第67話:狂気の医療チームと、愚かなる王の末路
王城の暗がりで、鈍い激突音が響いた。
ボブの放った強烈な肘打ちが暗殺者――王の影の顎を打ち抜き、脳を揺らして一瞬で意識を刈り取る。崩れ落ちる体を抱え留めると同時に、ボブはその口内に指を突っ込み、奥歯に仕込まれていた自害用の毒袋を器用に引きずり出した。
「よし、確保完了。たっぷり吐かせて――」
ボブが拘束用のロープを取り出そうとした、その瞬間だった。
背後から駆けつけてきたサラグが、血走った目で暗殺者の胸ぐらを掴み上げ、その首筋に抜き放った短剣を突きつけたのだ。
「貴様らだな! 妹を、王女を襲ったのは! 誰の指示だ、言え!!」
気絶から強引に意識を引き戻された暗殺者は、目の前のサラグと、自分の首に当てられた刃を見て、ひっ、と喉の奥で嗤った。
次の瞬間、暗殺者は自ら前のめりに倒れ込み、サラグの持っていた短剣の刃に己の喉笛を深々と突き立てた。
「なっ……!?」
ゴボリ、と大量の血が吹き出し、暗殺者は痙攣しながら絶命する。
あまりの出来事にサラグが呆然と短剣を取り落とす中、ボブは頭を抱えて盛大に舌打ちをした。
「チィッ! だから素人は引っ込んでろってんだ! 情報を引き出す唯一の手がかりだったのに、完全に死んだぞ!」
「あ、ああ……すまない、俺はただ……」
自身の激情が最悪の結果を招いたことに、サラグは青ざめて膝をつく。
そこへ、騒ぎを聞きつけた淳志とサキが足早に駆けつけてきた。血だまりに沈む暗殺者と、頭を抱えるボブを見て、淳志は状況を察したようにため息をつく。
「……やっちまったか」
「ああ。毒は抜いたんだが、自ら刃に飛び込みやがった。プロの狂信者だ」
「ふーん……」
淳志は血の海に沈む暗殺者の首元に視線を落とし、無表情に呟いた。
「まだ息はあるな。運ぼう」
「は?」
「いや、首の動脈と気管がザックリいってるだけで、まだ脳は死んでないだろ。医療ベースに放り込むぞ」
淳志は暗殺者の襟首を掴むと、ボブとサラグの返事も待たずに、その場からふっと姿を消した。
転移した先は、先ほど王女の奇跡的な手術を終えたばかりの統合医療ベース。
淳志は血まみれの暗殺者をストレッチャーに放り投げると、興奮冷めやらぬ地球の医師団とエルディアの治癒術士たちに向かって言った。
「すいません、急患です。この男が今回の黒幕の情報を持ってるんで、絶対に死なせないでください」
「首の動脈と気管の完全断裂ですね! すぐにバイパスを繋いで治癒魔法を流し込め! 脳の酸素欠乏を防げ!」
王女の大手術を成功させ、両世界の技術融合という未知の領域に完全に脳内麻薬が分泌されている医療チームは、目の前の瀕死の暗殺者を見て、疲労どころかギラギラとした歓喜の目を向けていた。
そんな彼らに、淳志は悪魔のような許可を出す。
「コイツから黒幕の情報を引き出せたら、あとはどんな臨床実験をやってもいいですよ」
その言葉を聞いた瞬間、医師団と治癒術士たちの顔に、純粋な探求心という名の狂気が張り付いた。
淳志はボブの肩をポンと叩き、「あとは任せた」とだけ言い残して足早にベースを去っていった。
***
一時間後。
無菌室の扉が開き、ボブが幽鬼のような足取りでフラフラと出てきた。
数々の戦場を潜り抜け、非人道的な尋問にも立ち会ってきた百戦錬磨の男の顔が、紙のように真っ白になっていた。
「……ボブ、あいつ吐いたの?」
外で待機していたサキが怪訝そうに尋ねると、ボブは壁に寄りかかり、胃液を飲み込むように喉を鳴らした。
「……あいつら、医者の皮を被った悪魔だ。地球の外科手術で指や腕を切り落とし、酸で溶かし、その苦痛で情報を引き出したかと思えば、直後に『よし、再生プロトコルの実験だ』って治癒魔法と魔獣の肉で元通りに治しやがる。で、治ったのを確認したら、また別の薬液を注射して……」
「……」
「死なせない。壊しては、治す。無限地獄だ。……あんなもん見せられたら、どんな狂信者でも三分で口を割るに決まってる」
ボブは引きつった顔で、手元のメモ帳を淳志に突き出した。
「黒幕は……現国王だ」
