第63話:終わらせるための儀式と、エリート工作員の選択
エルディア王国・王城の一室。
重厚な絨毯が敷かれた応接室で、CIAの工作員であるボブとリックは、目の前にいる日本の高校生たちの存在に眉をひそめていた。
「……小林さんが転移させたわけじゃない? 『召喚』された、だと?」
リックが鋭い視線を、高校生たちの後ろに立つポタ宰相へと向けた。
「ふざけるな。それは自由意思によらない、明らかな国家ぐるみの『誘拐』だ。そんな非人道的な真似を――」
「愚かな人間は、どこの世界にでもいるものですよ」
リックの言葉を遮ったのは、宰相の隣に控えていた文官となったの日本人の少女、沙耶だった。彼女は冷ややかな目で、二人のアメリカ人工作員を見据えた。
「アメリカや英国も、冷戦時代には似たようなこと、あるいはそれ以上のことをなさっていたのでは? 記録にないだけで」
「なっ……」
「ですが、愚かな人間がいる一方で、その過ちに真摯に向き合い、正しい道を示そうと身を削る人もいます。ポタ宰相やリリベス女王陛下はそういう方ですし、だからこそ小林さんも両国に手を貸してくださっているのです」
毅然とした沙耶の言葉に、ボブとリックは返す言葉を失った。完全な正論によるカウンター。ただのファンタジーの住人ではない、国家を背負う人間としての泥臭いリアリティがそこにあった。
「……手厳しいな。俺たちも、少し頭を冷やす必要があるらしい」
ボブが肩をすくめると、別室から淳志が現れた。彼はMI5の二人を先にアーランド王国へと転移させる手はずを整えたところだった。
「お二人はどうしますか? 宰相や文官組の仕事を手伝うなら、王城でのデスクワークもありますよ」
「いや。俺たちは現場主義だ」
ボブは淳志からの提案を断り、部屋の隅で静かに笑う、無数の生傷を刻み込んだ五人の『冒険者』たちを見た。
「俺たちは『冒険者』になりたい。フロンティアの実態を知るには、自分の足で歩くのが一番だ」
「本気ですか? 死にますよ?」
淳志の忠告に、ボブとリックは「プロを舐めるな」とばかりに鼻を鳴らした。
その様子を見て、冒険者たちのリーダー格である、スカーフェイスの少女――サキが、強者の笑みを浮かべて前に出た。
「ようこそ、冒険者の世界へ。歓迎するわ」
サキは淳志から預かっていた二つの革製の『収納ポーチ』と、そこから取り出したアサルトライフル、そして拳銃をボブとリックに手渡した。
「基本は、こちらの世界の武器を使うこと。どうしても自分や仲間の命に危険があった時だけ、銃器の使用を許可するわ」
「……異世界でカラシニコフとはな。ありがたいが、俺たちだけで弾薬を無駄にはできないな」
「勘違いしないで。この収納ポーチは、本来私たちみたいな下級冒険者が人数分揃えられるような装備じゃない。ポタ宰相からのせめてもの保証と、あなたたちの分は小林さんが自腹で用意してくれたものよ。……大事に使いなさい」
サキはそう言うと、真っ直ぐに二人の目を見た。
「行く前に、一つだけ教えてあげるわ。小林さんが、私たちにくれた言葉よ。……『誰かに自分の人生を預けて、無力なまま理不尽に踏みにじられるのが嫌なら。自分で剣を振って、生きて、死ぬしかない』。……覚悟が決まったら、出発するわよ」
***
ボブとリックを加えた七人パーティーの初任務は、王都から離れた街道に出没する『山賊の討伐』だった。
二人はまだ低ランクだが、サキたちのパーティーがすでにBランクに到達していたため、同行が許可されたのだ。
しかし、道中での道のりは、エリート工作員である二人のプライドを完膚なきまでに粉砕した。
「……おい、嘘だろ。火が点かないぞ」
野営の準備中、リックが舌打ちをした。
軍隊で徹底的なサバイバル訓練を受けてきた彼らだったが、ファイアスターターやマッチといった現代の『キット』がない状態での火起こしに、予想以上に手間取っていた。安全な水の確保も、携帯用の浄水フィルターがなければ時間がかかる。
しかし、冒険者たちは違った。一人は手慣れた手つきで魔石を使って瞬時に火を起こし、別の者は『無限水筒』から澄んだ水を鍋に注ぎ、さらに別の者は周囲の森へ入り、あっという間に野生のウサギを狩って血抜きまで済ませて戻ってきた。
槍や剣の取り回し、毒や煙玉を使った泥臭い体術。
