第42話 告白していないのに付き合っている
相談番号零が終わった。
放課後相談室には、久しぶりに「恋愛相談らしい相談」がやってきた。
好きな人の相談でも、まだいいんですか?
そう尋ねた一年生の女子生徒。
けれど。
彼女の悩みは、告白できないことではなかった。
「私……告白してないんです」
「なのに、学校ではもう付き合ってることになってます」
「むしろ、それが元祖です」
一ノ瀬ひより先輩が胸を張った。
生徒会室の入口。
一年生の女子生徒は、小さな紙袋を抱えたまま固まっている。
「……元祖?」
「気にしないでください」
ぼくは言った。
「一ノ瀬先輩が勝手に言っています」
「書記くん?」
「事実です」
「元は恋愛相談室だったよ?」
「正式名称ではありません」
「そこ今いる?」
「必要なので」
「久しぶりだなあ、この感じ」
三枝莉子先輩が呆れたように笑う。
少し前まで。
生徒会室では。
音声の偽造。
学校記録。
数年前の事件。
そんな話ばかりをしていた。
だから。
一年生が持つ小さな紙袋が。
妙に平和なものに見えた。
中から。
赤い包装のクッキーが少しだけ見えている。
「とりあえず座ろうか」
ひより先輩が言った。
「相談室の部屋は、まだ設備確認中だから」
「ここで大丈夫ですか?」
女子生徒が、不安そうに周囲を見る。
三枝先輩。
黒崎悠真先輩。
青柳楓先輩。
久世綾音先輩。
鳴海律くん。
人数が多い。
確かに。
恋愛相談をする環境としては。
かなり悪い。
「……大丈夫じゃないですね」
ぼくが言う。
「書記くん、判断が早い」
「必要のない人には退出してもらいます」
「私、追い出される側?」
ひより先輩が聞く。
「一ノ瀬先輩は相談担当です」
「よかった」
「ぼくは記録担当」
「はい」
三枝先輩が立ち上がる。
「私は外にいるわ」
黒崎先輩も。
「必要なら呼べ」
青柳先輩は女子生徒へ笑いかけた。
「恋愛相談なら、私まで残ったら緊張するよね」
「え、あ……」
「大丈夫。別にあとで聞いたりしないから」
青柳先輩。
少し変わった。
以前なら。
心配だから、と理由をつけて近くに残ったかもしれない。
今は。
本人が話しやすい距離を選ぶ。
久世先輩も立つ。
「鳴海」
「はい」
「行くよ」
「僕もですか」
「あなたが恋愛相談に必要?」
鳴海くんは。
少し考えた。
「音声分析なら」
「必要ない」
「はい」
全員が出ていった。
最後に。
鳴海くんだけ。
ドアを閉める直前。
ぼくへ言った。
「高槻くん」
「何ですか」
「恋愛相談、できるんですね」
「記録はできます」
「相談は?」
「閉めますよ」
「はい」
ドアが閉まった。
ひより先輩が。
笑いをこらえている。
「何ですか」
「書記くん、鳴海くんに負けてない?」
「勝負していません」
「恋愛知識」
「相談を始めます」
「逃げた」
「始めます」
一年生の女子生徒が。
小さく笑った。
さっきより。
少しだけ緊張が下がったように見える。
「ごめんね」
ひより先輩が言う。
「こんな相談室で」
「いえ」
女子生徒は。
首を横に振った。
「思ってたより……普通だったので」
「今までどんな噂を聞いてたの?」
「犯人を見つけるところだって」
「違うよ?」
ひより先輩がぼくを見る。
「ね?」
「相談の結果、確認が必要になることはあります」
「書記くん、その答えだと否定できてない」
一年生が。
また笑った。
「お名前を確認してもいいですか」
ぼくが聞く。
「一年三組、宮原咲良です」
宮原咲良。
相談番号。
新しい台帳では。
七。
相談番号零は。
通常番号とは別に残した。
だから。
今までの正式な相談番号を継続する。
「今日は、どんな相談ですか」
ひより先輩が聞く。
宮原さんは。
紙袋を机に置いた。
「好きな人がいます」
ひより先輩の表情が。
少し明るくなる。
「うん」
「同じクラス?」
「はい」
「話す?」
「話します」
「仲いい?」
「……たぶん」
「いいね」
「一ノ瀬先輩」
ぼくが止める。
「何?」
「誘導しすぎです」
「恋愛相談久しぶりだから、つい」
「落ち着いてください」
「書記くんに言われた……」
宮原さんが。
少し困ったように笑う。
「相手は」
ぼくが聞く。
「名前を記録する必要がありますか」
「あ……」
「今は必要ありません」
