第31話 屋上には、誰もいない
青柳楓を助けたければ、一人で屋上へ来てください。
生徒会室の共用パソコンから流れた、一ノ瀬ひよりの声。
しかし、それは過去の音声をつなぎ合わせて作られた、存在しない声だった。
青柳楓の鞄は、屋上へ続く階段で見つかっている。
そして水瀬灯里は、電話の向こうから告げた。
屋上へ行かないでください。
その人は、先輩が来るのを待っています。
青柳楓さんを助けたければ。
一人で屋上へ来てください。
放送が途切れたあとも、その声は生徒会室に残っていた。
一ノ瀬ひより先輩の声。
でも、ひより先輩が言った言葉ではない。
過去の音声を切り取り、並べ替え、別の意味に作り直した声。
声だけは本人なのに、意思は本人のものではない。
「ひより先輩」
ぼくが呼ぶ。
先輩は、閉じたドアを見つめていた。
青柳楓先輩の鞄が、屋上へ続く階段で見つかった。
本人は、まだ見つかっていない。
「行かなきゃ」
ひより先輩が言った。
声が小さい。
でも、足はすでにドアへ向いていた。
「一人では行かせません」
ぼくは、先輩の前へ立った。
「でも……楓が」
「放送は、一人で来いと言いました」
「うん」
「だからこそ、一人で行ってはいけません」
ひより先輩の顔が歪む。
「もし、本当に楓が屋上にいたら?」
「先生が確認します」
「間に合わなかったら?」
「それでも、一人では行かせません」
ぼくは、できるだけはっきり言った。
「相手の指示に従うことが、青柳先輩を助けることだとは決まっていません」
電話の向こうから、水瀬灯里さんの声が聞こえた。
「高槻くんの言う通りです」
スピーカーにはしていない。
でも、ひより先輩が持つスマホから、静かな声が漏れている。
「先輩……その人は、一人で来る人を選びます」
「一人で来る人を?」
ひより先輩が聞く。
「はい」
「どういう意味?」
電話の向こうで、短い沈黙があった。
「私の時も、そうでした」
ひより先輩の指が止まる。
「灯里さんも……呼び出されたの?」
「はい」
「どこへ?」
「旧校舎の放送準備室です」
旧校舎。
星ヶ丘高校には、今使われている特別棟とは別に、数年前まで放送室として使われていた小さな準備室が残っている。
現在は資料倉庫になっているはずだ。
「一人で来てください、と言われました」
灯里さんは続ける。
「誰にも言わないで。先生にも、一ノ瀬先輩にも」
「行ったの?」
「……行きました」
ひより先輩が目を閉じる。
「どうして」
「私の声を消してあげる、と言われたからです」
生徒会室の空気が、さらに冷たくなった。
「声を消す?」
ぼくが聞く。
「公開告白の練習音声です」
灯里さんは答えた。
「倉橋先輩が、文化祭の前に告白の練習をしていた音声。その中に、私の名前が入っていました」
第一の事件。
一年前、体育館で行われる予定だった公開告白。
実際には止められた。
けれど、その前から何人かの生徒は計画を知っていた。
噂は広がり、水瀬灯里さんは学校にいられなくなった。
「その人は、音声データを持っていると言いました」
「削除する代わりに、来いって?」
「はい」
「実際に会ったの?」
「会いました」
「誰だったの?」
ひより先輩が聞く。
灯里さんは答えなかった。
電話越しに、呼吸だけが聞こえる。
「灯里さん」
「……ごめんなさい」
「どうして言えないの?」
「今、名前を言ったら……楓先輩が危ないかもしれない」
青柳楓先輩。
文化祭実行委員長。
行事関連の相談連絡担当。
いつも落ち着いていて、人をまとめることに慣れている先輩。
その青柳先輩が、何者かに脅されている。
「佐伯先生」
ぼくは先生を見る。
「屋上へは、先生と警備担当で確認してください。生徒は行かない方がいいです」
佐伯先生は、すぐにうなずいた。
「その判断で進めます」
先生は警備担当へ電話をかけた。
「屋上へ続く階段を封鎖してください。屋上へは教職員二名以上で入ります。生徒を近づけないでください」
黒崎悠真先輩も、すぐに動いた。
「俺は昇降口を確認する。青柳が校外へ出ていないか、下校記録と先生に確認する」
「一人で動かないで」
ひより先輩が言った。
黒崎先輩が、一瞬だけ止まる。
「……わかった」
三日前。
黒崎先輩は、自分一人で判断し、水瀬灯里さんの音声を開いた。
