の方から。


話しかけてくる。


「でも今日は」


「はい」


「一回も向こうから来なくて」


「うん」


「私から聞いたら、“気のせいじゃない?”って」


ひより先輩が。


一度。


ぼくを見る。


ぼくも。


少しだけ。


朝の話を。


思い出している。


ただし。


決めない。


「それで」


藤沢さんが続ける。


「私」


「うん」


「何か変なこと言ったかなって」


「思い当たる?」


「ないです」


「昨日は?」


「普通でした」


「メッセージは?」


「昨日の夜までは普通」


「今日だけ?」


「はい」


その時。


藤沢さんが。


スマートフォンを取り出した。


「さっき友達に相談したら」


「うん」


「これ見せられて」


画面。


『好きな人に告白させる方法』


ひより先輩の表情が。


変わった。


「これ」


藤沢さんが言う。


「最近流行ってるやつですよね」


「相談室のものではないよ」


先輩が。


先に言った。


「そうなんですか?」


また。


同じ反応。


「私」


藤沢さんは言った。


「相談室の考え方を誰かがまとめてるんだと思ってました」


「違うよ」


「……そうなんだ」


画面。


そこには。


昨日までなかった。


新しい項目。


『告白させる方法①』


『いつも自分から話しかけているなら、一度やめる』


『相手があなたを気にしているなら、向こうから追いかけてくる』


『向こうから話しかけてきたら、脈ありの可能性大』


「私」


藤沢さんが。


少し困ったように笑う。


「今日、向こうに話しかけに行ったんです」


「うん」


「だから友達に、“じゃあ藤沢、脈あり判定されたかもね”って」


ひより先輩は。


笑わなかった。


「藤沢さんは」


「はい」


「どうして話しかけた?」


「え?」


「その男子が好きだから?」


藤沢さんが。


止まる。


「……わかりません」


「うん」


「でも」


少し。


顔が曇る。


「いつも話しかけてくる人が急に来なくなったら」


「うん」


「私、何かしたかなって思うじゃないですか」


「うん」


「だから聞いただけです」


それ。


重要。


ぼくは記録する。


相手へ話しかけた理由。


心配。


原因確認。


恋愛感情。


未確認。


「名前」


ぼくが聞く。


「相手の男子は、記録してもいいですか」


「……はい」


藤沢さん。


少し。


迷ってから。


「二年二組、岸本蓮です」


岸本。


瀬川が。


朝。


言っていた。


二組。


実験。


つながった。


ただし。


まだ。


本人確認はしていない。



「岸本くんに」


ひより先輩が聞く。


「直接、聞きたい?」


藤沢さんが。


考える。


「何で避けてるのかは」


「うん」


「知りたいです」


「恋愛ルールを試してるかどうかも?」


「……」


少し。


間。


「もしそうなら」


「うん」


「ちょっと嫌かも」


「どうして?」


藤沢さんは。


すぐには言葉にできない。


「なんか」


「うん」


「私がどうするか」


「うん」


「試された感じがするから」


ひより先輩が。


うなずく。


「じゃあ」


「はい」


「まず、本人に確認するところまでにする?」


「はい」


「答えを聞いたあと」


「はい」


「どうするかは、その時決める」


「……はい」


また。


まだ決めない。


でも。


今度は。


ルールではない。


藤沢奈央さんが。


今。


選んだこと。



岸本くんへ。


藤沢さん自身から連絡。


『少し話したいことがある。相談室で話してもいい?』


十分ほどして。


返信。


『いいけど』


そして。


『何かあった?』


藤沢さんが。


画面を見ながら言う。


「何かあった?って……」


ひより先輩。


少しだけ。


眉が動く。


「行動を変えたの、向こうなのにね」


「……はい」


でも。


まだ。


本人の理由は。


聞いていない。



午後五時前。


岸本蓮くん。


相談室。


教室で見た男子。


短い髪。


制服は。


比較的きちんとしている。


入って。


藤沢さん。


ひより先輩。


ぼく。


順に見る。


「相談って」


「岸本くん」


藤沢さんが。


先に言った。


「今日、私のこと避けてた?」


岸本くんの表情が。


一瞬。


変わった。


「避けては」


止まる。


「……ない」


「じゃあ、何で話しかけなかったの?」


「たまたま」


「本当に?」


沈黙。


ひより先輩は。


何も挟まない。


ぼくも。


記録だけ。


岸本くんが。


視線を落とす。


