第49話 好きな人の、好きな人
放課後相談室へ届いた、一枚の匿名相談。
『好きな人に、好きな人がいるみたいです。』
それだけなら。
珍しい恋愛相談ではない。
好きな相手には、別の好きな人がいる。
諦めるのか。
それでも伝えるのか。
待つのか。
まだ決めないのか。
けれど。
今回の相談には、一つだけ問題があった。
相談者が好きになった相手は。
この相談室の中にいた。
金曜日。
放課後。
「書記くん」
「はい」
「見すぎ」
「何をですか」
「髪」
ぼくは。
視線を相談記録へ戻した。
「見ていません」
「三回見た」
「数えていたんですか」
「気づいたから」
一ノ瀬ひより先輩は。
少し笑う。
肩より少し下まで伸びていた髪を。
今日は。
後ろの低い位置で。
ゆるく一つに結んでいた。
今まで。
相談中に髪が前へ落ちてくるたび。
耳へかけていた。
それを。
今日はしなくていい。
「伸びたから」
ひより先輩が言う。
「何がですか」
「髪」
「聞いていません」
「聞きたそうだったから」
「……」
「暑くなってきたし」
先輩は。
結んだ髪の先を。
少しだけ指で触る。
「変?」
「いいえ」
「じゃあ?」
「相談業務に支障はありません」
「書記くん」
「はい」
「そうじゃない答え、あるでしょ」
「ありません」
「昨日は少し近く歩くとか言えたのに」
「昨日の話を持ち出さないでください」
「覚えてるんだ」
「先輩」
「はいはい」
笑っている。
……髪型は。
似合っていると思う。
言わない。
今は。
必要ではない。
たぶん。
その判断自体が。
最近。
少し怪しい。
「さて」
ひより先輩が。
相談受付箱を見る。
「昨日の一枚」
「はい」
匿名。
連絡方法のみ。
校内相談用アカウント。
相談内容。
『好きな人に、好きな人がいるみたいです。』
「今日来る?」
「午後四時半と指定されています」
時計。
午後四時二十七分。
「三分」
「はい」
「緊張してる?」
「先輩が?」
「書記くん」
「していません」
「最近恋愛相談ばっかりだね」
「元々、そういう場所です」
「最初はね」
「今もです」
ひより先輩が。
少し嬉しそうにする。
「そういう場所に戻ったんだね」
「はい」
ノック。
一回。
少し間。
二回。
先輩が。
姿勢を正す。
ぼくも。
相談台帳を開く。
「どうぞ」
ドアが開いた。
男子生徒。
二年生。
少し癖のある黒髪。
細身。
制服のネクタイは。
きちんと結ばれている。
でも。
右手が。
鞄の持ち手を。
かなり強く握っていた。
「匿名で申し込んだ者です」
「どうぞ」
ひより先輩が。
いつもの。
柔らかい声で言った。
「座って」
「はい」
男子生徒が座る。
まず。
記録について説明。
必要以上に残さない。
相談内容を。
本人の許可なく外へ出さない。
安全上の問題があれば。
説明した上で先生へ。
男子生徒は。
少し緊張しながら。
最後まで聞いた。
「名前」
ぼくが聞く。
「記録しても構いませんか」
「はい」
一度。
息を吸う。
「二年一組、結城晴人です」
結城晴人。
相談番号十一。
「じゃあ」
ひより先輩が言う。
「結城くん」
「はい」
「好きな人がいるんだね」
「……はい」
「その人には」
「はい」
「別に好きな人がいるみたい」
「はい」
「“みたい”なんだ?」
結城くんが。
少し顔を上げる。
「まだ確認してません」
「本人に?」
「はい」
「じゃあ」
ひより先輩は。
少し笑う。
「今、わかってるところから話してみよっか」
「はい」
最近。
先輩は。
「じゃあ諦める?」
と。
先に聞かなくなった。
変わった。
かなり。
「好きな相手は」
ぼくが聞く。
「同じ学年ですか」
「違います」
「先輩?」
「はい」
「名前は」
結城くんは。
少し止まる。
