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第47話 告白を、断りたいです

元の旧進路指導室へ戻った、放課後相談室。


再開初日の正式な相談者は、ゼロだった。


それでも。


部屋を開けて待つ。


必要になった時。


誰かが来られるように。


そして翌日の放課後。


相談受付箱には。


一枚の用紙が入っていた。


書かれていた相談内容は、たった一行。


「告白を、断りたいです」


まだ告白されていないのに。

火曜日。


放課後。


「入ってる」


一ノ瀬ひより先輩が言った。


「見えています」


相談受付箱。


投入口から。


白い紙が一枚。


少しだけ覗いている。


「書記くん」


「はい」


「開けて」


「先輩も鍵を持っています」


「最初の一枚だから」


「意味がわかりません」


「再開後、最初の正式相談」


「昨日はゼロでしたからね」


「そう」


「だから?」


「書記くんが開けて」


ぼくは。


小さく息を吐いた。


「必要なので?」


ひより先輩が。


先に言った。


「……使いすぎです」


「便利だから」


鍵を開ける。


箱の中。


一枚。


相談受付用紙。


名前。


記載あり。


二年四組。


柴田奏太。


相談内容。


一行。


『告白を、断りたいです。』


「……」


ひより先輩が。


紙を見る。


「断りたいんだ」


「そう書いてあります」


「もう告白されたのかな」


「本人に聞きます」


「そうだね」


その下。


希望する対応。


『できれば今日、話を聞いてください。』


ぼくは時計を見る。


午後四時十一分。


「連絡方法もあります」


「呼べる?」


「校内連絡用アカウントがあります」


短いメッセージ。


相談用紙を確認しました。


本日対応可能です。


無理のない時間に来てください。


送信。


返事は。


一分もかからなかった。


『すぐ行きます。』


ひより先輩が。


少しだけ姿勢を正す。


「緊張してる?」


「何がですか」


「再開後、最初の相談」


「通常通りです」


「昨日、部屋に入るの怖いって言った人が?」


「それとこれは別です」


「はいはい」


先輩は。


相談用の椅子を見る。


机の位置。


入口。


時計。


何度も。


確認する。


「先輩も緊張していますよね」


「してないよ」


「クッションを三回直しました」


「……」


「今、四回目です」


ひより先輩の手が止まる。


「書記くん」


「はい」


「顔だけじゃなく手もしゃべるんだね」


「そういう話ではありません」


ノック。


二回。


ぼくたちは。


ほぼ同時にドアを見る。


「どうぞ」


入ってきたのは。


二年生の男子生徒だった。


少し長めの髪。


眼鏡。


制服はきちんと着ている。


手には。


スマートフォン。


「柴田奏太くん?」


ぼくが聞く。


「はい」


「高槻です。こちらは一ノ瀬先輩」


「知ってます」


柴田くんが答える。


「有名なので」


ひより先輩が。


少し身構える。


「何で有名?」


「恋愛相談の人」


「あ、よかった」


「何を想像したんですか」


ぼくが聞く。


「名探偵」


「それも聞いてます」


「聞いてるんだ……」


柴田くんが。


少し笑った。


緊張は。


かなり強そうだった。


でも。


笑える程度には。


余裕がある。


「座ってください」


「はい」


「記録について、最初に説明します」


必要な範囲だけ。


相談内容を記録する。


本人の許可なく。


必要以上に共有しない。


ただし。


安全上の問題等があれば。


本人へ説明した上で。


先生へつなぐ。


柴田くんは。


一つずつうなずいた。


「大丈夫です」


「では」


ひより先輩が言う。


「相談用紙に」


『告白を、断りたいです。』


「って書いてあったけど」


「はい」


「もう告白された?」


柴田くんは。


首を横に振った。


「まだです」


ぼくのペンが止まる。


ひより先輩も。


一瞬。


黙った。


「まだ?」


「はい」


「じゃあ」


ひより先輩が。


少し首を傾げる。


