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『恋愛相談室は、放課後だけ名探偵になる』外伝 写真から消えた彼女



### ――宮野千紗の記録


写真は、嘘をつかない。


私はずっと、そう思っていた。


シャッターを押した瞬間、その場所にいた人、そのとき笑っていた人、そのとき泣いていた人。


全部が残る。


だから私は、写真が好きだった。


――一年前までは。



「宮野先輩、それ去年の文化祭の写真ですか?」


放課後。


記録広報班の部室で写真データを整理していると、一年生の女子が私のパソコンを覗き込んできた。


「そう。学校紹介冊子に使えるものがないか探してるの」


「へえー。去年の先輩たち、楽しそうですね」


画面には文化祭の写真。


模擬店。


ステージ。


廊下を走る生徒。


笑う教師。


何百枚もある。


私はマウスホイールを回した。


一枚。


二枚。


三枚。


そして、指が止まった。


旧校舎の階段。


窓際に立っている女子生徒が三人。


青柳楓。


相原真帆。


そして――


「……あれ?」


一年生が首を傾げた。


「この写真、変じゃないですか?」


心臓が、小さく鳴った。


「どこが?」


「ここ」


画面の右端。


誰かの肩だけが写っている。


顔はない。


正確には、


**切り取られている。**


「元写真、もっと横まであったんじゃないですか?」


私は答えなかった。


その子は知らない。


この写真の右側に、


水瀬灯里がいたことを。



水瀬灯里。


一年前、この学校を退学した生徒。


今では、その名前を知る生徒も少なくなった。


けれど。


私は覚えている。


彼女が笑うとき、少しだけ左側の口角が上がること。


カメラを向けると、


「千紗、勝手に撮らないでよ」


と言いながら、最後には必ず笑ってくれたこと。


そして。


最後に撮った写真では、


笑っていなかったこと。


(……消したはずなのに)


私はフォルダを開いた。


去年の文化祭。


ファイル番号。


撮影時刻。


保存履歴。


編集履歴。


そこで私は気づいた。


写真はトリミングされている。


でも。


編集したのは、


私ではない。



翌日から私は調べ始めた。


相談室には行かなかった。


高槻湊にも、一ノ瀬ひよりにも話さなかった。


これは、


私の問題だと思ったから。


広報班のバックアップ。


生徒会共有フォルダ。


文化祭実行委員会の記録。


一年前の写真を、一枚ずつ確認する。


すると奇妙なことが分かった。


灯里が写っている写真だけが、


いくつも編集されている。


集合写真。


廊下の写真。


ステージ裏。


準備風景。


あるものはトリミングされ、


あるものは別写真に差し替えられ、


あるものは公開対象から外されていた。


まるで。


水瀬灯里という生徒を、


学校から少しずつ消していくように。


(誰が……?)


