表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
33/48

第33話 あなたは、相談者であり加害者です

相談番号零。


姉の声を、元に戻したいです。


御影朔は、姉・御影音羽の声を取り戻すため、放課後相談室を監視し、相談者たちの音声を集めていた。


しかし、音羽本人は過去の録音の中で告げている。


私を助けるためでも、私の声を使わないで。


そして御影朔は、加工されていない自分自身の声で約束した。


次は、相談室で会いましょう。


翌朝。


放課後相談室のドアには、白い紙が貼られていた。


設備確認のため、旧進路指導室は一時使用できません。


相談を希望する人は、職員室の佐伯先生へ声をかけてください。


放課後相談室を閉鎖します、とは書かれていない。


部屋が使えないだけだ。


相談室が終わったわけではない。


……そう、何度も自分へ言い聞かせた。


設備担当による確認は、朝から続いている。


旧進路指導室の机や棚、壁、コンセント。

古いロッカー。

天井付近に残された配線。


昨夜、青柳楓先輩のスマートフォンが見つかったロッカーの奥からは、小型の集音機器が一台見つかった。


市販の音声レコーダーに、外部マイクと無線送信機を取りつけたもの。


常に録音していたわけではない。


離れた場所から操作し、必要な時だけ音を拾う仕組みだった。


成瀬冬馬くんが、


戻ってこいと言わないでください。


そう話した時にも、機器が動いていた可能性がある。


相談記録を読まなくても、御影朔くんが相談内容を知っていた理由。


その一つが、確認された。


「……気づかなかった」


一ノ瀬ひより先輩は、閉じられたドアの前で言った。


「ずっと、この部屋で相談を受けてたのに」


「机の下や、目につく場所にはありませんでした」


ぼくは答えた。


「ロッカーの奥に固定されていたそうです」


「だからって……」


「気づけなかったことと、仕掛けた人の責任は別です」


「わかってる」


先輩は、少し強く答えた。


それから……声を落とす。


「わかってるけど、悔しい」


「はい」


「秘密を守るって書いてたのに」


ドアに貼られた案内文。


相談内容は原則として秘密にします。


その部屋で、誰かが音を聞いていた。


「相談者へ説明が必要になります」


ぼくは言った。


「うん」


「どこまで聞かれた可能性があるのか。保存されたのか。ほかへ渡ったのか」


「うん……」


「先生と確認して、本人へ伝えます」


ひより先輩は、ぼくを見る。


「嫌われるかな」


「誰にですか」


「相談に来た人たち」


「わかりません」


「そこ、少しは大丈夫って言ってよ」


「大丈夫だと決めるのは、相談者です」


「正しいけど……今は痛い」


「すみません」


「謝らなくていい」


ひより先輩は、白い紙を見た。


「でも、ちゃんと伝えよう」


「はい」


「隠して、また守ったつもりになるのは嫌だから」


昨日、水瀬灯里さんの音声を隠していたことを認めた黒崎悠真先輩。


御影朔くんを守ろうとして、長い間何も言えなかった青柳楓先輩。


どちらも、守るために隠した。


けれど、隠された側は選べなかった。


だから今度は、伝える。


怖くても。


許されないかもしれなくても。


午前の授業が始まる前、佐伯先生から連絡が来た。


御影朔くんが見つかった。


警察や先生が探し出したのではない。


御影くんは、自分から学校へ来た。


正門前で警備担当の先生へ声をかけ、こう言ったらしい。


相談番号零を受けに来ました。


保護者にも連絡が入り、現在は母親と一緒に校長室近くの面談室にいる。


けがはない。

危険な物も持っていない。

持っていた電子機器は、本人と保護者の同意を得て学校が一時的に預かっている。


青柳先輩の安全も確認済み。


ただし。


御影くんが行ったことについては、学校として正式な聞き取りが始まる。


無断録音。

アカウントの不正使用。

音声の加工。

脅迫的な文面。

校内設備への侵入。

青柳先輩へ荷物を置かせ、姿を隠させたこと。


相談へ来たからといって、なかったことにはならない。


放課後。