「これから告白されるってわかってる?」


柴田くんは。


スマートフォンを机へ置いた。


画面。


メッセージ。


『明日の放課後、体育館裏に来てください。

 ちゃんと伝えたいことがあります。』


送り主。


同じクラスの女子生徒。


「これだけ?」


ぼくが聞く。


「これだけなら」


柴田くんは答える。


「告白だとは思いません」


「ほかにも?」


「はい」


少し。


言いにくそうにする。


「クラスのみんなが知ってます」


ひより先輩の表情が変わる。


「何を?」


「その子が、俺に告白するって」


また。


本人より先に。


周りが知っている。


でも。


今回は。


噂とは少し違うらしい。


「本人が言った?」


ぼくが聞く。


「たぶん」


「たぶん?」


「友達に相談してるのは知ってました」


「誰から聞きましたか」


「男子の友達です」


「何て?」


柴田くんは。


少し苦い顔をする。


『明日、ちゃんと答えてやれよ』


『あれだけ勇気出してるんだから』


『断ったらかわいそうだぞ』


「……」


ひより先輩が。


何も言わない。


柴田くんが。


続ける。


「それだけじゃなくて」


別のメッセージ。


『柴田、お前も気づいてたんだろ?』


『あいつずっと好きだったらしいぞ』


『一回くらい付き合ってみればいいじゃん』


もう一つ。


女子生徒から。


『変に傷つけないであげてね』


「俺」


柴田くんは言った。


「まだ、告白されてもいないのに」


「はい」


「もう、断るのが悪いことみたいになってて」


ひより先輩が。


静かに聞く。


「柴田くんは、その子が嫌い?」


「嫌いじゃないです」


即答。


「友達?」


「普通に話します」


「仲いい?」


「たぶん」


「じゃあ」


一度。


間。


「付き合いたい?」


「……いいえ」


今度の答えも。


はっきりしていた。


「理由は?」


ひより先輩が聞く。


柴田くんは。


少し困った顔をする。


「理由、必要ですか」


ひより先輩が。


止まる。


ぼくも。


ペンを止める。


「……そうだね」


先輩は答えた。


「付き合いたくない、だけでも」


「はい」


「理由にはなる」


柴田くんの肩が。


少し下がる。


「それを聞きたかったのかもしれません」


「誰かに?」


「はい」


「友達に言ったら」


柴田くんは。


目を伏せる。


『何で?』


『いい子じゃん』


『かわいいし』


『もったいなくない?』


『別に好きな人いるの?』


「……って」


ひより先輩が。


少しだけ。


眉を寄せた。


「好きな人は?」


柴田くんが。


こちらを見る。


先輩は。


すぐに言い直した。


「あ、ごめん」


「え?」


「それも、答えなくていい」


「……」


「付き合いたくない理由を説明するために、別の好きな人を用意しなくていいから」


柴田くんは。


少し驚いたようだった。


「そうなんですか」


「うん」


「でも」


「はい」


「好きな人がいるって言えば」


「断りやすい?」


「……はい」


「本当?」


長い沈黙。


「いません」


柴田くんは答えた。


「今は」


「じゃあ」


ひより先輩は言う。


「いない人を理由にしない方がいいね」


「はい」


「相手にも」


「はい」


「柴田くん自身にも」


「……はい」


やさしい嘘。


一見。


相手を傷つけない。


でも。


本当は。


自分が悪者にならないための嘘になることもある。


「相談したいのは」


ぼくが聞いた。


「断ってよいか、ですか」


柴田くんは。


少し考える。


「それもあります」


「ほかに?」


「どう断ればいいか」


「はい」


「あと」


少し。


言葉が止まる。


「明日……行かなきゃだめですか」


ひより先輩が。


目を細める。


「体育館裏?」


「はい」


「行きたくない?」


「……」


柴田くんは。


かなり迷ってから。


「行きたいです」


と答えた。


意外だった。


「なぜ?」


ぼくが聞く。


「告白されるなら」


「はい」


「ちゃんと聞きたい」


「はい」


「その子が悪いわけじゃないから」


「うん」


