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第27話 七枚目の写真

男子バスケットボール部の部室に届いた、六枚目の写真。


そこには、成瀬冬馬が試合前から手首を痛めていたことを示す姿が写っていた。


知っていたのに、出した。


さらに、写真の端には小さな予告が残されている。


七枚目で、全部わかる。


七枚目で、全部わかる。


六枚目の写真の端に書かれていたその文字を見た瞬間、男子バスケットボール部の部室から音が消えた。


誰も話さない。


窓の外では雨が降っている。

体育館の屋根を叩く雨音が、低く響いていた。


机の上には、試合中の成瀬冬馬くんを写した写真が置かれている。


右手首には、白いテーピング。


けがをしたのは、試合のあとじゃない。


知っていたのに、出した。


その言葉は、顧問の榊先生だけへ向けられたものではなかった。


成瀬くんの痛みを知りながら、テーピングをして送り出した高瀬真琴さん。


手首を痛めていることを知りながら、試合後に厳しい言葉をぶつけた佐久間亮くん。


異変に気づきながら、チームの空気に逆らえなかった部員たち。


そして、写真を記録しながら、成瀬くんの姿を共有アルバムから消した誰か。


この部には、知っていた人が何人もいる。


だから、送り主は一人ずつ写真を送りつけているのかもしれない。


「七枚目って、何が写ってるんですか」


佐久間くんが聞いた。


答えられる人はいなかった。


「次の写真が届くまで待つしかないんですか」


「待つだけではありません」


佐伯先生が答えた。


「まず、部の記録用パソコンを探します。写真の元データが保存されている可能性が高い以上、これ以上持ち出されたままにはできません」


「練習は中止だ」


榊先生が言った。


体育館に残っている部員たちを見る。


「今日は全員帰宅させる。ただし、先生から連絡するまで部活動の共有アルバムやグループへ書き込みはしないこと。写真の件を個人間で追及することも禁止する」


「でも、誰かが部員の中にいるかもしれないんですよね」


佐久間くんが言った。


「だからこそだ」


榊先生の声は低かった。


「勝手に犯人探しを始めれば、関係のない生徒まで疑われる」


前のぼくたちなら、すぐに聞き込みを始めていたかもしれない。


怪しい人を探す。

持ち物を見る。

行動を確認する。


でも、写真を送った人物が部員の中にいるとしても、全員の荷物を勝手に調べることはできない。

スマホを見せろと迫ることもできない。


学校と先生が、正式な手順で確認する必要がある。


「高槻くん」


三枝莉子先輩が、六枚目の写真を指した。


「番号をもう一度確認して」


「はい」


写真はすべて透明な袋に入れられていた。


一枚目から三枚目。

四枚目。

五枚目。

六枚目。


ぼくは、写真の端に書かれた数字を見比べた。


一枚目から三枚目と六枚目は、厚めの光沢紙。

番号は、小さく黒いペンで書かれている。


四枚目と五枚目は、少し薄い光沢紙。

四枚目には黒い数字。

五枚目だけは赤い数字だった。


「五枚目だけ、番号の色が違います」


ぼくは言った。


「佐久間くんが相談室へ来る姿を写した写真ね」


三枝先輩が答える。


「予定外だったから、急いで追加した可能性がある」


「はい。送り主は、最初から少なくとも七枚の写真を用意していた。ただし、佐久間くんが相談へ来たことで、新しい写真を途中に差し込んだ」


ひより先輩が、少し眉を寄せた。


「じゃあ、本来の六枚目が一つずれた可能性は?」


「あります」


写真に書かれた数字は、撮影順でも到着順でもないのかもしれない。


送り主が伝えたい順番。


最初に消されたのは、俺だ。


切れば、最初からいなかったことになる。


記録から消せば、誰も覚えていない。


次に消えるのは、お前だ。


お前だけが消えるわけじゃない。

次は、奪ったやつだ。


知っていたのに、出した。


一枚ずつ、対象が広がっている。


成瀬くん自身。

過去の写真。

メンバー表。

佐久間くん。

藤堂くん。

顧問と、けがを知っていた人たち。