ぼくとひより先輩は、職員室横の会議室へ向かった。


旧進路指導室は、まだ使用できない。


そのため、今日の放課後相談室は会議室で行われる。


入口には、仮の案内が貼られていた。


放課後相談室 臨時相談場所。


中にいるのは、ぼくとひより先輩だけではない。


佐伯先生。

学校の管理職の先生。

御影くんの母親。


そして、御影朔くん。


本人は、窓際の椅子へ座っていた。


写真で見た時より、髪が少し長い。

前髪が目にかかっている。


痩せているわけではない。


ただ、肩が内側へ入り、できるだけ自分の体を小さく見せようとしているようだった。


机の上には、何もない。


スマートフォンも。

レコーダーも。

ノートパソコンも。


誰かの声を録音できる物は、すべて外へ置かれている。


「御影朔くんですね」


ぼくが確認する。


「はい」


初めて、目の前で本人の声を聞いた。


昨日、旧放送準備室のスピーカーから聞こえた声と同じだった。


低く、静か。


でも、加工された音声よりずっと若い。


「高槻湊です」


「知っています」


「一ノ瀬ひよりです」


ひより先輩が言う。


御影くんは、先輩を見る。


長い沈黙。


「……やっと、会えました」


ひより先輩の表情が少し硬くなる。


「前にも会ってたみたいだけどね」


「僕にとっては、会っていません」


「近くにいただけ?」


「はい」


「声をかけたけど、相談者として見てもらえなかった」


御影くんの言葉には、怒りがあった。


大きな声ではない。


でも、長く持ち続けたものだとわかる。


ひより先輩は、すぐに謝らなかった。


「まず、相談を始める前に確認します」


声は少し震えている。


それでも、言葉ははっきりしていた。


「今日は先生と保護者の方が同席します」


「はい」


「この部屋での録音はしません。学校側の正式な聞き取り記録は、先生が別に作ります」


「はい」


「青柳楓さんや、相談者たちの音声を返すことを、相談を受ける条件にはしません」


御影くんの眉が少し動く。


「どういう意味ですか」


「音声やデータを返さなければ相談を聞かない、とは言わない」


「逆では?」


御影くんが聞く。


「僕が全部返すまで、相談を受けない方が普通ではないですか」


「あなたが持っているデータの回収は、先生と学校が行います」


ひより先輩は答えた。


「相談を受けるかどうかを、取引にはしません」


「では、僕が何も返さなくても聞く?」


「聞く」


「僕が嘘をついても?」


「嘘だと決めずに聞く。でも、確認はする」


「僕が反省していなくても?」


ひより先輩は、一度息を吸った。


「相談は受ける」


御影くんが、わずかに目を見開く。


「ただし」


先輩は続けた。


「相談者だから、あなたがしたことを許すわけではない」


会議室の空気が張りつめる。


「御影朔くん」


ひより先輩は、彼を正面から見た。


「あなたは、相談者です」


御影くんの喉が動く。


「そして、相談者たちの声を勝手に使った加害者でもあります」


母親が、苦しそうに目を伏せた。


御影くんは、ひより先輩を見たまま動かない。


「どちらか一つにはしない」


「……僕を悪者にしたいんですか」


「違う」


ひより先輩は、すぐに答えた。


「悪者にしたら、話を聞かなくてよくなるから」


御影くんの表情が変わる。


「かわいそうな相談者だけにしても、あなたが傷つけた人を見なくてよくなる」


「だから、両方」


御影くんは、少しうつむいた。


「そんな言い方をされたのは……初めてです」


「嫌だった?」


「わかりません」


「今、決めなくていい」


ひより先輩は椅子へ座った。


「相談番号零を始めます」


ぼくは、記録用紙を机へ置いた。


相談番号、零。


相談者。


御影朔。


本人の名前を、初めて相談用紙へ書く。


御影くんは、その動きを見ていた。


「僕の名前を書くんですね」


「必要なので」


ぼくが答える。


「今回は、匿名にしない?」


「学校の正式な対応と連携する必要があります。本人確認が必要です」


「やっぱり、その言葉を使うんですね」


「使用をやめる予定はありません」