「まだ……伏せてもいいですか」
「構いません」
ぼくは答える。
「A先輩としておきます」
「ありがとうございます」
A先輩。
三年生。
女子生徒。
「いつから好き?」
ひより先輩が聞く。
「去年です」
「一年くらい?」
「はい」
「きっかけは?」
結城くんが。
少しだけ笑った。
「文化祭です」
文化祭。
少し。
嫌な記憶もある。
でも。
この生徒にとっては。
違う。
「俺」
結城くんは言う。
「去年、実行委員の手伝いをしてて」
「うん」
「失敗したんです」
「何を?」
「配布する予定だった案内を」
「うん」
「一箱、別の場所に運んじゃって」
大きな失敗ではない。
でも。
一年生。
初めての文化祭。
先輩から。
何やってるんだ。
と責められ。
かなり。
落ち込んだ。
その時。
「A先輩が」
結城くんは言った。
「一緒に探してくれたんです」
「うん」
「別に、その先輩の担当じゃなかったのに」
「うん」
「それで」
少し。
表情が柔らかくなる。
「見つかった時」
『よかったね』
「って」
「それだけ?」
ひより先輩が聞く。
「それだけです」
「でも」
「はい」
「好きになった」
「……はい」
いいと思う。
恋愛の理由は。
他人が採点するものではない。
「それから話すようになった?」
「たまに」
「向こうは結城くんのこと知ってる?」
「名前は」
「うん」
「たぶん」
「たぶん?」
結城くんが。
苦笑する。
「呼ばれたことはあります」
「それなら知ってるね」
「はい」
「告白したい?」
結城くんが。
すぐには答えない。
ひより先輩も。
待つ。
「……したいです」
「うん」
「ずっと」
「うん」
「卒業する前には」
「うん」
「でも」
視線が下がる。
「A先輩には」
「はい」
「好きな人がいると思います」
「どうして?」
ひより先輩が聞く。
結城くんは。
一度。
ぼくを見る。
それから。
ひより先輩を見る。
「いつも一緒にいる人がいるから」
……それだけなら。
まだ。
かなり弱い。
「相手は?」
ぼくが聞く。
「男子です」
「同学年?」
「たぶん」
「A先輩と?」
「はい」
「交際しているという話は?」
「聞いてません」
「本人たちから?」
「何も」
「周囲の噂は?」
「……少し」
ぼくは。
記録する。
交際。
未確認。
A先輩が相手を好き。
未確認。
「結城くん」
ひより先輩が。
少し首を傾げる。
「一緒にいるだけで」
「はい」
「好きだと思ったわけじゃないんだよね?」
「……はい」
「ほかに?」
「あります」
結城くんが。
指を一つ。
折る。
「その人だけ」
「うん」
「呼び方が違います」
ぼくのペンが。
少し止まる。
「呼び方?」
ひより先輩が聞く。
「はい」
「ほかの人には名字なのに」
「うん」
「その男子には」
結城くんが。
少し考える。
「変なあだ名みたいな」
……。
ひより先輩が。
ぼくを見る。
ぼくも。
一瞬。
見る。
「書記くん」
先輩が。
小さく言う。
「何ですか」
「いや」
「相談中です」
「うん」
結城くんは。
続ける。
「あと」
二つ目。
「よく、からかってます」
「好きだからからかうとは限らないよ」
ひより先輩が言う。
「わかってます」
「うん」
「でも」
三つ目。
「その男子が困ってると」
「はい」
「A先輩、すぐ気づきます」
「例えば?」
「顔とか」
……。
「顔?」
ひより先輩が。
少し声を弱める。
「はい」
「赤くなってるとか」
……。
ぼくは。
記録用紙を見る。
見続ける。
「書記くん」
「何ですか」
「何も」
「では」
結城くん。
四つ目。
「飲み物の好みも知ってます」
ひより先輩の動きが。
止まった。
「……飲み物?」
「はい」
「例えば?」
「紅茶とか」
「……」
先輩が。
完全に黙った。