七枚目には、さらに多くの人物が写る可能性がある。


「全部わかる、か」


ひより先輩がつぶやいた。


「送り主の正体がわかるという意味でしょうか」


「それとも」


三枝先輩が続ける。


「成瀬くんが消された経緯が、全部わかるという意味かもしれない」


高瀬真琴さんは、部室の入口に立ったまま、六枚目の写真を見ていた。


涙は止まっている。


けれど、顔色は悪い。


「高瀬さん」


ひより先輩が声をかけた。


「さっき、最初から写真を送ったのは自分ではないと言ったね」


「はい」


「七枚目について、何か心当たりはある?」


高瀬さんは首を横に振った。


「ありません」


「成瀬くんが退部する前、写真や動画を誰かに残してほしいと言っていたことは?」


「聞いてません」


「部の記録を消さないでほしいとは?」


高瀬さんは、少しだけ目を伏せた。


「私には言ってません。でも……」


「でも?」


「退部届を出したあと、冬馬は部室に戻ってきました」


佐久間くんが顔を上げる。


「そんなの知らないぞ」


「みんなが帰ったあと」


高瀬さんは答えた。


「私はスコアブックの整理をしていました。冬馬が入ってきて、メンバー表を見ていました」


「名札が外されたあと?」


「はい」


「成瀬くんは何か言いましたか」


高瀬さんは、少し記憶をたどるように黙った。


「自分の名前、どこにあるって聞かれました」


「高瀬さんは?」


「引き出しにあると思うって答えました。でも、探したらなくて」


「ごみ箱にあった」


藤堂くんが言った。


高瀬さんはうなずく。


「紙くずの下にありました」


成瀬冬馬。


部員の名前が書かれた、小さな磁石。


ホワイトボードから外され、引き出しにも残されず、ごみ箱に捨てられていた。


「それを見た時、冬馬は笑いました」


高瀬さんの声が震えた。


「また笑ったのか」


佐久間くんがつぶやく。


けがをしたあと。

メンバー表から名前を外された時。

名札がごみ箱から見つかった時。


成瀬くんは、怒らずに笑ったという。


本当に面白かったからではない。


それ以外に、どんな顔をすればいいのかわからなかったのだろう。


「冬馬は、名札を私に渡しました」


「高瀬さんが拾ったんじゃないんですか」


ぼくが聞く。


「私がごみ箱から拾って、冬馬に返しました。でも、冬馬は、真琴が持っててって」


「どうして?」


ひより先輩が聞く。


高瀬さんは、ジャージのポケットへ手を入れた。


そこから、小さな白い磁石を取り出す。


成瀬冬馬。


黒い文字で名前が書かれている。

端には、少し汚れが残っていた。


「冬馬は言いました」


高瀬さんは、名札を見つめた。


「俺が本当にいなくなったら、これも捨ててって」


佐久間くんの顔が歪む。


「何だよ、それ」


「私は、捨てないって言いました」


「それで、ずっと持ってたのか」


「うん」


高瀬さんは、佐久間くんを見た。


「誰かが覚えてないと、本当にいなかったことになる気がしたから」


今回の送り主と、よく似た気持ちだった。


誰かが覚えていなければ、消えてしまう。


過去の写真を消されたくない。

名簿から外されたくない。

いたことを忘れられたくない。


だから高瀬さんが疑われる。


でも、彼女だけではない。


「この名札を捨てたのは誰ですか」


ぼくが聞いた。


武田主将が、少し顔をこわばらせた。


「俺は引き出しに入れた」


「それを見た人は?」


「大橋がいた」


「三年生のマネージャーですね」


「そうだ」


大橋先輩。


部活動の共有アルバムを管理していた人物。

成瀬くんが写る写真を、部活動紹介用のデータから外した人物。

部の記録用パソコンを使用できる人物。


そして、今日はまだ姿を見せていない。


「大橋先輩は、今どこにいますか」


ぼくが聞く。


榊先生が体育館の部員たちへ確認する。


三年生マネージャーの大橋先輩は、練習開始前まで体育館にいた。


そのあと、試合記録を印刷するため、視聴覚室へ行くと言って出ていったらしい。


「視聴覚室」


三枝先輩が反応する。


「校内のカラープリンターがあります」