その報告に、淳志の傍らで待機していたクレージュの重臣たちが息を呑んだ。
現王は、エルディアの庇護下にある前王の長女である王妃と結婚することで王座に就いた、国外から来た遠戚の男だ。
だが、これはエルディアも承認済みで、王妃も特に自分の子である王女を王位にと言った訳でもなく、サバルク国が反乱起こさなければ普通にサラグが次期王位に就く予定だった。
だが、王家の血を引く王女が次期王となり、それを貴族達が喜んだのが自分への不満だと、昏い考えに取りつかれたのだ。
そこで王女を暗殺し、自分の出身国から迎えた第三側妃の産んだ第一王子を次期国王に据え、前国王の血を絶やさんと画策した。あまりにも身勝手で愚かな男の妄執。
「なんという……王自らが、国を割るような真似を……!」
重臣たちが絶望に頭を抱える中、黙って聞いていたサラグが静かに進み出た。
「俺の忠誠は、国王には無い。このクレージュという国にある」
その声は、かつての苛立ちに満ちた青年のものではなく、覚悟を決めた男の低く力強い響きを持っていた。
「俺の母は、出身国に利用され死んだ。俺は王族の籍を奪われたが、王妃様と王女殿下の慈悲によって、この城で生かされてきた。俺は、そんなお二人が守ろうとしているこの国に感謝しているし、忠誠を誓っている! お前たちは、己の権力のために国を裏切った男に付くというのか!」
サラグの熱い演説に、重臣たちの顔つきが変わる。
おお、まるで王道ファンタジーの主人公の覚醒イベントだ。淳志は一歩引いた場所で腕を組みながら、内心で激しく胃を痛めていた。
(……やばい。これ絶対、親殺しだのクーデターだのっていう、超絶面倒くさい内政干渉の泥沼になるやつじゃん)
一介のサラリーマンである淳志にとって、他国の王族の血みどろの殺し合いなど、最も巻き込まれたくないトラブルの筆頭だ。
淳志は速攻でエルディアの城からポタ宰相を連れてきて、その背中を押し出すと、「ここはエルディアの出番ですね、俺ちょっと王様探してきますんで!」と早口で言い捨て、ボブとサキ、そしてサラグを連れてその場から逃走した。
***
ボブが仕掛けていた盗聴器とサーモカメラの情報を頼りに、四人は王城の最奥部、王の私室へと辿り着いた。
重厚な扉を蹴り開けると、むせ返るような血の匂いが鼻を突いた。
「遅かったか……!」
部屋の床には、王が溺愛していたはずの第三側妃と、まだ幼い第一王子が、首を斬られて絶命していた。
そして部屋の奥には、血塗られた剣をだらりと下げた現王と、彼を守る数人の暗殺者たち。彼らの視線の先には、壁際に追い詰められた王妃の姿があった。
「すべて露見したというのか……ならば、すべて道連れよ!!」
完全に正気を失った王が、狂ったように笑いながら王妃に向けて剣を振り上げる。
暗殺者たちがボブとサキの行く手を阻むように立ち塞がり、乱戦が始まった。淳志は王妃を救出するべく、王の背後へと短距離転移を発動する。
「確保――」
淳志が王の腕を掴もうとした、その瞬間だった。
王が懐から取り出した不気味な宝玉――ダンジョンの遺物である『変化の宝玉』を強く握りつぶした。
カラン、と、王の手から血塗られた剣が床に落ちる。直後、王の肉体が風船のように膨れ上がり、衣服を内側から引き裂きながら、巨大で醜悪な肉塊の魔物へと変貌を遂げた。
「ギィルルルァァァッ!!」
理性すら失った魔物が、巨大な腕を淳志に向かって振り下ろす。
ドゴォッ! と床が粉砕されるが、淳志の姿はすでにそこにはなく、数メートル離れた空間に転移していた。
「……うわぁ、完全に理性のない化け物になっちゃったよ。どうすんのこれ」
淳志はため息をつきながら、自身の収納空間からパチンコ玉を呼び出し、亜音速で射出する。
パチンコ玉は、ライフルの弾丸に匹敵する威力で魔物の腕を正確に撃ち抜いた。
「ギィャァァァッ!?」
肉片を撒き散らして魔物が咆哮するが、その傷口は蠢くように細胞を増殖させ、あっという間に元通りに再生していく。
(……お、すげえ再生力。あの肉片、ベースで目を血走らせてる医者たちにサンプルとして持って帰ったら、めちゃくちゃ喜ぶんじゃないか?)