ぼくも。
かなり。
嫌な予感がしてきた。
結城くんは。
気づいていない。
「あと」
五つ目。
「この前」
「はい」
「その男子の机に」
「はい」
「お菓子置いてました」
ひより先輩が。
ゆっくり。
ぼくを見る。
ぼくは。
結城くんを見る。
「直接?」
ぼくが聞く。
「最初は机に」
「その後は?」
「直接渡してました」
星形キャンディ。
黄色。
紫。
「……」
相談室。
静か。
時計。
カチ。
カチ。
結城くんが。
不安そうに。
ぼくたちを見る。
「どうしました?」
「いえ」
ひより先輩が答える。
「続けて」
少し。
声が。
いつもより慎重。
「それで」
結城くんは言う。
「帰る時も」
「はい」
「最近」
「うん」
「前より近く歩いてる気がします」
……。
昨日。
練習した。
少し近く歩く。
半歩。
「一ノ瀬先輩」
ぼくが言う。
「はい」
「少し」
「うん」
「相談担当を交代した方が」
結城くんが。
目を丸くする。
「え?」
ひより先輩が。
一度。
深く息を吸う。
「結城くん」
「はい」
「確認していい?」
「はい」
「A先輩って」
少し。
間。
「この相談室に関係ある人?」
結城くんが。
黙る。
その反応。
ほぼ。
答え。
「……はい」
ひより先輩が。
目を閉じた。
「そっか」
「一ノ瀬先輩」
「うん」
「すみません」
「何で謝るの?」
「いや」
「好きになるのに」
「……」
「相談担当へ先に許可取らなくていいよ」
結城くんが。
少しだけ。
笑う。
それでも。
緊張は。
消えない。
ひより先輩は。
机の上で手を組む。
さっきまで。
相談担当だった人の顔。
でも。
少しずつ。
一ノ瀬ひより本人の顔へ。
変わっていく。
「結城くん」
「はい」
「A先輩の名前」
「はい」
「今、言える?」
長い。
沈黙。
結城くんは。
一度。
ぼくを見る。
そして。
ひより先輩を。
真正面から見る。
「一ノ瀬ひより先輩です」
やっぱり。
相談記録のペンを。
置く。
ここから先。
ひより先輩が。
この相談の担当を続けるのは。
適切ではない。
「相談担当を交代します」
ぼくが言った。
結城くんが。
少し驚く。
「交代?」
「はい」
「なぜ」
ひより先輩が答える。
「私が」
「はい」
「相談の中の当事者になったから」
「……」
「このまま私が」
「うん」
「告白した方がいいよ、とか」
「うん」
「諦めた方がいいよ、とか」
「うん」
「言うのは違うでしょ?」
結城くんは。
少し考えて。
「……確かに」
「だから」
先輩は。
いつもの。
柔らかい笑い方へ戻る。
でも。
少しだけ。
緊張している。
「三枝先輩か」
「はい」
「佐伯先生にお願いする」
「高槻先輩は?」
その質問。
ぼくに来る。
「ぼくは記録担当です」
「相談は?」
「……」
結城くんが。
ぼくを見る。
「だめですか」
理由。
ある。
かなりある。
でも。
ここで。
感情を理由に。
断るのは。
違う。
「可能ですが」
ぼくは答えた。
「ぼくも」
「はい」
「この相談について、完全な第三者ではない可能性があります」
結城くんが。
少し首を傾げる。
「どういう意味ですか」
ひより先輩が。
こちらを見る。
言うのか。
言わないのか。
今。
決める必要がある。
「結城くんが」
ぼくは言った。
「一ノ瀬先輩の好きな人だと考えている男子」
「はい」
「その人物が」
少し。
間。
「ぼくである可能性が高いです」
結城くんが。
完全に。
止まった。
ひより先輩も。
止まった。
「……え」
「まだ」
ぼくは続ける。
「交際している事実はありません」
「はい」
「一ノ瀬先輩が誰を好きかについても」
「はい」
「ぼくが第三者へ回答することではありません」
「……はい」
「なので」
「はい」
「相談担当には」
ぼくは。