最初に浮かんだのは青柳だった。


文化祭実行委員長。


一年前の事件のあと、


相談室を閉じるべきだと言った一人。


本人確認を怠ったことを、


誰より引きずっている。


だけど。


編集時刻がおかしい。


ファイルが変更されたのは、


灯里が退学した三日後。


その日、青柳は学校を休んでいる。


次に疑ったのは黒崎悠真。


生徒会副会長。


共有フォルダにアクセスできる。


判断が早く、


必要なら感情を切り捨てることもできる人。


私は放課後、生徒会室に向かった。


「黒崎」


「何だ」


「去年の写真、編集した?」


黒崎の指が止まった。


ほんの一秒。


でも。


私はカメラを扱っている。


人の一瞬の表情を見ることには慣れていた。


「何の話だ」


「灯里が写ってる写真」


沈黙。


「消したの?」


黒崎は答えなかった。


それだけで、


私は答えをもらったような気がした。


「……最低」


口から言葉が落ちた。


黒崎が私を見る。


「そうかもしれない」


「なんで?」


「残して何になる」


その声は冷たかった。


「本人は退学した。学校にも来ない。写真が残れば、面白半分で事情を調べる人間も出る」


「だから消した?」


「守るためだ」


私は笑った。


自分でも驚くくらい、


嫌な笑いだった。


「守る?」


黒崎の眉が少し動く。


「本人に聞いたの?」


答えはなかった。


その瞬間。


私は気づいた。


一年前と、


何も変わっていない。


私たちはいつも、


本人のためだと言う。


傷つけないため。


守るため。


混乱させないため。


そして。


本人に聞かない。



私は部室へ戻った。


夜になりかけた校舎は静かだった。


パソコンを開く。


バックアップフォルダ。


編集前データ。


そこには、


灯里がいた。


真帆の隣で笑っている。


青柳の後ろでピースをしている。


廊下でジュースを飲んでいる。


ふざけて私のカメラへ手を伸ばしている。


何百人も写る文化祭の中に、


確かに水瀬灯里は存在していた。


私は最後の一枚を開いた。


退学する少し前。


旧進路指導室の前。


灯里は一人だった。


カメラに気づいている。


けれど、


笑っていない。


私はその写真を撮った日のことを思い出した。


『千紗』


『なに?』


『写真ってさ』


灯里は言った。


『撮った人の都合で、意味変えられるよね』


そのとき私は笑った。


『急に何?』


『別に』


『灯里、こっち向いて』


私はシャッターを押した。


そして。


灯里は最後に、


こう言った。


『残すなら、ちゃんと残してよ』


私は椅子から立てなくなった。


(……そういう意味だったんだ)


涙は出なかった。


代わりに、


ひどく腹が立った。


黒崎に。


青柳に。


学校に。


相談室に。


そして、


一番腹が立ったのは。


何も聞かなかった私自身だった。



翌朝。


私は編集前の写真をすべてコピーした。


公開はしない。


勝手に戻すこともしない。


ただ。


消さない。


それから一枚だけ印刷した。


灯里と真帆が並んでいる写真。


文化祭の階段。


昨日見つけた、切り取られる前の写真だ。


私はそれを封筒に入れた。


放課後。


一年生の相原真帆を呼び止めた。


「真帆」


彼女の肩が震えた。


「……宮野先輩」


私は封筒を差し出した。


「これ」


真帆は写真を見る。


そして。


固まった。


「なんで……」


声が震える。


「これ……残ってたんですか」


「うん」


「全部、消えたと思ってました」


その言葉に、


胸が痛んだ。


「ごめん」


真帆が顔を上げる。


「私たち、大人ぶってた」


私は言った。


「守るとか、忘れた方がいいとか、前に進んだ方がいいとか」


真帆の目に涙が浮かんだ。


「でも」


私は続ける。


「それを決めるのは、私じゃなかった」


真帆は写真を胸に抱いた。


長い沈黙。


やがて。


「先輩」


「うん」


「灯里先輩に、会いたいです」


私は答えなかった。


会えるとも。


会うべきだとも。


言わなかった。


ただ。


「そっか」


とだけ言った。


その答えを、


今度こそ奪わないために。



その夜。


私は放送室の前に立っていた。


手には一本のUSBメモリ。


一年前の記録。


消された写真。


残された相談記録。


言えなかった言葉。


これは復讐ではない。


――そう思いたかった。


でも、


たぶん違う。


私は怒っていた。


一年間、


何事もなかったみたいに学校生活を続けてきた私たちに。


「事件は終わった」


そういう顔をしている全員に。


だったら。


聞けばいい。


本当に終わったのか。


灯里がいなくなって。


蓮が傷ついて。


怜が逃げて。


真帆が今も名前を口にできなくて。


青柳が自分を責めて。


黒崎が全部背負ったふりをして。


ひよりが相談室を続けて。


それで。


終わったことになるのか。


私は放送室の扉に手をかける。


ポケットの中で、


カメラが揺れた。


写真は、


嘘をつかない。


でも。


写真を使う人間は、


簡単に嘘をつく。


だから。


今度は。


記録するだけじゃない。


問いかけよう。


一年前、


私たちが聞かなかったことを。


――あなたは、本当はどうしたかったの?


扉を開ける。


放送室の赤いランプが、


静かに点灯した。


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