第4話 公開告白は予定通り
相談室の秘密を見ていたのは、生徒会だけではなかった。
赤い腕章を手がかりに、湊とひよりは文化祭実行委員へと向かう。
公開告白は、予定通り行います。
その一文は、文化祭ステージ企画書の切れ端に書かれていた。
印刷された紙の端を、わざと破ったような形。
文字は黒いペンで、丸くも角ばってもいない、中途半端に整った字だった。
一ノ瀬ひより先輩は、その紙片を指先でつまんだまま、しばらく黙っていた。
「これ、挑戦状っぽいね」
「ぽい、じゃなくて挑戦状です」
ぼくは廊下の先を見た。
さっきまで誰かが走っていた。
けれど、今はもう足音も気配もない。
文化祭前の校舎は、普段より人の出入りが多い。
段ボールを運ぶ生徒。
ポスターを貼る生徒。
教室と体育館を行き来する実行委員。
誰かが走っていても、それだけで怪しいとは言い切れない。
でも、床に落ちていたこの紙片だけは違う。
これは、ぼくたちに見せるために置かれた。
「公開告白って、例の後夜祭のステージ企画ですよね」
ぼくが言うと、ひより先輩はうなずいた。
「うん。白石さんに届いたメッセージにも出てきた言葉」
次は、公開告白で恥をかかせてあげる。
その脅しが、本当に実行されるなら。
白石すずさんの恋は、文化祭のステージで壊されることになる。
「まず、企画の申請者を確認しましょう」
「書記くん、完全に捜査モードだね」
「先輩が巻き込んだんです」
「巻き込まれ上手だよね」
「褒めてませんよね」
「少し褒めてる」
ひより先輩はそう言って、軽く笑った。
でも、その目は笑っていなかった。
ぼくたちは旧進路指導室を出て、体育館へ向かった。
文化祭実行委員の本部は、今だけ体育館横の会議室に置かれている。
廊下には、赤い腕章をつけた生徒が何人も行き来していた。
赤い腕章。
相原真帆さんの相談メモの写真に、ほんの少しだけ映っていたもの。
つまり、犯人か、少なくとも犯人に近い人物は、この中にいるかもしれない。
体育館からは、マイクテストの声が聞こえていた。
「あー、あー。星ヶ丘祭、後夜祭ステージ確認中。音量どうですかー」
その声を聞いた瞬間、ひより先輩が足を止めた。
「今の声、藤原くんじゃない?」
「藤原海斗ですか?」
「うん。白石さんの好きな相手」
ぼくは体育館の中を見た。
ステージの上に、一人の男子生徒が立っていた。
背が高く、姿勢がいい。
手にはマイク。
赤い腕章をつけている。
藤原海斗。
白石すずさんの相談相手。
まだ付き合っていないのに、失恋届で距離を置けと書かれた相手。
そして、公開告白のステージに立っている生徒。
「……嫌な配置ですね」
ぼくが言うと、ひより先輩は小さくうなずいた。
「できすぎてる」
できすぎている。
それは、ミステリーではだいたい危ない。
都合よく怪しい人は、本当に怪しいか、怪しく見せられているかのどちらかだ。
藤原くんは、マイクの音量を確認したあと、ステージ脇の実行委員に何か指示を出していた。
周りの生徒が自然に従っているところを見ると、彼は実行委員の中でも中心に近い立場なのだろう。
「話を聞きましょう」
ひより先輩はそう言って、体育館へ入っていった。
迷いがない。
ぼくは慌てて後を追う。
「藤原くん」
ひより先輩が呼ぶと、ステージ上の男子生徒が振り向いた。
「あ、一ノ瀬先輩」
藤原くんは、マイクを切ってステージから降りてきた。
近くで見ると、彼は想像よりも穏やかな顔をしていた。
目つきはきつくない。
声も低すぎず、よく通る。
人前に立つことに慣れている人の声だった。
「生徒会の方ですか?」
藤原くんは、ぼくを見て言った。
「二年の高槻湊です。生徒会書記です」
「藤原海斗です。文化祭実行委員で、後夜祭ステージ担当をしています」
後夜祭ステージ担当。
