19.六年前
フィオナはクリス第二王子たちがすべき事項を伝え、貧民街を後にした。
ハリー第一王子の勢力はクリス第二王子派を遥かに上回る。クリス第二王子の勢力を急拡大させ、王位を承継させるのは至難の業である。
このまま七年後に戻るのは心もとない。そう考えたフィオナは、一年後、つまり、フィオナの時代の六年前に移動して、クリス第二王子たちの状況を確認することにした。
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フィオナは目を開けた。霧が晴れると、林の中に立っていた。林は新緑の木々で覆われていた。
「さあ、行きましょうか」とフィオナはヨハンの手をとった。
フィオナがアーサーと婚約したのは七年前、結婚したのは六年前の秋。この世界のフィオナは、まだアーサーと結婚しておらず、カルネラ子爵家で暮らしている。
林を出たら、通りが騒がしかった。男が三人、「今度はシュルツ商会だって?」「災難だな」と走っていった。
何かあったのか? フィオナは早足でシュルツ商会に向かった。
シュルツ商会の前には人だかりができていた。商会の看板は引き倒され、窓ガラスは割れていた。建物の扉は中に入ろうとする群衆で溢れ、出てきた男は手に貴金属を持っていた。
「やめてください!」従業員の甲高い声が聞こえた。
シュルツ商会は略奪に遭っていた。
フィオナは、六年前の不況で多くの失業者が出たことを思い出した。そのとき、生活に困った住民は暴徒化し、商会や食料品店を襲ったのだ。
フィオナは路地に入ると、マスクを着けて、呼吸を整えた。
「助けるのですか?」と引きつった顔のヨハンに、「もちろんよ」とフィオナは声を弾ませた。貴族は困った人を助けなければいけない。
フィオナは壊れかけた窓枠に手をかけ、室内へ滑り込んだ。店舗内の棚は荒らされ、商品やガラス片が床に散乱していた。
「金庫はどこだ! さっさと吐け!」
男の怒鳴り声。続いて、「うっ」と呻き声がした。
フィオナは壁沿いに進み、柱の影から奥を覗いた。数人が主人のピエールを床に押さえつけ、脅していた。その横には縄で縛られた黒髪の娘。娘は恐怖に震えながらも、必死に声を上げまいとしていた。
「これは助けないとね」とフィオナが呟くと、ヨハンはため息をついた。
フィオナは柱の影から飛び出すと、ピエールを押さえつけている男の手首に一撃を加えた。男が手を放すと同時に、ピエールから引きはがした。
「誰だ!?」
振り返った暴徒の一人に、フィオナは間合いを詰めた。棒を滑らせるように持ち替えると、みぞおちを突いた。男は息を詰まらせて崩れた。続いて、棒を横なぎして別の男の持つ武器を弾き飛ばした。
暴徒化したとはいえ、彼らは一般住民。むやみに傷つけてはいけない。
「怪我をしたくなければ、出ていきなさい」
フィオナが棒を構えると、男たちは逃げていった。
「立てますか?」
フィオナは床に倒れたピエールを起こした。白いシャツが黒く汚れ、切れた上唇から血が出ていた。擦り傷、切り傷はところどころにあるが、重症ではなさそうだ。
「た、助かりました。フィオナ様」
「話は後で。まずはここを離れましょう」
ヨハンが娘の縄をナイフで切った。フィオナは、震えながらあたりを見回す娘の手を握った。怖かったのだろう。
「怪我はない?」
「はい」
小さな声だった。でも、娘の瞳には光が戻りつつあった。強い子だ。
「裏口から出ます。歩けますね?」
二人が頷くのを確認すると、フィオナは歩き出した。壊れた扉を避け、暗い廊下を抜けた。ピエールと娘は遅れずについてきた。裏口を出ると、中の騒ぎが嘘のように静かだった。
「ここは危険です。安全な場所へ案内します」
フィオナは振り返らずに、通りを歩いた。ピエールは、何度も頭を下げようとしたが、その度に娘が袖を引いた。ピエールが歩みを止めないために。しっかりした子だ。
カルネラ子爵家には連れていけない。フィオナはレイモンド子爵家にピエールと娘を連れていくことにした。アーサーに説明するために、ヨハンを先に向かわせた。
ピエールは肩を落として、虚ろな表情をしていた。シュルツ商会を暴徒に襲撃され、店舗の商品や金銭を強奪された。ピエールは財産の大部分を失っただろう。
フィオナはピエールに声をかけようとしたが、思いとどまった。
財産を失うことは、商人にとって耐え難いことだ。ピエールは慰めの言葉を望んでいない。
シュルツ商会を襲撃した暴徒。彼らは家族を守るために悪事に手を染めた。彼らの略奪行為を擁護するつもりはない。だが、経済危機を静観した王国政府の怠慢が、根本的な問題である。ピエールの財産を奪った真の暴徒は王国政府。
この国を変えないといけない。フィオナは拳を握りしめた。




