21.金貨偽造工場
アーサーがクリス第二王子に相談すると、騎士団を派遣してくれた。
コルサーノ伯爵の工場から金貨偽造の証拠を入手したら、騎士団がコルサーノ伯爵を捕縛する。そういう手筈だ。まずは、偽造の証拠を手に入れなければならない。
その日の夜、フィオナとアーサーはコルサーノ伯爵の工場に潜入することになった。
諜報活動の専門家であるフィオナが、単独で工場に潜入するほうが手っ取り早いのだが、アーサーは一緒に忍び込むと言い張った。汚れ役をフィオナにさせることに、罪悪感があるらしい。フィオナは説得されて、アーサーを工場に連れていくことになった。邪魔になるけれど、仕方ない。
工場に到着するとフィオナは、窓から目視で内部を観察し、扉に耳をつけて中の音を探った。警備員は詰所に数人いたが、工場内に人の気配はなかった。これなら、アーサーと一緒でも難なく潜入できそうだ。
アーサーが裏口に近い扉に手をかけ、ゆっくりと開いた。扉はきしんだ音を立てた。フィオナが目を細めたら、アーサーは首をすくめた。余計なことをしないでほしい。
工場内部を注視したが、警備兵が見回りに来た気配はなかった。ヨハンを見張りに残し、フィオナとアーサーは工場の中に入った。
工場の内部は薄暗く、油と金属の匂いが充満していた。金属加工用の機械が並んでいた。フィオナは懐から小型のランタンを取り出し、明かりを灯した。
「ここが偽造工場……間違いないわね」
フィオナは床に散乱した金属片を指で拾い上げた。指先に残る粉が、きらきらと光を反射した。木製の作業台が工場の奥まで並んでいた。作業台の上には刻印用の型、未完成の硬貨があった。完成品の金貨はない。工場の外に持ち出されたのだろう。
「見て。本物と見分けがつかないね」
完成間近の仕掛品を手にしたアーサーが、目を輝かせた。フィオナは一枚を手に取り、裏表を慎重に確かめた。
「よくできている。でも、少し軽いわ。合金ね」
フィオナはそう断言すると、何枚かを証拠として持ち帰ることにした。さらに、作業台から離れた場所にある机の抽斗から帳簿を見つけた。偽造金貨の管理簿だった。
「この帳簿、日付も、数量も全部書いてある。証拠を残すなんて、馬鹿なのかしら?」
フィオナが片方の口角を上げると、アーサーは首をすくめた。
「証拠は揃ったし、出ましょうか」
二人は侵入した窓から工場の外に出た。アーサーが無事でよかった。フィオナは深く息を吐き出した。冷たい夜風が心地よかった。
フィオナたちは騎士団の詰所に証拠品を持ち込み、コルサーノ伯爵の捕縛を依頼した。これで、ハリー第一王子派の勢力を弱めることができるだろう。
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ハリー第一王子派の追加情報をアーサーに伝えたフィオナは、元の世界に戻ることにした。クリス第二王子が王位を承継できるか分からない。けれど、やれるだけのことはやった。そう言い切れる。
「じゃあ、私は元の世界に戻るわ」
アーサーを救えたか、確証はない。過去に関わることは避けたほうがいいし、アーサーと共に行動すればこの時代のフィオナに出くわすかもしれない。ここらが引き際だ。
「この世界の君は、僕に会ったことを知らないんだね?」
「そうね」
「じゃあ、次に会えるのは、六年後だ」
「ええ」
フィオナは唇を軽くかんだ。
「君にプレゼントがあるんだ」
アーサーは小さな包みを差し出した。箱の中には指輪が入っていた。
「これは?」
「どのフィオナかを確かめるための印だね」
「そういうことね。喜んで損した」
口を尖らせたフィオナを見て、アーサーは頭をかいた。
「ねえ、僕に言い残したことはない?」
「そうね。新婚旅行先のレストランで、唐辛子たっぷりの料理を注文するの。やせ我慢して完食するのだけど、次の日、酷いことになる。だから、私が注文するのを止めてくれる?」
アーサーは「いいよ」と口元をゆるめた。
「他には?」
「死なないで。愛してる」
フィオナがぎこちなく笑うと、「僕もだよ」とアーサーの目に涙の粒が溜まった。




