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『ただの収納スキルですが、神様から「解釈」の変更してもらって現代に戻ったら、人生楽勝でした――』  作者: だい


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第64話:MI5の怠慢と、絶対君主の微笑み

 アースガルド、アーランド王国。

 王城の執務室で、英国の防諜機関から「留学」という名目で隔離されてきたエリート工作員、ジェームスとアーサーは、山積みの書類を前に大きなあくびを噛み殺していた。


「……おい、ジェームス。さっき衛兵の詰所から上がってきた報告書を見たか?」

「ああ。また東門の衛兵長が、商人から酒場のツケの肩代わり(賄賂)を受け取っていた件だろう? 今週で三回目だ」


 アーサーが呆れたように書類を放り投げる。


「モラルが低いにもほどがある。情報管理もガバガバだ。城のメイドたちに少し探りを入れただけで、昨夜の宰相の夕食のメニューから、近衛兵の巡回ルートの変更までペラペラと喋りやがる」

「ここは中世レベルのファンタジー世界だ。セキュリティや防諜という概念そのものが存在しないのさ」


 ジェームスは優雅に紅茶を啜りながら、肩をすくめた。


 彼らMI5の二人は、未開の生態系に飛び込んでいったCIAの二人とは違い、自分たちの持つ「情報と政治力」の価値を理解していた。

 だからこそ、このアーランド王国という小さな未開の国を、腹の底では完全に「舐め腐って」いたのだ。


「適当にお茶を濁しておこう。どうせ数年後、大英帝国がこの世界の覇権を握れば、我々も地球へ帰還できる。それまでは、無駄な波風を立てず、この国の無能な治安維持機関の『ご意見番』として、適度な助言だけをしてやり過ごせばいい」


 それが、エリートである彼らが出した結論だった。

 しかし、その「適当な仕事ぶり」が、ある人物の逆鱗に触れていることに、彼らは気づいていなかった。


 ――同刻、王城の奥深く。


「……陛下。あのコバヤシ卿が連れてきたという二人の異邦人についてですが」


 アーランド王国を実質的に支え続けてきた生真面目で優秀な苦労人・グリモフ宰相が、深いため息をつきながら玉座へと進み出た。

 過労で目の下に濃いクマを作った彼は、手元の羊皮紙をパラパラと捲る。


「彼らは確かに治安維持や情報管理に関する『知識』は持っているようですが、明らかに我々を見下し、真面目に仕事に取り組む姿勢が見られません。改善案を出せと命じても、『そちらの文化水準では無理だ』と鼻で笑う始末。……コバヤシ卿の顔を立てて穏便に済ませてきましたが、これ以上は我が国の衛兵たちの士気にも関わります」


 グリモフの報告を聞き、玉座に座る若き女王――リリベス陛下は、フフッと優雅に微笑んだ。


「なるほど。やはり、あの組織《MI5》の人間は、いつの時代もプライドばかりが高くて困りものですね」

「陛下……?」

「グリモフ。よく我慢してくれましたね。今度、コバヤシ卿が『温泉』という素晴らしい保養地をこの国に作ると言っていましたから、完成した暁にはあなたに長期休暇をあげましょう」

「お、温泉……!? 休んでよいのですか!?」


 歓喜に震えるグリモフを労いながら、リリベスは扇子で口元を隠し、目を細めた。


「あの二人は、私が少し『教育』し直しましょう。玉座の間に呼びなさい」



   ***



「……チッ。宰相の小言か。面倒だな」


 呼び出しを受けたジェームスとアーサーは、不満を隠そうともせずに玉座の間へと足を踏み入れた。

 彼らは「王族の前では目を伏せる」というこの世界の作法に則り、適当に頭を下げた。どうせファンタジー世界の世間知らずな小娘だろうと、完全にタカを括っていたのだ。


「面を上げなさい」


 だが、頭上から降ってきたその声の「圧倒的な威厳」と「完璧なクイーンズ・イングリッシュの響き」に、二人の背筋にゾクッと悪寒が走った。

 彼らは弾かれたように顔を上げ、初めて自分たちの雇い主である『女王』の顔を直視した。


「……え?」


 そこに座っていたのは、見覚えのある顔だった。

 いや、見覚えがあるどころではない。MI5の彼らが、自室の壁に掲げられた肖像画で毎日見ていた、あの『偉大なる君主』の若き日の姿に瓜二つだったのだ。


「あらあら。……お久しぶりね、ジェームス」


 リリベスが、悪戯っぽく微笑んだ。


「その節は、ロンドンでのテロを未然に防いでくれて、本当に助かりましたよ。あの時の叙勲式のパーティー以来かしら?」

「…………っ!!!!」


 ジェームスの顔から、一瞬で血の気が引いた。

 アーサーもまた、隣で目を見開き、金魚のように口をパクパクさせている。


 間違いない。声のトーン、威厳、そして自分たちすら知り得ないはずの叙勲の事実。

 目の前にいるのは、ファンタジー世界の小娘などではない。地球における最高権力者の一人であり、大英帝国の象徴たる『元・女王陛下』その人だった。


「へ、陛下……!? なぜ、あ、あなたがここに……!?」


 膝から崩れ落ちそうになるジェームスに対し、リリベスは玉座に深く腰掛けたまま、静かに、だが絶対的な王の眼差しで見下ろした。


「私は今、このアーランド王国の女王として立っています。……どうかしら、ジェームス、アーサー。我が国の未熟な治安体制を見て、歯痒く思っていたのでしょう? この際、地球の籍を捨て、我がアーランド王国の『臣民』として、私に忠誠を誓う気はありませんか?」


