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第22話 選ばなければ、誰も傷つかない

図書室で見つかった、なくなっていた読書紹介カード。

そこには、朝倉澪の文章の一部が黒く塗りつぶされ、裏には新たな言葉が書かれていた。


選ばなければ、誰も傷つかない。


その筆跡は、図書委員長・白井悠花のものに似ていた。



選ばなければ、誰も傷つかない。


読書紹介カードの裏に書かれたその一文を見た瞬間、図書室の空気が変わった。


それは、助けを求める言葉ではなかった。

誰かを責める言葉でもなかった。


けれど、ひどく苦しい言葉だった。


選ばなければ。

決めなければ。

進まなければ。


誰も傷つかない。


でも、その代わりに、自分の中の何かが静かに止まってしまう。


そんな言葉に見えた。


図書室の奥。

文学全集の棚の前。

ぼくたちは、見つかった読書紹介カードを囲むように立っていた。


『銀河鉄道の夜』の紹介カード。


文化祭で人気投票一位だったカード。

朝倉澪さんが書いたカード。

昨日なくなり、今日になって本の中のメモとともに戻ってきた本に関わるカード。


そのカードの表は、一部が黒く塗りつぶされていた。


元の文章は、展示記録の写真に残っている。


誰かに正しいと言われる道ではなく、自分が本当に選びたい道を探すこと。


その一文が、黒く消されていた。


そして裏には、別の言葉。


選ばなければ、誰も傷つかない。


神谷陸先輩は、顔をこわばらせていた。


「この字、朝倉さんじゃありません」


その視線は、白井悠花先輩の手元へ向いている。


白井先輩のファイル。

表紙に貼られたラベル。

そこに書かれた文字。


たしかに、似ている。


特に「選」のしんにょうの形。

「誰」の縦線の長さ。

「傷」の最後の払い。


似ている、というより、かなり近い。


白井先輩は、何も言わなかった。


ファイルを抱えたまま、静かに立っている。

表情は落ち着いている。

けれど、指先だけが白くなるほど力が入っていた。


佐伯先生が、慎重に声をかけた。


「白井さん。このカードについて、何か知っていますか」


白井先輩は、すぐには答えなかった。


図書室の時計の針の音が聞こえる。

外では、文化祭後の片づけを終えた生徒たちの声が遠ざかっていく。


ここだけが、別の時間に取り残されたようだった。


「知っています」


やがて、白井先輩は言った。


声は静かだった。


「そのカードを棚の奥に隠したのは、私です」


神谷先輩が息を飲んだ。


「白井先輩……」


佐伯先生の表情が厳しくなる。


「なぜですか」


白井先輩は、カードを見た。


「朝倉さんを守るためです」


その言葉を聞いた瞬間、ぼくは胸の奥が少し重くなった。


守るため。


最近、何度も聞いた言葉だった。


白石すずさんを守るため。

早川琴音さんを守るため。

部活を守るため。

兄を守るため。

灯里さんを忘れないため。


人は、誰かを守るためと言いながら、その人の意思を隠してしまうことがある。


「守るために、カードを隠したんですか」


ひより先輩が聞いた。


声は穏やかだった。

けれど、逃がさない響きがある。


白井先輩は、ひより先輩を見た。


「そうです」


「黒く塗りつぶしたのも?」


「はい」


「裏の言葉を書いたのも?」


「はい」


神谷先輩が、信じられないという顔をした。


「どうしてですか。あのカード、一番人気だったんですよ。朝倉さん、すごく嬉しそうで……」


「嬉しそうでしたか」


白井先輩の声が、少しだけ鋭くなった。


神谷先輩は言葉に詰まる。


「神谷くん。あなたは、朝倉さんの顔をちゃんと見ましたか」


「それは……」


「みんな、文章だけ見ていました」


白井先輩は言った。


「いい文章だね。すごいね。さすが朝倉さん。展示の中心にしよう。投票でも一位だね。閉会式で紹介しよう。来年の図書委員にも引き継ごう」


白井先輩の声は、だんだん硬くなっていった。


