13.増えた人質
倉庫に着くまでに遭遇した男は五人。剣を振り回して突進してきた男たちは、フィオナがみぞおちや首筋を棍棒で叩くと、口から何かを吐きながら倒れた。
フィオナたちが倉庫に辿り着くと、壁に小さな影が見えた。物陰に隠れていて体の一部しか見えなかったが、ヨハンであることは一目でわかった。ヨハンは倉庫にやってきたフィオナたちを警戒しているようだった。
フィオナはマスクを外して、ヨハンに顔を向けた。ヨハンは口をぽかんと開けると、フィオナの元に駆けてきた。会話をシュルツ商会の面々に聞かれたくなかったから、距離をとってヨハンに話しかけた。
「ウィリアムはこの中に?」
ヨハンはこくりと頷いた。やはり、ウィリアムは迷いの森の関係者だった。この倉庫が拠点かはわからないが、迷いの森は貧民街で活動している。
誰も全容を把握していない貧民街。諜報活動の専門家であるカルネラ子爵家も貧民街の全容は把握していなかった。どこに何があり、何人住んでいるのかもわからない。それが組織の解明に至らなかった理由だろう。
「お母様はどうされたのですか?」
フィオナをチラチラ見ながら、ヨハンは尋ねた。カラスのくちばし型のマスクが気になってしかたないようだ。フィオナは苦笑いしながら、倉庫に来るまでの経緯を説明した。
「お父様は迷いの森に関わっているのでしょうか?」
「どうでしょうね。まだ何とも言えないわ」
フィオナは長いため息をついた。カルネラ子爵家で育ったフィオナ。幼い頃から、数々の犯罪に関わってきた。それなのに、アーサーには犯罪行為に関わってほしくなかった。その矛盾が滑稽だった。
「倉庫の中は?」
「倉庫の出入口は四カ所。ウィリアムは倉庫の裏口から入ったまま出てきません。倉庫の真ん中に男が五人。縛られた女の子が椅子に座らされています」
縛られた女の子がピエールの娘。身代金を払っても、娘が解放される保証はない。
フィオナはピエールを呼び寄せると、ウィリアムのことは伏せて、倉庫内部の情報、潜入方法を伝えた。
ピエールたちは倉庫の正面から入り、迷いの森に身代金を払う。もし、迷いの森が娘を解放しない場合は、フィオナが横の出入口から突入して娘を連れだす計画だった。
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長い間使われていない倉庫は、窓ガラスが割れ、錆びた骨組み、ところどころ壁が崩れていた。壁の穴から覗くと、割れた窓から入る光が、積み上げられた木箱を照らしていた。
木箱の前に娘が座らされていた。恐怖に震える娘の周りに男が四人。一人は倉庫内をうろうろしながら、辺りを巡回していた。
そろそろシュルツ商会が倉庫に入るころだ。フィオナは正面の扉に視線を向けながらも、意識は周囲に向けた。
「おい、誰だ?」
向かいの出入口付近を巡回していた男が慌ただしく外に出て言った。不審者を見つけたようだ。しかし、その不審者はフィオナたちではないし、シュルツ商会でもない。誰だ?
しばらくすると、腕をねじ上げられた身なりのよい青年が、男に連れられて倉庫に入ってきた。フィオナは息を呑んだ。遠くからでも間違えるはずがない、アーサーだった。嫌な記憶が頭をかすめ、鼓動が速くなった。
フィオナは深く息を吐き出した。シュルツ商会での想定外の事態が起こり、アーサーは馬車を尾行したのだろう。
倉庫の中へ連行されたアーサーは、縄で手足を縛られ、木箱の前に転がされた。
「救出する人質が増えましたね」
首をすくめるヨハン。その冷静な反応に、フィオナは苦笑いした。
「こいつ、貴族だよな。どうする?」
アーサーの扱いについて、男たちが議論し始めた。想定外の人質を、持て余しているようだった。
“ぎぎー、ぎぎーぎ”
正面の扉が鈍い音を立てると、シュルツ商会のピエールたちが倉庫に入ってきた。
タイミングの良いのか悪いのかわからない。とはいえ、ここからが正念場だ。人質が一人増えたけれど、救出の手順は変わらない。
「金は持ってきたか?」
低い声が倉庫に響いた。ゆっくりと奥に歩いていくピエールたちの前には、長剣を提げた五人の男が立っていた。男らは獲物を追い詰めた獣のように薄笑いを浮かべていた。