「電話で使った時、嫌でしたか」


「はい」


「自分の言葉を使われたから?」


「意味を変えて使われたからです」


御影くんが、少しだけ口元を動かした。


笑ったようにも見える。


「同じですね」


「何がですか」


「姉と」


「同じではありません」


ぼくは答えた。


「何が違うんですか」


「ぼくの言葉は、電話の中で一度使われただけです。御影音羽さんは、編集された声を全校へ流され、学校生活を失いました」


御影くんの目から、わずかに感情が消える。


「比べて小さくするつもりはありません」


ぼくは続けた。


「でも、同じという言葉でまとめると、起きたことを正確に扱えません」


御影くんは、しばらくぼくを見ていた。


「……高槻くんは、いつもそうなんですか」


「何がですか」


「言葉を分ける」


「必要なので」


「そればっかり」


ひより先輩が、小さく言った。


「相談中です」


「わかってる」


御影くんの母親が、ほんの少しだけ息を吐いた。


重い空気の中で、初めて呼吸をしたようだった。


「御影くん」


ひより先輩が話を戻す。


「あなたの相談は、姉の声を元に戻したい、だったね」


「はい」


「元に戻すって、具体的に何をしてほしいの?」


御影くんは、すぐには答えなかった。


机の上に何もないため、手を隠す場所がない。


両手の指が、ゆっくり組まれる。


「姉が告白したという記録を消したいです」


「学校の記録から?」


「全部です」


「具体的には?」


「校内放送の保存データ。文化祭の記録。生徒会の議事録。先生の報告書」


「生徒たちの記憶も?」


ひより先輩が聞く。


御影くんの指が止まった。


「できるなら」


「できないよ」


先輩は、静かに言った。


「……わかっています」


「本当に?」


「わかっています」


御影くんの声が少し強くなる。


「でも、何もしなければ、姉が言ったことにされたままです」


「本当は言っていないと、学校から説明してほしい?」


「はい」


「誰に?」


「当時の生徒全員」


「もう卒業している人もいる」


「連絡してください」


「学校に、全員の連絡先が残っているかもわからない」


「なら、学校のホームページへ出してください」


「お姉さんは、それを望んでる?」


御影くんが黙る。


ひより先輩は、声を少し柔らかくした。


「音羽さん本人は、学校から説明してほしいと言ってる?」


「姉は……もう関わりたくないと言っています」


「では、ホームページに名前や出来事を出されたくない可能性もある」


「名前を出さずに説明すればいい」


「それでも、当時の人にはわかるかもしれない」


「でも、何もしなかったら」


「うん」


ひより先輩はうなずく。


「何もしないのも、学校が選んでいいことじゃない」


御影くんが顔を上げる。


「なら」


「だから、音羽さんに聞く必要がある」


「姉は答えません」


「今は?」


「連絡しても、僕には返してくれません」


「どうして?」


御影くんの唇が、わずかに震えた。


「僕が声を使ったからです」


過去の音声で、御影音羽さんは言っていた。


私を助けるためでも、私の声を使わないで。


それでも御影くんは、姉の声を相談番号零の放送へ使った。


「姉に聞かせるために、僕は相談者たちの声を集めました」


御影くんは言った。


「一ノ瀬先輩が、声を奪われた人を助けられるのか見せたかった」


「音羽さんに?」


「はい」


「相談室なら、姉の声も元に戻せるって」


「戻せると思ってた?」


御影くんは答えない。


ひより先輩は、少し待った。


「本当は、戻らないってわかってたんじゃない?」


御影くんの肩が動く。


「音羽さん本人も言っていた」


元に戻らないものを、無理に元へ戻そうとすると、もっと壊れることがある。


「わかってたから……怒ってたんじゃない?」


「何に」


「お姉さんが諦めたように見えたことに」


御影くんは、机を見つめた。


「諦めたんです」


「そう言ったの?」


「言ってません」


「では、御影くんがそう思った」


「同じです」


「同じじゃないよ」


ひより先輩の声が少し強くなる。


