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第44話 金曜日だけ、机にお菓子がある

告白していないのに、付き合っていることになっていた宮原咲良と相沢悠斗。


二人の噂は訂正され。


これからの関係は、本人たちが決めることになった。


放課後相談室に。


少しずつ、普通の恋愛相談が戻ってくる。


そして次の金曜日。


一人の一年生が、小さな包みを机の上へ置いた。


「毎週金曜日だけなんです」


「私の机の中に……お菓子が一つ入っています」

金曜日。


放課後。


生徒会室へ戻ると。


ぼくの机の上に、飴が一つ置いてあった。


透明な包み。


中には。


黄色い、小さな星形のキャンディ。


「……」


ぼくは立ち止まる。


机。


飴。


周囲。


もう一度。


飴。


「どうしたの、書記くん」


後ろから。


一ノ瀬ひより先輩の声。


「これです」


「飴?」


「はい」


「食べれば?」


「なぜ、ぼくの机にあるんですか」


「さあ?」


「一ノ瀬先輩ですか」


「違うよ」


「三枝先輩」


「知らないわよ」


生徒会室の奥から。


三枝莉子先輩が即答する。


黒崎悠真先輩も。


「俺じゃない」


青柳楓先輩。


「私でもないよ」


久世綾音先輩。


「放送委員会は関係ありません」


「まだ聞いていません」


「先に否定しました」


……最近。


先回りする人が増えた。


鳴海律くんが。


飴をじっと見る。


「分析しますか」


「しません」


「成分表示がありません」


「個包装なので普通です」


「指紋は」


「取りません」


ひより先輩が。


肩を震わせている。


「何ですか」


「いや」


「はい」


「書記くんの机に飴が一個あるだけで、全員が事件みたいに扱うの面白いなって」


「先輩も最初に聞きました」


「食べれば、って言っただけだよ」


「では、先輩が食べますか」


「いいの?」


ひより先輩が手を伸ばす。


ぼくは。


飴を取った。


「だめなんだ」


「誰のものかわからないので」


「じゃあ何で勧めたの」


「必要な確認です」


「その言葉、万能すぎない?」


その時。


生徒会室のドアが。


控えめにノックされた。


二回。


少し間。


もう一回。


最近。


この音を聞くと。


全員が少しだけ静かになる。


相談者かもしれない。


「どうぞ」


ドアが開く。


入ってきたのは。


一年生の女子生徒だった。


肩までの黒髪。


白いカーディガン。


胸元には。


一年二組。


手には。


小さな透明の袋。


その中に。


何枚かのキャンディの包み紙が入っていた。


……似ている。


ぼくの机に置かれていたものと。


ひより先輩も。


気づいたらしい。


ぼくを見る。


「まさか」


「まだ決めません」


「何も言ってないよ」


「顔が言っています」


一年生が。


戸惑った顔をした。


「すみません」


「大丈夫」


ひより先輩が笑う。


「こっちの話だから」


「相談ですか?」


「はい」


女子生徒は答える。


「たぶん……恋愛相談です」


ひより先輩の表情が。


少しだけ明るくなる。


「たぶん?」


「自分でも、そうなのかわからなくて」


「いいよ」


ひより先輩は椅子を示す。


「そこから話そう」


また。


必要な人だけ残る。


ひより先輩。


ぼく。


相談者。


その三人。


ほかのメンバーは。


自発的に退出した。


鳴海くんだけ。


ドアのところで。


ぼくの机の飴を見た。


「高槻くん」


「何ですか」


「その飴、保管しておいた方がいいと思います」


「なぜですか」


「勘です」


「鳴海くんが勘を使うんですか」


「たまには」


久世先輩が。


鳴海くんの背中を押す。


「行くよ」


「はい」


ドアが閉まった。


ひより先輩が。


小さく笑う。


「鳴海くんまで、この相談室に染まってきたね」


「よくない傾向です」


「書記くんが言う?」


「相談を始めます」


一年生が。


少し笑った。


緊張が。


ほんの少しだけ解ける。


「名前を確認してもいいですか」


「一年二組、森下葵です」