その結果、アカウントを利用され、音声を持ち出された。
同じ失敗を繰り返さない。
「三枝先輩にも来てもらいます」
ぼくは連絡を入れた。
確認担当の三枝莉子先輩なら、何かを見つけても勝手に触らず、場所と時刻を残してくれる。
久世綾音先輩は、放送室の管理へ戻ることになった。
「これ以上、校内放送を使わせない」
「止められますか」
「送出機器を手動へ切り替える」
「遠隔操作されたら?」
鳴海律くんが答える。
「ネットワークから切り離します」
「校内放送そのものが使えなくなる?」
「緊急放送は、別回線です」
鳴海くんはノートパソコンを閉じた。
「通常放送だけを止めます」
久世先輩が、ひより先輩を見る。
「一ノ瀬さん」
「うん」
「次にあなたの声が流れても、あなたが話したとは誰も決めない」
ひより先輩は少し驚いた顔をした。
久世先輩は続ける。
「放送委員長として、全校へ説明する」
「何て?」
「現在、過去の音声を無断で編集した放送データが確認されています。本人の意思による発言ではありません、と」
「でも、それを言ったら事件が広がる」
「広げないために、必要な事実だけを伝える」
久世先輩の声は冷静だった。
「偽物の声が流れた時、本人が説明し続けなければいけない状態にはしない」
ひより先輩は、少しだけ目を伏せた。
「ありがとう」
「まだ何も終わっていない」
「綾音って、お礼を受け取るの苦手?」
「余計な分析をしないで」
いつものようなやり取り。
けれど、久世先輩の言葉は確かに、ひより先輩を支えていた。
「高槻くん」
佐伯先生が呼ぶ。
「一ノ瀬さんと生徒会室にいてください。ここから出ないように」
「わかりました」
「電話はつないだままで?」
ひより先輩が聞く。
「水瀬さん本人と保護者の方が了承しているなら」
電話の向こうで、灯里さんが言った。
「つないでいてください」
「大丈夫?」
ひより先輩が聞く。
「怖いです」
灯里さんは正直に答えた。
「でも……今度は、一人で持ちたくありません」
その言葉に、ひより先輩の表情が揺れた。
「うん」
「一緒に確認しよう」
佐伯先生と三枝先輩が、警備担当とともに屋上へ向かった。
黒崎先輩は、別の先生と昇降口の確認へ。
久世先輩と鳴海くんは放送室へ。
生徒会室に残ったのは、ぼくとひより先輩。
電話の向こうの灯里さん。
三人だけになった瞬間、ひより先輩が椅子へ座り込んだ。
「怖かった……」
小さな声だった。
「はい」
「書記くんが止めなかったら、私……屋上へ行ってた」
「そう思いました」
「楓が危ないって思ったら、ほかのことが全部見えなくなった」
「はい」
「また、同じことするところだった」
ひより先輩は、自分の手を見つめた。
「誰かを助けるためなら、ルールを破ってもいいって」
「今回は破りませんでした」
「止められたから」
「止まったのは、先輩です」
ひより先輩がぼくを見る。
「ぼくが前へ立っても、本当に行く人は避けて進みます」
「そんな力技しないよ」
「先輩なら、隙を見つけるかと」
「書記くん、私を何だと思ってるの」
「必要な時に行動が早すぎる人です」
「言い方」
電話の向こうから、わずかに笑う声が聞こえた。
ひより先輩が、スマホを見る。
「灯里さん?」
「すみません」
「笑った?」
「少しだけ」
「よかった」
ひより先輩の顔にも、ほんの少しだけ笑みが戻る。
しかし、その空気は長く続かなかった。
ぼくは、生徒会室の共用パソコンを見た。
さっき放送を流した端末。
画面は、何も表示していない。
ただのデスクトップ。
「ひより先輩」
「何?」
「さっきの放送は、どこから再生されたんでしょう」
「共用パソコンじゃないの?」
「音は、このパソコンのスピーカーから出ました」
「うん」
「でも、放送室の予約データは停止され、ネットワークもこれから切断されます」
「停止する前に設定されてた?」
「可能性はあります」
ぼくはパソコンへ近づいた。
勝手に操作はしない。
画面に表示されているものだけを確認する。
デスクトップの右下。
現在時刻。
午後六時十一分。
その隣に、小さな通知が出ていた。
ファイルの同期が完了しました。
「同期?」
ひより先輩が聞く。
通知を開かず、表示された名前だけを見る。
相談室共有。
「そんな共有フォルダ、作ってません」
