第41話:優しい先生の最期と、大人の落とし前
淳志は、週末のたびに異世界の王城へ『通勤』していた。
長谷川幸子先生の希望する物資、女性用の下着や生理用品、ちょっとした薬や甘いお菓子を『収納』に隠して持っていく。
だが、生徒たちが書いた家族への手紙だけは絶対に預からなかった。
帰る希望もないのに手紙を届ければ家族を余計に悲しませるし、なにより日本の警察に「集団失踪事件の関与者」として疑われるリスクがあるからだ。薄情かもしれないが、淳志にも守るべき日本の日常がある。
「小林さん、いつも本当にありがとうございます」
城の片隅の目立たない部屋で、幸子は差し入れを受け取りながら深く頭を下げた。
彼女の顔には疲労が滲んでいた。
王国は「勇者」として召喚した生徒たちを戦争に駆り出そうとしている。幸子はそれに猛反発し、生徒を戦場に出さないよう必死に王国側と交渉を続けていた。
だが、厄介なことに一部の男子生徒たちが「自分から戦争に行って活躍したい」と中二病を拗らせて暴走し始めており、彼女はその対応にも追われていたのだ。
「先生、そういう連中はもう自己責任でいいんじゃないですか? 好きにやらせればいい」
「ダメです! 彼らはまだ高校生なんですよ!? 大人の私が見捨てたら、あの子たちはどうなるんですか!」
頑として譲らない幸子を見て、淳志は(めんどくさい人だな)と内心ため息をついた。
だが同時に、自己犠牲を厭わず生徒を守ろうとするその姿勢は、紛れもなく「良い先生」のそれだった。
「いざという時は、生徒たちを連れてこの王城から逃げなきゃいけませんね……」
不安そうに呟く幸子を見て、淳志はふと思いついた。
「先生、ちょっと手を出して」
淳志は幸子の手を取り、城から少し離れた森の中をイメージして『転移』を発動させた。
一瞬で視界が切り替わり、二人は静かな夜の森に立っていた。
「えっ!? ここは……」
「なるほど。世界を跨ぐ移動には制限がかかるけど、この世界の中での移動なら、俺の『転移』で他の人間も連れて行けるみたいですね」
これならいざという時、生徒たちを連れて王城から脱出できる。
その事実に幸子は心の底から安堵し、へなへなとその場に座り込んでしまった。
「よかった……本当によかった……っ」
張り詰めていた糸が切れたのか、幸子は涙をこぼした。
淳志は隣に座り、彼女が落ち着くまで静かに世間話に付き合った。
高校時代に親身になってくれた恩師への憧れから教師を目指したこと。生徒の事ばかり考えていて、今まで一度も彼氏ができたことがないこと。こんな理不尽な世界に巻き込まれるなら、無理してでも彼氏を作って、普通の恋愛をしてみたかったということ。
夜の静寂の中、吐露される彼女の孤独と後悔。
淳志は彼女の震える肩を抱き寄せ、いつしか二人は、互いの体温を確かめ合うように体を重ねていた。
次に淳志が王城を訪れたのは、一度日本へ帰って仕事を終えた、次の週末のことだった。
いつもの密会用の部屋に『転移』したが、幸子の姿がない。
城内の空気が、どこかピリピリと張り詰めていた。
(……なんだ? 血の匂いがする)
騒がしい声のする方へと向かうと、中庭の広場に大勢の王国騎士が集まっていた。
淳志が気配を消して近づき、その光景を目にした瞬間。
彼の目から、一切の感情が消え失せた。
「あ、あぁっ……やめ、やめて……っ!」
「ひぃっ、ごめんなさい! 俺が悪かったですから……っ!!」
広場の中心で、何人もの女子生徒が衣服を破られ、騎士たちから凌辱を受けて泣き叫んでいた。
男子生徒たちも殴る蹴るの激しい暴力を受け、地面に血を流して倒れている。
王国は、戦争に行くことを拒む生徒たちを「魔王軍のスパイ」という口実で処分し、見せしめとして凌辱し暴行していたのだ。
そして何よりおぞましいのは、騎士たちに混ざって、戦争に賛同した一部の「同級生」たちが、怯えるクラスメイトへの暴力に加担し、凌辱し嗜虐的な笑みを浮かべていたことだ。
淳志は、無言のまま広場に足を踏み入れた。
「ん? なんだ貴様は――」
振り返った騎士の一人が言葉を発するより早く、淳志はチート能力『収納』の射程に彼らを捉えた。
――ボトッ。
「……え?」
騎士たちの「両腕」が、肩の付け根から一瞬にして空間ごと消失した。
数秒遅れて、切断面からおびただしい量の血が噴き出す。
「ギャアアアアアッ!?」
「うで、腕がぁぁっ!! な、なんだこれ!?」
絶叫が響き渡る中、淳志は同級生を甚振っていた中二病の生徒たちにも冷酷な視線を向けた。
淳志の意思一つで、彼らの「右手首」と「左足首」が『収納』され、消失する。
広場は一瞬にして、地獄の業火に焼かれたような阿鼻叫喚の血の海と化した。
