表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ただの収納スキルですが、神様から「解釈」の変更してもらって現代に戻ったら、人生楽勝でした――』  作者: だい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/71

第54話:甘酸っぱい記憶と、マーライオンの呪いと、なんちゅうもんを見せてくれたんやという幻覚

 夢の国――舞浜にある巨大テーマパークのテラス席で、淳志は一人、ぼんやりとパレードの喧騒を遠くに聞いていた。


「淳志サン! チュロスと飲み物、買ってきますね!」と、ウサギの耳のついたカチューシャを揺らして駆けていったミクを待つ間、淳志はふと、斜め向かいの相席に座る女性に目を留めた。


 年齢は五十代の後半だろうか。

 落ち着いた色合いのサマードレスを上品に着こなし、年齢を重ねたからこその優雅な色気を漂わせている女性だった。


 なんとなく視線が絡み、お互いに、ハッと息を呑んだ。


「……淳志くん?」

「……志野、さん?」


 周囲の喧騒が、ふっと遠のいた。

 淳志の脳裏に、すっかり鍵をかけて封印していたはずの『大学時代の忌まわしき記憶』と、それを救ってくれた『ひと夏の甘酸っぱい記憶』が、鮮やかに蘇ってくる。


 ――そもそも、すべての元凶は大学の新歓コンパだった。

 田舎から上京し、綺麗で大人びた先輩とイイ雰囲気になり、そのままホテルへ。

 いよいよ大人の階段を登るのだと、童貞だった淳志は心臓が破裂するほど高鳴っていた。

 だが、ベッドの上で先輩が淳志の上に跨り、まさに『その時』を迎えた絶頂の瞬間。


 泥酔していた先輩は、突如として『マーライオン』と化した。


 顔面から全身にかけて、ダイレクトに降り注いだ温かくも酸っぱい吐瀉物の洗礼。

 その物理的・精神的なダメージは、純情な田舎少年の心を完膚なきまでに破壊した。

「女性が怖い」「上に乗られると吐かれる気がする」という深刻な女性恐怖症(と行為へのトラウマ)を植え付けられた淳志は、現実逃避の防衛本能から『あんな悲惨な初体験は存在しなかった。俺の初めては佳奈だ』という身勝手極まりない記憶改ざんを引き起こすに至ったのだ。