ぼくは言った。
正式な放課後相談室の記録は、紙で保管している。
電子データも先生管理のアカウントだけ。
生徒会室の共用パソコンに、「相談室共有」というフォルダは存在しないはずだ。
「先生に連絡します」
佐伯先生へメッセージを送る。
共用パソコンに不明な同期通知。
操作せず待機。
すぐに返信が来た。
触らず、電源も切らないでください。
担当教員を向かわせます。
「書記くん」
ひより先輩が、机の下を指した。
共用パソコンの本体。
前面の端子に、黒いUSBメモリが差し込まれている。
小さな銀色の文字。
ZERO。
三日前、黒崎先輩のアカウントから音声を持ち出した外部記憶装置。
「いつから、ありました?」
ひより先輩が聞く。
「少なくとも、さっきまでは気づきませんでした」
「誰かが置いた?」
「ぼくたちが生徒会室を離れて、放送室へ行っていた間に」
この部屋は、誰もいない時間があった。
音声を確認するため、全員が放送室へ移動していた。
その間に誰かが入った。
USBメモリをパソコンへ差し込んだ。
そして、ぼくたちが戻ったあと、遠隔または自動設定で音声を再生した。
青柳楓さんを助けたければ。
一人で屋上へ来てください。
これは屋上への呼び出しであると同時に、ぼくたちを生徒会室から追い出すための言葉だったのかもしれない。
「相手は、先輩を屋上へ行かせたかっただけではありません」
ぼくは言った。
「どういうこと?」
「全員の注意を屋上へ向けたかった」
ぼくは部屋を見る。
書類棚。
共用パソコン。
放課後相談室の再開届。
担当者一覧。
「その間に、ここで何かをするために」
ひより先輩が、青ざめた顔でUSBメモリを見る。
「何を同期したの?」
「わかりません」
「相談記録?」
「相談記録は保管箱です。旧進路指導室にあります」
言った瞬間。
ぼくとひより先輩は、同時に顔を上げた。
旧進路指導室。
放課後相談室。
今は、誰もいない。
「鍵は?」
ひより先輩が聞く。
「ぼくが持っています」
ぼくは制服のポケットへ手を入れた。
鍵がある。
保管箱の鍵も、別のポケットに入っている。
「なら、大丈夫?」
「相談室のドアには、予備鍵があります」
「どこに?」
「職員室です」
「先生の予備鍵を使わないと入れない?」
「本来は」
本来は。
また、その言葉だった。
電話の向こうで、灯里さんが息を飲む。
「先輩……」
「どうしたの?」
「旧相談室」
「うん」
「その人が、私を呼び出した時にも言っていました」
ひより先輩がスマホを握り直す。
「何て?」
「秘密は、相談室に戻るって」
背中が冷たくなる。
「灯里さん。その人は、恋愛相談室のことを知っていた?」
「知っていました」
「ひより先輩が相談を受けていたことも?」
「はい」
「相談記録のことも?」
電話の向こうで、沈黙。
「……たぶん」
ひより先輩が立ち上がる。
「相談室を確認しないと」
「一人では行きません」
「わかってる」
「先生を待ちます」
「でも」
「待ちます」
先輩は、ドアを見た。
今度はすぐに走り出さなかった。
「……うん」
その返事が聞けた直後、廊下から足音がした。
一人ではない。
複数の足音。
佐伯先生が戻ってきたのかと思った。
けれど、ドアを開けて入ってきたのは、黒崎先輩だった。
後ろには男性教諭がいる。
「昇降口の確認が終わった」
「青柳先輩は?」
ひより先輩が聞く。
「下校記録はない。学校の外へ出た確認もない」
「屋上は?」
「佐伯先生たちが確認中だ」
ぼくは、共用パソコンのUSBメモリを指した。
「戻った時には、これが差し込まれていました」
黒崎先輩の顔が変わる。
「ZERO」
「触っていません」
男性教諭がパソコンを確認する。
「電源は切らず、そのままで。情報担当を呼びます」
黒崎先輩が、周囲を見る。
「放課後相談室は?」
「今、誰もいません」
「確認した方がいい」
「先生と一緒に行きます」
ひより先輩が言った。
黒崎先輩は、一瞬だけ彼女を見る。
さっきまでなら、自分が先に確認すると言ったかもしれない。
でも、今回は言わなかった。
「先生を呼ぶ」
黒崎先輩が答えた。
数分後、佐伯先生から連絡が届いた。
屋上を確認。
青柳楓さんはいない。
争った形跡や危険物もなし。
鞄のみ回収。
屋上には、誰もいなかった。