ドアを見る。
「三枝先輩を呼びます」
結城くんは。
しばらく。
何も言わなかった。
それから。
「……すごいところに相談しに来たな」
小さく。
言った。
ひより先輩が。
困ったように笑う。
「本当にごめん」
「先輩が謝ることじゃないです」
「でも」
「俺が好きになっただけなので」
その言葉。
昨日の。
柴田くんの相談と。
少し似ている。
好きになった。
だから。
相手が答えなければならない。
わけではない。
でも。
好きになったこと自体を。
謝る必要もない。
*
三枝莉子先輩を。
呼んだ。
数分後。
ドアが開く。
高い位置で一つに結んだ黒髪が。
歩くたび。
少し揺れる。
「事情は聞いたわ」
短い。
いつもの三枝先輩。
「一ノ瀬」
「はい」
「あなたは外」
「はい」
「高槻」
「はい」
「記録だけ。意見は出さない」
「了解です」
「結城くん」
「はい」
三枝先輩は。
まっすぐ見る。
「続ける?」
「……はい」
「なら続けましょう」
それだけ。
わかりやすい。
ひより先輩が。
席を立つ。
「結城くん」
「はい」
「私」
少し。
言葉に迷う。
でも。
三枝先輩が止める。
「一ノ瀬」
「……はい」
「今、あなたが答える場面じゃない」
ひより先輩が。
目を丸くする。
そして。
少し笑った。
「了解」
相談室を。
出る。
ドアが閉まる。
結城くんが。
少しだけ。
息を吐く。
「三枝先輩」
「何?」
「怖いです」
「よく言われるわ」
「否定しないんですね」
「必要ないでしょ」
……。
この人も。
かなり。
わかりやすい。
「それで」
三枝先輩が言う。
「結城くん」
「はい」
「相談を最初から整理するわね」
「はい」
「あなたは一ノ瀬ひよりが好き」
「はい」
「一ノ瀬には、好きな人がいると思う」
「はい」
「それが高槻だと思っている」
「……はい」
「確認は?」
「してません」
「じゃあ事実じゃない」
「はい」
「ここまで」
短い。
正確。
「相談したいのは?」
結城くんが。
少し考える。
「告白していいか」
「誰に許可を取るの?」
「……」
「告白は」
三枝先輩が言う。
「相手に受けてもらう権利じゃない」
「はい」
「でも、自分の気持ちを伝えること自体は」
「はい」
「あなたが決めること」
「……はい」
「ただし」
「はい」
「相手が困る状況を作らない」
「はい」
「周囲を巻き込まない」
「はい」
「断られた時に、理由を強制しない」
「はい」
「そこまでできる?」
結城くんは。
少し。
黙った。
「……たぶん」
三枝先輩の眉が。
少し上がる。
「たぶん?」
「怖いです」
「何が」
「断られるのが」
「当然でしょ」
かなり。
はっきり言う。
結城くんが。
苦笑する。
「一ノ瀬先輩なら、もっと優しく言いそうです」
「だから私が担当なの」
「どういう意味ですか」
「今のあなたに必要なのは」
三枝先輩は。
腕を組む。
「希望を増やすことじゃない」
「……」
「断られる可能性があるまま」
「はい」
「それでも伝えたいのか考えること」
結城くんが。
黙った。
ぼくは。
記録だけ。
する。
意見は。
出さない。
「高槻先輩」
結城くんが。
ぼくを見た。
「はい」
「聞いていいですか」
三枝先輩が。
先に言う。
「相談内容に必要なら」
「はい」
結城くんは。
少し迷う。
「一ノ瀬先輩と」
「はい」
「付き合ってないんですよね」
「はい」
「好きなんですか」
三枝先輩。
「高槻」
「はい」
「答えなくていい」
「わかっています」
結城くんが。
少し顔を伏せる。
「すみません」
「謝る必要はありません」
「でも」
「その情報を」
ぼくは言う。
「結城くんが告白するかどうかを決める材料にする必要がありますか」
「……」
結城くんが。
考える。
長く。