「じゃあ、言わなくても?」
「はい」
宮原さんの肩が。
少し下がった。
「同じクラスの男子です」
「うん」
ひより先輩が聞く。
「告白したい?」
「……それが」
宮原さんは。
紙袋を握った。
「告白する前だったんです」
「前?」
「はい」
「まだしてない?」
「してません」
ひより先輩が。
少し首を傾げる。
「じゃあ、何に困ってるの?」
宮原さんが。
顔を赤くする。
恥ずかしい。
という赤さではなかった。
困っている時の顔。
「私」
一度。
息を吸う。
「もう、付き合ってることになってるんです」
ぼくと。
ひより先輩は。
同時に黙った。
「……誰と?」
ひより先輩が聞く。
「その好きな人とです」
「実際は?」
「付き合ってません」
「告白も?」
「してません」
「相手からも?」
「されてません」
「でも、周りでは?」
「付き合ってることになってます」
少し。
久しぶりの感覚だった。
大事件ではない。
脅迫でもない。
でも。
言葉と事実が。
ずれている。
「いつからですか」
ぼくが聞く。
「昨日からです」
「最初に気づいたのは?」
「朝」
「誰かに言われた?」
「友達に」
宮原さんは。
昨日のことを話し始めた。
朝。
教室へ入る。
友人が。
突然、にやにやしながら言った。
『おめでとう』
何のことかわからない。
『隠さなくていいって』
さらに。
別の女子生徒。
『いつから付き合ってたの?』
男子生徒からも。
『あいつとお幸せに』
「最初は」
宮原さんは言う。
「何かの冗談だと思いました」
「はい」
「でも」
昼には。
他のクラスの生徒まで知っていた。
放課後。
部活動の先輩から。
彼氏できたんだって?
と言われた。
「相手の男子生徒は?」
ぼくが聞く。
「昨日は休みでした」
「欠席?」
「はい」
「今日は?」
「来てます」
「話しましたか」
宮原さんは。
首を横に振る。
「話せませんでした」
「どうして?」
ひより先輩が聞く。
「……もし」
宮原さんは。
かなり迷ってから言った。
「向こうも、私と付き合ってるって聞いてたら」
「うん」
「何て話せばいいかわからなくて」
「なるほど」
ひより先輩がうなずく。
「好きな人本人に」
「私たち付き合ってないよね?」
「って確認するの」
「かなり告白に近い」
宮原さんの顔が。
さらに赤くなる。
「そうなんです!」
「確かに」
「先輩、ちょっと楽しんでませんか」
「少しだけ」
「一ノ瀬先輩」
「相談は真面目にやってます」
ぼくは記録する。
事実。
本人は告白していない。
交際の合意もない。
しかし。
周囲では交際中として認識されている。
「原因に心当たりは?」
ぼくが聞く。
「……これかもしれません」
宮原さんが。
机の上の紙袋を指した。
赤い包装のクッキー。
「昨日」
「はい」
「相手の机に置こうと思ってました」
ひより先輩の目が。
少し輝く。
「プレゼント?」
「ただのお礼です!」
「まだ何も言ってないよ」
「顔が言ってました」
「宮原さん、鋭い」
「相談を続けます」
ぼくが言う。
「書記くん、今日ずっと止める側だね」
「誰のせいですか」
宮原さんによれば。
好きな相手。
仮に。
Aくんとする。
Aくんは。
先週。
宮原さんが図書室で落とした定期入れを拾ってくれた。
中には。
家族写真と。
大切にしていたお守りが入っていた。
だから。
お礼をしたかった。
「市販のクッキーです」
宮原さんは。
強調する。
「手作りじゃありません」
「そこ重要?」
ひより先輩が聞く。
「重要です!」
「はい」
「ハート型でもありません!」
「聞いてないよ?」
「普通の丸です!」
「宮原さん」
ぼくが言う。
「落ち着いてください」
「高槻先輩まで……」
「必要なので」
「その言葉、噂通りなんですね」
「何の噂ですか」
「何でも『必要なので』って言う人がいるって」
ぼくは。
ひより先輩を見る。
先輩が。
目をそらした。
「一ノ瀬先輩」
「私じゃないよ?」
「まだ何も言っていません」
「……似てきたね、私たち」
「違います」
宮原さんが。
また少し笑った。
話を戻す。
昨日の朝。
宮原さんは。
クッキーをAくんの机へ入れようとした。
でも。
Aくんは欠席。
持ち帰ろうか迷った。
その時。
友人に、
渡さないの?
