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第43話 付き合ってない。でも、嫌じゃない

一年生・宮原咲良には、好きな人がいる。


けれど。


告白していない。


相手からも告白されていない。


それなのに学校では、


二人は付き合っている。


という噂が広がっていた。


きっかけと思われる写真には、咲良の好きな男子生徒と、赤い紙袋を持つ女子生徒。


しかし。


その女子は咲良ではなかった。


そして翌日。


咲良は、自分の言葉で本人へ確認することを選ぶ。


付き合ってはいない。


でも。


好きではないとも、まだ言いたくない。


そんな二人の話が始まる。

翌日の放課後。


宮原咲良さんは。


昨日と同じ赤い紙袋を持っていた。


「……持ってきたんですね」


ぼくが言う。


「はい」


「クッキー」


「はい」


「普通の丸い」


「そこ覚えてたんですか?」


「記録しています」


「してたの!?」


一ノ瀬ひより先輩が、ぼくを見る。


「形までは記録していません」


「今の言い方だと完全に記録してる感じだったよ」


「相談内容は覚えています」


「書記くん、時々怖いよね」


宮原さんが。


昨日より少しだけ笑った。


でも。


その笑いはすぐに消える。


「今日……来てます」


「相手?」


ひより先輩が聞く。


「はい」


昨日まで。


Aくん。


とだけ呼んでいた男子生徒。


宮原さん本人から、名前を記録して構わないと許可をもらった。


一年三組。


相沢悠斗。


「相沢くんには、どう伝えました?」


ぼくが聞く。


「放課後、少し話したいって」


「理由は?」


「……言ってません」


「返事は?」


「いいよ、って」


宮原さんは。


紙袋を両手で持つ。


ぎゅっと。


少し強い。


「緊張してる?」


ひより先輩が聞く。


「してます」


「やめる?」


「……」


宮原さんは。


首を横に振った。


「話します」


「うん」


「でも」


「うん」


「最初だけ……いてください」


「もちろん」


昨日決めたこと。


本人同士で話す。


でも。


最初の一言が出ない時だけ。


ひより先輩が近くにいる。


ぼくは。


記録担当。


ただし。


会話を全部記録するわけではない。


必要な事実だけ。


「場所は?」


宮原さんが聞く。


「会議室を使えます」


ぼくが答える。


「二人きり?」


「希望なら」


「……完全に二人きりは」


「じゃあ」


ひより先輩が言う。


「私たちは少し離れたところにいる」


「はい」


「必要になったら呼んで」


「はい」


「答えは代わりに言わない」


「……はい」


準備は。


それだけだった。


名探偵らしい道具はない。


録音もしない。


写真の分析も。


今日はしない。


本人へ聞く。


それだけ。


でも。


たぶん。


今回一番難しい。



相沢悠斗くんは。


約束の時間より三分早く来た。


一年生。


少し背が高い。


短い黒髪。


特別目立つタイプではない。


でも。


会議室へ入った瞬間。


宮原さんを見る。


それから。


赤い紙袋を見る。


そして。


目をそらした。


……なるほど。


ひより先輩が。


ぼくをちらっと見る。


ぼくも。


何となく意味はわかった。


でも。


まだ決めない。


「相沢くん」


ひより先輩が言う。


「突然呼んでごめんね」


「いえ」


「今日の話は、宮原さんから聞いてもらう」


「はい」


「私たちは、少し離れてるから」


相沢くんが。


ぼくたちを見る。


「生徒会?」


「放課後相談室です」


ぼくが答える。


「ああ……」


「知っていますか」


「噂は」


「どんな?」


ひより先輩が聞く。


「相談したら全部調べられるって」


「違うからね?」


「必要な確認はします」


「書記くん!」


相沢くんが。


少しだけ笑った。


宮原さんの緊張も。


ほんの少し下がる。


ぼくとひより先輩は。


部屋の端へ移動した。


完全には聞こえない距離。


でも。


宮原さんが困れば。


すぐ近づける。


「……先輩」


宮原さんが呼ぶ。


ひより先輩が。


すぐに振り返る。


「うん?」


「やっぱり」


一瞬。


声が止まる。


「最初だけ」


ひより先輩は。


宮原さんの横まで戻る。


「何を聞きたい?」


「……噂」


「うん」