ひより先輩が。


小さくうなずく。


「でも」


「はい」


「周りが」


柴田くんの指が。


スマートフォンを少し押す。


「見に来る気がするんです」


「……」


それは。


かなり嫌だ。


「根拠は?」


ぼくが聞く。


「今日」


柴田くんは言った。


「男子が」


『明日、体育館裏だろ?』


「場所も知ってる?」


「はい」


「告白する本人以外が」


「はい」


ひより先輩の声が。


少し低くなる。


「誰が広めたかは、今わかる?」


「わかりません」


「本人が言った可能性は?」


「あります」


「友達が勝手に広めた可能性は?」


「あります」


「じゃあ」


先輩は。


そこで止める。


「そこは明日まで決めない」


「はい」


柴田くんが答える。


「でも」


ひより先輩は続ける。


「告白を見物されるのが嫌なら」


「はい」


「それは断っていい」


「告白そのものじゃなく?」


「場所とか、状況を」


柴田くんが。


少し顔を上げる。


「そんなの、変えていいんですか」


「柴田くんも当事者だから」


「……」


「告白する人だけが、全部決めるものじゃないよ」


体育館裏。


時間。


二人きりか。


人がいるか。


言う側にも選択がある。


聞く側にも。


ある。


「じゃあ」


柴田くんが言う。


「場所変えてほしいって言っても?」


「いいと思う」


「でも」


「何?」


「告白するって決めつけてるみたいになりませんか」


確かに。


ぼくは。


メッセージを見る。


『ちゃんと伝えたいことがあります。』


告白。


とは書いていない。


「では」


ぼくは言った。


「告白だと決めずに返せます」


「どうやって?」


「例えば」


ぼくは。


少し考える。


『明日、話すこと自体は大丈夫です。

 ただ、体育館裏だと人が来そうなので、別の場所でもいいですか。』


柴田くんが。


画面を見る。


「……これなら」


「はい」


「告白って言ってない」


「はい」


「逃げてもない」


「はい」


ひより先輩が。


ぼくを見る。


「書記くん」


「何ですか」


「恋愛相談、上達してない?」


「事実関係を整理しただけです」


「そういうことにしておく」


柴田くんが。


少し笑った。


「どこならいいですか」


「柴田くんが決めていいです」


ぼくは答える。


「教室?」


「人が来ます」


「図書室?」


「声が出せません」


「相談室?」


ひより先輩が。


自分で言って。


少し止まる。


「……ここ?」


柴田くんも。


ぼくも。


ひより先輩を見る。


「いや」


先輩が言う。


「告白を相談室で受けるの、違うな」


「かなり」


ぼくも答える。


「ですよね」


柴田くんも。


三人で。


少し笑った。


結局。


使うことになったのは。


特別棟一階。


中庭へ面したベンチ。


完全な密室ではない。


でも。


放課後は人が少ない。


廊下側からも見える。


安全面でも。


体育館裏よりいい。


「一ノ瀬先輩」


柴田くんが聞く。


「近くにいてもらうことって」


「できるよ」


「やっぱり」


「でも?」


「……一人で聞きます」


「うん」


「終わったあと」


「うん」


「相談室、来てもいいですか」


ひより先輩は。


少し笑った。


「もちろん」


告白を。


受ける前の相談。


告白を。


断ったあとの相談。


両方。


あっていい。



次に。


どう断るか。


「ごめんなさい」


柴田くんが言う。


「はい」


「付き合えません」


「はい」


「……これだけじゃ冷たいですか」


ひより先輩は。


すぐには答えない。


「柴田くんは」


「はい」


「何を伝えたい?」


「何を?」


「相手に」


「……」


「断る以外に」


柴田くんは。


少し考える。


「好きでいてくれたことは」


「うん」


「嫌じゃない」


「うん」


「嬉しい……かは、ちょっとわからないです」


「それでいい」


「でも」


「はい」


「友達として話すのは、嫌じゃない」


「うん」


「これからも?」


「できれば」


「じゃあ」


ひより先輩は言う。