 それは、恐ろしい試金石だった。

 ここで「はい」と答えれば、彼らは過去の怠慢を許され、この異世界で高待遇を得られるだろう。だが、それは同時に祖国《英国》への裏切りを意味する。


 ジェームスとアーサーは顔を見合わせ、そして、震える足でしっかりと立ち上がった。

 二人は胸に手を当て、MI5の工作員としての矜持を込めて、深く一礼した。


「……身に余る光栄ですが、お断りいたします」


 ジェームスが、静かに、だが力強く答えた。


「自分は英国民であり、我々の忠誠は、大英帝国と現国王陛下に捧げております。それは、いかなる世界に飛ばされようとも変わることはありません」


 その言葉を聞いた瞬間、玉座の間の空気がピンと張り詰めた。

 グリモフ宰相が息を呑む中、リリベスは……パチン、と扇子を閉じ、心底嬉しそうに、花が綻ぶような笑みを浮かべた。


「うむ。……よくぞ申した」


 リリベスは満足げに頷いた。


「我が大英帝国のインテリジェンスは、やはり腐ってはいませんでしたね。……では、以後帰国するまでの間は、『英国よりの公的な派遣人員』として、我が国で治安についての助言を頼みます。……今度は、出し惜しみは許しませんよ?」


「……ハッ! 命に代えましても!!」


 二人のエリート防諜員は、滝のような冷や汗を流しながら、今度こそ心の底からの敬礼を捧げた。

 この日から、彼らの「適当にお茶を濁す」日々は終わりを告げ、血を吐くようなアーランド治安改善プロジェクトが幕を開けたのである。



   ***



 数日後。

 グリモフ宰相からの無理難題(というより地球レベルのセキュリティの構築)に追われ、城の廊下をフラフラと歩いていたアーサーは、曲がり角で誰かとぶつかりそうになった。


「あ、ごめんなさい! 前見てなくて!」

「いえ、こちらこ……そ」


 アーサーは、言葉を失った。

 目の前にいたのは、高級なブランド服を泥だらけにし、顔にも土をつけたまま、太陽のように眩しく笑う黒髪の日本人女性だった。


(な、なんだこの美しい女性は……!?)


 貴族の令嬢のような品格を持ちながら、気取ることなく泥まみれで笑う彼女の姿に、アーサーの心臓は一瞬で鷲掴みにされた。まさに、一目惚れだった。


「それじゃ、お仕事頑張ってね!」


 風のように去っていく彼女の背中を見送りながら、アーサーは完全に恋に落ちていた。

 その後、仕事の合間を縫って彼女の行方を探したが見つからず、思い余ったアーサーは、相棒のジェームスと、彼らの現地アシスタントとして配属されたドワーフの女性・ピピンに相談を持ちかけた。


「……というわけで、城の中で見かけたんだ。泥まみれだったが、まるで女神のような女性で……ジェームス、お前、誰か心当たりはないか?」

「泥まみれの女神? さあな。城で働くメイドか何かじゃないのか?」


 首を傾げるジェームスの横で、ドワーフのピピンは、持っていた書類をパラリと落とし、何かを察したように天を仰いだ。


「……あー」

「なんだ、ピピン? 知っているのか!?」

「まあね。今日の昼、王家の荘園(実験農場)に行けば会えると思うよ……」



 そして昼時。

 期待に胸を膨らませて荘園へとやってきたアーサーの視界に飛び込んできたのは……。


「淳志! もっと深くすき込んで! トラクターの馬力ならいけるわ!」

「無茶言うなよ沙織! これ、アトキンソン家が用意した特注品なんだぞ!」


 地球から持ち込んだ巨大なトラクターを豪快に乗り回し、楽しそうに笑い合う『女神(沙織)』と、自分たちをこの異世界へ左遷した張本人である『小林淳志』の姿だった。


「……」


 アーサーは、声もなくその場に崩れ落ちた。

 初恋の人は、よりにもよって、自分の一番厄介な上司であり黒幕のパートナーだったのだ。


「……ドンマイ。人生、そんなに甘くないってことさ」


 肩を落とし、涙を拭いながら仕事の書類に向かい直るアーサー。

 その哀愁漂う背中を、ドワーフのピピンが「仕方ないやつだねぇ」と呆れながらも、どこか優しく、生温かい視線で見つめ続けていることに、失恋のショックに打ちひしがれる彼が気づくのは……まだ、もう少し先の話である。

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