森下葵。


相談番号八。


「相談内容は?」


ぼくが聞く。


森下さんは。


透明な袋を机へ置いた。


中には。


四枚。


いや。


五枚。


キャンディの包み紙。


黄色。


紫。


水色。


オレンジ。


緑。


全部。


同じ形。


星の模様。


「毎週金曜日なんです」


「はい」


「放課後になると」


森下さんは。


少し困ったように言った。


「私の机の中に、お菓子が一つ入っています」


ひより先輩が。


ぼくの机を見る。


「書記くん」


「偶然です」


「まだ何も」


「言う前に答えました」


「最近、本当に先回りするね」


森下さんが。


黄色い包み紙を一枚取る。


「最初は五週間前です」


「毎週一つ?」


「はい」


「金曜日だけ?」


「はい」


「曜日は確実ですか」


「全部、金曜日です」


「時間は?」


ぼくが聞く。


「正確にはわかりません」


「朝から入っている?」


「いいえ」


「いつ確認していますか」


森下さんは。


少し考える。


「六時間目が終わったあとです」


「それまでは?」


「昼休みに教科書を取った時は、ありません」


「では」


ぼくは記録する。


昼休み以降。


六時間目終了まで。


「金曜日は毎週?」


「はい」


「休みだった週は?」


「先月一回、学校が午前授業だった金曜日があって」


「その日は?」


「ありませんでした」


なるほど。


曜日だけではなく。


通常の金曜日。


学校にいる日の午後。


「お菓子は全部同じ?」


ひより先輩が聞く。


「種類は同じです」


「味が違う?」


「はい」


森下さんは。


包み紙を並べた。


レモン。


ぶどう。


ソーダ。


オレンジ。


メロン。


「好きな味?」


「……はい」


「全部?」


「はい」


「嫌いな味は?」


森下さんは。


少し迷う。


「ミント」


「このシリーズにある?」


「あります」


「でも、一度も入ってない」


「はい」


ひより先輩が。


少し楽しそうな顔をする。


「森下さんの好みを知ってる人?」


「……かもしれません」


「心当たりがある?」


顔が。


少し赤くなる。


「一人」


恋愛相談。


たぶん。


という言葉の意味が。


少し見えてきた。


「好きな人?」


ひより先輩が聞く。


森下さんの顔が。


さらに赤くなる。


「……はい」


「同じクラス?」


「はい」


「名前は?」


森下さんが。


一度ぼくを見る。


「記録に必要ですか」


「現時点では、必要なら仮名でも構いません」


「じゃあ……Kくんで」


「わかりました」


一年二組。


Kくん。


森下さんが好きな男子生徒。


「Kくんは」


ひより先輩が聞く。


「森下さんがミント苦手って知ってる?」


「たぶん」


「いつ話した?」


「先月」


「先月のいつ頃ですか」


ぼくが聞く。


「えっと……」


森下さんが。


包み紙を見る。


「あ」


「どうしました」


「最初のお菓子より、あとです」


ひより先輩が。


少し目を細める。


「じゃあ」


「はい」


「少なくとも最初からミントを避けてた理由は、それでは説明できない」


森下さんの表情が。


少しだけ。


落ちる。


「……そうですよね」


「残念?」


ひより先輩が聞く。


「少し」


正直だった。


「Kくんだと思ってた?」


「思いたかった、が近いです」


「なるほど」


ひより先輩の声が。


少し柔らかくなる。


「そこ、分けられるのいいね」


森下さんは。


苦笑する。


「宮原さんの話を聞いたので」


「あ」


前回の相談。


噂は。


完全には秘密にできない。


相談内容そのものは共有していない。


でも。


放課後相談室へ恋愛相談に行ったこと。


交際の噂を訂正したこと。


それくらいは。


本人たちが自分で周囲へ話している。


「人って」


森下さんは言う。


「都合のいい方に考えちゃうんだなって」


「はい」


「だから、私も」


包み紙を見る。


「Kくんだって思い込みたくないです」


ぼくは。


その言葉を記録する。


「では、相談したいのは」