「……ないです」
「はい」
「一ノ瀬先輩が」
「はい」
「高槻先輩を好きでも」
「はい」
「俺が一ノ瀬先輩を好きなのは変わらない」
「はい」
「でも」
少し。
声が小さくなる。
「伝えるかは、別」
三枝先輩が。
うなずく。
「そう」
好き。
告白する。
付き合う。
全部。
別。
最近。
この相談室では。
似た言葉を。
何度も分けている。
でも。
相談者が違えば。
意味も。
違う。
*
「もう一つ」
三枝先輩が聞く。
「一ノ瀬が高槻を好きだと思った理由」
「はい」
「さっき五つくらい挙げたわね」
「はい」
「それ」
「はい」
「全部、恋愛以外でも説明できる」
結城くんが。
少し顔を上げる。
「……できますか」
「呼び方が違う」
「はい」
「長く一緒に活動してるから」
「はい」
「困ってたら気づく」
「はい」
「相談相手だから」
「はい」
「飲み物の好みを知ってる」
「はい」
「何度も一緒に飲んだから」
「はい」
「お菓子」
「はい」
「友人でも渡す」
「……はい」
「近く歩く」
「はい」
「廊下が狭かったのかもしれない」
これは。
違う。
でも。
言わない。
三枝先輩は。
続ける。
「つまり」
「はい」
「あなたの推測は」
「はい」
「間違っている可能性がある」
「……はい」
「でも」
「はい」
「合っている可能性もある」
結城くんが。
ぼくを見る。
すぐに。
視線を戻す。
「じゃあ」
「何?」
「確認した方がいいですか」
三枝先輩は。
即答した。
「何を?」
「一ノ瀬先輩が誰を好きか」
「それを聞いてどうするの」
「……」
「高槻なら諦める?」
「……わかりません」
「別の人なら?」
「……」
「その人より自分を選んで、って思う?」
「……少し」
正直。
「なら」
三枝先輩は言う。
「相手の好きな人を調べる前に」
「はい」
「自分が何をしたいのか決めなさい」
「……はい」
「恋愛相談で」
「はい」
「他人の気持ちを先に調べて、自分の気持ちを安全にしてから動こうとすると」
「……」
「たぶん、いつまで経っても安全にはならないわ」
結城くんが。
小さく笑った。
「三枝先輩」
「何?」
「結構、恋愛相談できますね」
「失礼ね」
「すみません」
「謝るなら言わない」
……強い。
でも。
この人が。
この相談担当で。
よかったのかもしれない。
*
結論。
今日。
告白するかどうかは。
決めない。
結城くんは。
一週間。
考える。
ただし。
一ノ瀬ひよりの好きな相手を。
調べない。
周囲へ聞かない。
高槻湊との関係を。
勝手に確認しない。
「もし」
結城くんが言う。
「来週」
「何?」
三枝先輩が聞く。
「それでも告白したかったら」
「すればいい」
「止めないんですね」
「止める理由がないもの」
「断られるかもしれないのに」
「当然でしょ」
また。
同じ言葉。
結城くんが。
今度は。
少し笑う。
「わかりました」
「あと」
三枝先輩が言う。
「一ノ瀬の答えがどうでも」
「はい」
「相談室へ来ていい」
「……はい」
「告白後に困る方が多いから」
「それ」
結城くんが。
苦笑する。
「ちょっと怖い言い方ですね」
「現実的でしょ」
相談。
継続。
結城晴人。
一ノ瀬ひよりへの告白を検討中。
相手の恋愛状況は。
本人のプライバシーとして調査しない。
本人自身の意思を。
一週間考える。
終了。
*
結城くんが帰った。
三枝先輩が。
記録を見る。
「高槻」
「はい」
「大丈夫?」
「何がですか」
「……」
三枝先輩が。
じっと見る。
髪を高く結んだせいで。
いつもより。
表情がはっきり見える。
「あなた」
「はい」
「顔に出るようになったわね」
「出ていません」
「出てる」
「何がですか」
「嫌だった?」
「何が」
「一ノ瀬を好きな男子」
