第52話 二度目の「好き」は、誰のため?
柴田奏太に告白し。
断られた早瀬真琴。
それでも。
気持ちは消えなかった。
「もう一度、告白したいんです」
一度「付き合えない」と言われた相手に。
もう一度、好きだと伝えることは。
好きだから、で許されるのだろうか。
「好きだから、で許されるんでしょうか」
早瀬真琴さんが聞いた。
相談室。
夕方。
窓から入る光が。
机の端まで伸びている。
一ノ瀬ひより先輩は。
すぐには答えなかった。
低い位置で結んだ髪を。
右肩の後ろへ払う。
最近。
考えている時に。
よくする仕草。
「早瀬さん」
「はい」
「その“許される”って」
少し。
首を傾ける。
「誰に?」
「……え?」
「私たちに?」
「……」
「学校に?」
「……」
「それとも」
ひより先輩は。
静かに言った。
「柴田くんに?」
早瀬さんが。
黙った。
ぼくは。
記録用紙の上で。
ペンを止める。
相談番号十二。
早瀬真琴。
相談内容。
一度断られた相手へ。
もう一度告白したい。
「たぶん」
早瀬さんが。
少し小さな声で答える。
「柴田くんに」
「うん」
「嫌がられたら」
「うん」
「だめだから」
「そうだね」
「でも」
早瀬さんが。
顔を上げる。
「好きって言うだけなら」
「うん」
「私の気持ちですよね」
「うん」
「だったら」
「うん」
「言ってもいいんじゃないかって」
ひより先輩が。
小さくうなずく。
「そこ」
「はい」
「二つに分けてもいいかな」
「二つ?」
「好きでいることと」
「はい」
「もう一度、柴田くんにそれを受け取ってもらうこと」
早瀬さんの表情が。
少し変わった。
「違うんですか」
「違うと思う」
ひより先輩は言った。
「早瀬さんが」
「はい」
「まだ柴田くんを好きなのは」
「はい」
「柴田くんに許可してもらわなくていい」
「……」
「気持ちは、早瀬さんのものだから」
「はい」
「でも」
少し。
間。
「その気持ちをもう一度、柴田くんに受け取ってもらうなら」
「……」
「柴田くんの気持ちも関係してくるよ」
早瀬さんは。
膝の上で。
両手を握った。
「……じゃあ」
「うん」
「一回断られたら」
「うん」
「もう、二度と言っちゃだめなんですか」
ひより先輩が。
首を横に振る。
「そこまで決めないよ」
「でも」
「状況が変わることもあるから」
「……」
「半年後とか」
「うん」
「一年後とか」
「うん」
「お互いの関係が変わった時に」
「うん」
「もう一度伝えることまで、全部だめって私が決めるのも違う」
早瀬さんが。
少しだけ。
安心したように見えた。
でも。
次の言葉で。
ひより先輩の声は。
少しだけ。
真剣になる。
「ただ」
「はい」
「今は?」
早瀬さんが。
止まる。
「柴田くんが断ったの」
「……四日前です」
「四日」
「はい」
「その時」
「はい」
「何て言われた?」
早瀬さんの目が。
少し下がる。
「……恋人として付き合いたいとは思っていない」
「うん」
「って」
「そのあと」
「……」
「早瀬さんは?」
「今は普通に話せないって」
「うん」
「言いました」
「柴田くんは?」
「わかったって」
そこまで。
確認できている。
柴田くんは。
明確に。
交際を断った。
早瀬さんは。
距離を置きたいと言った。
そして。
まだ。
四日。
「早瀬さん」
ひより先輩が。
柔らかく聞く。
「二回目の告白で」
「はい」
「何が変わってほしい?」
「……」
「好きってことを」
「はい」
「もう一度伝えたいだけ?」
早瀬さんは。
答えない。
「それとも」
「……」
「柴田くんの答えを」
少し。
間。
「変えたい?」
早瀬さんの。
目に。
涙が溜まった。
「……変わってほしいです」
正直だった。
「私」
「うん」
「最初の告白」
「うん」
「ちゃんとできなかった気がするんです」
「どうして?」
「緊張して」
「うん」
「好きって言って」
「うん」
「付き合ってくださいって」
「うん」
「それだけで」
「……」
「もっと」
早瀬さんの声が。
少し早くなる。
「どこが好きなのかとか」
「うん」
「どれくらい好きだったのかとか」
「うん」
「私と付き合ったら楽しいと思うとか」
「……」