と聞かれた。
「好きだとは言ってないんですよね」
ぼくが確認する。
「言ってません」
「友人は、あなたがAくんを好きだと知っていますか」
宮原さんは。
少しだけ。
顔を伏せた。
「……一人だけ」
「その友人?」
「はい」
「名前は今必要ありません」
「ありがとうございます」
「友人には、何と?」
「好きかもしれないって」
「いつ?」
「先週」
「Aくん本人には?」
「何も」
「クッキーにメッセージは?」
「あります」
宮原さんが。
紙袋から。
小さなカードを出した。
実物。
ただし。
Aくんへ渡していない。
『この前はありがとう。
助かりました。
今度、ちゃんとお礼させてください。』
ひより先輩が読む。
「……付き合ってる文章ではないね」
「ですよね!」
「告白でもない」
「ですよね!」
宮原さんが。
少しだけ元気になる。
「ただ」
ぼくは言った。
「今度、ちゃんとお礼させてください、だけ切り取れば」
宮原さんが固まる。
「……何ですか」
「文脈を知らない人が、別の意味に受け取る可能性はあります」
「ええ……」
「でも、それだけで付き合っているという話には飛びません」
「ですよね!」
「はい」
「よかった……」
「まだ原因はわかっていません」
「現実に戻された」
ひより先輩が。
カードを見る。
「このカード、誰かに見られた?」
「友達には」
「その一人?」
「はい」
「ほかには?」
「たぶん……」
宮原さんが。
少し考える。
「昨日、教室で紙袋を出した時に、何人かいたと思います」
「机へ入れた?」
「いいえ」
「では、Aくんはこのクッキーを受け取っていない」
「はい」
重要だった。
噂では。
付き合っている。
でも。
交際の証拠のように見える物は。
相手へ届いていない。
「ほかに、最近Aくんと何かありましたか」
「何か……」
「一緒に帰った」
「ないです」
「二人で出かけた」
「ないです」
「放課後に二人で話した」
「あります」
ひより先輩が。
身を乗り出す。
「どこで?」
「図書室」
「何を?」
「英語の宿題」
「色気がない」
「先輩」
「ごめん」
ぼくは聞く。
「どのくらい?」
「十分くらい」
「二人きり?」
「途中から」
「誰かに見られた?」
「たぶん」
でも。
それも。
交際の根拠としては弱い。
「宮原さん」
ひより先輩が。
少し声を柔らかくした。
「一番困ってるのは、どこ?」
「噂が広がってること?」
「Aくんに誤解されること?」
「それとも」
少し。
間を置く。
「本当は好きなのに、『違う』って否定しなきゃいけないこと?」
宮原さんが。
黙った。
その沈黙で。
答えがわかった気がした。
でも。
先に言わない。
宮原さん自身が。
話すのを待つ。
「……全部です」
小さな声。
「噂は嫌です」
「うん」
「勝手に付き合ってるって言われるのも」
「うん」
「でも」
「うん」
「違うって言うと」
宮原さんは。
膝の上で手を握る。
「Aくんを好きじゃないって言ってるみたいで」
ひより先輩が。
ゆっくりうなずく。
「そうだね」
「私」
宮原さんの目に。
少し涙が浮かぶ。
「まだ、告白するかも決めてなかったんです」
「うん」
「もっと話してからでもいいと思ってた」
「うん」
「でも、みんなが先に付き合ってるって決めたら」
「はい」
「告白するのも」
「否定するのも」
「全部、私が後から合わせてるみたいで」
気持ちを。
先に決められた。
これまで。
何度も見てきた。
でも。
今回は。
学校を辞めるような事件ではない。
脅迫もない。
偽造書類もない。
ただ。