「……ごめん」


藤沢さん。


少しだけ。


目を細める。


「何が?」


「試した」


静か。


「何を?」


岸本くんは。


スマートフォンを出した。


画面。


『恋愛ルール』


個別メッセージ。


アカウント。


『実践者01』


ぼくの。


ペンが止まる。


「実践者?」


ひより先輩が聞く。


「昨日」


岸本くんが言う。


「応募しました」


「どうして?」


「藤沢が」


少し。


言葉を選ぶ。


「俺のことどう思ってるか知りたくて」


「直接聞くんじゃなく?」


「聞けるなら応募してません」


少し。


強い声。


すぐ。


自分で気づいたらしい。


「……すみません」


ひより先輩。


「謝らなくていいよ。続けて」


岸本くんは。


画面を見せる。


アカウントから。


『三日間、自分から話しかけないでください』


『向こうから話しかけてきたら、あなたを失うことを気にしている証拠です』


『一日目で来たら期待度高め』


藤沢さんが。


読む。


表情が。


少しずつ。


固くなる。


「だから今日」


「うん」


「俺から話しかけなかった」


「私」


藤沢さんが言う。


「話しかけたよね」


「うん」


「それで?」


岸本くんが。


少しだけ。


言葉に詰まる。


「……嬉しかった」


「何が?」


「藤沢が」


「うん」


「気にしてくれたから」


「私」


藤沢さんの声が。


少し低くなる。


「自分が何かしたと思ったから聞いたんだけど」


「……」


「好きだから追いかけたんじゃないよ」


岸本くんの顔から。


少しだけ。


期待が消える。


ひより先輩が。


そこで初めて口を開いた。


「岸本くん」


「はい」


「藤沢さんが話しかけた」


「はい」


「それは事実」


「はい」


「どうして話しかけたかは?」


岸本くんが。


小さく答える。


「……藤沢が言ったこと」


「うん」


「今は、それ以上じゃない」


「……はい」


好きだから。


ではない。


だからといって。


好きではない。


とも。


まだ決まらない。



岸本くんが。


スマートフォンを握る。


「でも」


「何?」


藤沢さん。


「俺」


「うん」


「藤沢のこと好きだよ」


突然。


相談室の空気が。


変わった。


藤沢さんが。


目を見開く。


「……今言うの?」


岸本くん自身も。


少し驚いた顔。


「いや」


「いやじゃないでしょ」


「……ごめん」


「だから何に謝ってるの」


ひより先輩が。


少しだけ。


笑いそうになる。


でも。


堪える。


岸本くんは。


顔を赤くしながら続ける。


「俺」


「うん」


「ずっと自分から話しかけてて」


「うん」


「藤沢も普通に話してくれるけど」


「うん」


「それって友達としてなのか」


「……」


「俺のこと少しは好きなのか」


「……」


「わかんなくて」


だから。


試した。


自分が消えたら。


相手は。


追いかけるのか。


「怖かった?」


ひより先輩が聞く。


岸本くんは。


少し。


間を置いて。


「はい」


「何が?」


「好きって言って」


「うん」


「今までみたいに話せなくなるのが」


そこは。


わかる。


今ある関係を。


失いたくない。


だから。


先に相手の答えを。


確かめたかった。


でも。


藤沢さんは。


静かに言った。


「私も今日」


「うん」


「今までみたいに話せなくなるのかと思ったよ」


岸本くんが。


顔を上げる。


「……」


「岸本が急に話しかけなくなったから」


「……うん」


「私が何かしたのかなって」


「……」


「ずっと気になってた」


岸本くん。


何も言えない。


「岸本は」


藤沢さんが続ける。


「関係を壊したくなくて試したんだろうけど」


「うん」


「試された私の方は」


少し。


間。


「もう壊れたのかなって思った」


静かな言葉。


だから。


余計に。


重い。



「藤沢さん」


ひより先輩が聞く。


「今、岸本くんの告白に答えたい?」


藤沢さんが。


少し驚く。


「……告白?」


「好きだって言ったから」


岸本くん。


さらに赤くなる。


「一応」


ぼくは言った。


「交際を求める発言はありません」


「書記くん」


「事実です」


藤沢さんが。


少しだけ笑った。


緊張が。


一度。


緩む。


「今は」


藤沢さんが言う。


「答えたくないです」


岸本くんの表情が。


少し曇る。


でも。


藤沢さんは続ける。


「嫌だからじゃなくて」


「……」


「今日のこと」


