10.犯行動機
フィオナは事情を訊くために、居室にヨハンを連れてきた。扉の前で、ヨハンは立ったまま黙っていた。
「ごめんなさい」
ヨハンは視線を落とし、拳を握りしめていた。
フィオナはヨハンをソファに座らせると、カップに紅茶を入れた。
「顔を上げなさい」
ヨハンはゆっくりと顔を上げた。厳しく叱られると思って、肩が震えていた。フィオナはヨハンの頬にそっと触れた。
「あなたにも事情があったのでしょう。話してくれる?」とフィオナが言うと、ヨハンはこくりと頷いた。
「謀反を計画した第二王子派の中心人物がウィリアム・ロックウッド、ロックウッド侯爵の長男です。そして、カルネラ子爵家の内偵の結果、お父様がその計画に関与していることがわりました」
「アーサーが?」
「はい。謀反が起こればレイモンド子爵家は取り潰しとなり、お母様のカルネラ子爵家にも疑惑の目が向けられます。事態を重く受け止めたレイモンド子爵とカルネラ子爵は、お母様にお父様の暗殺を命じました」
フィオナはカップを指でなぞった。謀反に関与させないよう、アーサーを説得することは容易い。それなのに父が暗殺を命じるのは、アーサーが第二王子派の謀反に関与した物証があったということだ。アーサーを殺害するしか、レイモンド子爵家とカルネラ子爵家を守る手段がなかった。
「それで、私はアーサーを?」
「はい。お母様はお父様を殺したことを、ずっと後悔していました。思い詰めたお母様は、お父様の後を追おうとしました。でも、できなかった。僕がいたから」
フィオナがぼんやりと窓の外を見ると、オレンジの嘴の鳥が木から飛び立った。
「僕は二度とお母様にお父様を殺させたくありません。だから、僕がお父様を殺しました。メイドに扮してお父様を殺害しようとした暗殺者を覚えていますか?」
「ええ、黒髪の女ね。ナイフを二本持っていると思わなかったわ」
「そうです。実は一度失敗したんです。そのとき彼女はナイフを一本しか持っていませんでした」
「時間を遡った?」
「はい。彼女は未来のお母様の部下です。星形の入れ墨は部下の証です。彼女はお母様に殺されることを知ったうえで、協力してくれました」
フィオナは目を丸くした。最期に笑みを浮かべて床に倒れた黒髪の女。死を覚悟してヨハンに協力した。
「なぜ?」
「何度かお母様に命を救われたそうです。暴走した馬車からお母様が助けた女の子、覚えていますよね? あれが彼女です」
アーサーが馬車に飛び乗って助けようとした黒髪の女の子。フィオナが助けたのは、アーサーの寝室で会った後のことだ。
フィオナが腕を組んで黙っていたら、ヨハンが口を開いた。
「混乱されるのは分かります。お母様は、行ったことがない場所なのに、懐かしく感じたことはありませんか?」
「……あるわ」
「並行世界で訪れた場所だからです。並行世界の記憶は、未来で統合されます。彼女がお母様に助けてもらったことを覚えているのはそのためです」
「そうなのね」
「ついでにいうと、お母様がお父様を殺さなくてもいいように、何度もお父様を殺しました。嘘をついて、ごめんなさい」
ヨハンは引きつった笑みを浮かべた。ヨハンの背が伸びたのは、勘違いではなかった。ヨハンは何度も何度も過去に遡ってくれた。フィオナのために。
ヨハンだけではない。黒髪の女の子、肉屋の主人と喧嘩した若い男、フィオナのために、過去に遡ってくれた。フィオナはヨハンを抱き寄せた。
「……謝らないといけないのは私のほうね」
「謝らないでください」
耳元で囁くヨハンの声は、かすかに揺れていた。
やみくもに過去に遡ってもアーサーが死ぬことに変わりない。
「ロックウッド侯爵家との関係を断てば、アーサーは謀反に関与しない。そういうことでいいのかしら?」
「そのはずです。僕は、お父様がカルネラ子爵家に婿入りすれば、ロックウッド侯爵家との関係が無くなると考えていました。しかし、そうではなかった」
ヨハンは小さくため息をついた。
「謀反に関与しなければ、ヨハンはアーサーを殺さないわよね?」
「もちろんです。僕はお母様にお父様を殺させたくないだけです。それに、お父様と話すお母様は幸せそうでした」
ヨハンの頬が赤らんだ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
よろしければ、下の☆☆☆☆☆で評価していただけると大変励みになります!