恋愛の噂。
それでも。
本人には。
十分困る。
「宮原さん」
ひより先輩が言った。
「まず、一つだけ」
「はい」
「付き合ってるかどうかと」
「はい」
「好きかどうかは、別にしよう」
宮原さんが。
少し顔を上げる。
「付き合ってない」
「はい」
「これは否定していい」
「でも」
「好きじゃないとは言わなくていい」
「……」
「『付き合ってないです』だけでいい」
「好きかどうかは?」
「答えたくなければ、答えなくていい」
宮原さんは。
しばらく黙っていた。
「それでもいいんですか」
「いいよ」
「変に思われません?」
「思う人はいるかも」
「……」
「でも」
ひより先輩は。
少し笑った。
「他人の納得のために、宮原さんがまだ決めてないことまで答えなくていい」
宮原さんが。
ゆっくりうなずく。
「ただ」
ぼくが言った。
「噂の原因は確認した方がいいと思います」
宮原さんが。
ぼくを見る。
「犯人を探すんですか」
「その言い方はしません」
「でも」
「誰が最初に言ったのかを特定することより」
ぼくは記録用紙を見る。
「なぜ、交際中という話になったのか」
「それを?」
「はい」
「原因によっては、訂正方法が変わります」
例えば。
単なる友人の勘違いなら。
本人たちから訂正すればいい。
誰かが意図的に偽情報を流しているなら。
別の対応が必要。
写真やメッセージがあるなら。
その確認も必要。
「Aくん本人に、まず確認した方がいいですか」
宮原さんが聞く。
ひより先輩が。
すぐには答えない。
「宮原さんは、今、二人で話せる?」
「……怖いです」
「じゃあ、今すぐじゃなくていい」
「でも」
「相手も同じ噂で困ってるかもしれない」
「……はい」
「先生や私たちが、勝手にAくんへ聞くこともできる」
「それは」
宮原さんが。
すぐに首を横に振る。
「嫌です」
「うん」
ひより先輩が笑う。
「じゃあ、それはしない」
本人が。
明確に選んだ。
「もし」
宮原さんが言う。
「私が、自分で聞きたいって言ったら」
「うん」
「一緒にいるだけってできますか」
「できます」
ひより先輩が答える。
「答えは代わりに言わない」
「はい」
「でも、最初の一言が出ない時は」
「……助けてほしいです」
「了解」
その時。
生徒会室の外から。
小さな声が聞こえた。
「すみません」
ドア。
さっきまで。
誰もいなかったはずの廊下。
ぼくが立ち上がる。
「誰ですか」
ドアを開ける。
そこにいたのは。
白石すずさんだった。
第一の事件。
最初に。
自分の気持ちは自分で決める。
そう言った人。
「白石さん?」
「こんにちは、高槻先輩」
「どうしました」
「三枝先輩に、今は入らない方がいいって言われて待ってました」
「何か相談?」
ひより先輩が聞く。
「違います」
白石さんは。
手に持っていたスマートフォンを見る。
それから。
宮原さんを見た。
「あ」
宮原さんの顔が。
固まった。
二人は。
知り合いらしい。
「宮原さん」
白石さんが言う。
「やっぱりここにいたんだ」
「すず先輩……」
一年生と二年生。
同じ部活か。
委員会か。
「知り合い?」
ひより先輩が聞く。
白石さんはうなずく。
「美術部の後輩です」
なるほど。
宮原さんの紙袋。
少しだけ。
握る手が強くなる。
「白石さん」
ぼくが言う。
「相談中です。内容は」
「聞きません」
即答だった。
「でも、一つだけ」
白石さんが。
スマートフォンを机へ置く。
「宮原さん本人が知った方がいいと思って」
画面。
クラスのグループチャットではない。
学校内で使われている。