「はい」


「お菓子を置いている人が誰なのか」


森下さんは。


少し考えた。


「それもです」


「ほかには?」


ひより先輩が聞く。


「もしKくんだったら」


「うん」


「どういう意味なのか」


「うん」


「でもKくんじゃなかったら」


「うん」


「私が勝手に期待してたことが……ちょっと恥ずかしくて」


「それは」


ひより先輩が言う。


「恥ずかしくてもいいんじゃない?」


森下さんが。


少し驚いた顔をする。


「期待した?」


「はい」


「好きな人がいるなら、そういうこともあるよ」


「……はい」


「期待したことと」


「はい」


「本当にKくんが置いたことは別」


「……はい」


「そこだけ混ぜなければ」


森下さんは。


ゆっくりうなずいた。


前回。


付き合っていない。


好きじゃない。


それを分けた。


今回は。


そうであってほしい。


本当にそうである。


それを分ける。


恋愛相談。


意外と。


こういう区切りが多い。


「お菓子自体について確認しても?」


ぼくが聞く。


「はい」


森下さんは。


未開封の一個を出した。


今日。


六個目。


「今日も?」


「はい」


「まだ食べてない?」


「相談に持ってこようと思って」


黄色い星。


ぼくの机の飴と。


同じ。


「……」


ひより先輩が。


ゆっくりぼくを見る。


ぼくも。


自分の机を見る。


「書記くん」


「はい」


「偶然?」


「まだわかりません」


「同じ味だよ」


「同じ商品が市販されています」


「金曜日だよ」


「今日は金曜日です」


「机に置いてあったよ」


「……」


森下さんが。


ぼくを見る。


「高槻先輩も?」


「一個だけです」


「いつ?」


「今日です」


「机の中?」


「机の上です」


「じゃあ違うかな……」


森下さんが。


少し安心したような。


残念なような顔をする。


ひより先輩は。


楽しそうだ。


「書記くんにも秘密の相手?」


「違います」


「即答?」


「恋愛に結びつける根拠がありません」


「でも森下さんのも、まだないよね」


「はい」


「じゃあ同じ」


「同じではありません」


「どうして?」


……困る。


「相談者と記録担当です」


「立場の話?」


森下さんが。


笑った。


どうやら。


ぼくの机の飴も。


相談者の緊張を下げる効果はあったらしい。


なら。


今はそれでいい。


「森下さん」


ぼくは話を戻す。


「Kくんは、金曜日の午後に教室へ残っていますか」


「はい」


「毎週?」


「たぶん」


「金曜日の清掃場所は?」


「教室です」


「森下さんは?」


「廊下」


「なるほど」


ひより先輩が言う。


「置こうと思えば置ける」


「はい」


森下さんが答える。


「だから……Kくんかなって」


「ほかに教室へ残る人は?」


「教室清掃は四人です」


「誰?」


「Kくんと、女子二人と、男子一人」


「毎週同じ?」


「今月は固定です」


「先月は?」


「違いました」


ぼくは。


包み紙を見る。


五週間。


つまり。


清掃当番が変わる前から始まっている。


「Kくんは先月も教室清掃?」


「……違います」


「では」


「はい」


「清掃中に置いている、と決めることはできません」


森下さんが。


また少し落ち込む。


「高槻先輩」


「はい」


「恋愛相談向いてないって言われません?」


「なぜですか」


「希望が一個ずつ消えるので」


ひより先輩が。


吹き出した。


「森下さん、わかる」


「一ノ瀬先輩」


「事実確認だから必要なんだけどね」


「はい」


「でも、書記くんは容赦ない」


「必要なので」


森下さんが。


笑う。


「本当に言うんですね」


「……また噂ですか」


「はい」


誰が広めているのか。


相談内容とは別に。


一度確認したい。


「お菓子が入る場所は毎回同じですか」


ぼくが聞く。


「はい」


「どこ?」


「机の中の、左奥です」


「いつもそこ?」


「はい」


「右ではなく?」


「はい」


「森下さんは、机の中をどう使っていますか」