 そんな絶望のどん底にいた、大学一年の夏。

 同級生たちが海やプールで青春を謳歌する中、女性のいる輪に入れなくなった淳志は、逃げるように長野県・軽井沢での泊まり込みのアルバイトへ向かった。

 別荘地の管理人として、ひたすら草むしりや清掃に明け暮れる、孤独な避暑地での日々。


 そこで出会ったのが、別荘地の遊歩道で足をくじいて座り込んでいた、当時四十歳くらいの志野だった。

 淳志が彼女を背負って別荘まで送り届けたことをきっかけに、二人の交流が始まった。


 互いの素性も、過去も深くは探らない。ただ、緑に囲まれた静かな別荘で、冷たい麦茶を飲みながら他愛のない話をするだけの、心地よい関係。

 そんなある日の午後、淳志が志野の別荘の庭で草むしりをしていると、激しい夕立に見舞われた。


 瞬く間に空は暗くなり、轟音とともに近くに落雷が落ち、別荘は停電した。

「きゃっ……!」

 暗闇と雷の音に怯え、震える志野の肩を、淳志は思わず抱き寄せた。

 薄暗い部屋の中、密着する二人の体温。甘い香りが鼻腔をくすぐり、自然と顔が近づく。

 しかし、いざ唇が触れ合いそうになった瞬間、淳志の脳裏に『あの夜のマーライオン』がフラッシュバックした。


「……ごめんなさい、志野さん」

 淳志はガタガタと震えながら、自ら身を引いてしまった。

「俺……女の人が、怖いんです」

 情けない涙を流しながら、淳志はコンパでの凄惨なトラウマを、ぽつりぽつりと打ち明けた。軽蔑される覚悟だった。


 だが、志野はクスリと優しく微笑むと、淳志の震える手をそっと両手で包み込んだ。


『……大丈夫よ。私が、教えてあげる』


 大人の余裕と、すべてを包み込むような深い母性。

 その夜、キャンドルの揺らめく灯りの中、二人のシルエットは静かに重なり合った。

 志野の極上の手ほどきは、淳志にこびりついていた恐怖を甘く優しく溶かし、男としての自信と悦びを、時間をかけて上書きしてくれたのだ。


 あっという間に過ぎ去った、夢のようなひと夏。

 淳志が東京に戻る日が近づいたある朝、志野の別荘にはすでにもう誰もおらず、テーブルの上に一枚の短いメモだけが残されていた。


『いい男になりなさい』


 その言葉を胸に、淳志は少年から青年へと成長し、そして現在、並の女性では太刀打ちできないほどの『最強のタラシ』へと変貌を遂げたのである。



「……驚いた。ちっとも変わってないですね、志野さん」

 十六年ぶりの再会。淳志の胸の奥が、甘酸っぱく、そして切なく締め付けられた。


「ふふっ。淳志くんも、すっかり大人の顔になっちゃって」

 志野は当時と変わらない、妖艶で穏やかな笑みを浮かべた。

「少しは、いい男になった?」

「いやぁ……師匠に比べたら、俺なんてまだまだですよ」


 淳志が照れ隠しに笑ったその時、両手にチュロスとドリンクを持ったミクが小走りで戻ってきた。


「淳志サン! お待たせしましたー! あっ、そちらの方は……?」

「あら。とっても可愛らしいお嬢ちゃんね」

「えへへっ、ありがとうございます!」


 志野に褒められ、相変わらずチョロインぶりを発揮して満面の笑みを浮かべるミク。


「淳志くん、お付き合いされているの?」

「ハイッ!」

「いや、ミクちゃんとは年が離れすぎてるから、そういうんじゃ……」


 食い気味に返事をするミクを、淳志が慌てて嗜める。

 そんな二人のやり取りを見て、志野はコロコロと楽しそうに笑った。


「ふふっ、本当に……淳志くんはまだまだねぇ」


 その言葉の真意を測りかねて淳志が首を傾げた、その時だった。


「志野、お待たせ。ホットドッグ買ってきたよ」


 テーブルに近づいてきたのは、カジュアルな服装に身を包んだ、ミクと同じくらいの年代――二十代前半とおぼしき、爽やかなイケメンの青年だった。


「あ、連れが来たわ。それじゃあ淳志くん、またどこかでね」


 志野は立ち上がると、ごく自然な動作で、その若い青年の腕に自分の腕を絡ませた。


「こちら、私の今の彼氏」


 ニコリと、圧倒的な勝者の微笑みを残して。

 志野は、若いツバメを連れて優雅に人混みの中へと消えていった。


「…………」

「…………」


 唖然として立ち尽くす淳志とミク。

 香織のような年上の美魔女を虜にし、ミクのような若い娘からも好意を寄せられ、タラシとして『俺もそこそこイケるようになった』と自負していた淳志のちっぽけなプライドは、たった今、はるか雲の上からの一撃で木っ端微塵に粉砕された。


「……淳志サン? どうしたんですか、チュロス食べないんです……ヒッ!?」


 ミクが隣を覗き込むと、そこには異様な光景が広がっていた。

 淳志は、手にしたチュロスの端を口に咥えたまま、一切の感情を失った虚無の表情で、ただただ滂沱の涙を流し続けていたのである。


「なんちゅうもんを見せてくれたんや……なんちゅうもんを……っ」

「あ、淳志サン!? 泣きながらチュロス咥えて、どうしたんですかっ!?」


 夢の国に似つかわしくない、男の悲哀と圧倒的な敗北感。

 あまりの凄まじい絶望のオーラに当てられたのか。パニックになったミクの目には、淳志が口に咥えている甘いシナモン味のチュロスが、なぜか『四万十川の香りのアユの天ぷら』に見えて仕方がないのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

*美味〇んぼ なんちゅうもん で検索をおススメしますw

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