写真共有アプリ。
昨日の投稿。
写真には。
学校近くの駅。
改札前。
男女二人。
遠くから撮られている。
顔は。
はっきりしない。
でも。
制服。
鞄。
そして。
女子生徒が持つ。
小さな赤い紙袋。
宮原さんが。
机の上の紙袋を見る。
同じ。
「これ……」
声が震える。
投稿文。
一年三組、ついに付き合ったらしい。
その下。
コメント。
やっぱり。
前からそうだと思ってた。
昨日一緒に帰ってたよね。
おめでとう。
宮原さんが。
画面を見つめる。
「でも」
「はい」
白石さんが言う。
「この写真の女子」
少し。
間を置く。
「宮原さんじゃないです」
全員が。
白石さんを見る。
「わかるの?」
ひより先輩が聞く。
「はい」
白石さんは。
写真の女子生徒の右手を拡大する。
指。
細い。
銀色のリング。
「宮原さん」
「はい」
「指輪、つけないよね」
「校則で禁止だから……」
「うん」
白石さんは。
次に。
鞄を拡大する。
小さな。
猫のキーホルダー。
「これも」
「私のじゃないです」
「だよね」
つまり。
写真の女子は。
宮原咲良さんではない。
でも。
同じ色の紙袋を持っている。
そして。
一緒にいる男子。
「この男子は?」
ぼくが聞く。
宮原さんは。
写真を見る。
長い沈黙。
「……Aくんです」
好きな人。
本人だった。
ひより先輩の表情が。
少し変わる。
恋愛相談。
久しぶりの。
小さな相談。
でも。
状況が一つ。
複雑になった。
「昨日」
宮原さんが言う。
「Aくんは……学校を休んでた」
「はい」
「でも」
写真の投稿時刻。
午後四時三十七分。
駅前。
Aくんらしい男子。
別の女子生徒。
赤い紙袋。
「宮原さん」
ひより先輩が。
静かに言う。
「まず」
「はい」
「この写真を見て、何を思った?」
「……」
宮原さんの目に。
涙が浮かぶ。
「彼女……いるのかなって」
「うん」
「それなら」
「うん」
「私が好きなの」
声が。
少し崩れる。
「迷惑だったのかなって」
ひより先輩は。
すぐに慰めなかった。
「まだ、そこも決めないでおこう」
「でも写真が」
「写真に写ってるのは」
ぼくが言った。
「Aくんに見える男子と、宮原さんではない女子です」
「はい」
「交際していることは確認できません」
宮原さんが。
少しだけ顔を上げる。
「そして」
「はい」
「写真を見た人たちは、女子を宮原さんだと思った」
「はい」
「なぜ?」
宮原さんが。
机の上の赤い紙袋を見る。
同じ袋。
「……これ」
「可能性は高いです」
白石さんが言う。
「この紙袋」
「はい」
「駅前のケーキ屋さんのだと思う」
宮原さんが。
首を横に振る。
「違います」
「え?」
「私のは」
紙袋を持ち上げる。
裏。
小さな店名。
駅とは反対側にある。
雑貨店。
「ラッピングだけ買いました」
赤。
無地。
よくある紙袋。
写真だけなら。
同じ物に見える。
「つまり」
ひより先輩が言う。
「誰かが、写真の女子を宮原さんだと勘違いした」
「それで交際中って話になった?」
「それだけなら」
ぼくは言う。
「あり得ます」
宮原さんは。
少しだけ安心したような。
逆に。
不安になったような顔をした。
「でも」
白石さんが言う。
「一つ、変なんです」
「何?」
ひより先輩が聞く。
白石さんが。
投稿文を拡大する。
一年三組、ついに付き合ったらしい。
「写真だけで」
白石さんは言う。
「一年三組って、どうしてわかったんでしょう」
写真に。
名札は写っていない。
顔も。
ほぼ見えない。
Aくんを知っていれば。