「誰も、朝倉さん本人がそれを望んでいるか見ていませんでした」


ひより先輩が、静かに言った。


「白井さんは見ていた?」


白井先輩は、そこで一瞬だけ黙った。


「見ていました」


「本当に?」


その問いに、白井先輩の表情が揺れた。


「……見ていたつもりでした」


その答えは、少し正直だった。


「朝倉さんは、あのカードが一位になった時、笑っていました。でも、私には苦しそうに見えました」


白井先輩は、カードの黒く塗られた部分を見つめた。


「特に最後の一文。自分が本当に選びたい道を探すこと。あれは、紹介文ではありません。朝倉さん自身の言葉です」


「朝倉さん自身の?」


ぼくが聞くと、白井先輩はうなずいた。


「朝倉さんは、進路で悩んでいました」


進路。


新しい言葉が出てきた。


「二年生で?」


ひより先輩が聞く。


「二年生でも、悩む人は悩みます」


白井先輩は少しだけ苦笑した。


「朝倉さんは文芸部に入りたかったそうです。でも、家では理系進学を期待されている。本人も成績はいい。だから、周りは当然のように理系だと思っている」


ぼくは、朝倉澪さんの紹介カードを思い出した。


誰かに正しいと言われる道ではなく、自分が本当に選びたい道を探すこと。


それは、本の紹介であると同時に、自分への問いだったのかもしれない。


「朝倉さんは、そのことを白井先輩に話していたんですか」


「少しだけ」


「助けてほしいと言っていましたか」


白井先輩は、口を閉じた。


その沈黙で、答えがわかる。


言っていない。


少なくとも、はっきりとは。


「白井さん」


佐伯先生が言った。


「本人が言っていないことを、あなたが代わりに決めたのですか」


白井先輩は、先生を見る。


「代わりに決めたわけではありません」


「では、何をしたのですか」


「これ以上、朝倉さんが注目されないようにしました」


「それが、代わりに決めるということです」


佐伯先生の声は厳しかった。


白井先輩の表情がわずかに歪む。


「でも、あのままでは、朝倉さんは閉会式で紹介されるところでした」


「閉会式?」


ぼくが聞くと、神谷先輩が説明した。


「文化祭の図書委員企画で人気だった読書紹介カードを、後日、図書だよりに載せる予定があったんです。特に一位のカードは、全校放送で紹介する案も出ていました」


全校放送。


ぼくとひより先輩は、ほとんど同時に反応した。


前章の公開告白。

体育館ステージ。

全校へ向けた放送。


人前に出すこと。

本人の気持ちより先に、周りが盛り上げること。


形は違っても、似ている。


「朝倉さんは、それを嫌がっていたんですか」


ひより先輩が聞く。


白井先輩は、少しだけ目を伏せた。


「嫌だとは言いませんでした」


「でも、白井さんは嫌がっていると思った」


「はい」


「だから、カードを隠した」


「はい」


「黒く塗りつぶした」


「はい」


「選ばなければ、誰も傷つかない、と書いた」


白井先輩の唇が震えた。


「……はい」


ひより先輩は、少しだけ息を吐いた。


「それは、朝倉さんの言葉ですか」


白井先輩は、答えなかった。


「白井さんの言葉じゃないですか」


図書室が静かになる。


白井先輩は、ファイルを抱える手をゆっくり下ろした。


「私の言葉です」


その声は、小さかった。


「私は、選ばなかったので」


その一文で、白井先輩の表情が変わった。


さっきまで図書委員長として立っていた人ではなく、自分の話をすることに慣れていない一人の生徒の顔になった。


「白井さん?」


神谷先輩が戸惑ったように呼ぶ。


白井先輩は、少しだけ笑った。


「私は、ずっと安全な方を選んできました」


図書室の窓の外は、もう薄暗い。

棚の間に、夕方の残り光が細く差し込んでいる。


「本が好きでした。でも、読書感想文で表彰されても、文芸部には入りませんでした。目立つのが嫌だったから。書いたものを誰かに読まれるのが怖かったから。だから、図書委員になりました。本の近くにはいられる。でも、自分の文章を出さなくていい」


