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『ただの収納スキルですが、神様から「解釈」の変更してもらって現代に戻ったら、人生楽勝でした――』  作者: だい


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第65話:医療革命と、不穏なるクレージュへの飛翔

エルディア王国の王城の一角に極秘裏に新設された「地球・アースガルド合同医療研究室」。

 そこでは連日、文化と常識の壁を越えた激しい議論が交わされていた。


「ですから、あなた方の言う『高度な治癒魔法』は、医学的な観点から見れば非常に危険な欠陥を抱えているのです」


 白衣を着た地球のベテラン外科医が、通訳の魔道具越しに厳しい声で指摘した。円卓の向かい側に座るエルディアの宮廷治癒術士たちは、自分たちの神聖な術を否定され、不満げに眉をひそめている。


「我々の分析によれば、既存の治癒魔法の正体は『細胞分裂の異常加速』です。患者自身の自然治癒力を、魔力を使って数千倍に早めているに過ぎない。だから、浅い傷はすぐに塞がっても、腕や脚を切り落とされた人間には効かない。切断面の皮膚細胞が増殖して綺麗な傷跡ができるだけで、失われた骨や神経をゼロから作り出すための『未分化な細胞』がそこに無いからです」


 外科医はモニターに人体の細胞構造図を映し出し、さらに言葉を継いだ。


「おまけに、治癒魔法は細胞の寿命を激しく浪費し、局所的な老化を引き起こします。さらに肉や血を再生させるための質量とカロリーを患者自身の体内から強制的に奪うため、重傷者に強力な魔法をかければ、傷が塞がると同時に急性の栄養失調やショック死を引き起こす。あなた方が『神に召された』と呼んでいる現象の正体です」


 ぐうの音も出ない医学的・科学的な証明に、治癒術士たちは絶句し、重い沈黙が落ちた。

 そんな中、会議室の隅でパイプ椅子に座って議論を聞いていた小林淳志が、おずおずと手を挙げた。


「あの、俺は医者でも魔法使いでもない素人なんですけど……ちょっとアイデアというか、気になったことがあって」

「何でしょう、コバヤシさん。あなたの柔軟な発想には我々も助けられています」


 外科医に促され、淳志は頭を掻きながらホワイトボードの前に立った。


「病気の治療の話なんですけど。この世界には、冒険者が使っている『収納ポーチ』みたいな、空間に物を仕舞う魔法がありますよね? あれを医療に応用できないですかね」

「収納魔法を、医療に……?」

「ええ。例えば心筋梗塞とか脳梗塞って、血管に血栓が詰まる病気ですよね。地球の機器であるモニターや超音波を使えば、詰まっている血栓の正確な位置までは特定できる。……そこで、メスを入れたりカテーテルを通したりするんじゃなくて、体外からその場所に向けて直接『収納』の魔道具を当てるんです」


 淳志は自身の胸のあたりを指差した。


「ピンポイントで血栓だけを『収納』して取り除く。それなら血管も傷つけないし、カテーテルが入らないような脳の奥や、脳幹の梗塞でも、頭蓋骨を開けずに外から掃除できるんじゃないかって。その隙に治癒魔法をかければ、胸や頭を大きく切開しなくても治療できる気がするんですけど」


 その瞬間、地球の医師たちとアースガルドの治癒術士たちの動きが完全に止まった。


「……体外からの、非侵襲による異物除去……!」

 外科医が震える声で呟き、隣の治癒術士と顔を見合わせた。

「可能だ……! 地球の機器で正確な位置さえ割り出せれば、そこに極小の収納魔法陣を空間展開して吸い上げることはできる!」

「なんてことだ……! それなら、今まで絶対に手が出せなかった脳幹の梗塞すら、周辺の神経を一切傷つけることなく完全に除去できるぞ!!」


 収納魔法は、この世界では荷物運びのための「生活魔法」に過ぎない。それを体外からの精密な外科処置に転用するという発想は、両方の世界の常識を知る淳志ならではのものだった。


「素晴らしい……! ガン細胞の摘出も同じ手順で可能になるかもしれない。さらに治癒魔法を併用すれば、周辺組織へのダメージも皆無に近い!」


 医師たちが色めき立つ中、淳志はさらに腕を組んで首をひねった。


「あと、さっきの細胞の話ですけど。もし、そういう方法で壊死した脳細胞を取り除いて、新しい細胞を分裂させて再生できたとしても……それって、あくまでハードウェアが新品の細胞に入れ替わるだけで、時間の巻き戻しじゃないんですよね?」

「……と、言いますと?」

「ええと、つまり、新しい細胞ができても、喪失した記憶や経験は戻らないって事か……と。パソコンのHDDが壊れたから、新品に入れ替えるのと同じで、また一から言葉とかを学習し直す必要がありますよね? でも、まっさらなHDDがある状態になるから、学習すればちゃんと新しく記憶できるようになるし、少なくとも命は助かるってことですかね?」


 淳志の素人なりの例え話に、外科医は深く頷いた。


「まさにその通りです。脳細胞の完全な再生が叶ったとしても、失われたネットワークまで復元はできません。しかし、命を救い、再び生きるための土台を作ることはできる。……コバヤシさんの言う『収納魔法と現代医療機器の複合』、そして『治癒魔法への質量とカロリーの外部補填』を組み合わせれば、我々は真の医療革命を起こせるかもしれません」


 会議室は、新たな医療の可能性への熱気で包まれた。

 しかし、この「地球とアースガルドの複合治療」は、あまりに画期的すぎた。大々的に発表すれば、生と死の概念が覆り、両世界に多大な混乱とパニックを引き起こすことは火を見るより明らかだ。