「右側に教科書」


「左は?」


「ほとんど空いてます」


「それを知っている人は?」


「クラスの人なら……机を見たことがあれば」


特別な情報ではない。


「包み紙を取っておいた理由は?」


ひより先輩が聞く。


森下さんは。


少し恥ずかしそうにする。


「……もし」


「うん」


「あとで、告白されたりしたら」


「うん」


「最初からのを残しておこうかなって」


ひより先輩の顔が。


一気に柔らかくなった。


「かわいい」


「言わないでください!」


「ごめん」


「もう……」


森下さんは。


両手で顔を隠す。


「捨てた方がいいですか」


「なんで?」


「違う人だったら恥ずかしいので」


ひより先輩は。


首を横に振る。


「森下さんが取っておきたいなら」


「はい」


「誰が置いたかに関係なく、持ってていいんじゃない?」


「……」


「期待した自分の記録でもあるし」


ぼくが。


先輩を見る。


「記録ですか」


「書記くんが反応した」


「その使い方は違います」


「でも」


ひより先輩は。


包み紙を見る。


「あとで『あの時、私こう思ってたんだ』って笑えるかもしれない」


森下さんは。


少しだけ。


包み紙を大事そうに袋へ戻した。


「……そうします」


今。


答えを出す必要はない。


お菓子を残す理由も。


本人が決めればいい。



次に確認したのは。


金曜日の森下さんの行動。


昼休み。


教室。


五時間目。


移動教室。


六時間目。


通常教室。


その後。


廊下清掃。


つまり。


一番長く机から離れるのは。


五時間目。


音楽室への移動。


その間。


教室には。


別のクラスの授業が入ることはない。


ほぼ無人。


「五時間目の前には?」


ぼくが聞く。


「机の中を確認しないです」


「六時間目の前は?」


「……確認しないです」


「では」


「はい」


「昼休み以降、六時間目終了まで、という範囲しか絞れない」


「そうですね」


「金曜日の五時間目が毎週移動教室?」


「はい」


「音楽です」


曜日。


時間。


空の教室。


そこだけ見れば。


金曜日に限られる理由がある。


「Kくんも音楽?」


「同じクラスなので」


「一緒に移動?」


「はい」


なら。


五時間目中に。


Kくんが置くのは難しい。


「移動の途中で戻ることは?」


「わかりません」


「トイレとか」


「あるかもしれません」


ひより先輩が。


手を上げる。


「書記くん」


「何ですか」


「ちょっと探偵になりすぎ」


「確認しています」


「Kくんの行動を勝手に追いかけ始めるのはなしね」


「わかっています」


森下さんも。


少し安心したようにうなずく。


「私も、それは嫌です」


「はい」


「Kくんが置いてなかったら」


「はい」


「勝手に疑われたみたいになるから」


いい。


この相談者は。


かなり大事なところを理解している。


「では」


ぼくは記録用紙を見る。


「本人を調べるのではなく」


「はい」


「お菓子が置かれる条件を確認します」


「どうやって?」


「来週の金曜日」


森下さんの顔が。


少し変わる。


「また?」


「六週間続いているなら、次も置かれる可能性があります」


「でも、見張るんですか」


「見張りません」


「では?」


「森下さん自身が」


ぼくは言う。


「五時間目の前に、机の中を確認してください」


「はい」


「六時間目の前にも」


「はい」


「清掃の前にも」


「はい」


「いつ入ったのかだけ絞る」


ひより先輩が。


うなずく。


「それなら誰かを追わなくていい」


「はい」


「お菓子だけ見る」


「そうです」


森下さんも。


「それならやります」


と答えた。


ただ。


一週間。


待つことになる。


「それまで」


ひより先輩が聞く。


「Kくんには何も聞かない?」


森下さんは。


かなり悩んだ。


「……聞きたくはあります」


「うん」


「でも」


「うん」


「『お菓子入れた?』って聞いたら」


「はい」


「入れてなくても、私が期待してるってバレますよね」


「たぶん」


