第71話:天才魔法少女桜子爆誕!、そして親バカな兄
日本の内閣情報調査室とのゴタゴタは、防衛大臣との極秘会談をもって一応の決着を見た。
だが、事態はそう甘くはなかった。
「……淳志くん。アトキンソン子爵のインテリジェンスからの報告よ。小林くんのご実家……お兄様のご家族の周辺に、中国とロシアの諜報員らしき影がチラついているとのことよ」
大和商事のオフィスで、香織さんから報告を受けた俺は、深く、重い溜息をついた。
日本政府には釘を刺したが、他国の諜報機関までは完全にコントロールできない。俺の弱点が「家族」だと見抜き、周辺を嗅ぎ回っているのだ。
今のところ直接的な被害はないが、万が一のことがあってからでは遅い。だが、異世界の存在は極秘事項だ。広志兄ちゃんにすべてを打ち明け、見知らぬ護衛をベタベタと張り付けるわけにもいかなかった。
「……仕方ない、あいつに頼むか」
最近、俺は仕事で海外や異世界を飛び回っているため、愛猫のサラはほとんどの時間を広志兄ちゃんの家で過ごしている。今や彼女は、完全に姪っ子の桜子の『保護者(兼相棒)』となっていた。
俺はサラをこっそり自室に呼び出し、すべてを打ち明けることにした。
「……というわけで、実は俺、最近異世界で仕事しててさ」
『はぁ? 異世界だぁ? オッサン、ついに頭イカれたのか?』
半信半疑で鼻を鳴らすサラ。俺は彼女の首に、新しく作った特製の首輪を取り付けた。
見た目はただの赤い首輪だが、これは異世界エルディアとアーランドの技術の結晶だ。『言語理解』の翻訳機能を持たせ、さらに物理的な衝撃を弾く『剛体』と、身体能力を爆発的に高める『身体強化』の魔法石を仕込んである。
「これをつけて、いざという時は桜子と兄ちゃんたちを守ってほしいんだ」
『ほう。……この首輪、なんだか不思議な力が漲ってくるな』
サラは自分の前足を不思議そうに見つめた後、ニヤリと笑った。
『オッサンの頼みだ。桜子はアタシの可愛い子分だからな、任せとけ。……でも、その異世界ってやつ、アタシも見てみたいぞ。その魔法の発動とやらも試してみたいしな』
「分かった。じゃあ、この首輪の最終調整も兼ねて、アーランドの魔法具工房に一緒に行こう」
そう約束し、数日後。
俺が広志兄ちゃんの家の庭先で、サラを抱き上げて『転移』を発動しようとした、その瞬間だった。
「あーっ! 淳志おじちゃんとネコさん、どこ行くのーっ! あたしも行くー!!」
ドンッ!
転移が発動するコンマ数秒前。庭で遊んでいた桜子が、俺の足に思い切り抱きついてきたのだ。
「えっ、ちょ、桜子ぉぉっ!?」
キャンセルする間もなかった。
視界がぐにゃりと歪み、次の瞬間、俺とサラ、そして五歳の桜子は、アーランド王国の魔法具工房のど真ん中に立っていた。
「……やっちまった」
俺が顔面蒼白で頭を抱えていると、桜子は見たこともない石造りの部屋や、見たこともない服を着た職人たちを見て、顔をくしゃくしゃにして泣き出しそうになった。
「うぇぇ……ここ、どこぉ……? ママぁ……」
「あっ、いや、桜子! 泣かないで! ここはね、おじちゃんの仕事先で……そう、遊園地なんだよ! 遊園地!」
俺はパニックになりながら、咄嗟に大嘘をついた。
工房の職人たちに「頼む、話を合わせてくれ!」と目配せすると、彼らも空気を読んで「そ、そうだお嬢ちゃん! ようこそ魔法の遊園地へ!」と不器用な笑顔を作ってくれた。
「ゆうえんち……?」
その言葉に、桜子の涙がピタリと止まり、キョロキョロと工房を見渡し始めた。
ちょうどその時、一人の職人が、魔法具の冷却テストのために、自らの掌からチョロチョロと水を出しているのが桜子の目に入った。
「わあ……! お水が出た! すごーい!!」
「ははは。お嬢ちゃん、これは水魔法といってな、こうやって呪文を唱えると……」
職人が得意げに説明しようとしたが、桜子はすでに目をキラキラと輝かせ、自分の両手を前へと突き出していた。
「あたしもやりたーい! うー、うー……っ!」
顔を真っ赤にして、無詠唱でウンウンとうなり声を上げる五歳児。
その可愛らしい姿に、俺も職人たちも「ほほえましいな」「まあ、魔法なんてそう簡単に出るもんじゃないから」と、温かい目で見守っていた。
――しかし。
ズドバァァァァァァンッ!!!!