クラスはわかるかもしれない。
でも。
女子が宮原さんだと判断した理由は。
紙袋だけ。
それなのに。
投稿者は。
最初から。
一年三組の二人だと書いている。
「投稿した人は」
ぼくは言った。
「少なくともAくんか宮原さんについて、ある程度知っている」
「クラスの人?」
宮原さんが聞く。
「まだわかりません」
「友達?」
「決めません」
宮原さんが。
少しだけ息を吐く。
「すみません」
「何がですか」
「私、さっきから」
「犯人誰だろうって……」
「自然だと思います」
ぼくは答えた。
「でも、今必要なのは」
ひより先輩が言う。
「犯人探しより」
「はい」
「宮原さんとAくんが、本当はどういう状態なのか」
宮原さんが。
うなずく。
白石さんは。
少し笑った。
「一ノ瀬先輩」
「何?」
「ちゃんと恋愛相談室してますね」
「今まで何だと思ってたの?」
「探偵事務所」
「白石さんまで?」
「だって、最初に私の偽の失恋届を調べたところだし」
「そうだった」
ひより先輩が。
少し遠い目をした。
白石さんが。
宮原さんを見る。
「咲良」
「はい」
「私も、勝手に気持ち決められたことあるから」
宮原さんが。
顔を上げる。
「だから」
白石さんは言った。
「違うなら、違うって言っていいよ」
「好きなのは?」
「それは」
白石さんが。
少し笑う。
「言いたくなった時に言えばいい」
宮原さんの目から。
涙が一つ落ちた。
「……はい」
大事件ではない。
たぶん。
誰かが。
写真を見て。
勘違いした。
面白がって投稿した。
それだけかもしれない。
でも。
一人の女子生徒にとって。
まだ言っていない「好き」を。
周りに先に使われてしまった。
それは。
十分。
相談する理由になる。
その日の相談は。
そこで一度終了した。
決定。
宮原さんは。
現時点で交際中ではないことだけを、聞かれた場合に答える。
好きかどうかは答えない。
Aくん本人へは。
翌日。
宮原さんが希望すれば。
ひより先輩が近くにいる状態で、直接確認する。
写真については。
学校側へ削除を要求する前に。
本人たちの意向と、投稿された範囲を確認する。
「削除したら終わり、じゃないんですね」
宮原さんが聞く。
「もう見た人はいます」
ぼくが答える。
「だから、訂正が必要になる可能性もあります」
ひより先輩が。
ぼくを見る。
「音羽さんの時と似てる?」
「規模も内容も違います」
「うん」
「でも」
「一度広がったものを消すだけでは、誤解が残ることがあります」
「そうだね」
宮原さんが。
赤い紙袋を持って立つ。
「これ」
「はい」
「明日、持っていった方がいいですか」
ひより先輩が。
一瞬。
楽しそうな顔になる。
でも。
すぐに。
ちゃんと相談担当の顔へ戻った。
「宮原さんは、どうしたい?」
「……」
「噂を否定するために渡さない、でも」
「はい」
「噂に合わせるために渡す、でもなく」
「はい」
「本当はどうしたかった?」
宮原さんは。
紙袋を見る。
「拾ってくれたお礼は」
「うん」
「したいです」
「じゃあ」
ひより先輩が笑う。
「その理由で持っていこう」
宮原さんも。
少し笑った。
「はい」
ドアを開ける。
廊下には。
退出したメンバーが。
なぜかほぼ全員いた。
三枝先輩。
黒崎先輩。
青柳先輩。
久世先輩。
鳴海くん。
「……何してるんですか」
ぼくが聞く。
三枝先輩が答える。
「待ってた」
「全員で?」
「たまたまよ」
「五人が?」
「たまたま」
信じない。
鳴海くんが。
宮原さんの紙袋を見る。
「クッキーですか」
宮原さんが。