「それは……まだ嫌です」


「じゃあ」


ひより先輩は言った。


「今は聞かない」


「はい」


「待てる?」


「一週間なら」


「うん」


森下さんが。


少し笑う。


「告白するかも決めてないのに」


「はい」


「お菓子一個で、こんなに考えるとは思いませんでした」


ひより先輩が。


机の上の星形キャンディを見る。


「恋愛って」


「はい」


「一個で十分だったりするからね」


「一ノ瀬先輩」


ぼくが呼ぶ。


「何?」


「経験者のように言わないでください」


「経験がないとは言ってないよ?」


ぼくのペンが。


止まった。


「……」


「書記くん?」


「相談を続けます」


「逃げた」


森下さんが。


声を押さえて笑っている。


最近。


相談者に笑われる回数が増えた気がする。


なぜだろう。



相談は。


そこで一度終了した。


次の金曜日まで。


森下さん自身が。


机の中を確認する。


誰かを尾行しない。


勝手に荷物を調べない。


Kくんへ直接聞くかは。


来週。


本人がもう一度決める。


「ありがとうございました」


森下さんが。


透明な袋を鞄へ入れる。


「少し楽になりました」


「何か解決しました?」


ひより先輩が聞く。


「全然」


「だよね」


「でも」


森下さんは。


少し考えて言った。


「Kくんだったらいいな、って思っててもいいってわかったので」


「うん」


「Kくんだって決めなければ」


「うん」


「期待してもいい」


「そうだね」


森下さんが。


笑う。


「来週まで、期待だけします」


それは。


悪くない待ち方だと思った。


ドアを開ける。


退出していたメンバーが。


廊下の少し離れたところにいる。


今日は。


全員ではない。


三枝先輩と。


鳴海くんだけ。


「また待ってたんですか」


「三枝先輩が」


鳴海くんが言う。


「鳴海くんもいるじゃない」


「帰ろうとしたら止められました」


「確認担当として必要だったの」


三枝先輩が答える。


「何の確認ですか」


「相談が終わったか」


「それだけ?」


「それだけ」


森下さんが。


鳴海くんを見る。


それから。


ぼくの机。


「あ」


「どうしました」


「高槻先輩の飴」


「ああ」


「見せてもらってもいいですか」


ぼくは。


机からキャンディを取る。


森下さんの今日のものと。


並べる。


同じ黄色。


同じ星。


同じ透明な包み。


森下さんが。


少しだけ眉を寄せる。


「……同じです」


「同じ商品ですね」


「でも」


「何ですか」


森下さんが。


二つを見比べる。


「高槻先輩の方」


「はい」


「裏にシールがついてます」


見る。


個包装の裏。


小さな。


白い丸いシール。


直径。


五ミリくらい。


森下さんのには。


ない。


「何でしょう」


ひより先輩が。


覗き込む。


「値札?」


「個包装には普通つけません」


三枝先輩が言う。


鳴海くんが。


じっと見る。


「識別用でしょうか」


「何の?」


「わかりません」


ぼくは。


白いシールを見る。


手書き。


小さな黒い点。


いや。


数字。


「……8?」


ひより先輩が言う。


「八に見える」


相談番号八。


森下葵。


「書記くん」


「偶然です」


「まだ決めない?」


「決めません」


「でも」


森下さんが。


少し不安そうになる。


「私の相談番号……八ですよね」


「はい」


「高槻先輩の飴に、八?」


「現時点では」


ぼくは言った。


「八に見える印があるだけです」


相談室。


相談番号。


飴。


一瞬。


大きな事件の匂いに。


全員が反応しかける。


でも。


違う。


ここで。


過去と同じように。


全部を危険なものとして扱う必要はない。


「まず」


ぼくは言う。


「誰がぼくの机へ置いたか確認します」


「どうやって?」


ひより先輩が聞く。


「生徒会室にいた人へ聞きます」


「普通」


「普通です」


「探偵しない?」


「必要ありません」


三枝先輩が。


少し笑った。