軍人時代に培った彼らの近代戦闘技術《CQC》は、「魔法」と「魔獣」が混在するこのアースガルドの自然下においては、致命的なほどにピースが欠けていたのだ。
そして翌日。彼らは目的の街道へと到着した。
そこには、悲惨な光景が広がっていた。
襲撃されたらしい一台の馬車。そして、血溜まりの中に倒れている、一人の男性と小さな男の子の死体。
「……ヒデェな。まだ新しい」
ボブが顔をしかめると、サキは無言のまま、馬車の残骸や散乱した荷物を漁り始めた。
めぼしい金品はすでに奪われているようだが、それでも執拗に荷物を探るサキの背中に、リックは思わず卑しいものを見る目を向けた。
「おい、死人の荷を漁って小銭を稼ごうってのか? 悪趣味だぞ」
苛立ったボブが罵声を浴びせようとした時、サキが荷物の中から一枚の布を引きずり出した。
それは、血に汚れた『女性もののブラウス』だった。
「……女性が攫われている」
サキは冷たい声で、待機していた仲間たちに告げた。
「奴らは、女は殺さずにアジトへ連れて行くわ。……楽しめるうちは殺されない。でも、急ぐわよ。一秒でも早く助け出して、山賊は皆殺しにする」
その時、ボブとリックはやっと理解した。
サキは金品を盗むために荷を漁っていたのではない。殺されていたのが「夫と子供」であるならば、必ず「母親」がいたはずだという確信を得るために、遺留品を探していたのだ。
「……すまん、勘違いしていた」
「謝罪なんて後回しよ。追跡を始めるわ」
***
痕跡を追い、森の奥深くにある山賊のアジトを発見した彼らは、音もなく見張りを始末した。
ボブとリックは、高校生ほどの年齢の彼らが、躊躇なく剣を喉に突き立てて人を殺す姿に強い衝撃を受けた。
自分たちも従軍時代に人を撃ったことはある。だが、「刃物」で肉を裂き、返り血の温かさを浴び、血と内臓の生臭さをダイレクトに感じる距離での殺しは、精神にかかる負荷が全く違う。
アジトの奥へ踏み込むと、そこには酒気を帯びた山賊たちが、数人の女性たちを嬲り、蹂躙している最中だった。
「やれッ!!」
サキの号令と共に、五人の冒険者が飛び込んだ。
当たるを幸いに、剣で斬り伏せ、槍で喉を突き、メイスで頭蓋を叩き潰していく。圧倒的な暴力の蹂躙劇だった。
ようやく状況を理解した山賊たちが、反撃に出る。
一部の山賊が、怯える女性たちを人質に取ろうと動いた。ほとんどの女性は仲間がカバーに入ったが、一人だけ、放心状態で立ち尽くしている女性の背後に、山賊の凶刃が迫っていた。
「くそっ!」
リックがとっさに踏み込み、奪い取っていた手槍で山賊の胸を深く突き刺した。
ドプッ、という生々しい感触と共に、顔面に生暖かい返り血を浴びる。リックは思わず吐き気を催したが、それを奥歯で噛み殺した。
その頃、サキは山賊の『頭』と激しい死闘を繰り広げていた。
頭は『身体強化魔法』の使い手であり、同じく強化魔法を使うサキと互角に渡り合っている。だが、大男と少女という素の体格差はどうしようもなく、サキはじりじりと壁際へと押されていた。
頭が大剣を振り上げた、その瞬間。
横からボブがタックル気味に突っ込んだ。頭は舌打ちし、とっさに剣の軌道を変えてボブを薙ぎ払う。
ボブが吹き飛ばされ、頭が再びサキへ向き直った時――彼の視界を、強烈な刺激臭を放つ『目潰しの粉』が真っ白に染め上げた。
「ぎゃあああっ!?」
視界を奪われ、怯んだ頭の頸動脈を、サキの刃が容赦なく薙ぎ払った。
「ボブ! 生きてる!?」
「あ、ああ……なんとか」
サキが駆け寄り助け起こすと、ボブには致命傷はなかった。しかし、サキの顔の傷とは逆側の頬から肩にかけて、大剣の切っ先による大きな裂傷を負っていた。
「バカねぇ。銃を使えばよかったのに」
「……お!お揃いだな!」
血を流しながら強がるボブの言葉に、サキはフッと短く笑った。
頭が死に、戦意を喪失した残りの山賊たちは、全員その場で捕縛された。
***
助け出された女性たちは、皆、親や夫、子供を殺された者たちだった。
サキは血濡れた剣を下ろし、彼女たちに向かって冷たく問いかけた。
「あんたたちの中で、こいつらを殺したい人がいれば、構わないわよ」
その言葉に、ボブとリックは「やりすぎだ」と口を挟みそうになったが、隣にいた冒険者のメンバーが無言で剣の柄を叩き、二人を制止した。