四枚目と五枚目の薄い写真用紙。


今日、新しく印刷された可能性が高い写真。


「大橋先輩は、記録用パソコンを持って視聴覚室へ行ったのでは?」


佐久間くんが言った。


榊先生は、すぐに廊下へ出た。


「佐伯先生。確認します」


「私も行きます」


先生二人が先に向かう。


ぼくたちも、少し距離を空けて後を追った。


「私も行きます」


高瀬さんが言う。


「高瀬」


榊先生が止めようとする。


「お願いします」


高瀬さんは、名札を強く握った。


「大橋先輩が写真を送ったなら、聞きたいことがあります」


佐伯先生は少し考え、条件をつけた。


「先生の指示に従うこと。勝手に問い詰めないこと」


「はい」


視聴覚室は、特別棟の二階にある。


佐久間くんが相談室へ向かうところを撮影できる階段の、すぐ近くだった。


階段を上がる途中、ぼくは手すりの向こうから外を見た。


旧進路指導室へ続く渡り廊下が、下に見える。


五枚目の写真と同じ角度。


ここからなら、相談室へ向かう佐久間くんと藤堂くんを撮影できる。


「書記くん」


ひより先輩が、小声で呼ぶ。


「はい」


先輩は、階段の踊り場の隅を指した。


そこに、赤い細い糸が落ちていた。


ただの糸ではない。


幅のある化学繊維。

赤い布に、白い線。


五枚目の写真の右端に写り込んでいた色と似ている。


三枝先輩が、触れずに近くから確認する。


「何かのストラップがほつれた糸みたい」


「カメラのストラップでしょうか」


「可能性はあるわね」


高瀬さんの顔が変わった。


「大橋先輩のカメラ」


「赤いストラップですか」


ぼくが聞く。


高瀬さんはうなずいた。


「試合の写真を撮る時、いつも首から下げています。赤に白い線が入ったストラップです」


一つ、つながった。


しかし、まだ断定はできない。


赤いストラップを持っている人が、学校に一人とは限らない。

糸がいつ落ちたかもわからない。


「見つけた場所と時刻だけ記録しましょう」


ぼくが言うと、三枝先輩がうなずいた。


「先生に伝えるわ」


視聴覚室のドアは、少し開いていた。


中から、低い機械音が聞こえる。


プリンターが動く音だった。


佐伯先生が、ドアの前で声をかける。


「中に誰かいますか」


返事はない。


先生がゆっくりドアを開ける。


視聴覚室の中には、誰もいなかった。


壁際にパソコン机。

中央に長机。

奥にはプロジェクターとスクリーン。


そして、窓際の机に男子バスケットボール部の記録用パソコンが置かれていた。


「パソコン」


武田先輩が声を漏らす。


電源は入っている。


画面には、写真編集用の画面が開かれていた。


男子バスケットボール部の写真が並んでいる。


一枚目から六枚目。

それから、まだ印刷されていない別の写真。


「先生」


ぼくは、画面を指した。


ファイル名。


07。


七枚目。


プリンターから、ちょうど一枚の写真が出てくるところだった。


佐伯先生が、すぐにプリンターへ近づく。


「触らないでください」


写真が排出される。


白い余白。

厚い光沢紙。


七枚目の写真。


そこに写っていたのは、練習試合後の男子バスケットボール部だった。


部員たちは体育館の中央に集まっている。


榊先生が、ホワイトボードの前で試合内容を振り返っている。

武田主将。

佐久間くん。

藤堂くん。

高瀬さん。

ほかの部員たち。


全員が、先生やホワイトボードを見ている。


ただ一人を除いて。


成瀬冬馬くんは、写真の奥にいた。


体育館の壁際。

右手首を左手で押さえながら、一人で床に座っている。


誰も、成瀬くんを見ていない。


写真を撮っている人以外は。


「これ……」


佐久間くんの声が震えた。


「試合のあと」


「はい」


高瀬さんも、写真を見つめている。


「冬馬が、手首を冷やしていた時です」


写真の中央にいる部員たちは、試合の反省をしている。


最後のプレーについて。

判断が遅かったことについて。

次の試合について。


その後ろで、成瀬くんは一人だった。


写真の裏には、黒い文字で書かれていた。


