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『ただの収納スキルですが、神様から「解釈」の変更してもらって現代に戻ったら、人生楽勝でした――』  作者: だい


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第44話:絶対零度の天照大神と、スネ夫(兼のび太)の憂鬱

 大和商事、海外渉外課。

 かつては「有能でスマートなイケメン課長」として名を馳せた小林淳志は、現在、全女性社員から「あーら、出張? ふーん、へー(ゴミを見る目)」と蔑まれる、文字通りの『針のむしろ』状態にあった。


 原因は言うまでもない。ドイツでの、部下のマリアとの『夜の白兵戦』発覚である。


 そんな四面楚歌の状況下で、よりにもよって政府主導の超大型案件『中央アジア・某国農地復興プロジェクト』が動き出した。

 大和商事が資材とインフラ整備を丸ごと請け負うこの巨大事業に、淳志は渉外責任者としてアサインされたのだが、そのメンバー構成は、淳志にとって「何かの呪いか?」と天を仰ぎたくなるような地獄のロースターだった。


 農地復興担当のプロジェクトチーム(PT)リーダーには、生態系エンジニアの沙織。

 その補助(という名のツッコミ役)に、研究員の佳奈。

 大和商事側の現地責任者には、役員である香織。

 そして、現地でのロシア語通訳およびサポート担当に、あのマリア。


「……小林課長。この資料のロシア語訳、終わりましたけど」

「おっ、ありがとうマリアちゃん! さすが仕事が早いね!」

「いえ。……あ、たまには、デートしてくださいね?」

「げふんっ!!」


 悪気ゼロ、むしろ清々しいほどの笑顔で爆弾を投下してくるマリア。

 その瞬間、会議室の空気が、物理的に凍りついた。


「へえ。……随分と、余裕そうね? 小林くん」


 上座に座る香織から、絶対零度の冷気が放たれる。

 普段は淳志のタラシ具合にもある程度寛容(というか諦め気味)だった香織だが、今回ばかりは違った。

 社内において、淳志と香織の仲は「公然の秘密」として周知されている。それにも関わらず、同じ職場の、しかも自分のちょうど半分の年齢の部下に手を出したのだ。大人の女としてのプライドを粉々にされた香織の怒りは、天岩戸に引きこもった天照大神アマテラスオオミカミの如く、深く、冷たく閉ざされていた。


「そ、そんなことないです! 俺はひたすら仕事に邁進する所存で……っ!」

「あら淳志さん、手が震えてるわよ? 若い子とのお仕事が楽しくて武者震いかしら?」


 沙織もまた、自分より若いマリアに対する女としての危機感と強烈な嫉妬から、淳志の背中にチクチクと釘を刺してくる。


「あはははは! 淳志、顔が引きつってる! 最高傑作ね!」


 唯一、淳志のタラシの業をエンタメとして楽しんでいる佳奈だけが、腹を抱えて大爆笑していた。



 その日を境に、現地視察へと飛んだ淳志の『スネ夫(兼のび太)生活』が幕を開けた。


「沙織様! 日差しが強いので日傘をお持ちしました! 冷たいお水もどうぞ!」

「佳奈さん! 本日の視察ルートの土壌データ、完璧にまとめておきました!」

「香織取締役! 車の手配からホテルのルームサービスまで、すべて滞りなく!」


 まるでジャイアン(女性陣)の機嫌を必死に取るスネ夫のように、揉み手でヨイショし、言われたものは完璧に手配する。

 しかし、そのヒエラルキーは最底辺であり、何かあればすぐに「これだから浮気者は」と理不尽に叩かれる(のび太の役割も兼任している)という、涙ぐましい日々だった。


(……自業自得だ。俺が100%悪い。甘んじて受け入れよう……)


 チート能力で世界を滅ぼせる男が、女性陣の顔色を窺って必死にコーヒーを淹れている姿は、もはや滑稽を通り越して哀愁すら漂っていた。


 そんなスネ夫の涙ぐましい努力の甲斐もあり、プロジェクトが順調に進むにつれて、沙織の機嫌は少しずつ良くなっていった。佳奈も相変わらずケラケラと笑って場を和ませてくれている。


 だが、香織の機嫌だけは、一向に直る気配がなかった。

 仕事上は完璧にこなすものの、淳志と二人きりになっても事務的な会話しか交わさず、あの甘く溶けるような笑顔を向けてくれることは一度もなかった。


(どうしよう……。香織さんの天岩戸、このまま一生開かなかったら俺……)


 淳志がホテルの自室で頭を抱え、真剣に『天宇受売命アメノウズメのコスプレでもして踊るべきか』と悩み始めていた、その時だった。



 けたたましく、淳志のスマートフォンが鳴り響いた。

 佳奈からの、緊急着信。


『淳志!! 大変よ!!』

「佳奈? どうした、そんなに慌てて」

『首都の方で……テロが起きたの!! 復興支援で来てる各国の関係者が集まってたレセプション会場が、武装グループに占拠されたって!!』


 淳志の顔から、一瞬にしてスネ夫の仮面が剥がれ落ちた。


「……なんだと? 被害は?」

『まだ分からない。でも……そのレセプション、日本大使館の人間と一緒に、うちの代表として香織さんとマリアちゃんが出席してるのよ!! 二人が、人質に……!!』


 電話越しの佳奈の悲痛な叫び声。


「…………」


 淳志は、無言でスマートフォンを耳から離した。


 香織が、人質になった。

 あの、最愛の女性が。

 いつも自分を導き、怒り、そして誰よりも深く愛してくれた彼女が、命の危険に晒されている。


 淳志の瞳の奥から、平穏なリーマンとしての光が完全に消失した。

 そこにあるのは、ヨハネスブルクの夜にギャングの手足を無慈悲に奪い、エルディアの王を笑顔で削り殺した、『神ならざる怪物』の絶対零度の怒りだった。


「……佳奈。沙織と一緒に、ホテルから一歩も出るな」


 低く、冷たい、感情の抜け落ちた声。


「香織さんとマリアは……俺が、連れて帰る」


 淳志はアメリカのホームセンターで拘束用のワイヤーロックや止血帯、応急処置セットに飲料水や携帯食料を購入した。


 以前にヨハネスブルクで使い『収納』の奥に眠らせていた戦闘服やブーツを履き、以前テロリストから奪い取ったAK-74Uやスタングレネードやスタンガン等の装備を装着していく。

 漆黒のフェイスマスクを装着した淳志は、頭の中に首都のレセプション会場を思い浮かべる。


 淳志はいざとなったらテロリストも殺す気でいるし、他の人間切り捨ててでも香織とマリアだけつれて脱出する気でいる。


 でも今後の平和な生活の為にも、なるべく全員を助ける予定だ。

 神ならざるタラシの底力を見せてやろうじゃないか。


 愛する女の天岩戸をこじ開けるのは、滑稽な踊りではない。

 彼女を脅かす愚か者どもに叩きつける、圧倒的な暴力と血の雨だ。


「……『転移』」


 無人の部屋に、静かな声だけが残り、最強の男の姿はかき消えた。

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