「成長したわね」


「さっきも言われました」


「誰に?」


「秘密です」


「珍しい」


森下さんが。


飴を見つめる。


「私のと関係あるんでしょうか」


「まだわかりません」


「はい」


「でも」


ひより先輩が言う。


「不安なら」


「はい」


「次の金曜日まで一人で考えなくていいよ」


森下さんは。


少しだけ安心したように笑った。


「はい」



結論は。


十分後に出た。


ぼくの飴を置いた人物。


青柳楓先輩。


「私だよ」


生徒会室へ戻ってきた青柳先輩が。


普通に認めた。


「……なぜですか」


「何でそんな怖い顔するの」


「相談番号八に見えるシールがあります」


「ああ」


青柳先輩が笑う。


「あれ、八じゃないよ」


「では?」


「雪だるま」


「……」


見る。


黒い点。


上。


下。


確かに。


小さな丸が二つ。


数字の八にも。


雪だるまにも見える。


「冬でもないですが」


「落書きしたかっただけ」


「なぜ飴を?」


青柳先輩は。


少しだけ。


気まずそうに笑った。


「金曜日だから」


「説明になっていません」


「一週間お疲れさま、って」


「ぼくに?」


「うん」


「なぜ」


「書記くん、最近ずっと残ってるでしょ」


音羽さんの件。


相談番号零。


そのあと。


新しい相談。


記録整理。


正式運用。


確かに。


帰る時間は遅かった。


「だから」


青柳先輩は言う。


「一個くらい甘いもの食べればいいかなって」


「直接渡せばいいのでは」


「そうすると遠慮するでしょ」


「今も遠慮します」


「ほら」


ひより先輩が。


横で笑う。


「青柳先輩」


ぼくは聞く。


「森下さんの相談とは」


「知らないよ」


「星形キャンディは?」


「生徒会室の引き出しに袋があるよ」


「……」


引き出し。


開ける。


大袋。


同じ商品。


三枝先輩が。


額を押さえる。


「それ、文化祭の残りじゃない?」


青柳先輩。


「あ、そうかも」


久世先輩。


放送委員会。


生徒会。


文化祭。


校内で。


それなりに配られていた商品。


つまり。


森下さんのキャンディと。


ぼくのキャンディが同じであることに。


特別な意味は。


たぶんない。


「書記くん」


ひより先輩が言う。


「事件じゃなかったね」


「事件だと言っていません」


「顔がちょっと言ってた」


「言っていません」


「耳は?」


「関係ありません」


青柳先輩が。


森下さんへ笑いかける。


「紛らわしくてごめんね」


「いえ」


森下さんも。


少し笑った。


「高槻先輩にも、金曜日だけお菓子が来たのかと思いました」


「一回だけです」


「でも」


ひより先輩が。


飴をぼくへ差し出す。


「もらったんだから食べれば?」


「……」


「誰からかわかったよ」


「はい」


「理由も」


「はい」


「じゃあ?」


ぼくは。


キャンディを受け取る。


「あとで食べます」


青柳先輩が。


少し満足そうに笑った。


「よし」


「なぜ先輩が満足するんですか」


「置いた本人だから」


「それはそうですが」


森下さんが。


自分のキャンディを見る。


まだ。


誰からかわからない。


でも。


さっきより。


表情は明るい。


「私も」


「はい?」


「来週」


森下さんが言う。


「理由までわかったら」


「はい」


「その時、食べます」


「今までは?」


ひより先輩が聞く。


「全部食べました」


「食べてたんだ」


「おいしかったので」


全員が。


少し笑った。



森下さんが帰ったあと。


生徒会室。


ぼくは。


青柳先輩からもらった飴を開けた。


レモン味。


「食べた」


ひより先輩が。


横から言う。


「はい」


「おいしい?」


「普通です」


「感想が弱い」


「キャンディです」


「じゃあ」


ひより先輩が。


引き出しの大袋から。


一つ取る。


紫。


ぶどう。


「これあげる」


「なぜですか」


「もう一個」


「一個で十分です」


「じゃあ明日」


「土曜日です」


「月曜日」