「じゃあ、そこから」


ひより先輩が。


相沢くんを見る。


「相沢くん」


「はい」


「学校で、宮原さんと付き合ってるって噂が出てるの、知ってる?」


相沢くんの顔が。


少し赤くなった。


「……はい」


宮原さんも。


赤くなる。


「いつ知った?」


「今日の朝です」


「誰から?」


「クラスの男子から」


「写真は見た?」


「見ました」


宮原さんが。


顔を上げる。


ひより先輩は。


そこで止めた。


「じゃあ」


宮原さんを見る。


「ここからは、自分で」


「……はい」


ひより先輩が。


ぼくのところへ戻る。


宮原さんは。


しばらく。


何も言わなかった。


相沢くんも。


待っている。


それから。


「相沢くん」


「うん」


「私たち」


一度。


息を吸う。


「……付き合ってないよね」


相沢くんは。


目を見開いた。


「うん」


短い。


でも。


はっきりした答え。


宮原さんの肩が。


少し下がった。


「よかった……」


相沢くんが。


少し困った顔をする。


「よかった?」


「あ」


「いや」


「違くて」


「違うっていうのも変で」


「うん」


「その」


宮原さんが。


完全に混乱している。


ひより先輩が。


ぼくの隣で。


ものすごく口を挟みたそうにしている。


「一ノ瀬先輩」


小声で止める。


「何も言ってないよ」


「顔が言っています」


「昨日、宮原さんにも言われた……」


相沢くんが。


少し笑った。


「俺も」


「え?」


「付き合ってることになってて、びっくりした」


「……嫌だった?」


宮原さんが聞く。


相沢くんが。


止まった。


今度は。


宮原さんが聞いてしまった。


かなり。


答えにくい質問を。


「……嫌というか」


相沢くんは。


耳が赤い。


「勝手に決められるのは、嫌だった」


「うん」


「宮原が嫌って意味じゃなくて」


宮原さんの動きが。


止まった。


ひより先輩の動きも。


止まった。


ぼくは。


横を見る。


「先輩」


「何も言ってない」


「まだ何も言っていません」


「先回りされた」


相沢くんは。


続ける。


「付き合ってないのに」


「うん」


「付き合ってるって言うのは違うし」


「うん」


「でも」


「……うん」


「全力で否定したら」


相沢くんは。


テーブルを見る。


「宮原のこと嫌いみたいになるから」


宮原さんが。


完全に黙った。


ぼくも。


ペンが止まる。


ひより先輩は。


口元を押さえている。


「書記くん」


「静かにしてください」


「何も言ってないのに」


「顔がうるさいです」


「顔にうるさいってある?」


ある。


今は。


かなり。


宮原さんが。


ゆっくり言う。


「私も……同じ」


相沢くんが顔を上げる。


「え」


「付き合ってないって言いたいけど」


「うん」


「相沢くんのこと好きじゃないって意味にはしたくなくて」


言った。


宮原さん自身は。


気づいていない。


たぶん。


でも。


ほとんど。


告白だった。


相沢くんも。


気づいている。


顔が。


赤い。


「……それ」


相沢くんが言う。


「どういう意味?」


宮原さんが。


固まった。


「え」


「いや」


「今」


「え?」


「……」


沈黙。


ひより先輩が。


ぼくの袖を引く。


小声。


「書記くん」


「はい」


「これ、もう相談室いらなくない?」


「同感です」


「出る?」


「でも宮原さんが」


その時。


宮原さんが。


こちらを見た。


目。


完全に。


助けて。


と書いてある。


ひより先輩は。


すぐに立った。


「はい、一回停止」


「停止?」


相沢くんが聞く。


「宮原さん、ちょっと水飲もう」


「はい!」


逃げた。


いや。


相談上の休憩。


必要な休憩だと思う。


宮原さんは。


ひより先輩に連れられ。


会議室の外へ出た。


残ったのは。


ぼくと相沢くん。


……気まずい。


非常に。


「高槻先輩」


「はい」


「今のって」


「本人に聞いてください」


「ですよね」


「はい」


「……」


「……」


男二人。


沈黙。


相沢くんが。


先に口を開いた。


「先輩」


「はい」


「一ノ瀬先輩と、付き合ってるんですか」


「なぜ今その質問になるんですか」