また一つ、言葉がつながった。
ひより先輩は、すぐに本題へ入らなかった。
こういう時の先輩は、恋愛相談の時と同じ顔をする。
相手が自分から話したくなるまで、少しだけ横道にそれる。
「準備、大変そうだね」
「はい。でも、楽しいです。ステージ企画は目立つので、失敗できないですけど」
「公開告白の企画も、藤原くんが担当?」
藤原くんの表情が、わずかに固まった。
「……その話、どこで聞きました?」
「生徒会で。企画書を見たから」
ひより先輩が答えると、藤原くんは少し視線を落とした。
「正直、あの企画はまだ通るかわかりません。先生からも、生徒会からも、慎重にって言われています」
「申請したのは誰?」
ぼくが聞くと、藤原くんは一瞬だけ迷った。
「有志企画なので、代表者は僕になっています」
「代表者は、ということは、実際にやりたいと言い出した人は別にいる?」
藤原くんは黙った。
その沈黙は、答えに近かった。
ひより先輩が、少し声を落とす。
「白石すずさんの名前、出てる?」
藤原くんは、驚いたように顔を上げた。
「白石さんが、何か言ったんですか?」
「質問に答えて」
ひより先輩の声はやわらかいままだった。
でも、逃げ道をふさいでいる。
藤原くんは唇を結んだあと、短く息を吐いた。
「出ています」
「公開告白の相手として?」
「はい」
やっぱり。
ぼくは胸の奥が少し重くなるのを感じた。
白石さんは、藤原くんが好きだ。
けれど、告白するかどうかはまだ決めていなかった。
それを相談室で話しただけだった。
なのに、公開告白の企画には白石さんの名前が出ている。
秘密が、勝手に舞台へ引きずり出されようとしている。
「藤原くんは、それを知っていて代表者になったんですか?」
ぼくの声は、少し硬くなっていたかもしれない。
藤原くんは、まっすぐこちらを見た。
「違います。最初に聞いた時は、相手の名前は伏せられていました。サプライズ告白をしたい生徒がいるから、ステージの時間だけ押さえてほしいって言われたんです」
「誰に?」
「文化祭実行委員の、青柳先輩です」
新しい名前が出た。
青柳。
ひより先輩が眉をわずかに動かす。
「三年の青柳楓さん?」
「はい。実行委員長です」
青柳楓。
文化祭実行委員長。
成績優秀で、先生からの信頼も厚い三年生。
人当たりがよく、校内行事をうまく回すことで有名だ。
ぼくも書類のやり取りで何度か名前を見たことがある。
「青柳先輩が、公開告白を進めているんですか?」
ぼくが聞くと、藤原くんは首を横に振った。
「進めているというか……止めない、という感じです」
「止めない?」
「青柳先輩は、文化祭は生徒の自主性が大事だって言うんです。だから、本人たちが望んでいるならできるだけ叶えたいって」
「本人たち?」
ひより先輩の声が少し冷えた。
「白石さん本人が望んでいるか、確認したの?」
藤原くんは、答えられなかった。
その沈黙で、十分だった。
「僕は……白石さんに直接聞こうと思っていました。でも、聞きにくくて」
「どうして?」
「最近、白石さんが僕を避けている気がしたから」
それは避けているのではない。
きっと、失恋届のせいだ。
誰かが勝手に作った一枚の紙が、まだ何も始まっていない二人の間に壁を作っている。
「藤原くん」
ひより先輩が言った。
「白石さんは、公開告白を望んでいないと思う」
藤原くんは、はっきりと動揺した。
「……やっぱり、そうなんですか」
「やっぱり?」
ぼくが聞き返す。
藤原くんは、ステージの方を見た。
そこでは、別の実行委員が照明の位置を確認している。
「昨日、僕のところにもメッセージが来ました」
「メッセージ?」
「送り主不明で」
藤原くんはスマホを取り出した。
画面に表示された文面は、短かった。
