第46話:国家ぐるみの隠蔽と名誉の称号とタラシ男爵!
中央アジア某国で起きた、前代未聞のレセプション会場占拠テロ事件。
各国の大使や要人が多数巻き込まれたこの事件は、本来ならば世界中を震撼させる大ニュースになるはずだった。
しかし、事件の翌日。世界各国の主要メディアが報じたのは「不満分子による小規模な爆発騒ぎがあったが、現地治安部隊の迅速な対応により人質は全員無事に救出された」という、驚くほどトーンダウンした事実と異なる内容だった。
「……ふう。どうやら、約束通り報道管制を敷いてくれたみたいだな」
帰国後、自室のテレビでニュースを見ていた淳志は、ホッと胸を撫で下ろした。
これには、複雑な国際政治の思惑が絡んでいた。
今回の巨大プロジェクトは、長期間の紛争に伴う国土の荒廃を多国籍連合の力で復興させ、『紛争の完全なる終結と、各国間の平和的な連帯』を世界にアピールするための重要な国家的シンボルだったのだ。
そこで死傷者多数の大規模テロが起きたとなれば、プロジェクトの意義は根底から覆り、参加各国の面目は丸潰れになってしまう。
だが、淳志という規格外の『ニンジャ』の活躍により、人質の被害は奇跡的にゼロで済んだ。
この結果に安堵した英国政府および欧州連合(EU)は、淳志の「どうか私の正体は伏せ、平穏な生活を守ってほしい」という強い要請を全面的に受け入れた。ダメージコントロールを最優先したい各国政府にとっても、正体不明の東洋人を英雄として持ち上げるより、事実を隠蔽する方が都合が良かったのである。
誰も死なず、自分の平穏なサラリーマン生活も守られた。
完璧なハッピーエンド。……そう思っていた淳志だったが、事態はそう簡単には終わらなかった。
「……で。なんで俺、イギリスのバッキンガム宮殿みたいなとこに呼ばれてるの?」
数週間後。
淳志はなぜか、英国の歴史ある荘厳な宮殿の、極秘の謁見室に立たされていた。
事の発端は、淳志が崩落する瓦礫の中から助け出した、あの11歳の少女だった。
彼女のフルネームは『ザ・オナラブル・シャーロット・アトキンソン』。
なんと彼女は、単なるイギリスの外交官の娘などではなく、由緒正しき英国王室に連なる貴族令嬢だったのだ。
当初、英国側から「莫大な報奨金か、望む地位を」と打診された淳志は、事なかれ主義を発揮してこれを丁重に、かつ全力で固辞した。
だが、命の恩人に対してどうしても報いたいアトキンソン家と英国王室は、最終兵器を投入してきた。
『アツシお兄様……。私を助けてくれた誇り高き騎士様に、私からのお礼を受け取っていただけないのですか……?』
謁見室で、豪奢なドレスに身を包んだ11歳の美少女、シャーロットによる『上目遣いのウルウル攻撃』である。
大粒の涙を瞳に溜め、小さな両手で淳志の大きな手をギュッと握りしめてくる可憐な少女。
「うっ……! い、いや、でも俺はただのしがない日本のサラリーマンで……」
『お兄様が受け取ってくださらないなら、私、悲しくて一生泣き続けてしまいます……っ』
タラシの業を背負う男が、この純真無垢な攻撃に耐えられるはずがなかった。
「……謹んで、お受けいたします」
『わああっ! ありがとうございます、アツシお兄様!!』
かくして淳志は、ごくごく一部の王族と政府高官だけが見守る秘密裏の儀式において、大英帝国より名誉ある勲章と『一代貴族』の称号を授与されてしまった。
ロード・アツシ・コバヤシの爆誕である。
もちろんこの叙勲も最高機密として扱われるため、表向きの生活が変わるわけではないのだが、淳志は「俺の人生、どこに向かってるんだろうな」と遠い目をするしかなかった。
そして、日本。
大和商事、海外渉外課。
国際的な隠蔽工作と秘密の叙勲を終え、ようやくいつもの日常に帰ってきた淳志が出社すると――オフィスの空気が、テロ事件の前とは劇的に変わっていた。
「おはようございます、小林課長ォッ!!」
「あ、あのっ! これ、朝淹れたてのコーヒーです! よかったらどうぞっ♡」
ついこの間まで、淳志の顔を見るなり「あーら出張? ふーん、へー(ゴミを見る目)」と蔑んでいた女性社員たちが。
まるでアイドルの出待ちをするファンのように、目をキラキラとハートにして淳志のデスクに群がってきたのだ。
「えっ? お、おはよう。コーヒーありがとう、助かるよ……?」
モテ期の再来(?)に戸惑う淳志の背後で、沙織とプロジェクトの打ち合わせに来た佳奈が、お腹を抱えて笑いを堪えていた。
「あははははっ! 淳志、あんたバカねぇ! かん口令が敷かれたって、当事者のマリアちゃんや香織さんがいるんだから、社内で噂が広まらないわけないじゃない!」
「なっ……!?」
淳志が血相を変えてマリアの方を見ると、彼女は「ふふん」と得意げにエアー眼鏡を押し上げた。
「私の命の恩人であり、戦場の英雄である課長の勇姿を、隠しておくなんてできません。……まあ、ニンジャの古武術だってところは、ちゃーんと伏せておいてあげましたけどね?」
マリアと香織(と、ついでに現地の話を聞いた沙織と佳奈)のネットワークにより、事件の武勇伝は、極めてドラマチックに脚色されて社内に広まっていた。
曰く。
『ただの浮気性のタラシかと思いきや、実は武術の達人』
『敬愛する上司で愛する恋人の香織と、可愛い部下で浮気相手のマリアを救うため、単身でテロリストの巣窟に突入』
『素手で武装グループを制圧し人質全員を脱出させ、取り残されていた女の子を助けに、爆発している建物に突入して救出した』
これを聞いた女性社員たちの手のひら返しは、鮮やかなほど見事だった。
「ただのタラシじゃなくて、命懸けで守ってくれるスパダリだったなんて……ギャップ萌えすぎる!」
「古武道の達人で、しかも海外のテロリスト相手に無双するとか、映画の主人公じゃん……カッコよすぎ……っ!」
かくして。
ジャイアンに媚びへつらうスネ夫(兼のび太)のようだった淳志の底辺生活は終わりを告げた。
しかし、代わりに手に入れたのは「社内の伝説的ヒーロー」という、平穏なサラリーマン生活から宇宙の果てまで遠ざかった、熱烈すぎる包囲網だった。
「小林課長! 今夜、もし空いてたらお食事でも……」
「ちょっと抜け駆けはずるいですよ! 課長、私とも……!」
「あああ……俺の、誰にも注目されない静かな日々が……っ!」
黄色い歓声に囲まれながら、淳志は頭を抱えてデスクに突っ伏した。
世界を救い、英国貴族を魅了し、社内の伝説となった最強のタラシ男爵。
そんなを、役員室のガラス越しに見ている美魔女。
香織が極上の微笑みを浮かべて甘やかすように呟く。
「ふふっ。本当に、しょうがない人」