先ほど、リックが助けた放心状態の女性が、よろめきながらサキにすがりついた。
「ねえ……街道で襲われて、夫は殺されました……! でも、大人しくついてくれば、馬車に残してきた子供は助けてくれるって、この男たちが……! 子供は? うちの子は無事よね!?」
サキは何も言わず、ただ静かに、ゆっくりと首を振った。
「――――あ、あああああああああああっ!!!」
絶望の悲鳴が、アジトに響き渡った。
女性は泣き叫びながら、落ちていた山賊の剣を拾い上げ、縛られた男の胸に何度も、何度も叩き刺した。
それを見ていた他の女性たちも、次々と狂乱したように武器を手に取り、自分たちの家族を奪った男たちへと群がり、肉を切り刻んだ。
***
討伐を終え、依頼主である街へ帰還した夜。
喧騒に包まれる酒場の片隅で、エールを煽っていたボブが、耐えきれないように口を開いた。
「……なんであんなことをさせたんだ。捕縛した盗賊を被害者に殺させるなんて、残酷すぎるだろう」
サキとパーティーのメンバーたちは、氷のように冷めた目でボブとリックを見た。
「この世界は地球と違う。そんな甘い考えじゃ、明日には死ぬわよ」
サキはジョッキを置き、静かに語り始めた。
「そもそも盗賊は死刑以外に法的な裁きはないの。だから、街の警備兵に面倒をかけないように、アジトで殺して『討伐部位の耳』だけを削ぎ落として持ってくるのが冒険者の常識。……だったら、被害者の女性たちに殺させて、恨みを晴らさせた方がよっぽど役に立つじゃない」
「それは傲慢だ。お前たちは神にでもなったつもりか」
ボブの非難に、サキは皮肉げに鼻を鳴らした。
「神? なにそれ?(笑)……そんなものいるなら、私が真っ先に殺してやるわ」
サキの瞳の奥に、暗く、重い炎が揺れた。
「あの女性たちに殺させたのはね、『ちゃんと終わらせる』ためよ。……自分たちの手でちゃんと終わらせないと、明日を生きるための『始まり』すら、手に入らないの」
「……」
「私がそうだったから、分かるのよ」
サキは自身の頬の傷をそっと撫でた。
「地球から召喚われてきて、戦争の道具になんてなりたくないと言ったら、反逆だと見なされた。……騎士や、力に溺れた他の召喚組の連中に、大勢が見ている前で何度も、何度も嬲られたわ」
淡々と語られる凄絶な事実に、CIAのエリートである二人は息を呑んだ。
「私たちを常に庇い、正論を言って守ろうとしてくれた先生がいたわ。でも、先生は殺された。エルディアの前の王に犯されて、ゴミのように捨てられて死んだ。……私たちがあなたたちのように『正論』にすがっていたから、先生は死んだのよ」
サキの声が、微かに震える。
「その地獄から助け出してくれたのが、小林さんよ。あの時、彼が教えてくれた。『ここでは、殺さなければこうなる。無力なまま踏みにじられるのが嫌なら、自分で剣を振れ』ってね。……そして私たちは、初めて人を殺した。自分の尊厳を奪った連中を、自分の手で殺したの」
サキは顔を上げ、今は真っ直ぐに前を向く、強い瞳で二人を見据えた。
「ちゃんと終わらせたから、私たちはこうして前を向いていられるのよ。……あの女性たちも、いつか立ち直るためには、どうしてもあの『儀式』が必要だったの」
その重すぎる真実に、ボブもリックも、もはや返す言葉を持たなかった。
数日後。一度エルディアの王城へと戻った彼らは、宰相と会いそれぞれの決断を伝える。
「……俺は、荒事が向いていると思っていた」
リックが、疲れたように息を吐いた。
「だが、あの刃の感触や、血を浴びた時の温かさ、内臓の臭いはキツかった。サキたちほどの覚悟が俺に持てるか、分からない。……だから、俺はここで文官になる。サキたちや、あの女性たちのような悲劇が二度と起きないような、治安システムと法の整備を、この国で作り上げてみせる」
リックの決断に、宰相は静かに頷いた。
そして、顔に大きなガーゼを当てたボブが、ニヤリと笑って言った。
「俺は、冒険者を続けたい。なんなら、CIAのデスクワークより性に合ってるわ。……サキから教わりたいことも、山ほどあるしな」
同じ地獄を見て、同じ絶望を味わい、それでも別々の道で「この理不尽な世界」と戦う覚悟を決めた二人。
かくして、地球の最前線で戦っていたエリート工作員たちの、アースガルドでの新たな生活が始まったのだった。