反射的に隠す。
「鳴海くん」
久世先輩が言う。
「聞かない」
「質問しただけです」
「その質問がだめ」
「……難しいですね」
宮原さんが。
吹き出した。
「大丈夫です」
「そうですか」
「はい」
少し。
空気が軽くなる。
宮原さんと白石さんが帰ったあと。
ぼくは相談記録をまとめていた。
ひより先輩が。
隣へ来る。
「書記くん」
「はい」
「久しぶりの恋愛相談、どうだった?」
「相談内容としては整理しやすいです」
「そうじゃなくて」
「何ですか」
「楽しかった?」
ぼくは。
少し考える。
「事件よりは」
「うん」
「こういう相談の方がいいです」
ひより先輩が。
笑った。
「私も」
「はい」
「でも」
先輩が。
少し声を落とす。
「告白してないのに付き合ってることになるって」
「はい」
「怖いね」
「そうですね」
「私と書記くんも、周りから何か言われたらどうする?」
ペンが止まった。
「何の話ですか」
「例えば」
ひより先輩は。
少し楽しそうだ。
「付き合ってるって噂になったら」
「否定します」
即答した。
先輩の笑顔が。
止まった。
「……即答?」
「事実ではないので」
「そうだけど」
「違うことは訂正します」
「……そうだけど」
「何ですか」
「書記くん」
「はい」
「そういうところだよ」
ひより先輩は。
ぼくの机から離れた。
「どういうところですか」
「自分で考えて」
「説明が必要です」
「必要でも、今日は教えません」
「一ノ瀬先輩」
先輩は振り返らない。
でも。
耳が。
少し赤かった。
昨日。
ぼくの耳を見て笑った人が。
今日は。
自分の耳を隠している。
……記録はしない。
必要ないので。
その時。
生徒会室のドアから。
鳴海くんが顔だけを出した。
「高槻くん」
「何ですか」
「二人、付き合ってるんですか」
「違います」
今度も。
即答した。
廊下から。
三枝先輩の笑い声が聞こえた。
ひより先輩が。
振り返る。
「鳴海くん」
「はい」
「あとで話そうか」
「何をですか」
「人の距離感について」
「一ノ瀬先輩に教わるんですか」
「鳴海くん?」
長かった相談番号零が終わった翌日。
放課後相談室には。
恋愛相談が戻ってきた。
たぶん。
これくらいでいい。
毎回。
学校の秘密を暴かなくていい。
ただ。
誰かの。
まだ言っていない気持ちを。
勝手に決めさせないために。
この場所は。
放課後。
今日も開いている。
第42話まで読んでくださり、ありがとうございます。
今回は、大きな事件から一度離れ、放課後相談室の原点でもある「恋愛相談」へ戻りました。
新しい相談者は、一年生・宮原咲良。
彼女には好きな人がいます。
しかし。
告白していない。
相手からも告白されていない。
それなのに学校では、
二人は付き合っている。
という噂が広がっていました。
原因と思われたのは、駅前で撮られた一枚の写真。
そこには咲良の好きな男子生徒と、赤い紙袋を持つ女子生徒が写っていました。
けれど。
写真の女子は宮原咲良ではありません。
誰が、なぜ彼女だと思ったのか。
そして、本当にただの勘違いなのか。
次回は、宮原咲良が好きな相手本人と向き合います。
ただし。
今回の章で大切なのは犯人探しだけではありません。
付き合っていない、と否定することと。
好きではない、と否定することは違う。
まだ告白していない気持ちを、周囲に先に決められてしまった少女の、小さな恋愛相談です。
そして。
一ノ瀬ひよりと高槻湊にも、少しだけ。
自分たちの噂ならどうするのか。
考えてもらうことにしました。




