14.人質の救出
「先に娘を解放してください。それから払います」
ピエールの上ずった声がした。
「金が先だ」と男は歪んだ笑みを浮かべると、剣を娘に向けた。
震える娘を目にしたピエールは、「わかりました」と黒い鞄を手に男たちに近づいた。
「金はそこに置け」
ピエールは指示された場所に鞄を置いた。男の一人が鞄の中身を確かめると、剣を抜いた。
「金は確認した。ただ、足りない」
男が後ろを振り返ると、四人の男たちは声を上げて笑った。
「約束が違うじゃないか」
「いや、違わない。この金は一人分、人質は二人だ」
アーサーの身代金も払えという。もちろん、ピエールには、アーサーの身代金を払う道理はない。最初から誘拐犯は、ピエールたちを素直に帰すつもりはないのだろう。
人質を楯にされると男たちを制圧できない。フィオナが男たちを引付けている間に、ピエールたちに人質を保護してもらう計画だ。
ヨハンに向かいの出入口から侵入するように指示し、フィオナは足元の石を握りしめた。深呼吸して振りかぶると、人質から離れた場所に立つ男を狙って投げた。
石は弾丸のように一直線に飛び、男の頭に当たった。
“がたん”
男は大きな音を立てて地面に倒れた。
「どうした?」
男たちは人質から離れ、倒れた男に駆け寄った。
今だ! フィオナは棍棒を右手に持ちかえると、男たちに向かって駆け出した。
「誰だ!」
男の一人が叫び、剣を構えた。フィオナは速度を上げた。
男は剣を振り上げ、フィオナの肩口を狙った。
「はっ」短く息を吐くと、剣が振り下ろされるよりも早く、棒の先で男の喉元を突いた。男は声を上げず、その場に崩れ落ちた。
二人が左右から斬りかかった。フィオナは一歩下がって、振り下ろされた刃をかわし、そのまま回転して棒を振った。
棒を横薙ぎして左の男の膝骨、右の男の肋骨を強打すると、骨の折れる鈍い音がした。二人は体勢を崩し、倒れ込んだ。
「ば、化け物か……!」
最後に残った男は後ずさったが、逃げる素振りはなかった。
歯を食いしばり、狂ったように剣を振り下ろした。棒で剣を弾くと、金属音が倉庫に響いた。フィオナは柄で顎を打ち上げると、棒を腹に突き刺した。男は倒れて、動かなくなった。
フィオナは周囲を見回して、誘拐犯の全員が戦闘不能であることを確認すると、奥へと駆けた。部屋の中にウィリアムがいる。そう確信して、フィオナは扉をゆっくり開いた。
しかし、中には誰もいなかった。出入口から外を覗いたが、人の気配はなかった。
逃げたのか? それとも、この部屋にはいなかったのか?
倉庫の中心に視線を移すと、ヨハンがアーサーとピエールの娘の縄をナイフでほどいていた。ウィリアムをとり逃したのは痛手だが、人質に怪我はなかった。しかたない。強張っていた肩がふっと軽くなった。
フィオナは黒髪の少女に近づいて、ほほ笑んだ。ほほ笑んだ……つもりだった。しかし、意外な言葉が聞こえてきた。
「マスクのおじちゃん、ありがとう」
顔に手をやると、くちばしがあった。カラスのくちばし型のマスク。フィオナこの時代には存在しない人間だから、マスクを取らなくていい。それに、アーサーに顔を見られると厄介だ。
「おじちゃんじゃなくて、お姉さんよ」とフィオナが指摘すると、「ごめんなさい。お姉さん、ありがとう」と黒髪の少女の頬が赤らんだ。
「ありがとうございました」
視線を移すと、アーサーが頭を下げていた。
「いいのよ。貴族は困っている人を助けるものだから」
「はい。僕も貴族です。だから、困っている人を助けます」
アーサーの目が輝いた。アーサーが困っている人を放っておけないのは知っている。無鉄砲なアーサーには、もっと慎重になってもらいたい。
「助けるのはいいけれど、自分の実力を過信しないこと。いい?」
「もちろんです」
照れたように頷づくアーサーを眺めていたら、不覚にも頬がゆるんだ。けれど、マスクに隠れたフィオナの顔は、アーサーには見えなかった。