その声は、淡々としていた。


でも、奥にずっと押し込めていたものがある。


「朝倉さんを見ていると、昔の自分みたいでした。書けるのに、怖がっている。選びたいのに、選べない。でも、あの子の文章は選ばれてしまった」


白井先輩は、カードを見た。


「私は怖くなりました」


「朝倉さんが注目されることが?」


ぼくが聞く。


白井先輩はうなずいた。


「はい。あの子が全校に紹介されて、先生に褒められて、家の人にも知られて、それで本当に選びたい道を選ぼうとして、誰かとぶつかるかもしれない」


「だから、選ばせないようにした」


ひより先輩の声が低くなる。


白井先輩は、苦しそうに目を閉じた。


「そうです」


「朝倉さんを守るためではなく、自分が見たくなかったから」


その言葉は厳しかった。


けれど、必要な言葉だった。


白井先輩は、反論しなかった。


「そうかもしれません」


声が震えていた。


「朝倉さんが選んで、傷つくのを見るのが怖かった。選べなかった自分を見るようで、嫌だった」


神谷先輩は、黙って白井先輩を見ていた。


尊敬していた図書委員長の知らない顔を見て、どう受け止めればいいのかわからないようだった。


佐伯先生は、静かに言った。


「白井さん。カードを隠したこと、文章を塗りつぶしたことは、朝倉さんの表現をあなたが消したことになります」


「はい」


「それは、してはいけないことです」


「はい」


「ですが、その前に確認しなければならないことがあります」


先生は、二枚のメモが入った封筒を見た。


「助けてください。助けないでください。この二枚を書いたのは、あなたですか」


白井先輩は、すぐに首を横に振った。


「違います」


「本当に?」


「はい。私は書いていません」


声に迷いはなかった。


「では、メモは朝倉さん本人が書いた可能性が高い」


佐伯先生は、担任の先生へ連絡すると言った。


朝倉澪さん本人への確認は、先生から保護者を通して行う。

私たち生徒が直接連絡することはしない。

欠席中の生徒を、さらに追い詰めないためだ。


その判断は正しい。


でも、ぼくの中にはまだ引っかかりが残っていた。


「白井先輩」


ぼくは言った。


「朝倉さんが昨日、本を借りた時、何か言っていましたか」


白井先輩は少し考えた。


「閉館前に、私が声をかけました。紹介カードの件で、明日もう一度話そうと」


「朝倉さんは?」


「はい、と言いました」


「それだけですか」


「……そのあと」


白井先輩は、記憶を探るように視線を落とした。


「この本、少しだけ持っていていいですか、と」


「『銀河鉄道の夜』を?」


「はい。展示カードを書いた本だから、もう一度読みたいのだと思いました」


「その時、カードのことは?」


「まだ見つかっていませんでした」


「朝倉さんは、カードがなくなったことを知っていた?」


「もちろんです。最後まで探していましたから」


「では、朝倉さんは本を借りる時、カードがなくなっていることを知っていた。白井先輩に明日また話そうと言われた。そして今日欠席した」


「はい」


ぼくは二枚のメモを思い出す。


助けてください。

助けないでください。


一枚目には折り目があった。

二枚目には折り目がなかった。


つまり、一枚目はもともと別の場所に隠されていた可能性がある。

二枚目は、あとから本に直接挟まれた可能性が高い。


「神谷先輩」


「はい」


「本が返却棚に戻っていたのは、今日のいつですか」


「昼休みです。本を持ってきた一年生が借りたいと言った時に、返却棚にあることに気づきました」


「朝、図書室を開けた時には?」


「返却棚は見ました。その時は、なかったと思います」


「つまり、本は朝から昼休みまでの間に返却棚へ置かれた」


「たぶん、そうです」


「朝倉さんは今日欠席」


ひより先輩がつぶやいた。


「なら、朝倉さん本人が今日戻したわけではない」


「家から誰かが持ってきた可能性もありますが、低いと思います」


ぼくは言った。


「昨日のうちに、学校内のどこかに置かれていた本を、今日誰かが返却棚へ戻した」


「その誰かは、メモを見たかもしれない」


ひより先輩が続ける。


「あるいは、二枚目のメモを入れた」


助けないでください。


それを書いたのは、朝倉さん本人なのか。

それとも、本を戻した誰かなのか。


白井先輩は書いていないと言った。

その言葉を完全に信じるにはまだ早い。