呼び出しは偽物だった。
「楓はどこにいるの……」
ひより先輩がつぶやく。
佐伯先生は、そのまま放課後相談室を確認するため合流すると伝えてきた。
ぼくたちは、先生たちと一緒に旧進路指導室へ向かった。
ひより先輩。
ぼく。
黒崎先輩。
佐伯先生。
三枝先輩。
男性教諭。
誰も一人では動かない。
廊下は、すでに下校時間を過ぎている。
照明の半分が消え、窓の外は暗い。
旧進路指導室の前へ着く。
ドアは閉まっている。
見た限り、壊された形跡はない。
ぼくは、自分の鍵を取り出した。
「待って」
三枝先輩が言う。
「鍵を入れる前に、ドアを見て」
鍵穴の下。
透明な細いテープが貼られている。
ドアと枠をまたぐように、数センチだけ。
「誰かが、開けられたか確認するために貼った?」
ぼくが聞く。
「あるいは、開けたら切れるように」
テープは、すでに切れていた。
誰かがドアを開けている。
佐伯先生が、予備鍵の管理記録を確認するよう連絡した。
先生が先にドアを開ける。
室内は暗い。
照明をつける。
机。
椅子。
案内文。
相談記録用紙。
一見すると、何も変わっていない。
ぼくは、部屋の奥にある鍵付き保管箱を見る。
扉は閉まっている。
鍵穴にも傷はない。
「鍵は高槻くんが持っていたのね」
三枝先輩が聞く。
「はい」
「予備鍵は?」
「佐伯先生が管理しています」
佐伯先生が確認する。
「私の鍵もあります」
なら、箱は開いていない。
そう思った。
でも、ひより先輩が机を指した。
「書記くん」
机の中央に、一枚の相談記録用紙が置かれている。
ぼくたちが出る前には、なかった。
上部には、相談番号。
零。
相談者名の欄は、空白。
相談内容。
放課後相談室を終わらせたいです。
その下には、続きがある。
でも、一ノ瀬ひよりは終わらせてくれません。
ひより先輩の顔が強張る。
筆跡は、手書きではない。
印刷された文字。
「誰かが置いた」
黒崎先輩が言う。
「これを置くために、相談室へ入った?」
ひより先輩が聞く。
ぼくは用紙へ近づいた。
触れずに確認する。
相談用紙の形式は、正式再開後に使っているものと同じ。
ただし、本物にはない項目が一つ追加されている。
希望する対応。
そこには、黒い文字で書かれていた。
一ノ瀬ひよりに、すべてを思い出してもらう。
電話の向こうで、灯里さんが息を止めた。
「その紙……裏を見てください」
「裏?」
ひより先輩が聞く。
「どうしてわかるの?」
「私に届いた紙も、同じでした」
佐伯先生が手袋をつけ、用紙を裏返す。
裏面には、古い写真が印刷されていた。
一年前の文化祭。
旧進路指導室の前に立つ、一ノ瀬ひより先輩。
その隣に、水瀬灯里さん。
少し離れた場所に、青柳楓先輩。
さらに、その背後。
ドアの影に、もう一人の生徒が立っている。
顔は暗くて見えない。
けれど、胸元には名札がある。
写真を拡大しなければ、文字は読めない。
右手には、小型の音声レコーダー。
赤い録音ランプが光っている。
「この写真を撮った人がいる」
ぼくは言った。
「それとは別に、録音していた人も」
「灯里さん」
ひより先輩が電話へ呼びかける。
「この人?」
長い沈黙。
「はい」
灯里さんが答えた。
「私を旧放送準備室へ呼んだ人です」
「名前を言える?」
「……今なら」
灯里さんは、息を吸った。
「その人は――」
突然、電話が途切れた。
通話終了。
「灯里さん?」
ひより先輩が呼ぶ。
かけ直す。
接続されない。
もう一度。
つながらない。
「保護者の方へ確認します」
佐伯先生が別の電話を使う。
その時。
相談室の奥から、小さな電子音が聞こえた。
全員が振り返る。
鍵付き保管箱ではない。
壁際の古いロッカー。
以前の恋愛相談室で使っていた、処分予定の棚。
中から音が鳴っている。
一度。
二度。
三度。
スマホの着信音。
「誰かの携帯?」
ひより先輩が言う。
佐伯先生が、ロッカーを確認する。
鍵はかかっていない。
ゆっくり扉を開く。
中に、人はいなかった。
代わりに、青柳楓先輩のスマートフォンが置かれていた。
画面には、着信中の表示。
発信者。
水瀬灯里。
青柳先輩のスマホへ、灯里さんから電話がかかっている。
「出ますか」
佐伯先生が確認する。
本人のスマートフォンだ。
勝手に操作はできない。
しかし、緊急性がある。