誰か一人が消したんじゃない。


その下に、赤い文字。


みんなで見ないふりをした。


さらに、その下。


私も。


部屋の中が静まり返った。


私も。


送り主は、自分も成瀬くんを消した側だと思っている。


一方的に部員たちを責めているだけではない。


自分自身も、七枚目の中に入れている。


「大橋先輩……」


高瀬さんが、小さく呼んだ。


その時、視聴覚室の奥にある準備室から物音がした。


全員が振り向く。


ドアがゆっくり開く。


中から、女子生徒が出てきた。


長い髪を後ろでまとめている。

三年生。

男子バスケットボール部のマネージャー用ジャージ。


首から、カメラを下げている。


赤地に白い線が入ったストラップ。


一部がほつれていた。


大橋先輩は、ぼくたちを見ても逃げなかった。


驚いた顔もしなかった。


ただ、七枚目の写真を見て言った。


「印刷、間に合ったんですね」


榊先生の表情が険しくなる。


「大橋」


「はい」


「写真を送ったのは、お前か」


大橋先輩は、少しだけ目を伏せた。


そして答えた。


「はい」


佐久間くんが一歩前へ出る。


「何で」


佐伯先生が手を上げて止める。


「佐久間くん。下がってください」


「でも」


「先生が確認します」


佐久間くんは、拳を握ったまま止まった。


大橋先輩は、視聴覚室の中央に立っている。


手には何も持っていない。

けれど、カメラのストラップを強く握っていた。


「一枚目から六枚目まで、すべてあなたが用意したのですか」


佐伯先生が聞く。


「はい」


「佐久間くんと藤堂くんを撮影した写真も?」


「はい」


「佐久間くんが放課後相談室へ向かうところを、階段から撮った」


「はい」


「部室のロッカーと、生徒会室前へ封筒を置いた」


「はい」


大橋先輩は、すべて認めた。


「記録用パソコンを持ち出した理由は?」


「七枚目を作るためです」


「学校や顧問へ相談せず、写真を送った理由は?」


大橋先輩は、少しだけ榊先生を見た。


「相談しても、また記録だけ直して終わると思ったからです」


榊先生の顔が硬くなる。


「どういう意味だ」


「成瀬が辞めたあと、先生は言いました」


大橋先輩の声は、静かだった。


「部活動紹介ページから、退部した部員が大きく写っている写真を外すようにって」


「現在の部員がわかる内容へ更新するためだ」


「共有アルバムからまで消す必要はありませんでした」


「共有アルバムから消せとは言っていない」


「私が消しました」


大橋先輩は答えた。


「先生に言われたからではありません。私が、今の部員だけに整理した方がいいと思ったから」


「大橋先輩が?」


高瀬さんが聞く。


大橋先輩は、彼女を見る。


「そう」


「私、消さないでって言いました」


「聞いた」


「でも、消したんですか」


「消した」


高瀬さんの目に涙が浮かぶ。


「何で」


「その時は、正しいと思ったから」


大橋先輩の声が震え始める。


「退部した人の写真を残していたら、見るたび気まずくなる。藤堂もやりにくい。成瀬も戻る気がないなら、今いる部員を優先した方がいいと思った」


「成瀬は戻る気がないんじゃなくて」


高瀬さんが言う。


「戻れる場所がなくなったんです」


「わかってる」


大橋先輩の声が、初めて大きくなった。


「今は、わかってる」


視聴覚室に声が響いた。


「だから、写真を送ったんです」


「自分が消したから?」


ひより先輩が聞く。


大橋先輩は、ひより先輩を見る。


「はい」


「ほかの人にも、自分と同じ罪悪感を持たせたかった?」


「違います」


大橋先輩は言った。


でも、その否定には迷いがあった。


ひより先輩は、逃さなかった。


「本当に?」


大橋先輩は、口を閉じた。


「写真には、佐久間くんを消すような予告を書いた。藤堂くんを『奪ったやつ』と呼んだ。顧問の先生にも、知っていて出したと突きつけた」


ひより先輩の声は静かだった。


「成瀬くんを覚えてほしいだけなら、脅す必要はなかったと思う」


大橋先輩の指が、カメラのストラップを握りしめる。