 まずは「怪我の部位再生」程度の段階的な技術開示に留めるべきか、と彼らが頭を悩ませていた。



   ***



 それから数日後。エルディア王城、宰相の執務室。

 ポタ宰相は、手元に届いた急報の羊皮紙を握りしめ、ひどく青ざめた顔でソファーに崩れ落ちていた。向かいの席には、英国のアトキンソン子爵が、ティーカップを片手に静かに座っている。


「……最悪の事態です、アトキンソン殿」

 ポタ宰相が絞り出すような声で言った。

「我がエルディア王家の遠戚にあたる、隣国クレージュ王国の第一王女殿下が、何者かの襲撃を受けました」

「ほう。あそこの王女といえば、まだ十四歳の子供だったはずですが」

「ええ。酷い傷を負い、現在は意識不明の重体とのこと。クレージュの治癒術士が総出で治療に当たっていますが、もはや魔法では手の施しようがなく……我が国へ、藁にもすがる思いで『地球の医療技術による救済』の要請が来ております」


 その言葉を聞き、アトキンソン子爵は冷徹な外交官としての目を向けた。

「……なるほど。我が英国にとっても、クレージュ王国に強い影響力を持つための絶好の機会。先日確立されたばかりの『合同医療チーム』の実戦投入として、これ以上ない大義名分ですな」


 アトキンソン子爵の言葉には情よりも計算が先行していたが、ポタ宰相もそれを咎めることはしなかった。

「しかし、王女殿下が襲撃されたということは、クレージュの内部に暗殺者が潜んでいるということ。そこへ我が国の医療チームやコバヤシ殿を送り込めば、間違いなく命を狙われます」

「ええ、その通りです。ですから、こちらから出向くのは『医師』だけではない」


 アトキンソン子爵は不敵に笑い、立ち上がった。

「コバヤシ男爵に動いてもらいましょう。彼に最新の医療ベースを持って飛んでもらい、向こうに到着後、我が英国が誇るSAS(特殊空挺部隊)とエルディア騎士団を転移させてもらいます。王城を完全に包囲して内部の敵に圧力をかけましょう」



   ***



 呼び出しを受けた淳志は、別室でアトキンソン子爵から事の次第を聞かされていた。


「……というわけで、コバヤシ男爵。君には、地球の医師団と共に現地へ飛んでもらいたい。君がいなければ、あの巨大な医療設備を運ぶことは不可能ですからな」

 会社のオーナーであり、貴族でもある子爵からのプレッシャー。淳志は頭を掻きながら、少し申し訳なさそうに、だが現場の責任者としての切実な顔で口を開いた。


「はい、了解しました。行きせてもらいます。……しかし子爵、向こうに着いた後の安全確保の手順だけは、私に決めさせてください。あれほど巨大で無防備な設備を出した直後に襲撃でもされたら、いくら私でも医者の皆さんを庇いきれませんから。まずは私が現地に入って安全を確認してから、後続のSASや騎士団を転移させます。医療ベースや医療団を出すのは、完全に周囲を確保した後です」


数億円規模の最新医療機器をたった一人で運ぶ重圧と、もし壊した時の賠償額を想像して胃を痛めた淳志は、少しでも自分のリスクを減らすために必死で安全確保の段取りを主張した


 そんな小市民、淳志の要望に、子爵は鷹揚に頷いた。

「ええ、もちろんです。現場の安全確保については、君の判断に一任しますよ」



   ***



 数時間後。エルディア王都の外れにある臨時ヘリポート。

 イギリスから持ち込まれた大型軍用輸送ヘリコプターのプロペラが、腹の底に響く重低音を立てて回っていた。


 淳志はすでに、CTやMRI、手術室や独立電源などの設備が体育館ほどのプレハブに収まった『統合医療ベース』を、自身の収納空間にしまっていた。

 ヘリの周囲では、淳志からの合図で後から転移するためのSASの隊員たちとエルディアの騎士たちが、慌ただしく最終確認を行っている。


「コバヤシ男爵、よろしく頼みますぞ」

 見送りに来たアトキンソン子爵の声に、淳志は短く「はい、いってきます」と頭を下げてヘリへ向かった。


 その淳志のすぐ後ろに、冒険者の軽装に身を固めたサキと、タクティカルベストを着込んだボブが続いていた。二人は今回、淳志が指名した少数の先行護衛だった。

 アトキンソン子爵は、ヘリに乗り込もうとするボブを引き留め、周囲に聞こえない低い声で囁いた。


「ボブ・テイラー君。元CIAの君に、今回わざわざ先行同行を命じた理由……分かっているね?」

 ボブは足を止め、鋭い目つきで英国の貴族を見返した。


「SASと騎士団の大部隊は、あくまで表向きの威嚇に過ぎない。君の真の任務は、その盾の内側で動くことだ。……現地に入り、君のインテリジェンスの技術で、クレージュ王国に巣食う『黒幕』を洗い出せ。誰が十四歳の王女の死を望み、この混乱で一番得をするのか。クレージュの腐った膿をすべて炙り出しなさい」


 それは、大英帝国からアメリカの元諜報員へ下された、非公式の密命だった。

 魔獣との戦闘では冒険者にカルチャーショックを受けたボブだったが、人間の悪意を嗅ぎ分け、組織の闇を暴くことにおいて、彼の右に出る者はいない。


「……了解だ、閣下。あっち(地球)のやり方で、ネズミの巣を丸ごと引きずり出してやるよ」


 ボブは獰猛な笑みを浮かべ、サキと共にヘリのキャビンへと乗り込んだ。

 淳志の収納魔法による医療革命と、地球の諜報技術。

 すべてを乗せた鋼鉄の回転翼機が、不穏な影が渦巻くクレージュ王国へと向けて飛び立った。

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