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『ただの収納スキルですが、神様から「解釈」の変更してもらって現代に戻ったら、人生楽勝でした――』  作者: だい


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第48話:鋼の意志(アイアンウィル)と気高き令嬢の決意

アトキンソン家が所有する広大な厩舎。

 大人のドロドロした政治的密約など露知らず、淳志とシャーロットは美しいサラブレッドたちを見て無邪気にキャッキャと盛り上がっていた。


「アツシお兄様、お馬さんって本当に綺麗ですわね!」

「シャーロットちゃん、実は俺……馬と話せるんだぜ?」


 すっかりノリノリになった淳志は、周囲を少し見回してから、コホンと咳払いをした。


「……ッヒヒーン! ブルルルッ(ちょっとこっち来て、右足上げてみて)」


 チート能力『言語理解』による、完璧な発音とニュアンスを伴った「馬語」である。

 すると、近くにいた美しい白馬がトコトコと歩み寄り、淳志の目の前で器用に右の前足をパカッと上げてみせた。

 さらに淳志が「ブルル(順番に並んで)」と指示を出すと、数頭の馬たちが賢く一列に整列する。


「わああっ! お兄様すごーい!! 本当にお馬さんとお話できるのですね!」

「はははっ、まあね! 動物には好かれるタチでさ」


 目を輝かせるシャーロットの前で、得意げに胸を張る淳志。

 しかし、そんな無邪気な空気は、突如としてピンと張り詰めたものに変わった。

 シャーロットがふと真顔になり、淳志の服の袖をギュッと握りしめたのだ。


「……お兄様。お兄様に、診ていただきたいお馬さんがいますの」


 彼女に案内されたのは、厩舎の一番奥。静かで、少しだけ寂しげな馬房だった。

 そこにいたのは、艶やかな黒鹿毛の牡馬。


「この子は、『アイアンウィル』。三年前に亡くなった私のお母様が、最後に名付けた馬なんです」


 シャーロットの瞳に、少しだけ悲痛な色が混じる。

 アイアンウィルは、生まれつき後肢が曲がっており、競走馬には不向きだと言われていた。

 だが、母のメアリーはじっと目を見てくる仔馬を見て、「貴方は生まれつきハンデがあるわ。でも、自分の意志で自分の生を切り開きなさい」と語りかけ、『鋼の意志アイアンウィル』と名付けたという。


 その名の通り、アイアンウィルは見事にクラシックの2000ギニーを制覇。ダービーこそ惜しくも3着だったが、長距離のセントレジャーをも制覇し、奇跡の名馬として歴史に名を刻んだ。

 しかし。

 母メアリーが亡くなった翌年から、どういうわけか成績が振るわなくなり、もう二年以上にわたって勝ち星に恵まれていない。年齢もあり、功労馬として引退させる話が進んでいるという。


「……でも、私には、ウィルがまだ『走りたい』と言っているように思えて仕方ないのです。引退するにせよ、最後に勝って、お母様に報告したい。お兄様……どうか、ウィルの声を聞いてあげてくださいませんか?」