「それを、そのまま言えばいい」


「でも」


柴田くんが。


不安そうになる。


「友達として、って」


「はい」


「すごく残酷じゃないですか」


「そう感じる人はいるかも」


「……」


「でも」


「はい」


「付き合えないのに、可能性があるみたいに言う方が」


ひより先輩は。


少しだけ言葉を選ぶ。


「あとで、もっと苦しくなることもある」


柴田くんは。


小さくうなずいた。


「優しく断るって」


「はい」


「相手が傷つかないようにすることじゃないんですね」


ひより先輩が。


少しだけ。


困ったように笑った。


「たぶん、無理だから」


「……」


「好きな人に断られたら」


「はい」


「傷つくこともある」


「はい」


「でも」


「はい」


「傷つくから、嘘をついて付き合う」


少し。


間。


「それは優しいとは思わない」


柴田くんが。


長く。


黙った。


「俺」


「うん」


「それが怖かったです」


「何が?」


「断ったら」


「はい」


「俺が、その子を傷つけた人になること」


ひより先輩は。


静かに聞いている。


「クラスでも」


「うん」


「冷たいって言われそうで」


「うん」


「その子が泣いたら」


「うん」


「俺が悪いみたいになる」


「……うん」


「だから」


柴田くんは。


かなり言いにくそうに。


「一回くらい付き合えばいいのかなって」


言った。


ひより先輩は。


すぐに否定しなかった。


「それで」


「はい」


「柴田くんは?」


「……嫌です」


「うん」


「相手は?」


「……」


「柴田くんが、本当は付き合いたくないのに付き合ってたって」


「はい」


「後から知ったら?」


柴田くんが。


顔を曇らせる。


「……嫌だと思います」


「私も、そう思う」


ひより先輩は。


そこで。


少し笑った。


「断るのって」


「はい」


「結構、責任いるね」


「受けるより?」


「比べられないけど」


「はい」


「自分の気持ちを、自分のものとして言わないといけないから」


ぼくは。


その言葉を。


記録する。


付き合いたくない。


それだけでも。


十分な本人の意思。


相手が。


いい人でも。


勇気を出していても。


長く好きでいても。


周りが応援していても。


それは。


交際を受ける義務にはならない。



翌日。


水曜日。


放課後。


午後四時二十分。


柴田くんから。


短いメッセージ。


『話してきます。』


それだけ。


ぼくとひより先輩は。


相談室にいる。


何もしない。


近くにも行かない。


本人が。


一人で聞くと決めたから。


午後四時三十六分。


ノック。


「どうぞ」


ドアが開く。


柴田くん。


一人。


目が。


少し赤い。


泣いたのか。


泣きそうなのか。


わからない。


「入って」


ひより先輩が。


いつもより静かに言った。


柴田くんは。


昨日と同じ椅子へ座る。


「断りました」


最初に。


言った。


「はい」


ひより先輩が答える。


「相手は?」


「……泣きました」


「うん」


柴田くんも。


目を伏せる。


「俺」


「はい」


「悪いことした感じがして」


「何て言った?」


柴田くんは。


思い出す。


相手の女子生徒。


名前は。


本人の許可がないので。


記録しない。


彼女は。


本当に告白した。


一年生の頃から。


好きだった。


一緒に話せるだけで。


嬉しかった。


付き合ってほしい。


柴田くんは。


最後まで聞いた。


そして。


「気持ちを言ってくれて、ありがとう」


「はい」


「でも」


少し。


息を止める。


「付き合えません」


理由を。


聞かれた。


「好きな人がいるの?」


柴田くんは。


いない、と答えた。


「じゃあ何で?」


それにも。


嘘を作らなかった。


「恋人として付き合いたいとは思っていないから」


相手は。


泣いた。


「そっか」


そう言った。


そして。


少しして。


「ちゃんと断ってくれてありがとう」


とも。


言った。


「……」


ひより先輩が。