「……」
「答えなくていい」
「聞いたのは先輩です」
「確認しただけ」
完全に。
この相談室の人だ。
「では」
ぼくは言う。
「先輩はどうなんですか」
「何が?」
「恋愛相談」
「できるでしょう」
「経験は」
「高槻」
「はい」
「それ以上聞いたら記録用紙で叩くわよ」
「暴力は規定違反です」
「比喩よ」
「なら結構です」
三枝先輩が。
小さく笑う。
「一ノ瀬、呼んでくる」
「はい」
ドアを開ける。
廊下。
ひより先輩は。
少し離れた窓際にいた。
その隣。
久世綾音先輩。
顎の線で整えた黒髪のボブ。
姿勢が。
いつも。
まっすぐ。
「終わりましたか」
久世先輩が聞く。
「終わったわ」
三枝先輩。
短い。
久世先輩。
端正。
二人。
同じ三年生でも。
かなり違う。
「一ノ瀬」
三枝先輩が呼ぶ。
「はい」
「入っていいわよ」
「……結城くんは?」
「帰った」
「そっか」
ひより先輩が。
相談室へ戻る。
久世先輩は。
その場に残る。
「では、私は放送室へ戻ります」
「鳴海は?」
ぼくが聞く。
「機材整理です」
少し。
間。
「たぶん、御影くんと議論しています」
鳴海くんの。
「たぶん」が。
久世先輩にまで移っている。
「何を?」
ひより先輩が聞く。
「ケーブルを長さ順に並べるか、用途別に並べるか」
「平和だね」
「非常に」
久世先輩が。
ほんの少しだけ。
口元を緩める。
去る。
本当に。
平和。
今のところ。
*
相談室。
ひより先輩。
ぼく。
三枝先輩。
「内容」
ひより先輩が聞く。
三枝先輩は。
首を横に振る。
「必要な範囲だけ」
「はい」
「結城くんは一週間考える」
「うん」
「あなたの恋愛状況を調べない」
「……うん」
「告白するかは」
「うん」
「本人が決める」
「了解」
「それから」
三枝先輩が。
ひより先輩を見る。
「一ノ瀬」
「何?」
「あなたも」
「私?」
「今すぐ答えを考えなくていい」
「……」
「告白されてないんだから」
「そうだね」
「でも」
三枝先輩は。
少し声を低くする。
「相談担当として逃げるのは禁止」
「え?」
「もし告白されたら」
「うん」
「あなたは一ノ瀬ひよりとして答えなさい」
「……」
「相談室の理念とか」
「うん」
「本人の意思とか」
「うん」
「そういう一般論を先に出さない」
「……はい」
ひより先輩が。
珍しく。
素直に答えた。
三枝先輩は。
ぼくを見る。
「高槻」
「はい」
「あなたも」
「なぜですか」
「顔がうるさい」
「その表現、先輩まで使うんですか」
「便利だから」
「……」
三枝先輩は。
それだけ言って。
帰った。
ドア。
閉じる。
*
二人。
また。
二人。
ひより先輩が。
いつもの席へ座る。
今日は。
結んだ髪が。
肩の後ろへ落ちている。
「書記くん」
「はい」
「嫌だった?」
同じ質問。
三枝先輩にも。
された。
「何がですか」
「結城くん」
「……」
「私を好きって」
「はい」
「言ったこと」
ぼくは。
少し考える。
昨日までなら。
業務外です。
必要ありません。
答える必要はありません。
そう言ったかもしれない。
でも。
「少し」
ひより先輩が。
目を丸くする。
「……少し?」
「はい」
「何が?」
「嫌でした」
先輩が。
完全に。
止まる。
「何で?」
そこまで。
聞く。
「先輩」
「うん」
「今」
「うん」
「楽しんでませんか」
「少し」
昨日までの。
ぼくの言葉を。
返された。
「でも」
先輩は。
笑うのをやめる。
「聞きたい」
「……」
「書記くんが」
「はい」
「何で嫌だったか」
答え。
わかっている。
たぶん。
もう。
かなり。
ただ。
口にすると。
昨日より。
もっと。
関係が変わる。
「……まだ」
「うん」
「答えません」
先輩が。
少しだけ。