 すがるような少女の願いに、淳志の顔から冗談めいた色が消えた。


「……分かった。少し待ってて」


 淳志は馬房に近づき、アイアンウィルの目を見つめた。

 そして。


「ブフゥー……ブルルッ、ヒンッ!(おい、どうした? どこか痛むのか?)」


 本気の馬語である。

 だが、その背後から、騒ぎを聞きつけた子爵や香織、そして専属の調教師たちが駆けつけてきていた。


「……何をしているんだ、あの日本人は?」

「馬の鳴き真似……? 頭でもおかしくなったのか?」


 スーツ姿の男が真剣な顔で「ブルブル」と嘶いている姿は、客観的に見て完全な変質者である。

 周囲の冷ややかな視線。香織ですら「うわぁ……」とドン引きして顔を覆っていた。


 しかし、淳志の耳には、アイアンウィルの悲痛な声がハッキリと届いていた。


『……痛い。走りたいのに、足が痛いんだ。……ちゃんと走れれば、俺はもっとやれるのに』

「ヒンッ?(足が? 生まれつきの病気か?)」

『違う。……いつからか、靴(蹄鉄)がおかしいんだ』


 淳志の目が、スッと鋭く細められた。

 彼は振り返ると、ドン引きしている調教師と、その横で顔を青ざめさせている装蹄師(蹄鉄を打つ職人)を真っ直ぐに指差した。


「……後肢の蹄鉄が、わざと歪まされています」

「な、なんだと!?」

「二年前からこうされている、とアイアンウィルが言っています。……おい、あんた。この蹄鉄を打ったのはあんただな。ウィルキンソン伯爵から、いくら貰った?」


 淳志がカマをかけた名前は、アイアンウィルの最大のライバル馬を所有している、アトキンソン家の政敵の名前だった。


「ば、馬鹿な! 馬がそんなことを言うはずがない! でたらめだ!」


 調教師が怒鳴るが、名指しされた装蹄師の様子は明らかに異常だった。ガタガタと震え、滝のような冷や汗を流している。

 淳志が冷酷な目で一歩前に出ると、装蹄師はついに耐えきれず、その場に崩れ落ちた。


「ひぃっ! 申し訳ありません! ウィルキンソン伯爵から、アイアンウィルの後肢にだけ、わずかにバランスを崩すように蹄鉄を打てば、莫大な金を払うと……っ!!」


 その場が、凍りついた。

 馬の言葉という荒唐無稽な証言から、まさかの大スキャンダルが発覚したのだ。

 子爵の顔に、貴族としての静かな、しかし絶対的な怒りが浮かび上がった。


「……よく分かりました。後のことは、私が手配しましょう」


 その後、アトキンソン家の猛烈な政治力が働き、ウィルキンソン家は不正の代償として表舞台から完全に姿を消すこととなった。



 ――それから、数ヶ月後。


 正しい蹄鉄を打ち直され、本来のバランスを取り戻したアイアンウィルは、まさに『鋼の意志』を見せつけるような大復活を遂げた。

 夏の『キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス』を圧勝。

 さらに秋には、欧州最高の舞台である『凱旋門賞』をも制覇し、奇跡の復活劇と共に、堂々たる功労馬として有終の美を飾ったのである。



 そして、ロンドン市内の高級ホテル。

 アイアンウィルの引退式を兼ねた、盛大な祝賀パーティーの夜。

 淳志は、フレデリック子爵によって密かに別室へと呼び出されていた。


「アツシ卿。君には、本当に何から何まで世話になった。我がアトキンソン家は、君に最大の誠意を示したい」

「いえ、俺はただ馬の話を聞いただけですから」


 苦笑する淳志に対し、子爵は真剣な眼差しで切り出した。


「単刀直入に言おう。シャーロットと、婚約してはくれないだろうか」

「……え?」


 12歳になったばかりの少女との婚約。

 あまりに飛躍した提案に、淳志は絶句した。


「お待ちください、子爵。俺には日本に帰るべき場所がありますし、それに……俺には、香織さんたちという大切な……」

「あら、私は一向に構わないわよ?」


 ガチャリ、と別室の扉が開き、ドレスアップした香織が妖艶な笑みを浮かべて入ってきた。


「か、香織さん!?」

「子爵からお話は伺っているわ。……小林くん。私たちは今のままで十分幸せだし、あなたがイギリスの有力貴族の一族になるのなら、それはそれで素晴らしいことじゃない。私たちも、仕事の合間にいつでも会いに行けるんだし」


 愛する恋人による、完璧なまでの外堀の埋め立て作業。

 日本とイギリスという国境すら、淳志のチート能力を計算に入れた彼女たちの前では無意味だった。

 逃げ場はない。完全に詰んだ、と淳志が覚悟を決めた、その時だった。


「――それはいけませんわ」


 凛とした声と共に、ドレス姿のシャーロットが別室へと入ってきた。

 少しだけ背が伸び、少女から女性への階段を登り始めた彼女は、父親と香織を真っ直ぐに見据えて言い放った。


「お父様。私は、政略結婚の道具になるのは嫌です。……もちろん、アツシお兄様と婚約できるのは、言葉にできないほど嬉しい。お兄様と一緒にいられるなら、嫌なはずがありません」


 シャーロットは、淳志の方へと向き直った。

 その瞳は、恋に恋する子供のものではなく、気高き一人の女性のそれだった。


「でも……私、この胸のドキドキが、本当の恋なのか、命を救ってくださったロード様への単なる憧れなのか、自分でもまだ分からないのです」

「シャーロットちゃん……」

「それに、私はまだ12歳。これからたくさんの世界を見て、もしかしたら、別の素敵な殿方に恋をするかもしれませんわ。……お母様がウィルに名付けたように、私も『自分の意志』で、自分の人生を切り開きたいのです」


 大人たちが敷いた、あまりにも合理的でドロドロとしたレール。

 それを、12歳の少女が自らの『鋼の意志』で、見事に断ち切ってみせたのだ。

 唖然とする子爵と香織の前で、シャーロットは淳志に向かって、最高に美しい笑顔を向けた。


「ですから……もし、私が18歳になるまで、他の誰にも恋をせず、お兄様のことをずーっと想い続けていたら。……その時は、私からお兄様に、本当の想いを告げますわ。……それまでは、どうか私を、妹のように見守っていてくださいませ」


 なんて気高く、そして素敵な女の子だろうか。

 淳志は、彼女のその強さと美しさに、心の底から打たれていた。


「……ああ。約束しよう」


 淳志は、ただのタラシの男としてではなく、彼女が憧れてくれた『誇り高き貴族』として、静かに歩み寄った。

 そして、彼女の小さな手を取り、優雅に跪いてその甲に口づけを落とす。


「お嬢様。……よろしければ、一曲踊っていただけますか?」


 シャーロットの頬が、リンゴのように真っ赤に染まった。

 彼女は嬉しそうに頷き、淳志の大きな手を取る。


 大人たちの呆れと感嘆の溜め息を背に受けながら。

 最強の商社マンと、気高き英国の小さなレディは、華やかな音楽が鳴り響くパーティー会場へと、手を取り合って向かっていくのだった。

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