「何も言えなくて」
なるほど。
早瀬さんの中では。
あの日の告白は。
不完全だった。
だから。
完全にすれば。
答えが変わるかもしれない。
「手紙も」
早瀬さんが。
鞄から。
白い封筒を出した。
「書きました」
机の上。
置く。
厚い。
便箋。
数枚はある。
「読んでほしい?」
ひより先輩が聞く。
「……一ノ瀬先輩なら」
「私は読めるよ」
「はい」
「でも」
「……」
「柴田くんに渡すかどうかは」
「はい」
「別に考えよう」
早瀬さんが。
うなずいた。
封筒から。
便箋。
三枚。
ぼくは。
視線を外す。
「高槻先輩」
早瀬さんが言う。
「読んでも大丈夫です」
「必要な範囲だけにします」
「はい」
ひより先輩が。
最初の一枚を読む。
長い。
告白。
文化祭。
席替え。
体育祭。
一緒に笑ったこと。
柴田くんが。
誰かの荷物を黙って持ったこと。
試験前。
消しゴムを貸したこと。
一つずつ。
好きになった理由。
そして。
最後。
『一度断られても、私はまだ好きです。
もう一度だけ、考えてもらえませんか。
すぐに返事をしなくていいです。
待っています。』
ひより先輩が。
その最後の部分で。
少し止まった。
「早瀬さん」
「はい」
「ここ」
「はい」
「“待っています”」
「……」
「どれくらい?」
早瀬さんが。
目を丸くする。
「どれくらい?」
「うん」
「柴田くんが」
「うん」
「やっぱり付き合えないって言ったら?」
「……」
「それでも待つ?」
「……」
「一か月?」
「……」
「半年?」
「……」
「卒業まで?」
早瀬さんが。
だんだん。
困った顔になる。
「わかりません」
「うん」
「でも」
「はい」
「待つって言ったら」
「はい」
「気持ち伝わるかなって」
ひより先輩が。
便箋を。
そっと机へ戻す。
「たぶん」
「はい」
「伝わる」
「……」
「でもね」
「はい」
「“待ってる”って」
少し。
言葉を選ぶ。
「待たれる側には」
「……」
「“いつか答えを変えないといけないのかな”って」
「……」
「感じる言葉になることもあるよ」
早瀬さんが。
便箋を見る。
「私」
「うん」
「そんなつもりじゃ」
「うん」
「ないです」
「わかるよ」
「……」
「だから」
ひより先輩は言う。
「悪い人だから、やめようって話じゃない」
「はい」
「早瀬さんの“好き”が」
「はい」
「今、何を相手に求めてるのか」
「……」
「そこを確認したいんだよ」
*
早瀬さんは。
しばらく。
黙った。
時計。
カチ。
カチ。
「一ノ瀬先輩」
「何?」
「先輩なら」
「うん」
「高槻先輩に断られてたら」
ぼくのペンが。
止まる。
また。
こちらへ来た。
最近。
相談者は。
本当に容赦がない。
ひより先輩も。
少し困った顔をした。
「……難しい質問だなあ」
「すみません」
「ううん」
先輩は。
ぼくを見ない。
ちゃんと。
早瀬さんを見る。
「たぶん」
「はい」
「すごくつらかった」
「……」
「もう一回言いたいって」
「はい」
「思ったかもしれない」
ぼくは。
少し驚く。
ひより先輩は。
続ける。
「何で? って聞きたくなるだろうし」
「はい」
「もう少し私のこと知ったら」
「はい」
「変わるかもって思ったかもしれない」
「……はい」
「だから」
ひより先輩は。
少しだけ苦笑する。
「早瀬さんの気持ちは」
「うん」
「全然わからない、とは言えない」
「……」
「でも」
「はい」
「湊くんが――」
止まる。
「あ」
相談室。
ひより先輩の顔が。
一瞬赤くなる。
「書記くんが」
言い直した。
ぼくは。
何も言わない。
今は。
相談中。
「書記くんが」
「はい」
「付き合いたくないって言ったら」
「……」
「それを私が」
少し。
間。
「私の説明不足だっただけ」
「……」
「もう一回ちゃんと説明すればわかるはず」
「……」
「って考え続けたら」
早瀬さんが。
静かに聞いている。
「たぶん」
ひより先輩は言った。
「書記くんの“嫌だ”を」
「……」
「ちゃんと聞いてないことになる」
早瀬さんの。
涙が。
一つ。
頬へ落ちた。
「でも」
「うん」
「好きなんです」
「うん」
「まだ」
「うん」
「すごく」
「うん」
「忘れられない」