「音羽さんが、忘れていいと言った。自分の声を使わないでと言った」


「はい」


「それを諦めと呼んだのは、御影くん」


「姉は、何も取り戻せなかった」


「それでも、何を望むかは音羽さんが決める」


御影くんは、ひより先輩をにらむように見た。


「姉が間違っていても?」


「間違っていると思うことはできる」


「じゃあ止めてもいい」


「止めることと、代わりに決めることは違う」


「どう違うんですか」


「聞くこと」


ひより先輩は答えた。


「何度でも、どうしたいか聞くこと」


「答えなかったら?」


「待つ」


「待ってる間に、みんな忘れます」


「忘れる人もいる」


「なら、僕が覚えさせるしかない」


「そのために、白石さんや早川さんたちの声を使った?」


御影くんの言葉が止まる。


「灯里さんの声も」


「……はい」


「成瀬くんの相談も盗み聞きした」


「はい」


「青柳先輩へ、姿を隠すよう指示した」


「楓先輩は、自分で同意しました」


「それは、あなたが作った私の音声を公開すると言ったから?」


御影くんが黙る。


青柳先輩が話していた。


自分の声で、


私が全部やりました。


そう告白する偽の音声を作られた。


さらに、一年前のひより先輩と青柳先輩の会話も使われようとしていた。


「青柳先輩は、自由に選べた?」


ひより先輩が聞く。


「断ったら音声を流すと言われた状態で?」


「流すとは言っていません」


「消さない、と言った?」


「……はい」


「それを聞いて、楓はどう思うと思った?」


「僕と話す必要があると」


「怖いと思うとは考えなかった?」


御影くんは、指を握った。


「楓先輩は、昔から僕を知っています」


「だから怖くない?」


「僕が、本当に傷つけるつもりはないと」


「録音を使って、人を動かそうとした」


「でも」


「お姉さんの声を流した人と、何が違うの?」


御影くんが、顔を上げた。


「違います」


初めて、声が大きくなった。


「僕は、嘘の告白を作って笑ったわけじゃない!」


「うん」


ひより先輩は、逃げなかった。


「目的は違う」


「僕は、忘れさせないために」


「うん」


「相談室が、本当に人を守れるのか確かめるために」


「うん」


「姉の声を取り戻すために」


「うん」


「それでも」


ひより先輩は、ゆっくり言った。


「本人の声を切って、違う意味にした」


御影くんの目に涙が浮かんだ。


「青柳先輩が言っていない告白を作った」


「相談者たちが、あなたへ言っていない言葉を並べた」


「音羽さんが嫌だと言ったことを、あなたもした」


「……わかっています」


声が崩れた。


「いつから?」


御影くんは答えられない。


「音羽さんの録音を流した時?」


「……はい」


「姉に使わないでと言われていた声を使った」


「はい」


「それでも止めなかった」


「止めたら……」


御影くんの涙が、机へ落ちた。


「全部、何のためだったかわからなくなる」


「何のためだったの?」


「姉のためです」


「本当に?」


「……わかりません」


小さな答えだった。


「最初は、姉のためでした」


御影くんは続けた。


「一ノ瀬先輩が、声を奪われた人をどう助けるか見たかった」


「白石すずさんの時、先輩は本人に決めさせた」


「早川琴音さんの時も、歌うかどうかを本人へ返した」


「朝倉澪さんの時は、まだ選ばないことを認めた」


「成瀬冬馬くんの時は、戻らないことも選択にした」


御影くんは、これまでの相談を見続けていた。


犯人を見つけるためではない。


自分の姉も同じように扱ってもらえるのか、確かめるために。


「でも、相談が終わるたびに思いました」


「次は姉の番だと?」


「はい」


「音羽さんは、相談に来たいと言っていた?」


「……言っていません」


「では、誰の番?」


御影くんは、答えられなかった。


音羽さんの番ではない。


御影朔くん自身の番だったのかもしれない。


姉の出来事を忘れられない。

怒りをどこへ置けばいいかわからない。

自分だけが覚え続けているように感じる。


そのことを相談したかった。


でも。