少しだけ息を吐く。


「それで?」


「終わりです」


「友達として、は?」


「俺から言う前に」


柴田くんが答える。


「今は普通に話せないかもしれないって」


「相手が?」


「はい」


「柴田くんは?」


「わかった、って」


「うん」


「俺が友達でいたいって言っても」


「はい」


「向こうが今、そうできないなら」


「はい」


「仕方ないかなって」


ひより先輩が。


静かにうなずいた。


断る側にも。


希望はある。


友達でいたい。


今まで通り話したい。


でも。


それを。


断られた側に求めることはできない。


相手にも。


距離を選ぶ権利がある。


「いい断り方だったと思います」


ぼくが言った。


柴田くんが。


ぼくを見る。


「そうですか」


「はい」


「でも泣かせました」


「泣いたことと」


「はい」


「柴田くんが間違えたことは同じではありません」


「……」


「相手が泣くのは」


ひより先輩が続ける。


「柴田くんが悪いから、とは限らないよ」


「悲しいから?」


「うん」


「好きだったから」


「うん」


「傷ついたから」


「うん」


「それを」


少し。


間。


「全部、柴田くんの責任にしなくていい」


柴田くんは。


長く。


黙っていた。


それから。


「……はい」


と答えた。



「でも」


柴田くんが。


スマートフォンを出した。


「問題が一つ増えました」


「何ですか」


ぼくが聞く。


画面。


クラスのグループチャット。


個人名は。


一部見えない。


メッセージ。


『柴田、マジで断ったの?』


『かわいそう』


『あんなに頑張ってたのに』


『せめて一回付き合ってあげればよかったじゃん』


ひより先輩の表情が。


少し変わった。


「相手本人が書いた?」


「違います」


「誰?」


「クラスの子たちです」


もう一つ。


『泣いてたぞ』


『さすがに冷たくない?』


柴田くんが。


スマートフォンを伏せる。


「ほら」


声は。


少しだけ。


苦しかった。


「やっぱり、俺が悪いことになってる」


ひより先輩は。


すぐに。


「違う」


とは言わなかった。


その代わり。


聞いた。


「告白された子本人は」


「はい」


「周りに、柴田くんを責めてほしいって言った?」


「わかりません」


「じゃあ」


「はい」


「そこはまだわからない」


柴田くんが。


少しだけ。


顔を上げる。


「そして」


ぼくは言った。


「グループチャットに返事をする必要はありません」


「でも」


「今すぐ説明したいですか」


「……」


柴田くんは。


画面を見る。


「本当は」


「はい」


「一人ずつ言い返したいです」


「何て?」


「付き合いたくないのに付き合う方が失礼だろ、って」


「はい」


「お前らに関係ないだろ、って」


「はい」


「……でも」


「はい」


「書いたら、もっと揉めそう」


「可能性はあります」


柴田くんが。


少し笑った。


「高槻先輩」


「何ですか」


「止めないんですね」


「何をですか」


「怒るの」


ぼくは。


少し考えた。


「怒ることと」


「はい」


「そのまま送信することは別です」


柴田くんが。


目を丸くする。


ひより先輩が。


こちらを見る。


「書記くん」


「何ですか」


「今の、かなりいい」


「時々?」


「……」


ひより先輩が。


少し気まずそうにする。


「言わない」


「成長しましたね」


「書記くん?」


柴田くんが。


吹き出した。


少し。


空気が軽くなる。


「じゃあ」


ひより先輩が言う。


「怒っていい」


「はい」


「でも」


「はい」


「返事をするかは、怒りが少し下がってから決めよう」


柴田くんが。


うなずく。


「それで」


「はい」


「明日でも」


「はい」


「それでも説明したいなら」


「はい」


「自分の気持ちだけ説明する」


「相手のことは?」


「勝手に話さない」


「はい」


告白の内容。


相手が何と言ったか。


泣いたこと。


それを。


柴田くんが。


自分を守るために公開することはしない。