「忘れなくていいよ」
即答だった。
早瀬さんが。
顔を上げる。
「……いいんですか」
「うん」
「忘れないと」
「誰が決めたの?」
「……」
「柴田くんに振られたら」
「うん」
「次の日から好きじゃなくならないといけない?」
「……」
「無理でしょ」
早瀬さんが。
泣きながら。
少し笑った。
「無理です」
「だよね」
「はい」
「じゃあ」
ひより先輩も。
少し笑う。
「まだ好きでいい」
「……」
「ただ」
「はい」
「まだ好きでいることと」
「はい」
「柴田くんに、もう一回答えを求めることは」
早瀬さん自身が。
答えた。
「……別」
「うん」
少し。
前へ進んだ。
*
「じゃあ」
早瀬さんが。
三枚の便箋を見る。
「これ」
「うん」
「渡さない方がいいですか」
ひより先輩は。
すぐには答えない。
「早瀬さんは」
「はい」
「どうしたい?」
「……」
また。
いつもの質問。
でも。
今度は。
さっきより。
考える時間が長い。
「今は」
「うん」
「渡さないです」
「うん」
「捨てる?」
「……」
早瀬さんは。
首を横に振った。
「持って帰ります」
「うん」
「私が」
「はい」
「今、こんなに好きだったって」
「うん」
「自分のために残します」
それでいい。
届かなかった手紙も。
意味がないわけではない。
「でも」
早瀬さんが言う。
「いつか」
「はい」
「本当に何か変わった時」
「うん」
「もう一度好きって言いたくなったら」
「うん」
「その時は?」
ひより先輩が。
少し考える。
「その時の柴田くんと」
「はい」
「その時の早瀬さんで」
「はい」
「もう一回考えよう」
「……はい」
「今の柴田くんの返事を」
「うん」
「未来まで永久に固定しなくてもいい」
「……」
「でも」
「はい」
「今の“付き合えない”は」
少し。
間。
「今は、ちゃんと受け取ろう」
早瀬さんは。
目を閉じる。
そして。
「はい」
と。
小さく答えた。
*
相談結果。
二度目の告白。
現時点では行わない。
柴田奏太の最初の返答を。
一度。
そのまま受け取る。
気持ちを消すことは。
求めない。
手紙は。
本人が保管。
相談。
継続。
「終了じゃないんですね」
早瀬さんが聞く。
「早瀬さんが」
ひより先輩が答える。
「終わりにしたい?」
「……」
「まだ」
「じゃあ継続」
「いいんですか」
「もちろんだよ」
「忘れるまで?」
「忘れなくても」
「……」
「自分で終わりと思えた時まで」
早瀬さんが。
少しだけ。
笑った。
「わかりました」
*
立ち上がる。
その時。
早瀬さんが。
新しく貼った掲示を見る。
『誰に話すかも、相談者が選べます。』
「一ノ瀬先輩」
「何?」
「今日」
「うん」
「先輩に相談してよかったです」
ひより先輩が。
少し驚く。
「振られた側の気持ち」
「うん」
「全部はわからないって言われた時」
「うん」
「ちょっとむかつきました」
「えっ」
「すみません」
「いや、いいよ」
「でも」
早瀬さんは。
少し笑った。
「わかったふりされるより」
「うん」
「よかったです」
ひより先輩が。
ゆっくり笑う。
「ありがとう」
早瀬さんは。
次に。
ぼくを見る。
「高槻先輩」
「はい」
「一ノ瀬先輩、大事にしてください」
「……」
なぜ。
相談者から。
毎回。
こういうものを投げられるのか。
「早瀬さん」
ひより先輩が。
顔を赤くする。
「それは相談と」
「別です」
早瀬さん。
即答。
少し。
三枝先輩に似てきた。
「でも」
彼女は。
最後に。
少しだけ。
悪戯っぽく笑った。
「一回断ったら、二回目ないかもしれないですよ」
「断りません」
ぼくが答えた。
ひより先輩が。
完全に。
止まった。
早瀬さんも。
止まる。
「……高槻先輩」
「はい」
「意外と強いですね」
「何がですか」
「いえ」
帰っていった。
ドアが閉まる。
ひより先輩が。
ゆっくり。
ぼくを見る。
「書記くん」
「はい」
「今の」
「はい」
「もう一回」
「必要ありません」
「そこは変わらないんだ……」
*
午後五時。
相談時間終了。
ぼくは。
早瀬さんの記録を。
鍵付き棚へ入れる。
ひより先輩が。
机の反対側。
「書記くん」