姉の相談という形にしなければ、自分の痛みを言えなかった。


「御影くん」


ひより先輩が言った。


「お姉さんの声を元に戻したい、は本当?」


「はい」


「それだけ?」


御影くんの唇が震える。


「……僕のことも、覚えてほしかった」


「誰に?」


「一ノ瀬先輩に」


会議室が静かになる。


「姉のことを話そうとした時、先輩は僕を見ませんでした」


「ごめんなさい」


ひより先輩は言った。


御影くんが顔を上げる。


「謝るんですか」


「うん」


「覚えていないのに?」


「覚えていないから」


ひより先輩の目にも涙が浮かんでいた。


「あなたが声をかけたことも、どんな顔をしていたかも覚えていない」


「私には、灯里さんのことで急いでいた理由があった」


「放送の問題なら、先生や放送委員へ相談した方がいいと思った」


「でも、御影くんが何を話したかったのか聞かずに、行き先だけ決めた」


「それは……ごめんなさい」


御影くんは、ひより先輩を見つめた。


「許してほしいとは言わない」


「……相談室の人は、みんなそれを言いますね」


「便利だからじゃないよ」


「わかっています」


「今、許せる?」


「わかりません」


「うん」


「でも」


御影くんは、目元を拭った。


「謝られると思っていませんでした」


「謝れば、あなたがしたことも消えると思う?」


「思いません」


「私が御影くんを見なかったことと、御影くんがほかの人の声を使ったことは別」


「はい」


「私も、逃げない」


「御影くんも逃げないで」


御影くんは、長く息を吐いた。


「全部、話します」


母親が顔を上げる。


佐伯先生も、静かにうなずいた。


「持っているデータの場所を?」


ぼくが聞く。


「はい」


「コピーは何個ありますか」


「三つです」


「保存場所は?」


「一つは、学校が預かっているノートパソコン」


「二つ目は?」


「自宅の外付け記録装置」


「三つ目は?」


御影くんは、少し迷った。


「姉の家へ送りました」


「音羽さんへ?」


「はい」


「いつ?」


「昨日です」


「受け取った確認は?」


「ありません」


「中身は?」


「元の放送データ。僕が集めた音声。編集したファイル。全部です」


「相談者たちの音声も?」


「はい」


ひより先輩の表情が険しくなる。


「音羽さんへ送る許可は、誰からも取ってないよね」


「はい」


「回収できる?」


「連絡します」


「先生と一緒に」


「はい」


「音羽さんへ、無理に返事を求めないで」


「……はい」


御影くんは、自分の行為を一つずつ認め始めた。


久世先輩のアカウント。


放送室の旧端末に残っていた保存情報を利用した。


黒崎先輩のアカウント。


ログアウトされていない生徒会室のパソコンを利用した。


ZEROのUSBメモリ。


生徒会室と放送室の間で、音声を移すために使った。


相談室の集音機器。


文化祭後の機材撤去の時、古いロッカーへ設置した。


「一年前から?」


ぼくが聞く。


「はい」


「ずっと動かしていた?」


「いいえ。電池が持たないので、必要な時だけ」


「必要な時とは?」


「相談者が来た時」


「どうしてわかった?」


「相談室前の廊下が見える場所に、小型カメラを置いていました」


ひより先輩が、目を閉じる。


「それも、先生へ場所を伝えて」


「はい」


「今も残ってる?」


「二台。旧校舎の階段と、特別棟の資料棚」


佐伯先生が、すぐに担当者へ連絡する。


「青柳先輩の鞄を屋上階段へ置かせた理由は?」


ぼくが聞く。


「全員の注意を屋上へ向けるためです」


「相談室へ相談番号零を置くため?」


「はい」


「誰が置いたんですか」


「僕です」


「学校へ来ていた?」


「昨日は、朝から校内にいました」


「欠席連絡のあと、自宅を出た?」


「窓から」


母親が、苦しそうに口元を押さえる。


御影くんは、目をそらした。


「旧校舎の倉庫に隠れていました」


「青柳先輩とは会っていないと言っていました」


「会っていません。メッセージだけです」


「電話の発信元は?」


「姉の番号を表示させるサービスを使いました」


