表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ただの収納スキルですが、神様から「解釈」の変更してもらって現代に戻ったら、人生楽勝でした――』  作者: だい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/74

第60話:アースガルド覇権戦略と、泥まみれの生態系エンジニア

ロンドン市内、メイフェア地区。

 歴史の重みを感じさせる重厚な石造りのタウンハウスの一室で、パチパチと暖炉の薪が爆ぜる音が響いていた。

 部屋の主である英国貴族・アトキンソン子爵は、アンティークのチェスターフィールドソファに深く腰掛け、向かいに座る女の言葉に静かに耳を傾けていた。


「――以上が、我々が『アースガルド』の国家群と交易を行う上での、初期フェーズにおける基本方針です」


 大和商事を退社し、今はアトキンソン家が全額出資した新会社の『代表取締役』という肩書きを持つ香織が、手元のタブレットを置きながら優雅に紅茶を口に運んだ。

 彼女が提示した交易プランは、ファンタジーという甘い響きを完全に排除した、極めて冷酷で現実的な国家間ビジネスの青写真だった。


「素晴らしい」


 アトキンソン子爵は、深いシワの刻まれた顔に獰猛な笑みを浮かべた。


「地球側からの提供物資……最新の医療技術、消毒液、抗生物質、そして帳簿管理や組織論といった『現代の知識』。これらはエルディア王国の罪人や隔離施設を用いて小規模な臨床試験を行えば、すぐにでも大規模な輸出が可能になる。そこからエルディアをハブに他国にも広まるだろう。問題は、あちらの世界からの『輸入』だ」


「ええ、その通りです」


 香織は鋭い視線で子爵を見据えた。


「アースガルドが誇る魔物素材、未知の穀物、そしてポーション類。これらは地球の市場に出せば莫大な利益を生むでしょう。しかし、決して焦ってはなりません。未知のバクテリアやウイルスの存在、地球の生態系への遺伝子汚染リスク、外来植物としての侵略性……。地球の土を踏ませるには、細菌レベル、DNAレベルでの徹底的な検疫と、数年単位での長期的な実食・交配テストが絶対に必要です。ポーションに関しても、地球の環境下で品質が劣化しないかの実証が必須となります。まずはラボでの検証、その後に閉鎖環境の孤島にてのテストになります。」


「当然だ。我々大英帝国の国土を、未知の病原菌の苗床とするわけにはいかないからな」


 子爵が頷くと、香織はさらに言葉を継いだ。


「結果として、交易の初期段階は、我々地球側からの持ち出しが圧倒的に多くなる『極端な不均衡貿易(貿易赤字)』となります。しかし、我々はこの赤字を、アースガルドの新たな国家群への『債権』として計上します」


「……ほう」


「彼らは地球の通貨を持ちません。我々が与える医療やインフラ技術はすべて『借款』として扱い、将来的に安全が確認された資源で返済させる。これにより、我々はアースガルドの未知の国家群を、経済的に完全に我々の影響下に置くことができます」


 武力ではなく、圧倒的な技術力と借金によって相手の首輪を握る。香織のその冷徹な提案に、子爵は腹の底から愉快そうに笑い声を上げたが、すぐにスッと目を細めた。


「見事な戦略だ、カオリ。……だが、一つ確認しておこう。我々の窓口であり、最大の協力者であるエルディア王国、そしてリリベス陛下はいらっしゃるアーランド王国に対しても、その『債権という名の首輪』をつけるつもりか?」


「とんでもない」


 香織は即座に首を振った。


「あの二カ国は、我々にとって絶対的な『特例』であり、対等のパートナーです。特にアーランド王国のリリベス女王陛下に関しては、英国として最大限の便宜を図るのが既定路線。彼らへの支援は惜しまず、むしろ彼らを強固なハブとして利用します……そもそも、陛下を敵に回して勝てそうな気がしませんわ。」


「それでいい。あの方(リリベス)を敵に回すような愚行は、大英帝国を滅ぼしかねないからな」


 子爵は満足げに葉巻に火を点けた。


「彼らを窓口とし、アースガルドの他国が飢餓や疫病に苦しんでいるならば、我々が直接、無償の人道支援を行う。そうして国連やアメリカを出し抜き、我々イギリスが『地球を代表する唯一の窓口』としての確固たる既成事実を築き上げる。同盟各国にこの世界の存在を明かすのは、我々がアースガルドの覇権を完全に握り切った後だ」


 香織の口から語られる「アースガルド覇権戦略」。

 子爵は紫煙を燻らせながら、窓の外のロンドンの曇り空を見上げた。


「……実に素晴らしい。だが、この覇権戦略を盤石にするためには、我々自身が『あちらの技術』の真の価値を理解し、独占する必要がある」



 ――同日、ロンドン郊外。

 イギリス国防省(MoD)が管轄する、地下深くの極秘実験施設。


 分厚い防弾ガラスの向こう側、厳重なバイオハザード対策が施された無菌室の中で、防護服を着た数名の科学者たちが、机の上に置かれた『革の水筒』と『小さな布製のポーチ』を取り囲んでいた。

 アーランド王国の特産品である「無限水筒」と「収納ポーチ」だ。


「……信じられん」


 ガラスのこちら側で実験を見守っていたアトキンソン子爵が、呆然と呟いた。

 水筒の口を下に向けると、そこからは澄んだ水が溢れ出し、すでに用意された水槽を満たしつつあった。


『閣下。魔道具の解析結果が出ました。この水筒は無から水を生み出しているわけではなく、大気中の水分を強制的に凝結・収集しているようです。水質は完全に純粋なH2O。微量な魔力反応は魔道具自体のものであり、飲用には全く問題ありません』