「いや」


「何か」


「聞きやすそうだったので」


「付き合っていません」


「そうなんですか」


「はい」


「でも」


「はい」


「好きじゃないんですか」


今度は。


ぼくが止まった。


「……」


「先輩?」


「今は、宮原さんの相談です」


「逃げました?」


一年生に。


昨日と同じことを言われた。


「逃げていません」


「じゃあ」


「相沢くん」


「はい」


「相談者の話へ戻します」


「はい」


少し。


笑われた。


納得できない。



五分後。


宮原さんが戻ってきた。


顔は。


まだ赤い。


でも。


さっきより落ち着いている。


ひより先輩が。


席へ戻る前に。


宮原さんへ聞く。


「続けられる?」


「はい」


「言いたくないことは言わなくていい」


「はい」


「今日、答えを出さなくてもいい」


「……はい」


宮原さんは。


自分の席へ戻る。


相沢くんを見る。


「さっきの」


「うん」


「今のは」


「うん」


「……忘れて」


「無理だと思う」


即答。


宮原さんが。


両手で顔を隠した。


「相沢くん」


ひより先輩が笑いをこらえながら言う。


「そこ、もう少し優しく」


「すみません」


「でも」


相沢くんは。


宮原さんを見る。


「俺も」


「……何」


「宮原のこと」


少し。


間が空く。


「嫌じゃない」


宮原さんが。


指の隙間から相沢くんを見る。


「それだけ?」


「……今は」


「……」


「ごめん」


宮原さんが。


少し笑う。


「私も、今はそれくらい」


告白。


ではない。


交際開始。


でもない。


でも。


昨日までより。


少しだけ。


前へ進んだ。


「じゃあ」


宮原さんが言う。


「付き合ってない」


「うん」


「でも」


一度。


言葉を止める。


「お互い、嫌じゃない」


相沢くんが。


笑った。


「それ、学校に言う?」


「言わない!」


「だよね」


二人とも。


笑った。


これで。


相談の一番難しいところは。


終わった気がした。


でも。


もう一つ。


写真。


「相沢くん」


ぼくが聞く。


「昨日、学校を休んでいましたね」


「あ、はい」


「駅前にいましたか」


表情が。


少し変わる。


「いました」


「写真に写っていた男子生徒は?」


「俺です」


宮原さんが。


息を止める。


「一緒にいた女子生徒は?」


相沢くんは。


少し困ったように答えた。


「姉です」


宮原さん。


ひより先輩。


ぼく。


同時に。


黙った。


「……お姉さん?」


宮原さんが聞く。


「うん」


「彼女じゃなく?」


「姉」


「本当に?」


「姉」


「何歳?」


「大学一年」


「何で制服っぽく見えたの?」


「母校の部活に顔出すって、昔のコート着てたから」


なるほど。


写真では。


上半身の一部しか見えていない。


制服に見えたのは。


学校指定に近い紺色のコート。


「昨日休んだ理由は?」


ぼくが聞く。


「病院です」


「そのあと?」


「駅で姉と待ち合わせ」


「赤い紙袋は?」


相沢くんが。


少し笑う。


「駅前の店の焼き菓子です」


白石さんの予想通り。


宮原さんの紙袋とは。


別物。


ただ。


写真では。


ほぼ同じに見えた。


「じゃあ……」


宮原さんが言う。


「完全な勘違い?」


「写真については、そう見えます」


ぼくは答える。


「でも」


「まだ何か?」


「なぜ投稿者が、女子生徒を宮原さんだと判断したのか」


「あ……」


「そこは残っています」


相沢くんが。


少し考える。


「昨日」


「はい」


「クラスで、宮原が俺に何か渡すって話、出てたらしいです」


宮原さんが。


顔を上げる。


「何で知ってるの?」


「今日、男子から言われた」


「何て?」


「『昨日プレゼントもらったんだろ』って」


宮原さんの表情が。


少し固くなる。


「誰がそんな話……」


「そこは」


ぼくが止める。


「最初から誰かを疑わない方がいいです」


「……はい」


「まず、どこまで広がっていたか」


相沢くんによると。


昨日の朝。


宮原さんが。


赤い紙袋を持っていた。


友人と何か話していた。


それを見た誰かが。


相沢くんへ渡すらしい。


と解釈した。


さらに。


相沢くんが欠席。


放課後。