怒り狂って突進してくる魔物を、淳志は最小限の短距離転移でヒョイヒョイと闘牛のように躱しながら、パチンコ玉や小石を射出しては、適度に肉片を削り落としていく。
傍から見れば絶望的な怪物との死闘だが、淳志の頭の中は極めて冷静、かつ小市民的だった。
(しかしこれ、いくら化け物になったとはいえ一国の国王だしなあ。俺が勝手にトドメ刺したら、後で国際問題になりかねない。ポタ宰相が来るまで適当に時間を稼いで、宰相の命令ってことにしてから殺すか……)
完全に責任転嫁の算段をつけながら、淳志が次の小石を射出そうとした、その時だった。
「――おおおおおおっ!!」
魔物の背後から、雄叫びを上げてサラグが飛びかかった。
その手には、先ほど王が床に落とした血塗られた剣――クレージュ王家に代々伝わる破邪の剣が握られていた。
呪いや魔を払うその刃が、魔物の背中から心臓を貫く。
破邪の力が変化の呪いを打ち消し、魔物の巨体がビクンと跳ねた後、急速に元の王の姿へと収縮していく。
王は最後に虚ろな目でサラグを見上げ、そのまま糸が切れたように床へと崩れ落ちた。
自身の父親を、そして一国の王をその手にかけたサラグは、血塗られた剣を握りしめたまま、静かに荒い息を吐いていた。
ここに、クレージュ王国を揺るがした王家騒動は幕を閉じた。
***
数日後。
クレージュ王国の現王は急性の病により崩御したと公式に発表された。
空位となった王座には王妃が女王として即位し、一命を取り留めた第一王女が王太女として立つことが宣言された。彼らを救ったエルディアと英国の影響力は絶対的なものとなり、クレージュは実質的に両国の強い庇護下に入ることになった。
すべてが終わり、穏やかな空気を取り戻した王城の一室。
女王と王太女は、国を救ったサラグに対し、深く頭を下げて感謝を伝えた。そして王族として復籍し、クレージュを支えてほしいと懇願した。
だが、サラグは静かに首を横に振った。
「もったいないお言葉ですが、お受けできません。曲がりなりにも、俺は父であり国王であった者を、この手にかけました。そんな血塗られた者が王族に連なることは、この国の未来に影を落とします」
サラグの決意は固く、誰も彼を引き留めることはできなかった。
王族としての地位も権力も捨てた彼が、自らの意思で選び取った新しい道。
それは、誰も想像しなかった場所にあった。
「サラグ君! ここの魔法陣の術式構成、魔力伝導率が間違っているよ!」
「ハイッ! 申し訳ありません、すぐ修正します!」
エルディア王国に設置された、地球・アースガルド合同医療ベース。
白衣の上に分厚いエプロンを着込んだサラグが、地球の外科医から渡されたカルテを手に、基地内を右往左往していた。
「サラグ君、ここの切開のメスの入れ方はダメだね! もっと細胞の繊維に沿って!」
「ハイッ! すみません、やり直します!」
妹の手術で見せられた奇跡。そして、暗殺者を完膚なきまでに解体・再生していたマッドな医者たちの神業。
それに魅入られてしまったサラグは、英国とエルディアの許可を取り付け、地球の医療技術とアースガルドの治癒魔法を融合させるハイブリッド医療の、栄えある第一号の弟子となっていた。
権力闘争の道具として生きるしかなかった青年が、初めて見つけた「命を救う」という自分の道。
怒号が飛び交う戦場のような医療ベースの中で、サラグの顔は、これまでにないほど生き生きと輝いていた。