でも、今のところ、彼女の筆跡はカード裏の文字と一致する可能性が高く、メモとは少し違う。


「本を戻せた人」


三枝先輩が、いつの間にか思考を整理するように言った。


「図書室に入れた人。返却棚に近づけた人。朝倉さんが借りた本のことを知っていた人。カード紛失を知っていた人」


神谷先輩が、はっとした。


「図書委員……」


その言葉に、白井先輩も神谷先輩を見る。


「神谷くん」


神谷先輩の顔色が変わった。


「僕じゃありません」


早かった。


また、早すぎる否定だった。


ひより先輩が静かに聞く。


「神谷くん。誰もまだ、あなたがやったとは言ってないよ」


神谷先輩は、口を閉じた。


その顔には、焦りがあった。


「何か知ってるの?」


ひより先輩が聞く。


神谷先輩は、少しだけ視線を泳がせた。


「……今日の朝」


「うん」


「図書室の前に、誰かがいました」


「誰?」


「朝倉さんと同じクラスの人です」


「名前は?」


神谷先輩は、白井先輩をちらりと見た。


それから、小さく言った。


「水野遥さん」


新しい名前。


「水野遥さんは、朝倉さんと親しいんですか」


ぼくが聞くと、神谷先輩はうなずいた。


「たぶん。一緒に図書室へ来ることが多かったです。朝倉さんが紹介カードを書いている時も、よく隣にいました」


「今朝、何をしていましたか」


「図書室の前で、中を見ていました。開館前だったので、入れませんでしたけど」


「声はかけましたか」


「はい。どうしたのって聞いたら、別にって」


「何か持っていましたか」


神谷先輩は、少し考えた。


「本を持っていたように見えました」


図書室が、また静かになった。


朝倉澪さんと親しい水野遥さん。

今朝、図書室前にいた。

本を持っていた。

そして本は朝から昼休みまでの間に返却棚へ戻った。


可能性が見えてきた。


「水野さんは、今日学校に来ているんですか」


佐伯先生が確認する。


担任の先生へ連絡すると、水野遥さんは登校しているとのことだった。

ただし、放課後はすぐ帰ったらしい。


「今日はもう帰宅済みです」


佐伯先生が電話を終えて言った。


「本人への確認は、明日以降ですね」


ひより先輩は、少しだけ悔しそうな顔をした。


でも、無理に追いかけようとはしなかった。


今は、欠席している朝倉さんの安全確認が優先。

そして、水野さんへの確認も、先生を通すべきだ。


放課後相談室は、探偵ごっこをする場所ではない。


そう言い聞かせるように、ぼくはペンを握った。


その時、佐伯先生のスマホが鳴った。


担任の先生からだった。


佐伯先生は、少し離れた場所で電話に出る。

しばらく相づちを打ち、表情を引き締めた。


電話を終えると、先生はぼくたちへ向き直った。


「朝倉さんの保護者と連絡が取れました」


全員が先生を見る。


「体調は大きく崩しているわけではないそうです。ただ、学校へ行きたくないと言って休んでいるとのことです」


ひより先輩が、小さく息を吐いた。


命に関わるような緊急事態ではない。

そのことに、まず少しだけ安心する。


でも、問題がなくなったわけではない。


佐伯先生は続けた。


「朝倉さん本人とも、担任が少し話せたそうです。メモについては、明日学校で話したいと言っています」


「明日、来られるんですか」


ひより先輩が聞く。


「来るつもりだそうです。ただし、無理はさせません。朝、担任と面談してから判断します」


朝倉澪さんが、明日来る。


助けてください。

助けないでください。


その二つの言葉の意味は、本人から聞くしかない。


でも、その前に、白井先輩と水野遥さん。

二人の存在が浮かび上がった。


白井先輩は、朝倉さんのカードを隠し、言葉を消した。

水野さんは、本を返却棚へ戻したかもしれない。


そして、誰かが二枚目のメモを入れた。


助けないでください。


「白井さん」


佐伯先生が言った。


「あなたのしたことについては、明日改めて話します。今日はカードを先生が預かります」


「はい」


白井先輩は、静かにうなずいた。


「朝倉さんには、私から謝ります」


「それも、タイミングを見てからです」


佐伯先生の声は少し厳しかった。


「謝りたい側の都合で、相手の前に立つことはできません」


白井先輩は、はっとした顔をした。


その言葉は、たぶん今の彼女に必要だった。


謝りたい。

許されたい。

説明したい。


でも、それもまた、相手の準備を待たずに押しつければ、別の負担になる。