駅前で。


赤い紙袋を持つ女子と相沢くんが一緒にいる写真が撮られた。


そして。


二つの情報が。


つながった。


宮原が何か渡すらしい。


相沢が赤い紙袋を持つ女子といた。


なら。


宮原だ。


そして。


ついに付き合ったらしい。


誰かが。


一つずつ。


少しだけ勝手に意味を足した。


「これ」


ひより先輩が言う。


「一人が全部作った噂じゃないかもしれないね」


「はい」


「最初の人は」


赤い紙袋を見た。


次の人は。


相沢くんへ渡すと思った。


写真を撮った人は。


その女子が宮原さんだと思った。


投稿した人は。


二人が交際したと思った。


コメントした人は。


前から付き合っていたと思った。


全部。


少しずつ違う。


でも。


最後には。


宮原咲良と相沢悠斗は付き合っている。


という。


存在しない事実になる。


「……怖い」


宮原さんが言う。


「悪い人が一人いた方が」


少し。


間を置く。


「わかりやすかったかも」


ひより先輩が。


小さくうなずく。


「うん」


「でも」


宮原さんは続ける。


「誰か一人に、全部怒るのも違う気がします」


「そうだね」


「じゃあ、どうしたら?」


「まず」


ぼくは言った。


「今の事実を決めます」


二人は。


付き合っていない。


写真の女子は。


相沢くんの姉。


これが。


確認できたこと。


好きかどうか。


今後付き合うか。


それは。


公開する必要がない。


「投稿については」


ぼくは続ける。


「削除だけでなく、投稿者本人から訂正してもらう方がいいと思います」


「誰かわかるんですか」


「白石さんが見せてくれた投稿には、投稿者名があります」


学校内の写真共有アプリ。


完全匿名ではない。


本人へ連絡する場合は。


学校側を通す。


宮原さんと相沢くんへ。


どうしたいか確認する。


「私は」


宮原さんが言う。


「訂正してほしいです」


「削除も?」


「はい」


「相沢くんは?」


「俺も」


「理由は?」


ひより先輩が聞く。


「姉まで変な噂になるので」


「なるほど」


「あと」


相沢くんが。


宮原さんを見る。


「宮原が困ってるから」


宮原さんが。


また赤くなる。


「……そういうの」


「何」


「今言う?」


「だめ?」


「だめじゃないけど」


「じゃあいいじゃん」


「……」


ひより先輩が。


こちらを見る。


「書記くん」


「何ですか」


「一年生ってすごいね」


「何がですか」


「私たちより進むの早い」


「比較する必要はありません」


「そこだよ」


「何がですか」


「本当にそこ」


また。


意味がわからない。


たぶん。



学校を通して。


投稿者へ確認した。


本人は。


一年三組の生徒ではなかった。


同じ学年の別クラス。


駅で。


相沢くんを見かけた。


女子生徒と一緒だった。


その朝。


友人から。


相沢くんが宮原さんからプレゼントをもらうらしい。


という話を聞いていた。


だから。


写真の女子が。


宮原さんだと思った。


悪意は。


なかった。


少なくとも。


本人はそう話した。


でも。


確認せず投稿したことは認めた。


投稿は削除。


さらに。


同じ投稿欄へ。


本人から訂正。


昨日投稿した写真の女子生徒は、宮原さんではありませんでした。


交際しているという内容も確認していない情報でした。


誤解を招く投稿をしてすみません。


宮原さん。


相沢くん。


二人とも。


その文面でいいと答えた。


謝罪を。


直接受けたいとは言わなかった。


「許したってことですか?」


宮原さんが聞いた。


「許すかどうかは別です」


ぼくは答える。


「訂正内容に同意しただけです」


「……そうですよね」


「許す?」


ひより先輩が聞く。


宮原さんは。


少し考えた。


「今は」


「うん」


「怒ってます」


「うん」


「でも」


「うん」


「ずっと怒るかは、まだわかりません」


「それでいいよ」


まだ。


決めない。


その答えが。


少しずつ。


この相談室では。


普通になっている。



相談終了。


宮原さんは。


机の上の赤い紙袋を見る。


相沢くんも。


見る。


「それ」


「……何」


「俺?」


「……」


宮原さんが。


完全に止まった。


昨日から。