必要なら。


「自分は交際を望んでいなかったので、断りました」


それだけで。


十分。


「……それで納得しますかね」


柴田くんが聞く。


「しない人もいると思います」


ぼくは答えた。


「はっきり言いますね」


「はい」


「でも」


「はい」


「全員に納得してもらう必要がありますか」


柴田くんが。


黙った。


「……ない?」


「交際するかどうかは」


ぼくは言う。


「クラスの多数決ではありません」


ひより先輩が。


少し笑う。


「そうだね」


「恋愛相談室っぽくない言い方ですけど」


柴田くんも。


少し笑った。


「高槻先輩らしいです」


また。


それを言われた。



翌日。


木曜日。


柴田くんは。


グループチャットへ。


一度だけ。


メッセージを送った。


『本人から気持ちは聞きました。

 自分は付き合いたいとは思っていなかったので、断りました。

 相手が何を話したかは、本人のことなのでここでは書きません。

 この件について、これ以上みんなから責められるのは困ります。』


それだけ。


返信。


すぐには。


なかった。


十分後。


一人。


『ごめん。言い過ぎた』


別の一人。


『たしかに外野が言うことじゃなかった』


そして。


しばらくして。


告白した女子生徒本人から。


グループではなく。


柴田くん個人へ。


一通。


『昨日はありがとう。

 みんながいろいろ言ってるの、私が頼んだんじゃないです。

 止めてって言っておきます。』


柴田くんは。


そのメッセージを。


相談室へ持ってきた。


「返事は?」


ひより先輩が聞く。


「まだ」


「どうしたい?」


「ありがとう、だけでいいかなって」


「うん」


「今は普通に話せないって言われたから」


「うん」


「それ以上、会話を続けない」


「いいと思う」


送信。


『ありがとう。』


それだけ。


告白は。


断った。


相手は。


傷ついた。


柴田くんも。


苦しかった。


でも。


誰かが悪者にならないと。


終われない話ではなかった。



相談記録。


相談番号九。


柴田奏太。


相談内容。


告白を断りたい。


結果。


本人の意思に基づき、交際を断る。


周囲からの圧力については、本人から必要最小限の説明を行った。


相談終了。


「終わりでいい?」


ひより先輩が聞く。


柴田くんが。


少し考える。


「はい」


「まだ気になる?」


「何がですか」


「相手が泣いたこと」


「……気になります」


「うん」


「でも」


「うん」


「俺が付き合えばよかった、とは」


少し。


間。


「もう思ってないです」


「そっか」


「はい」


立ち上がる。


ドアの前。


柴田くんが。


振り返った。


「一ノ瀬先輩」


「何?」


「好きな人がいるって言ってましたよね」


ぼくの手が。


止まった。


ひより先輩も。


止まった。


「……誰から聞いたの?」


「さっき廊下で青柳先輩が」


ひより先輩の表情が。


変わる。


「楓?」


「何か『ひよりにもついに』って」


「楓ーー……」


「一ノ瀬先輩」


ぼくが言う。


「廊下で大声を出さないでください」


「だって!」


柴田くんが。


少し笑う。


「告白するんですか」


「……まだ」


「断られるかもしれないですよ」


ひより先輩が。


一瞬。


黙った。


柴田くんも。


少し焦る。


「あ、すみません」


「ううん」


ひより先輩は。


少し考えたあと。


笑った。


「そうだね」


「……」


「断られるかもしれない」


「はい」


「その時」


少し。


間。


「相手を悪者にしないようにする」


柴田くんが。


うなずく。


「はい」


「今日、勉強になった」


「俺の相談で?」


「うん」


「それなら」


柴田くんは。


少し笑った。


「相談料ください」


「有料じゃないよ?」


「冗談です」


彼は。


今度こそ。


帰った。


ドアが閉まる。



相談室。


二人。


ぼく。


ひより先輩。


嫌な。


いや。


妙な沈黙。


「書記くん」


「はい」


「今」


「はい」