白石すずは、あなたに告白されるのを待っています。
逃げたら、彼女が笑われます。
添付画像はない。
ただ、その文章だけ。
「これが来たから、余計にわからなくなったんです」
藤原くんは言った。
「白石さんが本当に望んでいるなら、僕が断ったら傷つける。でも、もし違うなら、僕が動いたらもっと傷つける」
「だから、何もしなかった?」
ひより先輩が聞く。
藤原くんは、小さくうなずいた。
「卑怯だと思います。でも、どうすればいいかわからなかった」
その声は、演技には聞こえなかった。
少なくとも、白石さんを傷つけることを楽しんでいる人の声ではない。
ぼくは藤原くんのスマホ画面を見た。
送り主不明。
文面だけ。
白石さんに届いたものとは少し違う。
白石さんには、脅し。
藤原くんには、罪悪感。
犯人は、相手によって言葉を変えている。
「藤原くん、そのメッセージが来た時間は?」
「昨日の十八時二十五分です」
十八時二十五分。
相原さんの相談メモ写真が撮られたのは、十七時五十八分。
文化祭企画書に画像が貼られたのは、十八時十二分。
藤原くんにメッセージが届いたのは、十八時二十五分。
犯人は、その三十分弱の間に動いている。
「昨日の十八時頃、青柳先輩はどこにいましたか?」
ぼくが聞くと、藤原くんは少し考えた。
「たしか、体育館の横の会議室にいました。実行委員の打ち合わせで」
「生徒会室には?」
「行っていたかもしれません。企画書の確認で、生徒会と行き来していたので」
生徒会室。
旧進路指導室。
体育館。
文化祭実行委員の会議室。
場所が増えて、線も増えていく。
犯人はその中を、まるで文化祭準備の一部みたいに自然に移動している。
「青柳先輩に会えますか?」
ひより先輩が聞いた。
「今、会議室にいると思います」
藤原くんがそう言った時だった。
体育館のスピーカーから、突然ノイズが走った。
キィン、と高い音。
続いて、マイクのスイッチが入る音。
体育館にいた生徒たちが、一斉に顔を上げる。
そして、スピーカーから声が流れた。
「後夜祭、公開告白企画のお知らせです」
録音された声だった。
少し加工されていて、誰の声かはわからない。
「二年一組、白石すずさん。二年三組、藤原海斗さん。お二人には、文化祭最終日の後夜祭ステージにて、特別企画に参加していただきます」
体育館の空気が凍った。
藤原くんの顔色が変わる。
ひより先輩が走り出した。
ぼくもすぐに追う。
放送設備はステージ横の音響卓にある。
そこには実行委員が二人いたが、二人とも慌てていた。
「今の、誰が流したの?」
ひより先輩が聞く。
「わ、わかりません! 急に音源が再生されて……」
「音源?」
ぼくは音響卓のパソコンを見る。
再生ソフトには、音声ファイル名が残っていた。
kokuhaku_announce_test
公開告白アナウンステスト。
「誰がこのファイルを入れましたか?」
ぼくが聞くと、音響担当の生徒は首を振った。
「知らないです。さっきまでありませんでした」
「このパソコン、誰でも触れますか?」
「実行委員なら。パスワードは共有です」
また共有。
ぼくは思わず息を吐いた。
文化祭前の学校は、便利さのためにたくさんの鍵を開けっぱなしにしている。
共有アカウント。
共有パソコン。
開いたままの相談室。
誰でも入れる会議室。
犯人にとって、これほど動きやすい場所はない。
その時、藤原くんのスマホが鳴った。
同時に、ひより先輩のスマホも鳴った。
少し遅れて、ぼくのスマホも震えた。
校内連絡用のグループに、同じ画像が投稿されていた。
体育館のステージを背景にした、公開告白企画の告知画像。
そこには、白石すずと藤原海斗の名前がはっきりと書かれている。
そして、投稿者名は――
文化祭実行委員長 青柳楓
「青柳先輩が投稿した?」