ずっと持っているクッキー。


本来の目的。


落とした定期入れを拾ってくれたお礼。


噂のためではない。


告白のためでもない。


「宮原さん」


ひより先輩が。


笑う。


「本当はどうしたかった?」


昨日と。


同じ質問。


宮原さんは。


紙袋を見る。


そして。


相沢くんへ差し出した。


「この前のお礼」


「定期入れ?」


「うん」


「ありがとう」


「市販だから」


「うん」


「手作りじゃないから」


「何でそこ強調するの」


「普通の丸いクッキーだから!」


相沢くんが。


笑った。


「わかった」


紙袋を受け取る。


終わり。


……ではなかった。


相沢くんが。


中のカードを見つける。


『この前はありがとう。

 助かりました。

 今度、ちゃんとお礼させてください。』


「今度?」


相沢くんが聞く。


宮原さんが。


固まる。


「そのカード」


「はい」


「クッキーがお礼なら」


「……」


「今度のお礼って何?」


「……」


ひより先輩が。


ぼくの袖を引いた。


「書記くん」


「はい」


「出よう」


「同意します」


今度こそ。


相談室は。


いらない。


ぼくたちは。


会議室の外へ出た。


ドアを閉める。


完全には。


聞こえない。


それでいい。


ひより先輩が。


廊下の壁へもたれる。


「青春だね」


「そうですね」


「楽しい?」


「先輩」


「何?」


「昨日も同じこと聞きましたね」


「答えてなかったから」


「……」


「楽しい?」


ぼくは。


少し考える。


「こういう相談は」


「うん」


「好きです」


「……」


先輩が。


少し驚いた顔をする。


「書記くんが『好き』って言った」


「相談の種類の話です」


「わかってるけど」


「では何ですか」


「いや」


先輩は。


少し笑った。


「ちゃんと言えるんだなって」


「必要なら言います」


「じゃあ」


先輩が。


ぼくを見る。


「私のことは?」


「……何がですか」


「好き?」


廊下が。


急に。


静かになった気がした。


部活動の声は。


聞こえている。


窓の外。


運動部。


靴音。


全部ある。


でも。


質問だけが。


近い。


「一ノ瀬先輩」


「はい」


「それは」


「うん」


「……今、必要な確認ですか」


ひより先輩が。


数秒。


ぼくを見る。


それから。


吹き出した。


「逃げた」


「逃げていません」


「逃げた」


「質問の必要性を確認しています」


「そういうところ」


「何がですか」


先輩は。


笑いながら。


少しだけ顔を赤くしている。


「今日は、答えなくていい」


「……」


「まだ選ばない、で」


今度は。


ぼくが何も言えなかった。


会議室のドアが開く。


宮原さんと。


相沢くん。


二人とも。


顔が赤い。


でも。


少し笑っている。


「終わりました?」


ぼくが聞く。


「はい」


宮原さんが答える。


「相談は?」


「……終わりでいいです」


「交際は?」


聞いた瞬間。


ひより先輩に。


腕を軽く叩かれた。


「書記くん」


「必要な確認です」


「そこは本人たちが言うまで待とうよ」


宮原さんと相沢くんが。


顔を見合わせる。


そして。


宮原さんが言った。


「まだです」


「はい」


「でも」


少し。


間を置いて。


笑う。


「今度、二人で出かけます」


相沢くんが。


うなずく。


「それだけです」


「了解しました」


ぼくは記録する。


相談結果。


交際の噂について訂正。


本人同士の関係については。


現時点で交際には至っていない。


今後については。


本人たちが決める。


ひより先輩が。


横から覗く。


「最後、固いなあ」


「記録なので」


「二人で出かける、は?」


「記録しません」


「何で?」


「必要ありません」


「でも青春なのに」


「記録に青春という欄はありません」


「作ろうよ」


「作りません」


宮原さんが。


笑った。


「高槻先輩」


「はい」


「一ノ瀬先輩と」


ぼくは。


嫌な予感がした。


「付き合ってないんですよね」


「はい」


「でも」


宮原さんが。


昨日の自分たちと。


同じ言葉を使う。


「嫌じゃないんですか?」


ひより先輩が。


黙る。


ぼくも。


黙る。


相沢くんが。