「普通に言っても、誰も聞かなかったからです」


「言ったの?」


「言いました」


「誰に?」


「榊先生と、武田に」


大橋先輩は答えた。


「成瀬が辞めた理由を、ちゃんと部員全員で話した方がいい。写真を全部消すべきじゃない。名札も元に戻しておいた方がいいって」


「俺は」


武田先輩が口を開く。


「退部したやつの名前を残す方が、成瀬に失礼だと思った」


「聞いた」


大橋先輩は、武田先輩を見る。


「先生は、部活動は前へ進まないといけないと言いました」


榊先生が目を伏せる。


「それも聞いた」


「だから、私は消しました。写真も、過去のメンバー表のデータも。成瀬の名前も」


「名札をごみ箱に捨てたのも?」


ぼくが聞いた。


大橋先輩は、しばらく黙った。


そして、小さくうなずいた。


「私です」


高瀬さんが、息を飲んだ。


「どうして」


「武田から、片づけておいてと言われました」


武田先輩の顔が強張る。


「引き出しにしまうつもりでした。でも、今のメンバー表には必要ないと思って」


「だから捨てた?」


「はい」


大橋先輩の目に涙が浮かぶ。


「そのあと、高瀬がごみ箱から名札を拾っているのを見ました」


「見てたんですか」


「見てた」


「何も言わなかった」


「言えなかった」


大橋先輩の声が崩れる。


「自分が捨てたって言えなかった」


高瀬さんは、名札を手に持ったまま黙っていた。


怒っている。

悲しんでいる。

信じていた先輩に裏切られたような顔だった。


「それから、成瀬の写真を見返しました」


大橋先輩は言った。


「共有アルバムから削除する前に、記録用パソコンへ残していた写真です」


その中に、七枚目があった。


試合後、体育館の壁際で一人手首を押さえる成瀬くん。


みんなが反省会をしている後ろで。

誰にも見られずに。


「写真を撮った時、私は成瀬に気づいていました」


大橋先輩は七枚目を見る。


「でも、カメラを置いて声をかけませんでした」


「どうして?」


ひより先輩が聞く。


「試合の記録を撮るのが、私の役目だったから」


大橋先輩は、泣きながら笑った。


「役目を理由に、見ないふりをしました」


七枚目の裏側。


私も。


それは、大橋先輩自身の告白だった。


「写真を送れば、みんな思い出すと思いました」


「成瀬くんのことを?」


「はい」


「でも、佐久間くんを怖がらせた」


「はい」


「藤堂くんを、ポジションを奪った人と決めつけた」


大橋先輩は、藤堂くんを見る。


「それは事実だと思っていました」


藤堂くんの表情が硬くなる。


「違います」


「でも、成瀬の代わりに」


「代わりじゃない」


藤堂くんはスマホを出した。


「成瀬本人に、頼まれました」


大橋先輩の目が揺れる。


「何を」


「ポイントガードをやってくれって」


藤堂くんは、成瀬くんとのメッセージを見せた。


取られたんじゃない。

俺が渡した。

だから謝るな。


大橋先輩の顔から、色が消えた。


「知らなかった」


「確認しなかったからです」


ぼくは言った。


大橋先輩が、ぼくを見る。


「成瀬くんのために写真を送った。でも、成瀬くんが藤堂くんをどう思っているかは確認していなかった」


「……はい」


「成瀬くんが佐久間くんを消したいと思っているかも、確認していない」


「はい」


「成瀬くんのためと言いながら、成瀬くんの気持ちを置いたまま、周りの人へ答えを突きつけた」


大橋先輩の涙が落ちた。


「はい」


前にも、同じことがあった。


守るため。

忘れさせないため。

傷つけられた人の代わりに怒るため。


そう言いながら、本人の気持ちを聞かずに進める。


宮野千紗先輩。

片桐玲奈先輩。

白井悠花先輩。


そして今度は、大橋先輩。


優しさや罪悪感が、相手の意思を追い越してしまう。


「写真を送るよう、成瀬くんから頼まれたのですか」


佐伯先生が確認する。


大橋先輩は、はっきり首を横に振った。


「頼まれていません」


「成瀬くんは、この件を知っていますか」


「知りません」