先生が通話を受ける。
「佐伯です。青柳さんの携帯電話を学校で保管しています」
電話の向こうから聞こえたのは、灯里さんの声ではなかった。
低く加工された、性別のわからない声。
「一ノ瀬ひよりは、そこにいますか」
ひより先輩が固まる。
佐伯先生は答えない。
「あなたは誰ですか」
加工された声が、小さく笑った。
「相談者です」
「青柳楓さんはどこですか」
短い沈黙。
「安全です」
「本人の声を聞かせてください」
「それは、まだできません」
「要求は何ですか」
「要求ではありません」
声は静かだった。
「相談です」
ひより先輩が、一歩前へ出る。
佐伯先生は、電話を渡さない。
でも、ひより先輩は通話口へ届く声で言った。
「相談なら、楓を返して」
電話の向こうで、また沈黙。
「一ノ瀬先輩」
加工された声が、初めてひより先輩を直接呼んだ。
「あなたは、誰かがいなくならないと話を聞かない」
ひより先輩の顔が歪む。
「そんなこと」
「水瀬灯里がいなくなって、相談室を閉じた」
「白石すずが消されそうになって、動き出した」
「早川琴音の声が出なくなって、初めて聞いた」
「瀬戸陽太が写真から消されて、存在に気づいた」
「成瀬冬馬が部活から消えて、ようやく話を聞いた」
これまでの相談を知っている。
ただ出来事を知っているだけではない。
ひより先輩が、どう関わったかまで見ている。
「だから、青柳楓にもいなくなってもらいました」
「楓はどこ」
ひより先輩の声が震える。
「質問は一つずつです」
相手は言った。
「まず、私の相談を聞いてください」
「何を相談したいの?」
ひより先輩が聞く。
電話の向こうの声は、ゆっくり答えた。
「ずっと相談室のそばにいたのに、一度も相談者として見てもらえなかった人は、どうすればいいですか」
ぼくは、写真の奥に写る人影を見た。
旧進路指導室の前。
ひより先輩。
灯里さん。
青柳先輩。
そして、誰にも見られていなかった四人目。
「名前を教えてください」
ぼくが言った。
電話の向こうで、微かな息遣い。
「高槻湊」
ぼくの名前も知っている。
「あなたは、写真の中にいる人ですね」
「そうかもしれません」
「青柳先輩を脅して、資料を持ち出させた?」
「青柳楓は、自分で選びました」
「どこにいるんですか」
「次の相談で話します」
「今答えてください」
「必要なので?」
相手は言った。
それは、ぼくが何度も使ってきた言葉だった。
必要なので。
ひより先輩が、ぼくを見る。
電話の向こうで、加工された声が笑う。
「ずっと聞いていました」
そして、最後に告げた。
「放課後相談室は、放課後だけ名探偵になる」
作品の題名と同じ言葉。
「でも……名探偵は、自分の隣にいる相談者には気づかない」
通話が切れた。
青柳楓先輩のスマートフォンには、通話時間だけが残った。
発信元は、灯里さんの番号として表示されている。
番号を偽装したのか。
灯里さんの端末を一時的に操作したのか。
まだわからない。
ただ、一つだけ確かなことがある。
屋上には、誰もいなかった。
青柳楓先輩も。
呼び出した人物も。
その人物は最初から、ぼくたちを屋上へ向かわせるつもりなどなかったのかもしれない。
本当の目的は、放課後相談室へ戻らせること。
そして、誰にも見つけてもらえなかった自分の相談を、机の上へ置くことだった。
第31話まで読んでくださり、ありがとうございます。
屋上への呼び出しは罠でした。
ひよりは一人で向かおうとしますが、湊たちが止め、教職員と連携して確認します。
屋上には青柳楓の鞄だけが残され、本人はいませんでした。
一方、無人になっていた生徒会室には「ZERO」と名づけられたUSBメモリが差し込まれ、放課後相談室にも何者かが侵入していました。
相談番号、零。
放課後相談室を終わらせたいです。
でも、一ノ瀬ひよりは終わらせてくれません。
さらに、古い写真には、一年前から相談室のそばにいた「四人目」の姿が写っていました。
最後に青柳楓のスマートフォンへ電話をかけてきた人物は、自分を相談者だと名乗ります。
ずっと相談室のそばにいたのに、一度も相談者として見てもらえなかった人は、どうすればいいですか。
次回は、写真に写る四人目の人物と、青柳楓が自分で選んだという言葉の意味へ迫ります。