 インターコム越しに響く科学者の声に、子爵は鋭く問うた。


「限界値は?」


『空気中の湿度に依存しますが、このイギリスの環境下において、二リットルの排出を一日五回……計十リットルが限界のようです。砂漠地帯など乾燥した環境では、排出量は著しく低下すると推測されます』


「十分だ。ポーチの方はどうだ?」


『こちらも驚異的です。内部空間は大型の冷蔵庫ほどの容積で限界を迎えますが……地球の重力下においても、内部に収納された質量の干渉を完全に遮断しています。重量変化、ゼロです』


 その報告を聞いた瞬間、アトキンソン子爵の背筋にゾクッと悪寒に似た戦慄が走った。

 長年、軍事と政治の最前線を渡り歩いてきた彼だからこそ、この制限付きの「おとぎ話の道具」がもたらす恐るべき戦術的価値を一瞬で理解してしまったのだ。


(……一人の兵士が、水筒とポーチを一つずつ携行するだけで、水と大型冷蔵庫分の食糧・弾薬を無重量で運べる。三ヶ月の無補給行軍すら可能になるぞ)


 戦争において、最も困難で莫大なコストがかかるのは「水と物資の輸送(兵站)」である。それが根本から覆るのだ。


「……この魔道具の検証と管理は、私が直接、最優先事項として監督する。他国や他機関のネズミが一匹でも紛れ込まないよう、情報統制を徹底しろ」


 子爵の低い声に、周囲の部下たちが一斉に敬礼した。

 大英帝国は今、地球上のどの国家も持ち得ない、究極の兵站チートを手に入れようとしていた。



 ――一方その頃。アースガルド大陸、アーランド王国。


 リリベス女王の直轄地である広大な農村地帯。

 見渡す限りの畑が広がっているが、土はパサパサに乾燥し、まばらに生えた作物はどれも栄養失調のように痩せ細っていた。女王の悩みである「慢性的な食料不足」の現場がここにある。


 そんな荒れた畑のど真ん中で、一人、泥まみれになって歓声を上げている女がいた。


「すごい……! なにこれ、すごいわ!!」


 香織の娘であり、世界最高峰の生態系エンジニアである沙織だ。

 彼女は高級なブランド物のブラウスの袖を肩まで捲り上げ、タイトスカートの裾を泥だらけにしながら、素手で畑の土を掘り返していた。

 その顔には泥が跳ね、髪は乱れているが、彼女の瞳はかつてないほどの知的好奇心でギラギラと輝いていた。


「淳志! そっちの山の腐葉土、もう少しこっちに出して! あと、エルディアで買ってきた魔物の骨を砕いた粉末も!」


「へーいへい。人使い荒いなぁ、まったく」


 俺は『収納魔法』を展開し、沙織の指示通りに、アーランドの森で採取した腐葉土と、骨粉肥料をドサドサと土の上に排出していく。

 沙織はそれを両手でワシャワシャと豪快に混ぜ合わせ、顔を近づけて匂いを嗅ぎ、少しだけ口に含んで土の味(ミネラル分)を確かめた。


「うん、やっぱりね! この土地の土壌は魔素の干渉を受けているけれど、アースガルドの植物にとっては最高の下地を持ってるわ!ただ、バランスが悪いのよね」


 沙織は泥だらけの手でバシン!と自分の太ももを叩いた。


「いい? いきなり地球の強力な窒素肥料や土壌改良剤を撒くのは三流のやることよ。外来の強力な化学物質は、現地の生態系を破壊して、一時的に収穫量が上がっても数年で土地を完全に死に至らしめる。……まずは、この世界にある素材だけで、土壌の炭素・窒素比を最適化するの!」


 彼女は早口でまくし立てながら、魔物の骨粉と腐葉土を絶妙な配合で混ぜ込み、荒れた土壌にすき込んでいく。


「現地の腐葉土で土の団粒構造を作り、水はけと保水力を同時に上げる。そこに魔物由来の骨粉でリン酸とカルシウムを補給。この基礎土台が完成して初めて、最終的なブーストとして地球の肥料をほんの少しだけ添加して検証する。……そうすれば、現地の生態系を一切壊さずに、持続可能な農地開拓ができるわ!!」


 まさに、狂気すら感じる生態系エンジニアとしての真骨頂だった。


「……ふふっ」


 俺の隣で、その光景を静かに見つめていた人物が、優雅に、そしてとても楽しそうに笑い声をこぼした。

 アーランド王国の若き君主にして、かつて地球で大英帝国を統べていた元・英国女王――リリベス女王陛下だ。


「コバヤシ男爵。あなたが連れてくる方は、いつも本当に『情熱的』で退屈しませんね」


 威厳に満ちた王族の所作でありながら、俺へ向けられたその言葉には、かつての上司としてのフランクな信頼と、極上のウィットが込められていた。


「大英帝国の貴族の庭園にも、彼女のように気高く泥にまみれる妖精が必要かもしれません」


「勘弁してください、陛下。あいつのスイッチが入ったら、バッキンガム宮殿の庭も全部畑にされちまいますよ」


 俺が肩をすくめて冗談交じりに返すと、リリベス女王は扇子の口元で「それは困りましたね」と声を立てて笑った。


「よぉーし!! 基礎のブレンドは完璧よ!! 淳志、次は水魔法で適度な湿り気を与えてちょうだい!」


 青空の下、泥だらけの絶世の美女が高らかに笑い声を上げる。

 冷徹な国家戦略が盤上で動き出す中、この泥まみれの畑の上には、二つの世界を結ぶ確かな希望の種が蒔かれようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