「何考えてる?」


「相談記録を閉じます」


「絶対それだけじゃない」


「事実です」


「……」


先輩が。


机の向こうから。


ぼくを見る。


「断るかもしれない?」


「何の話ですか」


「私が」


「はい」


「告白したら」


「……」


また。


急に。


そういうことを言う。


「まだ相手を聞いていません」


「じゃあ」


ひより先輩は。


少し笑った。


「相手が書記くんだったら?」


沈黙。


長い。


多分。


必要以上に。


長い。


先輩が。


目をそらさず待っている。


今までなら。


相談担当ではない。


必要な確認ではない。


まだ決めない。


何か。


逃げる言葉を探したと思う。


でも。


今日の相談。


付き合いたくない。


それだけでも。


答えになる。


逆に。


わからないなら。


わからないと言ってもいい。


相手が勇気を出しているから。


答えを変える必要はない。


だから。


ぼくも。


自分の言葉で答える。


「……断りません」


ひより先輩の表情が。


止まった。


言ってから。


ぼく自身も。


止まった。


「……書記くん」


「はい」


「今」


「はい」


「何て?」


「聞こえていましたよね」


「聞こえたけど」


「では」


「もう一回」


「必要ありません」


「必要」


「ありません」


「私にはある」


「……」


先輩の顔が。


赤い。


多分。


ぼくも。


同じ。


「ただし」


ぼくは言う。


ひより先輩が。


少し身構える。


「まだ」


「うん」


「正式に告白されていません」


数秒。


沈黙。


それから。


ひより先輩が。


笑い出した。


「そこ?」


「重要です」


「本当に書記くんだなあ」


「何ですか」


「ううん」


先輩は。


笑ったまま。


少しだけ。


目を細める。


「じゃあ」


「はい」


「その時まで」


「はい」


「今の答え、変えないでね」


それは。


約束できることなのか。


未来の気持ちは。


変わるかもしれない。


本人の意思は。


あとから変わることもある。


この相談室では。


ずっと。


そう言ってきた。


だから。


ぼくは。


約束しなかった。


代わりに。


「変わったら」


「うん」


「その時は、ちゃんと言います」


ひより先輩が。


少し驚く。


そして。


ゆっくり笑った。


「……うん」


「先輩も」


「何?」


「お願いします」


「何を?」


「勝手に、ぼくの答えを決めないでください」


先輩は。


しばらく。


ぼくを見ていた。


「了解」


その返事は。


相談担当としてではなく。


一ノ瀬ひより本人の声だった。


第47話まで読んでくださり、ありがとうございます。


今回の相談者は、二年四組・柴田奏太。


相談内容は。


「告白を、断りたいです」


ただし。


相談へ来た時点では、まだ告白されていませんでした。


クラスメイトから。


勇気を出しているのだから。


かわいそうだから。


一度くらい付き合えばいい。


そんな言葉を受け続け。


柴田は「断る自分が悪いのではないか」と悩んでいました。


でも。


相手がいい人だから。


長く好きでいてくれたから。


勇気を出したから。


それは、交際を受ける義務にはなりません。


告白する側が自分の気持ちを伝える権利を持つように。


聞く側にも、自分の気持ちで答える権利があります。


柴田は自分の言葉で告白を断りました。


相手は泣きました。


それでも。


誰かが泣いたことと。


誰かが間違ったことは、同じではありません。


さらに今回は。


断った側を周囲が責める、という問題も描きました。


恋愛は。


クラスの多数決ではありません。


そして最後。


一ノ瀬ひよりから高槻湊へ。


「相手が書記くんだったら?」


という問い。


湊の答えは。


「……断りません」


でした。


ただし。


まだ正式な告白ではありません。


なので。


二人の関係にも。


まだ名前はつけません。


……今のところは。


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