「宮原」


と止める。


「何?」


「それ、俺たちが聞くことじゃない」


「そう?」


「そう」


相沢くん。


助かった。


「ありがとうございます」


ぼくが言うと。


「いえ」


相沢くんは。


少し笑った。


「先輩も大変ですね」


「何がですか」


「……いろいろ」


一年生に。


同情された。


納得できない。


二人が帰る。


廊下の角を。


並んで曲がる。


距離は。


昨日より少し近い。


でも。


手はつないでいない。


それでいい。


今は。


その距離を。


二人で決めればいい。



夕方。


生徒会室。


ぼくが相談記録を整理していると。


白石すずさんが顔を出した。


「どうでした?」


「相談内容は共有できません」


「ですよね」


「ただ」


「はい」


「投稿は訂正されました」


白石さんが。


ほっとしたように笑う。


「よかった」


「協力ありがとうございました」


「いえ」


白石さんが帰ろうとして。


ひより先輩を見る。


「一ノ瀬先輩」


「何?」


「そういえば」


「うん」


「高槻先輩と付き合ってるって噂」


ぼくの手が。


止まる。


ひより先輩も。


止まる。


「……あるの?」


ひより先輩が聞く。


白石さんは。


少し考える。


「今のところ」


「今のところ?」


「はい」


「じゃあ、何で言ったの?」


「試しに」


「白石さん?」


白石さんが。


楽しそうに笑う。


「二人とも、すごい顔したから」


「高槻くん」


ひより先輩が呼ぶ。


「はい」


「否定しないの?」


「事実ではないので否定します」


「また即答!」


「でも」


ぼくは。


少しだけ。


言葉を止めた。


昨日とは。


少し違う。


「噂が出ていないなら」


「うん」


「今、訂正する必要はありません」


ひより先輩が。


黙る。


白石さんが。


ぼくを見る。


「高槻先輩」


「何ですか」


「ちょっと成長しました?」


「何の話ですか」


「さあ」


白石さんは。


笑って帰った。


ひより先輩が。


まだ。


こっちを見ている。


「書記くん」


「はい」


「今の」


「はい」


「ちょっとずるくない?」


「何がですか」


「否定したのに」


「はい」


「否定しきってない感じ」


ぼくは。


相談記録を閉じた。


「先輩」


「何?」


「まだ選ばない、でいいんですよね」


ひより先輩が。


目を見開く。


そして。


数秒後。


笑った。


「……うん」


「では」


「でも」


「何ですか」


先輩は。


机の向こうから。


少しだけ身を乗り出した。


「相談者じゃなくても」


「はい」


「いつかは、答えてね」


ぼくは。


すぐには答えられなかった。


だから。


その沈黙は。


記録しない。


相談ではないので。

第43話まで読んでくださり、ありがとうございます。


今回は、宮原咲良と相沢悠斗が、周囲に作られてしまった「交際中」という噂について、本人同士で確認しました。


二人は付き合っていません。


しかし。


どちらも相手を嫌だとは思っていない。


付き合っていない、と訂正すること。


相手を好きではない、と否定すること。


この二つは別でした。


そして写真の女子生徒は、相沢の姉。


噂は、一人の悪意ある人物が最初から最後まで作ったものではありませんでした。


宮原が赤い紙袋を持っていた。


相沢へ何か渡すらしい。


駅で相沢が赤い紙袋を持った女子といた。


なら、その女子は宮原だ。


二人は付き合い始めた。


一人ひとりが、ほんの少しずつ「たぶん」を足した結果。


存在しない交際が、事実のように広がっていました。


大事件ではありません。


けれど。


まだ本人たちが決めていない関係を、周囲が先に決める。


それもまた、放課後相談室が扱うべき小さな問題でした。


宮原と相沢は、まだ付き合いません。


ただし。


今度、二人で出かけます。


そして。


一ノ瀬ひよりと高槻湊も。


「付き合っていない」という事実だけでは、少し説明しきれない場所へ進み始めています。


次回は、この恋愛相談の余韻を残しつつ。


放課後相談室へ届く、少し変わった相談。


「毎週金曜日だけ、私の机にお菓子が置かれています」


そんな、小さな謎から始めたいと思います。


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