藤原くんがつぶやいた。
でも、ぼくはすぐに違和感を覚えた。
投稿された画像の端に、相談メモと同じ青い付箋が写っていた。
しかも、その付箋には白石さんの名前ではなく、別の名前が書かれている。
相原真帆。
「これ……」
ひより先輩が画面を見つめる。
その瞬間、体育館横の会議室から、ざわめきが起こった。
誰かが叫ぶ。
「青柳先輩がいない!」
ぼくたちは会議室へ向かった。
中には、実行委員たちが集まっていた。
机の上には書類が散らばり、ノートパソコンが一台開いたままになっている。
画面には、投稿完了の表示。
青柳楓のアカウントで、告知画像が投稿されていた。
でも、青柳先輩本人はいない。
「さっきまでここにいたんです!」
実行委員の一人が言った。
「少し席を外すって言って、そのまま……」
ぼくは机の上を見た。
赤い腕章。
文化祭企画書。
黒いペン。
そして、青い付箋。
その付箋には、短い文字が書かれていた。
秘密を守れない人に、恋を語る資格はない。
また同じ言葉だ。
閉鎖届と似た調子。
けれど、ぼくは付箋よりも、その横に置かれていたものに目を奪われた。
小さな銀色のボタン。
制服の袖口についているような、丸いボタン。
相原さんの相談メモの写真に映っていた黒い袖口と銀色のボタン。
そのボタンが、ここに落ちている。
「書記くん」
ひより先輩が言った。
「これ、犯人の落とし物かな」
「かもしれません」
ぼくは銀色のボタンを見つめた。
でも、その時、もう一つの可能性が頭に浮かんだ。
落としたのではない。
置いたのかもしれない。
誰かを犯人に見せるために。
「青柳先輩を探しましょう」
ぼくが言うと、ひより先輩はうなずいた。
その時、会議室の入口に白石すずさんが立っていた。
顔は真っ青だった。
「今の放送……聞きました」
藤原くんが、すぐに彼女の方へ向かう。
「白石さん、違うんだ。僕は――」
「来ないで!」
白石さんの声が、会議室に響いた。
藤原くんは足を止めた。
白石さんは、震える手でスマホを握っていた。
「どうして、海斗くんまで私を笑いものにするの」
「違う。僕じゃない」
「じゃあ、誰なの?」
藤原くんは答えられなかった。
白石さんの目から、初めて涙が落ちた。
その時、ひより先輩が一歩前に出た。
「白石さん。まだ、決めないで」
「何をですか」
「藤原くんが犯人だってこと」
白石さんは、ひより先輩を見た。
怒りと悲しみが混ざった目だった。
「じゃあ、先輩は犯人が誰かわかるんですか」
ひより先輩は、すぐには答えなかった。
でも、その沈黙は迷いではなかった。
「まだ名前は言えない」
そして、静かに続けた。
「でも、犯人が一番見たかったものは、今のあなたの顔だと思う」
白石さんは、息を飲んだ。
ぼくも、その言葉でようやく気づいた。
犯人は秘密をばらしたいだけじゃない。
恋を壊したいだけでもない。
人が傷つく瞬間を、確認している。
失恋届。
閉鎖届。
公開告白の告知。
どれも、相手がどう反応するかを見るための罠だ。
その時、ぼくのスマホに新しい通知が届いた。
送り主不明。
本文は、一行だけ。
次は、一ノ瀬ひよりの番です。
添付画像を開いた瞬間、ぼくの背中に冷たいものが走った。
そこに写っていたのは、一年前の日付が書かれた相談メモだった。
相談者名は黒く塗りつぶされている。
けれど、相談内容の欄には、はっきりとこう書かれていた。
恋愛相談室を閉じたい。
後書き
第4話まで読んでくださり、ありがとうございます。
公開告白の告知によって、白石すずと藤原海斗の関係は一気に揺らぎます。
そして最後に、一年前の相談メモと一ノ瀬ひより自身に関わる謎が出てきました。
次回は、恋愛相談室の過去と、ひより先輩が隠している事情に迫っていきます。