淳志はその惨状を一瞥もせず、ただ一人を探して城の奥へと歩を進めた。
邪魔をする騎士たちを次々と『収納』で切り刻み『射出』で吹き飛ばしながら、血塗られた廊下を抜け、王の居室の重厚な扉を蹴り飛ばす。
そこに、王はいた。
そしてその足元には――。
「…………」
全裸にされ、物言わぬ肉塊と成り果てた幸子の姿があった。
見開かれた虚ろな目は絶望に染まり、その身体は凄惨な暴力と陵辱の痕に塗れ、無惨に切り裂かれていた。
生徒を守るために最後まで抵抗した彼女は、一番残酷な形でその命を散らしていたのだ。
「なんだ貴様は! 衛兵! 衛兵はおらんのか!」
叫ぶ王の顔を、淳志は氷のような目で見下ろした。
「……お前がやったのか」
「ああ、あの生意気な女教師か? 魔王のスパイを庇うから異端審問にかけてやったのだ。泣き喚くばかりで、白状しなかったがな。ああ、体だけは中々だったわ!」
王が悪びれもせず吐き捨てた瞬間。
淳志の怒りが、限界を突破した。
「そうか。じゃあ、死ね」
淳志は『収納』の能力を、かつてないほど精密に、そして残酷に行使した。
王の足の指先が消える。悲鳴を上げる間もなく、手の指が消え、耳が消え、鼻が削ぎ落とされる。
『射出』で砂をだし体を削り取っていく
空間そのものを削り取る目に見えない刃が、王の肉体を端から順番に、生きたまま少しずつ『収納』という名の虚無へと送り込み、『射出』で削られた肉が赤い霧となり部屋に満ちる。
「ア……ギ、アァァア……ッ!!」
王が完全に消失し、ただの血溜まりに変わる頃には、駆けつけてきた騎士や兵士たちで居室は埋め尽くされていた。
だが、何人かが首から上を『収納』されてからは、圧倒的で不可解な殺戮を前にもはや挑みかかる者など一人もいなかった。
淳志は幸子の亡骸に上着をかけ、優しく『収納』に収めると、遠巻きに震える兵士たちの間を悠然と歩いて広場へと戻った。
広場では、腕をもがれた騎士たちはショック死するか失血死しており、残っているのは被害に遭った生徒と、手足を失い泣き叫ぶ加害側の生徒たちだけだった。
淳志は、死んだ騎士たちの剣を拾い上げ、被害者の生徒たちの足元に放り投げた。
「殺すかどうかは、自分たちで決めろ」
冷徹な声が響く。
凌辱され、暴力を受けた生徒たちは、震える手で剣を握った。
だが、怒りと倫理観の狭間で葛藤し、一部の生徒が泣きながら首を振った。
「で、でも……長谷川先生なら、きっと『殺しちゃダメだ』って……」
その言葉を聞いた淳志は、無言で『収納』から幸子の亡骸を出し、彼らの目の前に横たえた。
「ヒッ……!!」
「せ、先生……嘘、でしょ……?」
惨たらしい恩師の最期を目の当たりにし、生徒たちが絶望の悲鳴を上げる。
「俺も、先生の言ったことは間違ってないと思う」
淳志は、血に濡れた広場を見渡しながら、静かに、だがはっきりと告げた。
「でもな、それはあっちの『平和な世界』での常識なんだ。ここでは……殺さなければ、こうなるんだよ」
残酷すぎる真実の提示。
生徒たちは嗚咽を漏らしながら、自分たちを売り飛ばし、笑いながら甚振った同級生たちを見下ろした。
「今のところ、元の世界にはもう戻れない。ここで生きていくなら、俺がこの王国を脅して安全を保証してやってもいい。だが……」
淳志は、剣を握りしめる生徒たちの目を見た。
「もう誰かに自分の人生を預けて、無力なまま理不尽に踏みにじられるのが嫌なら。自分で剣を振って、生きて、死ぬしかない」
覚悟を問う言葉。
やがて、ひとりの女子生徒が立ち上がり、剣を振り下ろした。
それに続くように、被害者たちは次々と、自分たちの手で忌まわしい過去への復讐を果たしたのだった。
騒動の後。
王の秘密裏の暴挙を知らなかった王子と宰相が、淳志と生徒たちに謝罪と賠償を申し出てきた。
生き残った生徒は、8人。
彼らはそれぞれの「生きる道」を選んだ。
3人は王城に残り、文官として知識を蓄え、いつか内部からこの国を牛耳るという野望を抱いた。
残りの5人は、自らの力で生き抜くために「冒険者」になる道を選んだ。剣術や魔法の適性がある者は王国騎士団が責任を持って鍛え上げ、武器や防具、最初の路銀も全て王国が負担する。
その代わり、国を出た後は完全に「自己責任」。いつ魔物に殺されるかもわからない、過酷な道だ。だが、それは彼ら彼女たちが、自分の意志で選んだ確かな一歩だった。
すべての落とし前をつけ、彼らの選択を見届けた淳志は、日本の日常へと帰還した。
淳志に深く暗い影を心に落としたこの異世界での出来事。
逞しく生きることを決めた8人の生徒たちとの再会は、また別のお話である。