「本人の端末へは触れていない?」


「はい」


技術的な詳細は、先生の正式な聞き取りで確認される。


今は、相談として必要な範囲に留める。


「最後に」


ぼくは聞いた。


「御影音羽さんの声を加工し、校内放送へ流した人物を知っていますか」


御影くんの表情が変わった。


ここまでの質問には、迷いながらも答えていた。


しかし、この問いには、すぐに返事をしなかった。


「知っています」


「本人から聞いた?」


「いいえ」


「証拠がありますか」


「あります」


「どんなものですか」


御影くんは、佐伯先生を見る。


「僕のノートパソコンに入っています」


「学校が預かっている物ですね」


「はい」


「何が入っている?」


「姉の偽の音声を作った編集データ」


ひより先輩が息を飲む。


「残ってたの?」


「放送室の旧記録装置に、一部だけ」


「作成者の名前も?」


「編集者の名前はありません」


「では、どうして知っていると?」


「音声を編集した人と、校内放送へ流した人は別です」


「別?」


御影くんはうなずいた。


「編集データには、作業中の音も残っていました」


「声ですか」


ぼくが聞く。


「はい」


「誰の?」


「当時の放送委員の生徒です」


「今は卒業している?」


「はい」


「その人が編集した?」


「たぶん」


「校内放送へ流した人は?」


御影くんは、両手を強く握った。


「生徒ではありません」


会議室の全員が、彼を見る。


「どうして、そう言えるんですか」


ぼくが聞く。


「姉の音声が流れた時間は、放送室が施錠されていました」


「遠隔操作?」


「いいえ」


「では?」


「職員用の放送設備から流されています」


星ヶ丘高校の校内放送には、生徒が使う放送室とは別に、職員室や事務室から緊急連絡を流せる設備がある。


「使用記録が残っていた?」


「はい」


「誰の記録ですか」


御影くんは、佐伯先生を見る。


話していいか確認するように。


佐伯先生は、少し考えたあと答えた。


「この場では、名前を出さずに説明してください。記録は学校が正式に確認します」


「わかりました」


御影くんは、ひより先輩を見る。


「姉の声を校内へ流した人は……」


一度、言葉を止める。


「今も、この学校にいます」


ひより先輩の顔が強張る。


「先生?」


御影くんは、すぐには答えなかった。


長い沈黙。


それから。


小さくうなずいた。


「当時、姉に『大ごとにしない方がいい』と言った先生です」


会議室の外から、終礼を知らせるチャイムが聞こえた。


明るい音だった。


昨日と同じ学校。

同じ職員室。

同じ校内放送。


その中に。


御影音羽さんの声を勝手に流し、彼女が学校を去ったあとも、何もなかったように残っている大人がいる。


相談番号零。


御影朔くんの相談は、ようやく本人の言葉で始まった。


けれど、その相談は。


放課後相談室だけで終わるものではなくなっていた。




第33話まで読んでくださり、ありがとうございます。


今回は、御影朔本人が学校へ現れ、正式に相談番号零が始まりました。


一ノ瀬ひよりは、御影へはっきりと伝えます。


あなたは、相談者です。

そして、相談者たちの声を勝手に使った加害者でもあります。


御影が姉・音羽のために苦しんできたことと、ほかの生徒を傷つけた責任は、どちらか一方だけにまとめることはできません。


御影の本当の願いは、姉の声を取り戻すことだけではありませんでした。


自分自身を、一ノ瀬ひよりに相談者として見てほしかった。


御影は、自分が持つ音声データや録音機器の場所を話し、学校の正式な確認へ協力することを決めます。


さらに、姉・御影音羽の偽の告白音声について、新しい事実が明らかになりました。


音声を編集した人物と、校内放送へ流した人物は別。


そして、音羽の声を校内へ流した人物は、生徒ではありませんでした。


その人物は、今も星ヶ丘高校にいます。


次回は、当時の放送記録と学校側の対応を確認し、御影音羽の声を流した人物へ迫ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