第35話:おやじコンビ結成と、大人のやり直し
地方都市から東京へ居を移し、沙織のチームの『生態系プロジェクト』に本格参戦することになった佳奈。
しかし、国家規模のプロジェクトの重圧と慣れない東京での新生活、さらに祖父母と彼女がいることで地元に残してきた高校生の息子である淳が、絶賛反抗期(というか思春期特有の母親への鬱陶しさ)を発揮していることで、佳奈のストレスは早くもマッハに達していた。
そんなある週末の夜。
淳志のマンションのチャイムが乱暴に鳴らされ、ドアを開けるとそこには、すっかり出来上がった佳奈と沙織が立っていた。
「ちょっと淳志ぃー! 愚痴聞いてよー!!」
「小林くぅーん、私たちもうクタクタなのー!」
リビングのソファにドカッと座り込み、ネクタイを緩めるオッサンのようなポーズでため息をつく佳奈。
そして、その隣で「ホント佳奈さんの言う通り! やってらんないわよねー!」と完全に悪ノリしてオヤジ化している沙織。
絶対的な美と威厳を持つ香織や、純情なミクとは全く違うベクトルで、淳志の部屋に最凶の『おやじコンビ』が爆誕した瞬間だった。
「はいはい、お疲れ様。……二人とも、何か食べる?」
淳志はやれやれと苦笑しながら立ち上がった。
疲れ切ったおやじ達(美女二人)を労うため、淳志はここで、世界を滅ぼせるチート能力を最高に小市民的な用途で無駄遣いすることにした。
「ちょっと買い出しに行ってくる。すぐ戻るよ」
淳志は頭の中に座標を描き、『転移』を発動させた。
向かった先は、北海道は登別近郊の漁港。そこで深夜に水揚げされたばかりの、極上の新鮮なサバを瞬時に買い付けると、その足で今度はトルコのイスタンブールへと飛んだ。
現地で本場のスパイスと、焼きたての香ばしいバゲットを調達。
淳志がマンションのキッチンに戻ってくるまで、所要時間はわずか15分だった。
買ってきたサバをまな板に乗せると、三枚におろし、出来上がったサバに向けて淳志は手をかざした。
チート能力『収納』の対象を「小骨」と「臭みのある血合い」のみに限定して発動。一瞬にして、サバの体内から邪魔な部分だけが異空間へと隔離され、完璧な骨なしの極上フィレが完成する。
あとはそれに塩を振ってオリーブオイルでパリッと焼き上げ、スパイスを効かせた野菜と一緒に本場のバゲットに挟むだけだ。
「はい、お待たせ。特製サバサンドと、キンキンに冷えたビールだよ」
テーブルに置かれた夜食に、佳奈と沙織の目が輝いた。
サクッとしたバゲットに、脂の乗ったサバの旨味がジュワッと広がり、スパイスの香りが食欲を強烈に刺激する。
「んんんーっ!! なにこれ、めちゃくちゃ美味しい!!」
「ぷはーっ! 疲れた体にビールとサバサンド、最高ね! あんた、商社マン辞めて料理人になりなさいよ!」
ジョッキを片手にガハハと笑う佳奈。
淳志も自分の分のビールを飲みながら、すっかりオヤジ化した二人の愚痴を、うんうんと優しく聞いて回った。
やがて夜も更け、時計の針が深夜を回った頃。
沙織がふとスマートフォンを見て立ち上がった。
「あ、私そろそろ帰るわ。……佳奈さん、あとはよろしくね?」
「えっ、沙織ちゃん帰っちゃうの?」
沙織は淳志にだけ見えるように小悪魔的なウインクを一つ落とすと、ひらひらと手を振ってマンションを出て行った。
面白がって気を利かせたのだろう。
リビングには、淳志と佳奈の二人だけが取り残された。
すっかり酔いも回り、リラックスした表情の佳奈が、ソファの上でにじり寄ってくる。
そして、親父っぽく淳志のシャツの胸ぐらをグイッと掴むと、ふと女の顔になって、色っぽい視線で見上げてきた。
「……そういえば私たち、あの夜『最後まで』してなかったわよね?」
「えっ、あ、うん……」
唐突な誘いに、淳志がドギマギと視線を泳がせる。
佳奈は淳志の胸にトンと額を押し当て、クスッと笑った。
「あんた、あの時のツケ、きっちり体で払いなさいよ。……安心しなさい、私はあの時の先輩みたいに、マーライオンにはならないからさ」
16年前の忌まわしきトラウマを容赦なくいじりながらも、そこにあるのは、シングルマザーとしての重い鎧を脱ぎ捨てた、一人の素直な女性の顔だった。
その艶やかな誘いに、淳志もふっと苦笑いを浮かべ、佳奈の腰に優しく腕を回した。
「……お手柔らかに頼むよ」
部屋の明かりが消え、二人は16年越しの、甘くて少し不器用な『本当の初めて』の夜を過ごした。
翌朝。
昨日の疲れなど嘘のように、すっかりリフレッシュしてツヤツヤの顔になった佳奈が、玄関でパンプスを履いていた。
「あー、スッキリした! 今日からまたプロジェクト頑張れそう!」
佳奈は振り返ると、親父のようにニカッと笑って淳志にウインクを飛ばした。
「淳志、また愚痴とサバサンドと……『エッチの相手』、よろしくね!」
そう言って、嵐のように仕事へと向かっていく彼女の後ろ姿を見送りながら。
淳志は大きく伸びをして、また一つ自分の日常に増えた、甘くて危険な『大人の秘密の時間』に、やれやれと小さく笑うのだった。




