表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ただの収納スキルですが、神様から「解釈」の変更してもらって現代に戻ったら、人生楽勝でした――』  作者: だい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/71

 第62話:エリート諜報員の選択と、未知なるフロンティア

ロンドン郊外、アトキンソン家地下室。

 先ほどまでの死の恐怖から一転、「異世界留学」というとんでもない宣告を受けた四人のエリート工作員たちは、完全に言葉を失い、ポカンと口を開けて固まっていた。


「とりあえず、拘束を解きますね。濡れたままだと風邪を引きますから、着替えてください」


 淳志は何もない空中にスッと手をかざした。

 すると、空間がわずかに歪み、そこから四人分のサイズの合ったカジュアルな衣服とタオルが、音もなく現れた。


「なっ……!?」

「手品じゃないですよ。私の『収納魔法』です。さあ、遠慮せずに」


 CIAのジャックたちは目をひん剥き、まるで爆発物でも受け取るかのように恐る恐る衣服を受け取った。長年、唯物論と科学の最前線で生きてきた彼らにとって、目の前で物理法則が無視された事実は、「異世界」という言葉に決定的なリアリティを持たせた。


 彼らがそそくさと着替えを終えると、淳志は再び何もない空間から、今度四つのマグカップを取り出して同じく取り出したテーブルに置き、コーヒーを注いでいく。


「ティーの用意はありませんが、淹れたてのコーヒーなら出せますよ。少し落ち着いてください」

「……あ、ああ。サンキュー……」


 ジャックが震える手でマグカップを受け取ると、芳醇なコーヒーの香りが冷え切った地下室に広がった。

 彼らが一口飲んでようやく人心地ついたところで、それまで静かに微笑んでいた香織が一歩前に出た。


「少し落ち着かれましたか? それでは皆様には、留学先である『アースガルド』についてのレクチャーと、今後の予定について私からご説明させていただきますわ」


 新会社の代表取締役である香織の、洗練されたプレゼンテーションが始まった。

 英国がすでに異世界の国家と接触し、極秘裏に交易を開始していること。現在は二カ国と接触しているが、彼らをハブとして今後はアースガルド全域の国家群へ交易を広げる予定であること。


「異世界の存在は、地球に未曾有の混乱をもたらします。ゆえに、我々英国が絶対的な優位性を築き上げるまでは、友好国や同盟国に対しても完全に秘匿されます。……ですが、英国が覇権を握った後、その事実を公表するフェーズになれば、皆様の『留学』も終了となります。その時にご希望であれば、地球へ帰還していただいて構いません」


 香織は、あえてアーランド王国を統べるリリベス女王の存在だけは伏せて説明を終えた。彼らの行き先選択に、地球の政治的バイアスをかけないためだ。


「それでは、転移は三時間後を予定しております。それまで軽食をお取りになりながら、皆様でどちらの国に行きたいか、留学先で何をなされるかをお話し合いになられるのがよろしいかと」


 そう言い残し、淳志と香織、そしてアトキンソン子爵の三人は、重厚な鉄扉の向こうへと退出していった。



   ***



 残された四人の工作員たち。

 テーブルには淳志が置いていったサンドイッチが並べられているが、誰も手をつける気にはなれなかった。


「……信じられるか? 魔法だってよ」


 沈黙を破ったのは、CIAのジャックだった。その声には、先ほどまでの絶望とは違う、どこか熱を帯びた響きがあった。

 相棒もまた、口元をニヤリと歪めている。


「まったくだ。だが、あの空間から物を取り出す術……マジック・トリックには見えなかったぜ」


 段々とワクワクし始めているアメリカ人コンビに対し、向かいに座るMI5の局員二人は、呆れたようにため息をついた。


「ヤンキーは相変わらずお気楽でいいな。自分たちが拉致されて、見知らぬ次元に放り込まれるというのに」

「おいおい。俺たちアメリカンがフロンティア(未開拓地)って言葉に燃えないわけないだろうが?」

「それに、さっきの話じゃいずれ戻れるんだろ?。その時に少しでもコネでも作ってりゃステイツに役に立つかもしれんしな」

 ジャックはコーヒーを煽り、MI5の男たちを挑発するように笑った。


「もともとお前らだって、世界中で暴れ回ってた海賊国家だったくせに、今さらお高く留まってんじゃねえよ」

「野蛮な歴史と一緒にしないでいただきたいね。で、お前らはどっちの国に行くつもりだ? さっきの女の話では、魔獣が跋扈する国と、比較的平和だが新王が即位したばかりの国があるそうだが」