「……」


「いらない?」


ひより先輩が。


ぼくを見る。


昨日。


宮原さんの相談。


好き。


嫌い。


付き合う。


付き合わない。


今日。


森下さん。


期待。


事実。


少しずつ。


言葉を分けて考える相談が続いている。


ぼくは。


紫のキャンディを見る。


「もらいます」


ひより先輩が。


少しだけ目を丸くした。


「素直」


「一個なので」


「理由、それ?」


「はい」


先輩は。


キャンディをぼくの机へ置いた。


「じゃあ」


「はい」


「月曜日」


「何ですか」


「私が置いたって、忘れないでね」


「忘れません」


「記録する?」


「しません」


「どうして?」


「必要ないので」


ひより先輩が。


少し笑った。


「じゃあ」


「はい」


「記録しなくても覚えてて」


その言葉だけ。


少し。


違って聞こえた。


ぼくは。


机の上の紫のキャンディを見る。


「……はい」


それ以上は。


何も言わなかった。


その時。


ぼくのスマートフォンが震えた。


森下葵さんから。


相談用の連絡。


メッセージ。


『すみません。さっき友達から写真が来ました』


続いて。


一枚の写真。


一年二組の教室。


机。


その中に。


黄色い星形キャンディ。


でも。


森下さんの机ではない。


メッセージ。


『今日、もう一人の机にも入っていたそうです』


ひより先輩が。


横から画面を見る。


「誰の机?」


次の文章。


『Kくんです』


森下さんが好きな男子生徒。


毎週。


金曜日だけ。


森下葵の机に置かれるお菓子。


そして今日。


同じキャンディが。


Kくんの机にも入っていた。


ぼくは。


紫のキャンディを机の端へ置いた。


ひより先輩が言う。


「書記くん」


「はい」


「これ」


「はい」


「Kくんが森下さんに置いてる説」


「少し下がりました」


「ゼロ?」


「いいえ」


「自分の机にも入れてる可能性?」


「あります」


「でも」


「はい」


「もっと簡単な可能性もあるよね」


「はい」


一人が。


二人へ。


同じお菓子を置いている。


なぜ。


森下さんと。


Kくん。


その二人なのか。


ひより先輩は。


少しだけ笑った。


「恋愛相談っぽくなってきたね」


「最初から恋愛相談です」


「書記くん」


「はい」


「今、ちょっと楽しんでる?」


「……」


「ほら」


「確認が必要になっただけです」


「それを楽しんでるって言うんだよ」


違う。


……たぶん。


第44話まで読んでくださり、ありがとうございます。


今回は、


「毎週金曜日だけ、机にお菓子が置かれている」


という小さな相談でした。


相談者は一年生・森下葵。


五週間続けて。


金曜日だけ。


彼女の机には、一つの星形キャンディが入っています。


森下には、好きな男子生徒・Kくんがいます。


Kくんが置いてくれているのなら嬉しい。


でも。


そうであってほしいと思うことと。


本当にKくんが置いたことは別です。


森下は、自分の期待を否定するのではなく。


期待したまま、まだ決めないことを選びました。


そして。


高槻湊の机にも同じキャンディが現れますが、こちらは青柳楓からの「一週間お疲れさま」という、まったく別の理由でした。


同じお菓子。


同じ金曜日。


だからといって。


同じ意味とは限りません。


さらに最後。


森下の好きなKくんの机にも。


同じ星形キャンディが見つかります。


森下へお菓子を置いているのはKくんなのか。


それとも。


誰かが二人へ同じものを置いているのか。


そして。


なぜ、その二人なのか。


次回は、秘密のお菓子の送り主へ少しずつ近づきます。


ただし。


今回も。


誰かを尾行したり、荷物を調べたりはしません。


放課後相談室らしく。


本人たちが見えている範囲から、少しずつ確認していきます。


そして。


ひよりが湊の机へ置いた、紫色のキャンディ。


こちらについては。


……まだ事件にはしません。


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