白井先輩は、小さく頭を下げた。


「わかりました」


図書室を出る頃には、校舎の外はすっかり暗くなっていた。


旧進路指導室へ戻ると、本を持ってきた一年生の女子生徒は、まだ待っていた。


彼女は不安そうに立ち上がる。


「どうでしたか」


ひより先輩は、言葉を選んで答えた。


「先生に相談した。欠席している生徒の安全確認も進めている。今すぐ大きな危険がある状況ではなさそう」


女子生徒は、ほっとしたように胸に手を当てた。


「よかった……」


「でも、明日また確認することになる」


「はい」


ひより先輩は、少しだけ迷ってから聞いた。


「あなたの名前、教えてもらえる?」


女子生徒は、はっとした顔をした。


先輩はすぐに続ける。


「無理なら今は言わなくていい。ただ、あなたが本を見つけた人として、先生に確認が必要になるかもしれない。その時のために」


女子生徒は、少し考えた。


そして、小さく答えた。


「一年四組の、藤咲芽衣です」


藤咲芽衣。


ぼくは記録用紙に名前を書いた。

ただし、相談者名ではなく、発見者として。


藤咲さんは、机の上の本を見た。


「朝倉先輩って、どんな人なんですか」


ひより先輩は少し考えた。


「私はまだ、ちゃんと知らない」


「そうなんですか」


「うん。だから、明日ちゃんと聞く」


藤咲さんは、小さくうなずいた。


「私、あのメモを見た時、変だと思ったんです。助けてほしいのに、助けないでほしいって、矛盾してるって」


「うん」


「でも、少しわかる気もしました」


ひより先輩が、藤咲さんを見る。


「わかる?」


藤咲さんは、目を伏せた。


「助けてほしいけど、助けられると、自分が弱いって認めるみたいで怖い時があります」


その言葉に、部屋が少し静かになった。


この子も、何か持っている。


そう思った。


けれど、ひより先輩はすぐに踏み込まなかった。


「そうだね」


ただ、そう言った。


「そういう時、あると思う」


藤咲さんは、少しだけ安心したように笑った。


「持ってきてよかったです」


「うん。ありがとう」


藤咲さんが帰ったあと、ぼくは相談番号一の記録用紙を整理した。


図書室。

『銀河鉄道の夜』。

二枚のメモ。

朝倉澪。

白井悠花。

水野遥。

読書紹介カード。

選ばなければ、誰も傷つかない。


登場人物が増えてきた。


でも、中心にある言葉は一つだ。


選ぶこと。


自分が本当に選びたい道。

選ばなければ、誰も傷つかない。

助けてほしい。

助けられたくない。


ひより先輩は、窓の外を見ていた。


「書記くん」


「はい」


「明日、朝倉さんに会ったら、何から聞けばいいと思う?」


ぼくは少し考えた。


「メモを書いたかどうか、ではないと思います」


「うん」


「まず、本当に話してもいいか。今ここで話したくないことは話さなくていい、と確認することです」


ひより先輩は、静かに笑った。


「それ、うちの案内文だ」


「はい」


「ちゃんと使わなきゃね」


ぼくは、記録用紙の最後に一文を書いた。


助けてほしい気持ちと、助けられたくない気持ちは、同じ人の中に同時にあるかもしれない。


ひより先輩がそれをのぞき込む。


「今日も詩みたい」


「消しますか」


「消さない」


先輩は、少しだけ疲れた顔で笑った。


その笑顔を見ながら、ぼくは思った。


明日、朝倉澪さんが来る。


本を返したかもしれない水野遥さんも、確認が必要になる。


白井悠花先輩は、自分が消した言葉と向き合わなければならない。


助けてください。

助けないでください。


その二つの言葉の間に、どんな本音が挟まっているのか。


放課後相談室の最初の正式相談は、まだ始まったばかりだった。



第22話まで読んでくださり、ありがとうございます。

今回は、読書紹介カードを隠し、文章の一部を黒く塗りつぶしたのが図書委員長・白井悠花だったことが明らかになりました。


ただし、白井は朝倉澪を守るつもりで行動していた一方、自分自身が「選ぶこと」から逃げてきた過去を朝倉に重ねていました。

さらに、本を返却棚へ戻した可能性のある人物として、朝倉の友人・水野遥の名前も浮かび上がります。


次回は、朝倉澪本人が登校し、「助けてください」と「助けないでください」の本当の意味が明らかになっていきます。

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