「うん」


「まだちょっと嫌だから」


「……うん」


「それと」


「うん」


「岸本のことをどう思ってるかは」


少し。


頬が赤くなる。


「別に考えたい」


岸本くんが。


ゆっくりうなずく。


「わかった」


「それから」


「うん」


「明日は普通に話しかけて」


岸本くん。


少し驚く。


「いいの?」


「嫌なら言う」


「……わかった」


それで。


いい。



相談終了後。


藤沢さんが先に帰る。


岸本くんは。


少しだけ残った。


「一ノ瀬先輩」


「何?」


「俺」


「うん」


「実験、やらなきゃよかったです」


「うん」


「でも」


「はい」


「やらなかったら、好きって言えてなかったかもしれない」


ひより先輩は。


その言葉を。


すぐに否定しない。


「そうかもね」


「……」


「だから」


「はい」


「全部無意味だった、とは私も決めない」


岸本くんが。


少し顔を上げる。


「でも」


「はい」


「藤沢さんを試していい理由にはならない」


「……はい」


「怖かったなら」


「はい」


「怖かったって言ってもよかったんじゃないかな」


岸本くんが。


小さく笑う。


「それが一番難しいです」


「うん」


ひより先輩も。


笑った。


「恋愛相談って、大体そこが難しいんだよ」


岸本くんが。


帰る。



相談室。


ぼくと。


ひより先輩。


「書記くん」


「はい」


「好きなら追いかけてくる、か」


「はい」


「もし私が急に書記くんに話しかけなくなったら」


「理由を確認します」


即答。


「早い」


「必要なので」


「じゃあ、私が三日間距離置いたら?」


「二日目まで待つ理由がありません」


ひより先輩が。


少し笑う。


「そっか」


「はい」


「追いかけてくれる?」


「言葉の定義によります」


「書記くん」


「……確認には行きます」


「それを追いかけるって言うんだよ」


ぼくは。


答えない。


先輩が。


少し嬉しそうに笑う。


そして。


「あ」


「何ですか」


「昼の続き」


「昼?」


「土曜」


駅前の。


イルミネーション。


思い出す。


ひより先輩が。


低く結んだ髪の毛先を。


指でいじる。


今度は。


怒っているのではない。


たぶん。


緊張している。


「書記くん」


「はい」


「土曜日」


「はい」


「駅前のイルミネーション、一緒に――」


端末。


通知。


二人とも。


止まる。


ひより先輩が。


天井を見る。


「……今?」


「確認します」


「こういう時だけ仕事早い」


画面。


恋愛ルールのアカウント。


新しい投稿。


『実践結果①』


ぼくは。


開く。


『三日間距離を置く企画でしたが、実践者から一日目で報告あり!』


続き。


『相手の方から話しかけてきたそうです』


『やっぱり、好きな人は距離を置くと追いかけてくる!』


「……違う」


ひより先輩が。


小さく言う。


さらに。


『実践者01 成功!』


その下。


大きな文字。


『脈あり判定 ◎』


ぼくは。


画面を見る。


藤沢さんは。


好きだから追いかけた。


とは。


一度も言っていない。


むしろ。


何か悪いことをしたのかと。


不安になった。


それなのに。


結果だけ。


『相手から来た』


そこだけを取って。


成功。


「書記くん」


「はい」


「この人」


ひより先輩の声が。


少し低くなる。


「失敗した結果も、“成功”にできるんだね」


その通りだった。


そして。


画面が更新される。


新しい投稿。


『実践者02 決定しました!』


その下。


次のテーマ。


『友達から恋人になる方法』


さらに。


一行。


『今回は、本人には秘密で周りの友達にも協力してもらいます』


ぼくは。


その文章を。


もう一度読む。


本人には秘密。


周りの友達にも。


協力。


ひより先輩も。


同じところを見ていた。


「……書記くん」


「はい」


「これ」


少し。


間。


「今度は、相談してる本人すら知らないんじゃない?」


ぼくは。


画面を閉じなかった。


恋愛ルールは。


もう。


一人の気持ちを試すだけでは。


終わらなくなっていた。


恋愛ルールの「実践者01」は、岸本蓮。


しかし。


藤沢奈央が話しかけた理由は、「好きだから」ではありませんでした。


それでも投稿では――成功。


そして次の実験は。


**本人に秘密のまま、友達まで巻き込むようです。**


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