「えっ」
「は?」
次の瞬間。
桜子の小さな掌から、消防車の放水をも超える、凄まじい水圧の極太の水柱が噴き出したのだ。
濁流が工房の壁に激突し、積み上げられていた魔法具の試作品や机が、一瞬にして津波に飲み込まれて吹っ飛んでいく。
これほどの放水を行えば、普通なら水圧の反動で体が吹き飛ぶはずだ。だが、そこは物理法則を完全に無視した『魔法』の力。反動を一切受けることなく、桜子はビクともせずに仁王立ちし、キャッキャと無邪気に笑っていた。
「あははははっ! お水、いっぱい出たーっ!!」
工房内は完全に水浸し。
俺と職人たちがアゴを外して絶句している中。
『なんだ、大したことねえな。バカだな桜子、さっきの人間はこうしてたぞ』
ニャーン、と鳴き声を上げながら。
首輪の魔法石で身体強化と魔力制御のブーストを得たサラが、ポンと前足をかざした。
すると、サラの頭上に、ドラム缶ほどの大きさの巨大な水球がフワリと浮かび上がったのだ。
「「「…………」」」
工房の職人たちは、腰を抜かしてへたり込んだ。
無詠唱による、規格外の放水魔法と、精密な水球操作魔法。
「あ、あんな高位の水魔法を、詠唱もなしに……ただの幼子と、使い魔の猫が……?」
職人たちの戦慄の呟きが、水浸しの工房に響き渡る。
ここに、アースガルドの魔法の常識を根底から覆す、『天才魔法少女・桜子』と『天才魔法猫・サラ』の最凶コンビが爆誕した瞬間であった。
***
「……というわけで、兄ちゃん。本当に色々とごめん」
数時間後。
俺は至急アトキンソン子爵に連絡を取り、許可を得た上で、広志兄ちゃんをアーランドの王城の一室へと『転移』させていた。
事ここに至っては、隠し通すのは不可能だ。俺は兄ちゃんに異世界の真実と、桜子が『地球人初の魔法少女』に覚醒してしまったことを、すべて包み隠さず打ち明けたのだ。
目の前では、グリモフ宰相が用意してくれた豪華なケーキを、桜子が「おいしー!」と頬張っている。その横では、サラが「アタシにもよこせ」と横取りしようとしていた。
「それにしても……驚愕しましたな」
ケーキを食べる一人と一匹を見つめながら、グリモフ宰相が興奮冷めやらぬ様子で震える息を吐いた。
「ええ。俺も心底驚きましたよ」
召喚時のギフトを与えられた高校生たちを除けば、俺を含め、これまで地球人で自力で魔法を発動できた者は一人もいなかった。神様からチートを貰った俺でさえ、「魔法ってどうやって使うんだろう?」と無意識に疑問を抱き、使えずにいたのだから。
だが、宰相と議論を重ねるうちに、俺たちは一つの『仮説』に行き着いていた。
「我々大人は、『魔法など存在しない』という地球の常識に無意識に縛られている。ですが……」
「ええ。桜子は、日本のテレビで『魔法少女』のアニメを毎週食い入るように見ていました。彼女にとって魔法は『絶対にあるもの』で、ただ『自分はまだ使ったことがないだけ』だったんでしょうね。そこで目の前で職人の魔法を見て、完全にイメージが結びついた」
「さらに凄まじいのは、その術理です」
グリモフ宰相の目が、学者のようにギラギラと輝き始めた。
「アースガルドの常識では、魔法は『体内に蓄積した魔力』に依存します。大魔法を使えば魔力枯渇で倒れ、回復には休息が必要となる。……しかし、幼い彼女はそんな常識すら知らなかった。ゆえに、テレビのイメージのまま、無意識のうちに『空間に漂う無尽蔵の魔素』を直接操作し、そのまま放水として撃ち出したのでしょう!」
それは、アースガルドの魔法学における「魔力は体内で生成されるか、外部から吸収するか」という長年の大論争に、一つの終止符を打つほどの歴史的発見だった。宰相が興奮するのも無理はない。
俺からのそんな異世界の真実と魔法の解説を聞き終えた広志兄ちゃんは、額に手を当て、深く、深く下を向いて震えていた。
(……当然だ。いくらなんでも話が飛び飛びすぎた。怒るよな。娘が異世界で魔法少女になっちゃったなんて……)
俺が正座をして嵐を待つ覚悟を決めた、その時。
ガバッ!
広志兄ちゃんが顔を上げ、俺の肩をガシッと掴んだ。
その瞳は、怒りではなく、異常なまでの熱を帯びてギラギラと輝いていた。
「……淳志。魔法少女ということは、当然、専用の魔法のステッキと、変身用のフリフリの衣装が必要だな!?」
「……え?」
「おい、この世界の職人に頼めば、魔法のステッキは作れるのか!? いや、衣装だ! 衣装は地球の技術の方が上かもしれない。そうだ、アトキンソン子爵に頼んで、英国王室御用達の最高級の布地でドレスを発注できないか!? フリフリで、リボンがたくさんついてるやつだ!!」
「……はぁっ!?」
俺は、あまりの斜め上の反応に、素っ頓狂な声を上げた。
「兄ちゃん、正気か!? お前の娘が、物理法則を無視した兵器みたいな力を手に入れたんだぞ!? それにここ、異世界だぞ!?」
「だからなんだ! 俺の可愛い桜子が魔法少女になったんだぞ!? パパとして、世界一可愛い魔法少女にプロデュースしてやらなくてどうする!! なあ桜子、パパがすっごく可愛いステッキ買ってやるからな!!」
「わぁい! パパだぁいすきっ!!」
抱き合う父と娘。
そして、その傍らで「アタシの衣装も忘れるなよ」とドヤ顔をしている猫。
「いや兄ちゃん!! 順応早すぎだし、気にするの絶対そこじゃないだろ!!」
世界を滅ぼせるチート能力を持った最強のタラシ男は、常識を遥かに超越した『親バカ』のパワーの前に、ただただツッコミ疲れて胃を押さえることしかできないのだった。