「では、あなた一人の判断ですね」


「はい」


佐伯先生は、少し間を置いた。


「大橋さん。あなたが行ったことは、単なるいたずらではありません。脅迫的な文章を送り、佐久間くんの行動を撮影し、部のパソコンを無断で持ち出しました」


「はい」


「学校として、保護者にも連絡し、正式に対応します」


「はい」


大橋先輩は、逃げなかった。


「写真やデータは、先生が預かります。送信や投稿を予定しているものがあれば、すべて止めてください」


大橋先輩の視線が、パソコンの画面へ動く。


「何か、まだありますね」


佐伯先生が言った。


大橋先輩は、しばらく黙った。


「七枚目を、今日の六時に部のグループへ送る設定にしていました」


全員の顔が強張る。


「予約投稿?」


「はい」


「解除できますか」


「できます」


大橋先輩は先生の立ち会いのもとで、設定を解除した。


あと二十分遅ければ、七枚目の写真は部員全員のスマホへ送られていた。


成瀬くんが一人で座っている姿。

誰も彼を見ていない瞬間。


その写真が本人の許可なく広がれば、また成瀬くんの痛みを勝手に公開することになる。


覚えてほしいという目的で、最も見られたくない姿を晒す。


それは、成瀬くんを取り戻すことではない。


さらに奪うことだ。


「大橋先輩」


ひより先輩が言った。


「この写真を誰かに見せるかどうかは、成瀬くんに聞かないといけない」


「はい」


「あなたが決めることではない」


「はい」


大橋先輩は、七枚目の写真へ頭を下げるように視線を落とした。


その時、佐伯先生のスマホが鳴った。


先生は画面を確認し、少し驚いた顔をした。


「成瀬くんの担任からです」


全員の視線が集まる。


佐伯先生は、短く電話で話した。


「はい。本人が希望しているなら……保護者の方にも、こちらで説明します」


電話を終え、先生はぼくたちを見る。


「成瀬冬馬くんが、学校へ来ています」


佐久間くんが立ち上がった。


「成瀬が?」


「通院後、自宅へ戻ったそうですが、担任から連絡を受けて、本人が話したいと言ったそうです。保護者の方と一緒に来ています」


大橋先輩の顔が、はっきりと怯えた。


「冬馬が、ここへ?」


「今は職員室にいます」


佐伯先生が答える。


「写真の内容については、先生から必要な範囲で説明しました。本人は、関係する生徒と話したいと言っています」


「全員で?」


ひより先輩が聞く。


「まずは本人の希望を確認します。無理に全員を同席させることはしません」


少しして、視聴覚室のドアがノックされた。


佐伯先生がドアを開ける。


廊下に、一人の男子生徒が立っていた。


右手首には、まだ黒いサポーターが巻かれている。

少し痩せたように見える。

髪は短く、表情は静かだった。


成瀬冬馬くん。


その後ろには担任の先生がいる。


成瀬くんは、部屋の中を見渡した。


佐久間くん。

藤堂くん。

高瀬さん。

武田主将。

榊先生。

大橋先輩。


そして、机の上の七枚目の写真。


成瀬くんの視線が、その写真で止まった。


「これ」


声が低くなる。


「誰が送ったんですか」


大橋先輩が、一歩前へ出た。


「私」


成瀬くんが彼女を見る。


「大橋先輩が?」


「ごめんなさい」


大橋先輩は頭を下げた。


「冬馬が消されたことを、みんなにわからせたくて」


成瀬くんの表情は動かなかった。


「俺が頼んだんですか」


「違う」


「俺が、佐久間を脅してほしいって言いましたか」


「言ってない」


「藤堂を、奪ったやつって呼びましたか」


「言ってない」


「俺が一人でいる写真を、全員に送ってほしいって言いましたか」


「言ってない」


成瀬くんの声は大きくなかった。


でも、一つずつの言葉が、大橋先輩の前へ置かれていく。


「じゃあ、これは俺のためじゃないです」


大橋先輩の肩が震えた。


「ごめん」


「今は、謝られてもわかりません」


成瀬くんは言った。


その言い方は、朝倉澪さんや早川琴音さんと似ていた。


謝罪を受け取るかどうかも、本人が決める。


今すぐ許す必要はない。


「でも」


成瀬くんは、七枚目の写真を見た。