「はい」
「さっきの」
「何ですか」
「私が振られてたらって話」
「はい」
「聞いてて嫌だった?」
「……少し」
「また少し」
「はい」
「最近、少し多いね」
「便利なので」
「必要なので、みたいに言わないで」
「先輩」
「はいはい」
ひより先輩は。
少し。
笑う。
「私」
「はい」
「早瀬さんの気持ち」
「はい」
「ちょっと怖かった」
「なぜですか」
「好きって」
「うん」
「本人のものだから、大事にしていい」
「はい」
「でも」
「はい」
「大事にしすぎると」
少し。
間。
「相手より、自分の気持ちの方を優先しちゃうこともあるんだなって」
「そうですね」
「私も気をつける」
「何を?」
「湊くんが嫌って言ったこと」
相談時間終了。
呼び方が。
変わる。
「ちゃんと聞く」
「……はい」
「だから」
「何ですか」
「湊くんも」
少し。
真剣な顔。
「嫌なことあったら言ってね」
「わかりました」
「我慢しない」
「はい」
「相談室のために、とか」
「はい」
「私が喜ぶから、とか」
「はい」
「なし」
ぼくは。
うなずく。
「ひより先輩も」
「うん」
「同じです」
先輩が。
少し笑う。
「了解」
付き合ったから。
全部。
わかるわけではない。
好きだから。
何でも受け入れられるわけでもない。
たぶん。
これから。
そういうことも。
覚えていく。
*
翌日。
昼休み。
生徒会室。
鳴海律くんが。
ノートパソコンを持って入ってきた。
いつもの黒髪。
ヘッドホン。
表情。
ほぼ変化なし。
「高槻くん」
「何ですか」
「見てもらいたいものがあります」
「音声?」
「違います」
「では?」
「これ」
画面。
学校内で。
生徒が使っている。
非公式の情報共有アカウント。
投稿。
『放課後相談室の恋愛ルール①』
ぼくは。
眉を寄せる。
その下。
『一度振られたら、二回目の告白は禁止。』
「……」
昨日。
早瀬さんと。
話した内容。
違う。
かなり。
「誰が?」
ぼくが聞く。
「わかりません」
鳴海くんは答える。
「ただ」
「はい」
「たぶん」
いつもの。
平坦な声。
「これ、一つじゃありません」
画面を。
下へ動かす。
『恋愛ルール②』
『告白されたら、即答しない方が正解。』
小野寺美月さんの相談。
『恋愛ルール③』
『一度断った相手とは、距離を取るべき。』
柴田奏太くん。
『恋愛ルール④』
『付き合っていないなら、好きでも否定すればいい。』
宮原咲良さん。
違う。
全部。
少しずつ。
ぼくたちが話したことに。
似ている。
でも。
少しずつ。
意味が違う。
「鳴海くん」
「はい」
「これ」
「はい」
「相談内容を知っている人が書いている?」
鳴海くんが。
首を少し傾ける。
「可能性はあります」
「でも」
「はい」
「各相談の細部までは書いてありません」
「……」
「外から見て」
「はい」
「それっぽく作ることもできます」
「そうですね」
ひより先輩が。
生徒会室へ入ってくる。
低く結んだ髪。
ぼくたちの画面を見る。
「何?」
「これです」
画面を見せる。
先輩の表情が。
ゆっくり変わった。
『放課後相談室の恋愛ルール』
その一番下。
新しい投稿。
数分前。
『恋愛ルール⑤』
ひより先輩が。
読み上げる。
「相談室で出した答えに従えば」
途中。
声が止まる。
続きを。
ぼくが読む。
『恋愛は失敗しない。』
相談室。
失敗しない恋愛。
そんなものを。
ぼくたちは。
一度も。
約束していない。
その時。
鳴海くんが。
もう一つ。
更新された画面を指した。
「高槻くん」
「何ですか」
新しい投稿。
『次は、一ノ瀬先輩と高槻先輩が付き合うまでに使った“必勝ルール”を公開します。』
ひより先輩が。
黙る。
ぼくも。
画面を見る。
相談室が。
誰かの答えを決める場所にならないように。
ずっと。
気をつけてきた。
なのに。
今。
学校のどこかで。
ぼくたちの言葉が。
「正解」に。
作り替えられ始めていた。
早瀬真琴は、二度目の告白を今はしないと決めました。
しかし次に現れたのは。
誰かが作った――
**「放課後相談室の恋愛ルール」**
相談室の言葉が、本人たちの知らないところで「正解」に変わり始めます。




