第40話:巻き込まれ召喚と、神様の管轄
それは、休日出勤を終えた日曜日の夕方のことだった。
淳志が都内のコンビニで買い物をし、外に出た瞬間。
目の前を歩いていた高校生の集団と、引率らしき若い女性教師の足元に、突如として巨大な幾何学模様の光の陣が浮かび上がった。
(うわっ、なんだこれ!?)
淳志が反射的に一歩後ずさろうとしたが、遅かった。
強烈な閃光が視界を白く染め上げ、次に目を開けた時、淳志たちは石造りの荘厳な大広間に立っていた。
「おお……! 成功だ! 勇者召喚の儀式が成功したぞ!」
玉座に座る、王冠を被った立派な髭の男。
周囲には杖を持ったローブ姿の老人たちや、鎧を着た騎士たちが並んでいる。
王は立ち上がり、芝居がかった大げさな身振りで高校生たちに向かって両手を広げた。
「よくぞ参られた、異世界の勇者たちよ! 我らは魔王軍の脅威に晒されている! どうかその力で、この世界を救っていただきたい!」
突然のファンタジーな展開に、引率の女性教師が「ここはどこですか!? 生徒たちを帰してください!」とパニックになる。
だが、巻き込まれた高校生の一部――特に男子生徒たちは、目をキラキラと輝かせていた。
「マジかよ、異世界召喚キタコレ!」
「ステータス・オープン! うおっ、俺の職業『聖剣士』だって!」
「俺なんて『大賢者』だぜ!? これ絶対俺TUEEEできるやつじゃん!」
すっかり中二病をこじらせたテンションで盛り上がる生徒たち。
そんな中、集団の端っこに巻き込まれただけの淳志は、一人だけ冷ややかな目で王侯貴族たちを眺めていた。
淳志のチート能力『言語理解』は、彼らの言葉の裏にある「真意」まで正確に翻訳して脳内に響かせる。
(……フフフ、チョロいガキどもだ。適当におだてて魔王軍にぶつければ、タダで使える便利な使い捨ての駒になるわい)
完全なるブラック召喚だった。
淳志は小さくため息をつくと広間の隅に行く。
淳志は深呼吸をすると、頭の中で日本の自宅マンションを思い描き、『転移』を発動させた。
フッ、と視界が切り替わる。
そこは間違いなく、見慣れた淳志の部屋のユニットバスだった。
「……よし、帰れるな」
淳志は安堵の息を吐いた。
彼にチートを与えてくれた上位存在(神様)の力は健在らしい。
冷蔵庫から麦茶を出して一口飲むと、淳志は再び『転移』を使い、異世界へと戻った。
大広間に戻ると、事態はさらにこじれていた。
王様から「魔王を倒すまで元の世界には帰せない」と告げられ、冷静な一部の生徒と女性教師が青ざめる中、中二病の生徒たちは「俺たちが世界を救うぜ!」と完全に英雄気取りで剣や杖を受け取っていたのだ。
「あの、私は長谷川と言います。あなたは……?」
不安そうに声をかけてきた女性教師に、淳志は名刺を渡すような手つきで軽く会釈した。
「小林です。ただの巻き込まれた会社員ですよ。……長谷川先生、あいつら完全に舞い上がってますけど、いきなり誘拐する国に何を期待してるんでしょうかね?」
「えっ!?」
「いや、どう見ても質の悪い誘拐でしょう?でも今は騒ぐのは得策じゃないですねぇ。情報が少なすぎますしね」
「ちょっといいですか?」
淳志が長谷川の手を握り、一緒に日本へ『転移』しようとした。
――しかし、何も起きない。
「あれ?」
何度念じても、淳志一人なら帰れる気配があるのに、長谷川を連れて行くことはできなかった。
淳志の脳内で、チートを与えてくれた上位存在からのインスピレーションが閃く。
(なるほど……『管轄』が違うのか)
淳志は別の上位存在から保護されているVIP待遇だから、この世界のルールを無視して移動できる。
しかし、長谷川や生徒たちは『今回の召喚主(この世界の神)』の管轄下にあるため、淳志のチートでも勝手に他人の所有物(召喚者)を持ち出すことはできないらしい。
「すいません、先生。俺一人なら帰れるんですが、そっちは管轄外みたいで無理でした」
「そ、そんな……」
「俺は向こうで仕事があるんで帰りますよ。いまなら消えても目立たんでしょう」
淳志がドライに告げると、長谷川はハッと顔を上げ、強く首を横に振った。
「私は教師です! どんな理由があろうと、生徒たちを見捨てて自分だけ安全な場所に逃げる(帰る)なんてできません! 私が必ず、あの子たちを説得します!」
その真っ直ぐな瞳に、淳志は少しだけ目を細めた。
真面目で、責任感の強い立派な大人だ。
王侯貴族に騙されている中二病のガキどもはともかく、彼女や、彼女の陰で怯えている大人しい生徒たちを見捨てるのは、流石の淳志も寝覚めが悪かった。
「……仕方ねえなぁ」
淳志はそう言うと、『収納』の奥底からこっそり引っ張り出した、異世界では絶対に手に入らないであろう『現代日本の物資』を出した。
「え……これは?」
「俺の彼女の女性用の下着の替えと、生理用品。それから、甘いお菓子です。不安な夜には、甘いものと清潔な環境が一番ですから。ガキどもには内緒で、先生と女の子たちで使ってください」
「小林さん……」
「俺は普段は日本で仕事してますけど、休みの日は『通勤』して様子を見に来ますよ。何か必要な物資があったら、こっそり教えてくれたら持ってきますよ」
長谷川は、渡された袋をギュッと抱きしめ、涙ぐみながら深く頭を下げた。
翌日の月曜日。
東京都内のオフィスビル。
淳志は『海外渉外課』のデスクで、いつも通りにパソコンに向かい、書類にハンコを押していた。
(異世界の物価ってどうなってんのかな。次はトイレットペーパーでも差し入れるか)
世界を救う勇者召喚すらも、小林課長にとっては「休日のちょっとしたボランティア活動」に過ぎないのである。