「この写真があったことは、知りませんでした」


「消しますか」


佐伯先生が聞く。


「それとも、学校で保管しますか。今ここで決めなくてもかまいません」


成瀬くんは、少し考えた。


「今は、誰にも送らないでください」


「わかりました」


「写真は……あとで見せてください。一人で見たいです」


「はい」


本人の希望が、まず確認された。


大橋先輩は、顔を上げられなかった。


成瀬くんは、次に佐久間くんを見た。


「久しぶり」


佐久間くんの口が動く。


でも、声が出ない。


「成瀬」


ようやく名前だけが出た。


「写真を送ったの、成瀬じゃなかった」


「俺じゃない」


「疑ってた」


「そうみたいだな」


「悪かった」


佐久間くんは、そこで言葉を止めた。


たぶん、写真を疑ったことだけを謝えばいいのか。

試合後の言葉まで謝うべきなのか。

名札が消えた時に何もしなかったことも含めるのか。


わからなくなっている。


成瀬くんは、急かさなかった。


「俺も、話したいことがある」


「うん」


「でも、先に一つだけ言う」


成瀬くんは、部屋の中にいる全員を見た。


「俺が辞めたのは、けがだけが理由じゃない」


榊先生が顔を上げる。


武田主将も。

高瀬さんも。

藤堂くんも、成瀬くんを見る。


「手首が治れば戻れると思ってた」


成瀬くんは言った。


「でも、戻ってこいって言われるたびに、怖くなった」


「何が?」


佐久間くんが聞く。


成瀬くんは、右手首のサポーターを左手で押さえた。


「戻ったら、また同じように出ろって言われる気がした」


佐久間くんの顔が歪む。


「また、痛くても大丈夫って言わなきゃいけない。迷っても迷ってないふりをしないといけない。試合に負けたら、お前の判断が遅いって言われる」


成瀬くんは、榊先生を見る。


「俺が戻れなくなったのは、けがをしたあとじゃありません」


静かな声だった。


「けがをしてるって言えなかった時からです」


誰も答えられなかった。


七枚目で、全部わかる。


でも、七枚目の写真だけでは、全部はわからなかった。


写真には、孤立している成瀬くんが写っていた。

けれど、なぜ声を上げられなかったのかまでは写らない。


その理由は、本人の口から聞くしかない。


成瀬くんは、佐久間くんを見た。


「俺、明日もう一回ここに来たい」


「放課後相談室へ?」


ひより先輩が聞く。


成瀬くんはうなずいた。


「写真のことじゃなくて、辞めた時のことを話したいです」


ひより先輩は、すぐに答えなかった。


佐伯先生と、成瀬くん本人の意思を確認する。


「先生と保護者の方が了承して、成瀬くんが話したいなら」


「話したいです」


「わかった」


ひより先輩はうなずいた。


「明日、待ってる」


成瀬くんは、少しだけ力を抜いたように見えた。


放課後相談室の相談番号二。


写真の送り主は見つかった。


けれど、本当の相談者は、佐久間亮くんだけではなかったのかもしれない。


消されたと感じながら、助けを求めることもできずに部活を去った成瀬冬馬くん。


彼の相談は、まだ一度も始まっていなかった。



第27話まで読んでくださり、ありがとうございます。


今回は、七枚目の写真と、写真を送り続けていた人物が明らかになりました。


送り主は、三年生マネージャーの大橋先輩。

彼女は、成瀬冬馬の写真を共有アルバムから削除し、名札をごみ箱へ捨てた自分自身への罪悪感から、部員たちに「成瀬を消した事実」を突きつけようとしました。


しかし、成瀬本人は写真の送付を頼んでおらず、藤堂へは自分からポイントガードを託していました。

成瀬のために行動したつもりの大橋もまた、成瀬本人の声を聞かずに答えを決めていたことになります。


そして、学校へ来た成瀬は語ります。


自分が戻れなくなったのは、けがをしたあとではなく、けがをしていると言えなかった時からだった。


次回は、成瀬冬馬自身の相談と、男子バスケットボール部で誰も言えなかった本音を描いていきます。


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