「決まってる。俺たちは魔獣ってのに興味がある。異世界の生態系、未知の生物……CIAの人間として、これほど探りがいのあるターゲットはない」


 ジャックの言葉に、MI5の男は肩をすくめた。


「魔獣なんて野蛮なものに興味はないな。というか、お前たち軍人上がりだろ? 俺たちは基本的に荒事をしない、ただの公務員だからな。」

「ビビってんのか?」

「リスクヘッジと言ってくれ。我々はアーランドという国に行く。王が代わったばかりなら、国内の治安維持や諜報体制の構築で役に立てるはずだ。上手く立ち回って信頼を得ておけば、将来地球に戻る時、英国政府への強力な手土産パイプにもなるだろうからな」



   ***



「……なるほどなあ」


 地下室から離れた別室。

 監視モニター越しに四人の会話を聞いていた淳志は、腕を組んで感心したように呟いた。


「やはり、何らかの戦闘力やサバイバルのバックボーンがない人間は、魔獣がいるエルディアには行き辛いってことか」

「そうですね。今後、英国に人員や会社から一般の技術者や文官を送り込む際には、護衛の人間をセットにするか、アースガルドの冒険者ギルドに常時護衛を依頼するシステムを構築すべきですわね」


 香織が手元のタブレットにすらすらとメモを打ち込みながら答える。

 淳志と香織、そしてアトキンソン子爵は、彼らをただ「留学」させるわけではなかった。今後、地球から様々な人材をアースガルドへ送り込むにあたり、彼らが「どのような心理状態になり、どのような選択をするのか」を検証するための、極上のモルモットとして利用していたのだ。


「あちらの世界の『秘密保持』の概念がどこまで機能するか、冒険者の質も測らなければなりませんね」


 アトキンソン子爵が葉巻を燻らせながら頷く。大人たちの冷徹なビジネスの検証は、着々と進んでいた。



   ***



 そして三時間後。転移の時間である。

 淳志に連れられ、四人の工作員はついに次元の壁を越えた。


「――っ!?」

「ウェルカム・トゥ・アースガルド。ここはエルディア王国の王都にある、俺たちの商館です」


 立ちくらみに額を押さえる四人の目の前に広がっていたのは、石造りの広々とした土間と、様々な異世界の素材が積まれた倉庫だった。

 だが、彼らの視線を最も釘付けにしたのは、奥からお盆を持って歩いてきた商館の従業員だった。


「アツシ様、おかえりなさいませ! お客様のお茶をお持ちしましたニャ!」


 頭にフサフサの猫耳を生やし、腰でしなやかな尻尾を揺らす、とびきり可愛い猫獣人の少女だった。


「……オーマイ・ガー」

「……幻覚剤の類か?」


 先ほどまで「フロンティアだ」「公務員だ」と軽口を叩いていたエリートスパイたちが、本物のファンタジー(獣人)を前に完全にフリーズしている。

 淳志は苦笑しながら、彼らの腕に銀色の腕輪を押し付けた。


「幻覚じゃないですよ。ほら、これ着けてください。『言語理解の腕輪』です。ちなみにこれ、地球の貨幣価値に換算すると一個十万円くらいで普通に買えます」

「じゅ、十万……!? 自動翻訳のオーバーテクノロジーが、そんなはした金で市場に流通しているのか!?」


 MI5の男が戦慄する中、淳志は四人の背中をバンバンと叩いた。


「さあ、いつまでも驚いてないで。これからアーランドに行くお二人さんも、まずはエルディアの王城に行って、あらかじめ話を通してあるポタ宰相に面会しますよ。さあ、飛びます!」


 淳志が再び空間を繋ぐ。

 一瞬の浮遊感の後、彼らが降り立ったのは、荘厳なエルディア王国・王城の一室だった。

 重厚な赤い絨毯が敷かれた応接室。そこに立っていたのは、ポタ宰相だけではなかった。


「お、小林さん! 待ってましたよ!」

「マジで新しい地球人連れてきたんすか!?」


 驚く四人の工作員の前に姿を現したのは、日本の制服を着た三人の高校生。

 そして、その背後に控える、歴戦の凄みと無数の生傷を刻み込んだ、五人の若い『冒険者』たちであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