残念そうにする。
でも。
「了解」
と。
言った。
「先輩は」
ぼくが聞く。
「何?」
「結城くんに告白されたら」
「それは」
「はい」
「その時答える」
「……」
「書記くん」
「はい」
「今」
「はい」
「嫌そうな顔した」
「していません」
「した」
「顔は」
「しゃべるよ」
「……」
もう。
この議論。
勝てる気がしない。
*
その日の帰り。
いつもの廊下。
昨日より。
少し近い。
でも。
昨日より。
少し。
遠く感じる。
結城晴人。
一ノ瀬ひより。
告白。
未定。
返事。
未定。
何も。
起きていない。
なのに。
気になる。
「書記くん」
「はい」
「髪」
「はい?」
「結局」
先輩が。
結んだ毛先を。
少し持つ。
「どう?」
逃げ道は。
ある。
相談とは関係ありません。
必要ありません。
いつも通りです。
でも。
今日。
別の男子が。
この人を。
好きだと言った。
そのあとで。
なぜか。
そういう答えを。
使いたくなかった。
「……似合っています」
先輩が。
止まった。
ぼくも。
二歩進んで。
止まる。
「……書記くん」
「はい」
「今日、どうしたの」
「聞かれたので」
「それだけ?」
「それ以上の意味を」
ぼくは。
少し。
間を置く。
「勝手に決めないでください」
ひより先輩が。
数秒。
ぼくを見る。
そして。
笑った。
「うん」
「でも」
「何ですか」
「期待してもいいんだよね」
森下葵さん。
好きな人からのお菓子だったら。
いい。
でも。
事実とは。
分ける。
期待してもいい。
決めつけなければ。
「……はい」
ぼくは答えた。
「それくらいなら」
「そっか」
先輩が。
また歩き出す。
距離。
半歩。
今日も。
近い。
*
そして。
翌週。
月曜日。
相談室を開ける前。
結城晴人くんが。
廊下で。
ぼくを待っていた。
一人。
「高槻先輩」
「はい」
「相談の前に」
「何ですか」
「一つ」
顔。
緊張。
でも。
先週とは違う。
何か。
決めた顔。
「俺」
「はい」
「一ノ瀬先輩に告白します」
やはり。
そうか。
「わかりました」
「今日」
「……」
今日。
「放課後?」
「はい」
「場所は」
「ここで相談してから決めます」
それは。
いい。
「それと」
結城くんが言った。
「高槻先輩」
「はい」
少し。
間。
「一つだけ」
「はい」
「確認じゃなくて」
「……」
「俺が思ってることを言ってもいいですか」
「どうぞ」
結城くんは。
まっすぐ。
ぼくを見る。
「一ノ瀬先輩が好きなのって」
一度。
息を吸う。
「高槻先輩ですよね」
その瞬間。
ぼくの後ろで。
鍵の音がした。
振り返る。
相談室のドアの前。
一ノ瀬ひより先輩。
新しい鍵を。
手に持ったまま。
立っていた。
そして。
たぶん。
今の言葉を。
全部。
聞いていた。
第49話まで読んでくださり、ありがとうございます。
今回の相談者は、二年一組・結城晴人。
相談内容は。
「好きな人に、好きな人がいるみたいです」
結城が好きになった相手は。
一ノ瀬ひよりでした。
そして。
ひよりに好きな人がいると思った理由。
特別な呼び方。
相手の表情によく気づく。
飲み物の好みを覚えている。
お菓子を渡す。
最近、少し近く歩いている。
それらは全部。
結城から見た。
ひよりと湊の姿でした。
ただし。
それらが恋愛感情の証拠になるわけではありません。
友達でも。
長く一緒にいる仲間でも。
同じ行動はあり得る。
だから。
結城は。
ひよりの気持ちを調べてから安全に告白するのではなく。
「断られるかもしれない状態のまま、それでも自分は伝えたいのか」
を一週間考えることになりました。
そして。
答えは。
告白する。
次回。
結城晴人は、一ノ瀬ひよりへ気持ちを伝えます。




